第3話 御棟梁! 武運我に有りで御座います
しかしその時、レーダー用のモニターに映る敵艦の配置に、私は何やら得体の知れぬ違和感を覚えた。
見るからに整然と並んでいると思われる敵艦隊だが、一方向から見た場合だけ、艦列が乱れている気がしたのだ。
何となくではあったのだが、右からも左からも、上からも下からも、付け入る隙など無いように見える敵の艦列であるのに、右斜め上のある角度に対してのみ、索敵が正常に機能していないのでは、と思える艦列となっている気がしたのだった。
慎重に接近軌道を、該当する経路に誘導しながら、私は艦を進めさせた。
心臓が飛び出しそうになるのを抑えながら、モニター上に彼我の距離を見つめ続けた。
当艦が近付いても、敵は撃ってはこなかった。
先のいくつかの門閥の艦が蜂の巣にされてしまった距離より、はるかに接近したときになっても、全く動きを見せなかった。
(やはり、この角度からの接近には、やつらの索敵は上手く機能していないのだ。彼我の距離を、大幅に見誤っているのだろう)
スペースコームジャンプを終えた直後の戦闘艦には、電子機器などに色々なトラブルが起こりがちなのを、私は以前から知っていた。
スペースコームジャンプ自体の経験は一度もないのだが、人から伝え聞いていて、その知識だけはもっていた。
敵がジャンプを終えるやいなや、点検整備などをやる間も惜しんで侵攻を開始したこともつかんでいたから、敵が索敵トラブルに見舞われている可能性にいち早く気づけた。
あらかじめの知識や情報が無ければ、違和感だけで終わってしまっていたに違いない。
とはいえ、どこまで近づけるのか、いつなんどき一斉砲撃を加えてくるのか、分からなかった。
次の瞬間には敵艦の砲が火を吹き、当方は艦を爆発させられて死を迎えるのかもしれない。
薄氷を踏んで歩く気分のまま、私は艦を敵へと肉薄させつづけた。
「おい、ツルムよ」
主の声には、緊張感は微塵もなかった。「そろそろ、一撃入れても良い頃合いだろう」
プロトンレーザーの射程には、まだ敵艦は入っていなかったが、ミサイルならば届かせることができた。
というか無重力の宇宙では、ミサイルは無限遠からでも届かせることだけはできる。時間がかかるだけで。
遠すぎる距離からのミサイル攻撃は、簡単に迎撃されてしまう可能性がたかい。
主が声をかけてきた時点での敵との距離は、迎撃される可能性が七十パーセントくらいかと思われるほどのものだった。
それも、我が国の軍を相手として想定した場合の、予測数値でしかなかった。
だが、
(まあ、撃ってみてもいいかな)
と、私にも思える距離だったので、言われた通りにミサイル発射の命令を私は口にした。
ミサイル管制の担当官が、即座にそれに応じた。
普段は、人の命を育む食料を生産している若き領民の手が、殺人兵器を作動させるためのコマンドをコンソールに叩き込んだ。
20発が放たれ、敵を目指した。
一塊になって最短距離で敵に殺到した。
「おい、ツルムよ」
主には、不満があったようだ。「なぜもっと、多様な軌道をミサイルにとらせぬのだ?」
普通は敵に迎撃されにくいように、複数の軌道を描かせて、ミサイル攻撃というものは実施されるものだった。
最短距離を直線で進むものに加え、目いっぱい遠回りするものや、螺旋を描いて敵に向かうものや、加減速をランダムに繰り返すものなど、いろいろな軌道をミサイルにとらせた方が、迎撃される可能性は低くなる。
一塊で最短距離を飛んでくるミサイルしかないなんて、敵にすれば、迎撃が容易すぎるものとなるはずだった。
「この角度が、敵の索敵網にとっては、死角になっていると見ました」
「おい、ツルムよ」
明確な根拠の無い私の戦術に、主が意見してきた。「お前がそう思ったのなら、それに命運を託すぞ」
我が主は、阿呆だが部下を信じ抜く度胸だけはある。でなきゃ、もっと早くに、嫌いになれたのに。
主の信頼を背負ったミサイルは、敵の迎撃を、受けなかった。
やはりその角度は、索敵が機能していなかったのだ。
そしてミサイルは、全弾が敵艦に命中した。
それが旗艦かどうかは分からないが、とにかく一番手前にいたやつに、我らの放ったミサイルが全て突き刺さった。
今度はあちらが、蜂の巣になる番だった。
20本以上の火柱を吹き上げた敵艦は、次の瞬間には丸い火の玉に変化し、さらにその次の瞬間には跡形も無くなっていた。
この戦果を見て勇躍したものか、我が一門の軍勢が一斉に突撃した。
本来は、棟梁の座乗艦どうしでの決闘の趨勢を見届けた上で、後が続く習わしだ。
しかし、撃破された艦を棟梁座乗のものと思ったのか、異国の軍相手にそんなこと構っていられないと悟ったのか、どちらかは分からないが、我が一門の軍勢が一団となって、攻勢に打ってでた。
その軍勢に、敵は一斉反撃を加えた。接近角度が少し違えば、敵には攻撃が可能らしい。
索敵に問題を生じているのは、ほんのわずかな隙間だけだったのだ。
我が一門の軍勢は、次々に撃破された。
食邑の担い手を満載した艦が、一つまた一つと虚空に消し飛んでいく。
私は歯ぎしりしながら、それを見守った。
生きていれば、これからも多くの命を支えるであろう有能で勤勉な領民たちが、本人の意に沿わずにかり出してきた無垢の民たちが、百人二百人の単位で殺害されていく光景を。
かれらが、資源採取や食料生産などの作業に額に汗して勤しむ姿も、かれらの帰りを待っている妻や子たちの顔も、私はたくさん記憶している。
一人一人の死にも、胸をえぐられるような痛みを感じるのだ。その領民たちの大量死は、私に、極限の苦渋を強いていた。
その一方で我が艦には、ミサイルもプロトンレーザーも一発たりとも向かってこない。
我が艦だけが依然として、敵にしかとは見えていないのだ。
我が艦は撃ちまくった。
敵を射程に捕えるに至った、プロトンレーザーにも火を吹かせた。
ミサイルも、可能な限りの連射を実施した。
搭載していた戦闘艇も全て発艦させ、一斉雷撃を実施させた。
あらゆる火器をフル稼働して、撃って撃って、撃ちまくった。
あっちにいる敵艦からも、こっちにいる敵艦からも、複数の火の手が上がる。
迎撃も回避もせず、我が艦の攻撃を無防備に受けとめている。
面白いように、我が艦の攻撃だけが敵を葬っていく。
そこへ他の門閥の軍勢も、艦列をそろえて進出してきた。
華々しく火の手のあがっている光景に、ようやく我が国の門閥どもも、一対一の対決で棟梁の名誉を競い合う段階が過ぎたことを察知し、一斉突撃に打ってでたのだろう。
我が艦以外も、戦果をあげはじめた。
こちらの軍勢が放ったプロトンレーザーやミサイルが、敵の軍勢の中にいくつもの花火をひらめかせていった。
だが、総数は敵の方が何倍も多い。
ミサイル性能も敵が上で、プロトンレーザーの射程も敵の方が長い。
数も能力も上をいく敵だから、一斉に突撃したとてこちらが不利だ。
敵を1艦葬る間に、こちらは3艦4艦が葬られる。
もともと少ない当方が、より速やかに数を減らしていく。
どう考えても先に全滅させられる。
こちらが全滅しても、敵は7割以上が残っているだろう。
半分くらいは無傷のままだろう。
惨敗が、目前に迫っていると言えた。
だがある瞬間、敵の軍勢は攻撃をぴたりと止めた。
ミサイルもプロトンレーザーも、ひとつとして向かってこない。
こちらの攻撃だけが、虚空を切りさいて敵を目指した。
敵艦のみが火柱を上げた。敵艦のみが、虚空に散った。
何が起きたのか、今でもよく分からない。
多分これも、スペースコームジャンプの影響だったのだろう。
ある角度だけの索敵が不調になっていたのに続いて、戦闘を繰り広げているうちに、別の不調も、敵の電子機器に発生したのだろう。
それが、敵の全艦一斉の攻撃停止という、驚くべき事態につながったのだと考えられる。
どの電子機器にどんなトラブルが起きればそんな現象にいたるのか、想像すらもできないが、それが現実だったのだから仕方がない。
我が国の軍勢は、無抵抗な敵をかたっぱしから殺戮していった。
私たちの乗る艦が撃破したものを、数倍するくらいの敵艦が、身動き一つできぬままに滅多打ちにされた。
最終的には、半分の敵が撃破され、残った半分の半分が捕虜にされ、艦の航行能力を回復させられた4分の1だけが、這う這うの体で逃げ帰った。
スペースコームジャンプによる何らかの不調を、敵艦に備え付けられた電子機器が来したという幸運だけで、我が国の軍は棚から牡丹餅みたいな勝利を辛くも手にしたのだった。
ちなみに私は、牡丹餅という食べ物は見たこともない。
ジャンプの後には点検整備をやっておく、という当たり前のことを、もし敵がきちんと履行していたら、我々に勝ち目はなかった。
敵の油断や拙速が、唯一の勝因といっていいだろう。
そしてこの戦いで、我が一門は “ 一番ミサイル ” を射込んだという名誉を手にした。
撃破した敵艦の数や捕虜にした敵兵の人数に関しては、はるかに多い他の軍閥がいくつもあったのだが、我が主に言わせれば、最初にミサイルを叩き込んだことの方が、より高く評価されなければならぬものらしい。
敵に退却を決断させたのも、我が一門の攻撃ではい。
敵軍の総司令官の座上していた艦が撃破されたのが、最大のきっかけとなったらしいのだが、その攻撃を実施したのが他の軍閥の戦闘艦であることは、観測されたデータがはっきりと示している。
私たちの時代の戦争では、記録を残すためだけに戦場をうろついている者たちも、大勢いる。
各軍閥が高額の報酬を支払って雇っている記録係であり、我が一門も何人か、召し抱えていた。
特別な訓練や装備が施された彼らを、専用の宇宙艇などに乗せて、戦場を走り回らせている。
戦争での活躍ぶりで政府から褒賞をもらうのが、軍閥たちの貴重な収入源なのだから、手柄や戦果は、どの軍閥もしっかりと記録に残そうと腐心するものなのだ。
そして幾人もの記録係が、敵軍退却のきっかけを作った手柄は、他の軍閥にあると明確な根拠をもとに証言している。
勝利の最大原因を、他の軍閥にあると明言している。
だが、そんなことは、わが主曰く、全く関係ないらしい。
とにかく“ 一番ミサイル ”を射こむことにこそ、最大の評価が与えられるのが戦争というものなのだと、熱烈に言い張っているのだ。
この戦いで多くの領民を失った我が一門だが、政府より莫大な褒賞を下されるはずだと喜び、意気揚々と戦場を引き払ってきたのだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/6/4 です。
ここまで来ると、この物語がモチーフにしている史実が何か、お気づきの読者様もおられるかと思いますが、同じように侵略が大失敗に終わる話は、歴史上にいくらも溢れています。
ギリシアに撃退されたペルシアとか、ウィーンを包囲しつつ敗退したオスマン帝国とか、ライプツィヒでかつての部下に敗れたナポレオンとか、侵略の大失敗エピソードは枚挙にいとまが有りません。
そろそろ人類も侵略には懲りたかと思っていたら、またしてもやらかしています。しかも、今回もまた大失敗に終わる可能性が濃厚みたい・・・。
歴史上にこれだけ失敗事例があるのに、なぜまた繰り返すのか、不思議でなりません。
侵略など上手くいかないと、早く学習して欲しいものです。
アジアを侵略して失敗した日本の国民の立場で、偉そうに言えた義理ではないかもしれませんが・・・。
時間と空間を限定すれば、上手く行ったように見える侵略もあるかもしれませんが、長い目広い目で見れば、すべて失敗だったと言えるのではないでしょうか?
アレキサンダーのマケドニアも、モンゴル帝国も、一時的には壮大な版図を獲得したかもしれませんが、後に分裂し、身内同士で殺し合い、悲劇的な結末を迎えたと言えるのでは・・・?
などなど、日々のニュースに動揺して脱線してしまいましたが、本物語は誰もが知る侵略失敗の史実そのものをモチーフにしているわけではなく、その後日譚を土台に描いております。
次回以降から語られるそちらの方に、読者様には関心を持って頂きたく思っております。