第2話 御棟梁! 敵襲で御座います
何回訴えかけても、我が主の反応はこんな感じだった。食邑経営の実務には、どうしても首を突っ込みたくないらしい。
知らぬことだらけの仕事に首を突っ込み、手取り足取り教わらねば何もできぬ姿を皆に見られ、恥をかかされてしまうことを、恐れているのだろうか?
先祖たちの経歴だけから、自分には食邑経営の実務などできるわけがないのだと、決め込んでしまわれているのだろうか?
何世代も前の棟梁たちがそうしてきたように、戦争で功をあげて、褒賞によって一門をうるおす。主の頭のなかは、その一念で、埋め尽くされてしまっているのだろうか?
「おい、ツルムよ」
食事の量が更に減ったことに、目を丸くした主。「いくら何でも、これだけということはないだろう?
化学合成だけで作った、生物の関与なんて全くない、風味も何もあったものではない食材が、ほんの一握り分くらいしかないなんて」
「領民たちにはその量を、1日に1食しか与えておりません。2食も口にできる御棟梁は、めぐまれたお立場なのですぞ」
「そんなに酷いのか、我が一門の財政は? 」
「何度も、そのように申し上げておるはずですが」
「しかし、ここまで酷いなどということは、あるまい。
我が一門は、数百年にもわたってこの国に尽くしてきた、栄光と誇りの満ちる伝統や実績をもち、主家への信頼のあつい多数の領民にも支えられておるはずだ」
「ですが、領民の多くが先の戦役で宇宙の塵になってしまいましたので、伝統と実績のある資源採取などが行えないのです。
設備や機器も足りません。戦争で破壊されてしまいましたので。
どれだけ栄光や誇りに満ちても、人手や設備が足りなければどうしようもないのです。ですからそれらを、他の一門から借り受けるなり・・・・・・」
「いいや、違う! 政府からの褒賞が、いつまでたっても下されないのがおかしいのだ。
あの戦役で、あれだけの活躍をして見せたのだ。お前も覚えているだろう。
あの恐ろしい、野蛮で凶暴な大軍を相手にして、目を見張る性能の兵器を向うにして、あれだけ勇猛果敢に戦ったのだぞ」
主の言葉に、私の脳裏にも3年前の戦役の光景が、まざまざとよみがえってきた。
奴らは、航宙戦闘艦の巨大な軍勢でもって数百光年も彼方の星団から、スペースコームジャンプを駆使してやって来た。
ワープ航法とも呼ばれるもので、時空のひずみを利用して空間を転移するのだ。
それが可能なのはスペースコームと呼ばれる、時空のひずみが顕著となっている場所だけだ。
銀河のあちこちに、細く長く横たわるスペースコームの中でのみ、人類はワープでの移動ができるのだが、我が国は大半の宙域がスペースコームの外なので、そんな移動手段は滅多に使わない。
存在自体はたいていの者が知っている技術だし、使用実績が皆無ということもないのだが、それを使った大規模部隊の襲来など、考えたこともなかった。
侵略軍は、我が国の領域のはしっこの部分だけに食い込んでいる、スペースコームに内包された星系群をひとまず占領し、そこを橋頭保に一大攻勢をかけようとしていた。
スペースコーム内にあった20余りの有人星系は、驚くほどにあっさりと、敵の軍門に下ってしまった。
警備が手薄になっていたタイミングで襲撃を食らい、抵抗らしい抵抗を見せることすらできず、降伏してしまったのだ。
投降者にもそれなりの待遇を与えるという、我が国の常識が通じると、愚かにもそれらの星系群に住んでいた者たちは、考えてしまったらしい。
それも、簡単に降伏して制圧されてしまう、一因となったようだ。
我が国内部での闘争においては、ほとんどの場合が、そうだった。
降参して抵抗をやめた者に危害を加えるなんてことは、下品且つ不名誉なことであるとして、将兵たちには疎んじられていた。
だから、捕虜への虐待や殺傷などは、滅多に起こることではなかったのだ。
だが、異国から攻め寄せてきた兵たちに、そんな我が国の伝統的な常識など、通じるはずもなかった。
無抵抗の投降者に対して異国の兵たちは、考えるのもおぞましいような非道な処遇で接したのだった。
捕虜の手の平に、穴を開けてロープを通し、人間を数珠つなぎにして連行していくなど、鬼畜の所業としか思えないのだが、連中はそんなことをしたのだという。
大勢の兵士たちで寄って集って、さんざん慰みものにした年端もいかぬ娘たちを、裸のまま宇宙空間に放りだして、窒息させたり体液を噴出させたりなどという惨たらしいやり方で、大量虐殺したのだとも言われている。
あくまで、伝え聞いた話でしかないのだが、同じ情報を複数の証言者が告げているので、根も葉もないことではないはずだ。
こんなにも野蛮で非道な侵略者に対して、数を比較すればささやかとしか言えない我が国の航宙戦闘艦群は、それでも勇敢に立ち向かっていった。
我が国の、と言っても、国が直轄としている軍など僅かしか無く、政府が食邑を与えて養っているいくつもの門閥が、こんな際には航宙戦闘艦を派す。
我が一門も、そうであったように。
各門閥においても、軍を常備しているわけではなく、日ごろは資源採取や生産の活動に従事している領民を、無理矢理に徴発してきて兵士に仕立てるしかない。
その点も我が一門は同様で、食邑経営の足かせとなってしまったわけだ。
つまりは、ど素人ばかりを寄せ集めただけの、統制も何もない、訓練すらロクに実施されていない貧弱な軍団が、凶暴で強大な侵略者に対したわけだ。
統制や訓練がなされていない上に、各軍閥の兵士たちは、戦争のやり方においても、我が国の伝統的な常識が通じると思いこんで、異国の軍を迎え撃ってしまった。
わが国では古より、どんな規模の軍勢を率いた部隊であっても、まずはその門閥の棟梁が座乗している航宙戦闘艦どうしで、一対一の決闘を行うのが通例となっていた。
そこで圧倒的な力の差が見せつけられれば、残った軍勢は一戦も交えることなく、矛を収めてしまうこともある。
相手旗艦の戦いぶりに感服して、あとの軍勢の方は、参戦することもなく敗北を認めてしまうのだ。
棟梁座乗艦どうしでの戦いが伯仲し、味方の艦が形勢不利になったと見てとったときに、残った軍勢が参戦していくというのが、我が国の兵たちの頭に刻みこまれた、一般的な戦いの流れだった。
異国の軍勢を相手にそんな常識が通じるはずはないのだが、ここ数百年国内での争いばかりに明け暮れてきた門閥の将兵たちには、発想の転換が追いつかなかった。
そして、こちらよりも圧倒的に数で勝る敵に対して、我が国のなかだけでしか通じない常識に捕らわれたままで打ちかかっていったものだから、その先は惨憺たるありさまとなった。
最初に単独で進出していった、ある門閥の航宙戦闘艦に対して、侵略者たちは大軍で包囲しての一斉砲撃を浴びせてきた。
当然のように、あっという間に蜂の巣にされ、門閥の棟梁を乗せていた戦闘艦は、丸くてまぶしい巨大光球へと姿を変えた。
棟梁を失った門閥には、滅亡や離散の非運が待っている可能性がたかい。
そんな絶望感で破れかぶれになったものか、陣形も作戦もなく、残された件の門閥の軍勢は、敵を目指した。万歳突撃とでも評すべき、盲目的な進軍だった。
もちろんその結果は、一方的な虐殺でしかない。棟梁の後を追うように、兵士たちが次々と虚空に散った。
棟梁座乗艦ほどに蜂の巣にはならなかったし、一発や二発は、敵にめがけて砲撃したり、ミサイルを発射したりもしたらしかったが、命中弾は一つもないままに、全滅させられてしまった。
一つの門閥がそんな展開で、簡単に料理されてしまうのを目の当たりにしていたはずのいくつかの門閥も、同じ戦い方を踏襲した。
まず、棟梁の座乗艦が単独で進出し、蜂の巣にされる。それに続いて残りの艦が万歳突撃し、なぶり殺しにされて全滅する。
学習しない者たちが、判で押したように全く同じ手順で、立て続けに血祭りにあげられた。
虐殺されることを業務とする単純労働であるかのように、屍を大量生産した。
少なからぬ数の、わが国では伝統も歴史もあったはずの高名な門閥が、壊滅の憂き目を見たのだった。
何と愚かな、との思いでモニター上に戦況を見守っていた私は、我が主の言いはなった命令に耳を疑った。
「ようし、次こそは、我が一門の出番だぞぉ! 勇猛な闘い振りをみせ、虚空を天晴れに飾って散った先の門閥どもに恥じぬよう、我が一門も正々堂々と、立派に戦い抜いて見せようぞ。
さあさあ、いざやいざ、敵棟梁の座乗艦を目指し、当艦のみでの単艦突撃を敢行するのだぁ! 」
阿呆かと思った。そして、死んだと思った。
そんな戦い方が通じないのは、今しがた何度も目にした光景で明らかであるのに、我が主も連中とおなじ常識にとらわれているらしい。
我が国の門閥棟梁どもは、どいつもこいつも、棟梁座乗艦どうしでの一対一の決闘に、固執してしまうのだ。それしか、戦争の流れを知らないのだ。
手柄をあげ名を上げた先祖の戦いぶりへの、あこがれや敬意もあるだろう。
一対一の決闘での武勇伝なら、我が一門の歴史の中にだって、数え切れないくらいの先例があるから。
それがために、目の前で味方が惨殺される姿にも、固定観念を揺るがされたりはしないのだ。
単艦突撃こそが最も勇ましい姿であり、一対一の決闘こそが戦争の花形であると、信じ切っているのだ。
やられると分かっていても、死ぬと分かっていても、家宰としては、棟梁には逆らえない。
軍を編成したこの時点では、一士官と司令長官の関係でもある。棟梁座乗艦の艦長を拝命していた私は、渋々艦の前進を指示した。
「やあやあ、我こそは、赫々たる栄光と名誉に彩られた、伝統ある門閥であるところの・・・・・」
通信機にむかって元気いっぱいに名乗りを上げ、敵を威嚇しているつもりにでもなっている主の姿に、全てをあきらめる心境になっていた私だった。
言葉すら通じない相手に、そんな名乗りの文句が、どんな意味を持ち得ると思っているのだろうか。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/5/28 です。
戦争に巻き込まれた庶民の悲惨な境遇については、史実に基づいて書きました。
いつどこで起こったことかは明言しませんが(とっくにバレバレの可能性が高いことを承知の上で)、手のひらに穴をあけて数珠つなぎにして連行とか、性的虐待の末に惨殺とか、歴史の本に書いてあったことを引用しています。
遠い昔には、こんな恐ろしいことがあったのだなと思いながら描いたのですが、現代でも同じようなことが起こってしまって、驚き呆れ悲しんでいます。
国家の軍が住民への強制連行や性的暴力に及ぶなど、耳を疑う話で、恐ろしい限りです。
それも、国連安全保障理事会の常任理事国がやってのけるとは、身の毛もよだつ思いです。
現実世界がどうなっていくかは分かりませんが、歴史の中でもこの物語の中でも、非道な事をした者には、それ相応の報いが訪れます。
ですが、この物語の本筋は、悪を成した者の行く末ではなく、惨禍を乗り越えた者たちの幸福を掴むための努力にあるので、そちらに注目して頂きたいです。