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銀河戦國史 (褒美を求めて百光年)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第1話 御棟梁! 破産寸前で御座います

 我が(あるじ)は、褒美を欲しがっている。

 3年前の、星団防衛の戦役における、自身の戦いぶりにふさわしい褒賞が政府より下されるのを、ずっと心待ちにしつづけている。


 確かに、あの戦役は厳しかった。

 ほとんどの者が話にしか聞いたことのない遠い彼方の宙域からの、それも、未知の星団に覇を唱えた巨大帝国からの、怒涛のごとき侵略だった。


 見たこともない兵器と戦術で、信じがたい規模の軍勢で、我らが星団国家の領域に深々と入りこんで来たのだ。

 防衛戦の矢面に立った我々の苦労は、生半可ではなかった。


「おい、ツルムよ」

 主が、私に問いかける。「そろそろ政府から、何か言ってきているだろう? 」


「は? 前の戦役の、褒賞についてでございますか? いえ、貢納の督促ならば、超光速通信でひっきりなしですが、褒賞については何も・・・・・・」

 生来の馬面が、さらに長くなったかと思うくらいに、主の顔はどよーんとした。


「そうなのか? 本当なのか? あれだけ獅子奮迅の活躍をみせて、侵略者どもを宇宙の彼方へと追いはらって見せたというのに、いまだに何も言ってこないなんて」

 我らの活躍で追いはらったというより、数々の奇跡のような幸運にめぐまれたおかげで、どうにかこうにか当星団からお引き取り願うことができた、と言うべきなのだが。


 そして、それが終わって3年を経た今の我が一門の生活ぶりが、みじめとしか言いようのないものとなってしまっているのだ。


「おい、ツルムよ」

 主が、私に不満をぶつける。「ハラが減ってたまらんぞ。なぜ棟梁のわしが、1日2回しか食べられぬのだ。しかも、あんな貧相な化学合成ものばっかり・・・・・・」

「申し訳ありませぬ、御棟梁。しかし、何度もご説明申し上げましたが、今の我が一門の財布は、すっからかんの状態でございまして」


 戦役への参加には、莫大な費用がかかった。

 あちこちから借金をしまくって捻出したから、元本の返済どころか利払いだけでも、我が食邑―つまり政府より賜った所領―の収益の、大半が吹き飛んでしまう。


 おまけに、戦役で多くの兵が宇宙の塵となったのだが、かれらは本来、我が食邑における貴重な働き手だったのだ。

 要するに、兵の戦死が今、食邑の生産力の低下としてはね返ってきているのだ。


 更には、戦役に投入した戦闘艦や戦闘艇といった兵器も、元々はわが食邑内で物資の運搬に使っていた宇宙船や、資源採取や生産設備のメンテナンスなどの業務をこなしていた宇宙艇を、改造したものだったのだ。

 それらの多くが破壊されたり、損傷を受けたりしたことも、我が食邑の収益をいちじるしく押し下げている。


 莫大な借金を、大幅に低下した収益から返済していかなければならないし、政府への貢納も欠くことはできないのだから、手元に残る資金なんてものは雀の涙だ。

 雀という動物を、私は見たこともないが。


 そんなわけであの戦役は、我が一門に地獄のような貧困という爪痕を、残していったのだった。

 もし褒賞が下されずに財政が悪化しつづければ、わが一門は破産してしまうだろう。


 棟梁以下百数十人の一門の親族も、私のような古参の家宰を含めた何百人もの家臣団も、そして何千という数にのぼる領民たちも、飢え死にするか離散して漂泊民に身をやつすかしか、選べる道がなくなってしまう。


 数百年にわたって、12もの有人星系を切り盛りしてきた伝統ある血筋をさえも、途絶えさせてしまうことになる。

 我が主には、堪えがたい不名誉にもなってしまうのだ。


 国の危機に際して、命と財産を投げうって戦いにのぞむというのは、政府より食邑を与えられている一門としては当然の義務だが、国のために戦った一門にそれ相応の褒賞を与えて労に報いるのも、政府にとっては絶対的な責務のはずだ。

 わが一門には当然、褒賞を受けとる権利があるといえる。


 そんなわけで我が主は、必ずや褒賞が下されるものと信じ、待ち焦がれているのだ。戦役が終結して以来、3年もの月日が経ってしまった今となっても、ずっと。


 しかし、一門の家宰として食邑の管理をあずかっている私の立場からすると、もう少し食邑経営の方にも、主には意識をかたむけてもらいたい。

 そちらでの工夫や努力というものを、我が主がしっかりと実行してくれれば、一門の財政悪化もどうにかくい止められるはずなのだ。


 仮にこのまま褒賞が下されなくとも、お家の滅亡などという最悪の事態くらいは、避けられるに違いない。

 戦役の影響で生産性を下げた我が食邑も、やり方ひとつでそれを回復させる方途は、いくらでもあるのだから。


 なのに我が主は、戦役において活躍することのみが、政府に食邑を与えられている一門の務めだと、思いこんでおいでになるようだ。

 食邑を合理的に、効率よく経営して見せることも、我が一門の重大な役目であるはずなのに。


 我が主は、食邑経営は甘く見たり軽く考えたりして家宰の私に丸投げにして、自身は戦争のことしか考えていない。戦功をあげて褒賞を得ることしか頭にない。

 戦争など、この次にはいつ起こるのか、分かったものではないのに。

 そして、今回の例でも分かるように、戦功をあげたからといって確実に褒賞が得られるとも限らないのに。


 家宰の私の立場では、食邑の経営に関心をしめさない主の姿勢は、不安でならないし、不満を留めることができない。

 上を見あげて政府の顔色ばかり伺っていないで、足下の家宰や領民の意見にも、耳を傾けてもらいたい。


 もちろん私も、家宰として食邑の管理者として、生産性向上のために、できる限りのことはやっている。

 戦役で死んだ者の穴を埋めるべく、領民の間で、またば天体集落の間で、役割分担を組み変えて一人当たりの生産を高めたり、最外殻惑星までに留まっていた資源採取用人工惑星の長楕円軌道をオールトの雲にまでのばすことで収穫を増やしたりして、戦役前の生産性に近づけようとした。


 元素さえそろえられれば、食料でも資材でも、たいていのものが化学合成で出来上がる時代だから、資源採取といえば、元素を手に入れる作業だ。

 ガス惑星や小惑星群や星系ガス雲などから、領民たちが手分けして資源を採取して、何十種類にも及ぶ必要な元素を、すべて取りそろえるための活動をしている。


 これまでは、小惑星に弾丸を打ち込んで、跳ね飛ばされた破片から採取する業務だけをやっていたある領民に、これからはそこからの帰りに、星系ガス雲をイオン化して吸引捕集する業務もやってもらう、という新たな負担を受け入れてもらったりもした。


 ガス惑星を周回する衛星からの採取も、一つを担当するだけでも大変なのに、一つの領民家族に二つ以上の衛星を掛け持つという無理を、引き受けてもらったりもしている。

 こういった数々の工夫や改善策を、私はひねり出してきたのだ。


 さらには、戦役で損傷した宇宙船や宇宙艇に応急の修理を施して、しばらくならば使えるようにした。

 老朽化してスクラップ待ちだったそれらを、強引に現役復帰させたりなどもした。

 こんな間に合わせの工夫で、設備面での補強も進め、どうにか収益を回復させようと対策を重ねてきた。


 だが、それらのようなやり方では、どうしても限界がある。私にできる範囲のことでは、戦役前の収益の半分にも回復させられない。

 その一方で、一門の棟梁である我が主が、持てる権限を惜しまず発揮すれば、もっと有効な策が実施できるのだ。


 近隣の門閥から、人手や設備などを借り受けてくるという方法もある。

 政府に救援を要請するという手立てだって使えなくはない。

 さらには銀河連邦とかいう、国外の機関を利用する手もあり、私も幾度かそれのエージェントとコンタクトはとった。


 往復で一年もかかるほど、遠くに本部を置いている組織が銀河連邦だから、利用するにも障害は多い。

 だが、一応は我が国も、加盟国ではあるのだから、それの活用を考えても良いはずなのだ。


 我らより相当進んだ科学技術を持ち、経済規模も大きいのが、銀河連邦だそうだ。

「地球系人類」を中心として成り立っている組織だそうで、銀河全域に散らばっている数百の加盟国に、支援の手を伸ばすことが可能なほどに、その勢力は絶大だと連邦のエージェントは話していた。


 詳細で信用するに足りるデータをもとに紹介された、銀河連邦の支援実績を見るに、支援の要請さえすればたちどころに、我が食邑の生産性は、回復できそうなのだ。


 だが我が主は、それらの方法の利用を恥だと思うのか、ただ単に面倒臭いのか、もしくは、それが一番可能性は高そうだが、食邑の経営なんて家宰が何とかするものだと決めこんでいるためか、とにかく何もしてくれない。


 棟梁の権限を発動してくれなければ、一門は破産してしまうかもしれないのだからと、再三頼みこんでいるにもかかわらず、一向に動いてくれる気配も見せない。

 自身も餓死してしまうかも知れないにもかかわらず、一門の滅亡にまで至るかも知れないにも関わらず、危機感が足りないのか、想像力が乏しすぎるのか、食邑の経営などは、歯牙にもかけない態度なのだ。


「おい、ツルムよ」

 何十回目か分からない、同じ質問。「政府から褒賞の話は・・・・・・」

「そんなことより御棟梁、一門の財政もそろそろ限界で御座います。なにとぞ御棟梁の権限をお使いあそばして、何らかの対策を講じていただきたく存じます」


「う・・・・うん、まあ・・・・そのことは、もうしばらく捨ておけ」


「す・・・・捨ておくなど、そんな・・・・・・」


「いや、捨てる・・・・・・というのは違うな。そういうわけでは、ない、のだ、が、それは・・・・・・その、ツルムの方で、何とかしてくれ」


「ですから、私の力だけでは、できることにも限界がありますので、御棟梁のお力をお示し頂きたいのです」


「ま・・・・・・まあ、そういうな。お前なら、何とかできる。

 何といってもお前は、我が一門がこの食邑を政府に与えられる何百年も以前から、この宙域での資源採取や化学合成による生産活動を管理してきた、由緒ある家系に生まれたのだ。

 その血を受け継いでいるお前にこそ、食邑の経営は務まるというものだ。

 わしの祖先は、戦争が専門だったのでな」


「いえ、そういう問題ではございません、御棟梁。

 御棟梁の権限を示して頂かねば、他の一門や政府を頼るのも、銀河連邦などを使うのも、手続きが前に進まないのです。

 もう、そういった手段でしか、我らの食邑は立ちゆきません。内部のみでできる工夫や改善はやり尽くしてしまっているのです。

 ですから、なにとぞ、お力をお示しくださいませ」


「う・・・・・・うん、しかし、まあ、もう少し・・・・・・もう少しだけ、様子を・・・・・・明日にも、前の戦役の褒賞が・・・・・・」


「御棟梁っ! 」

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/5/21  です。


「御棟梁」については、自分自身のかつての上司をイメージした部分があるかもしれません。

 落下傘上司とでも言いましょうか、その部署の実務を経験したことが無い人が、管理職として任命された状態でした。


 仕事で疑問に思うことや相談事があっても、「やったことないから分からない」と突っぱねられ、「他の人に聞いてくれ」と放り投げられ、誰に聞けばいいかと尋ねても、「自分で探してくれ」と切り返される始末でした。


 結局、会社中の人に聞いて回るという無駄手間をかけさせられた上に、不安を抱えたまま作業を実施し、十分とは言えない出来栄えの仕事しかこなせませんでした。


 こんなことは、あちこちであるのではないでしょうか?

 落下傘政治家、落下傘社長、落下傘店長、エトセトラ・・・・・・


 ニュースなどで頻繁に、事故や品質不正などが報じられていますが、その裏には落下傘○○というのが、結構な確率で潜んでいるのではないかと思えてしまいます。

 この後書きを描いている時点でも、知床での事故が連日報道されているのですが、やはり現場の実務を何も知らない落下傘的な社長だったのが原因の一つなのでは、と感じています。


 本物語の「御棟梁」も、政府から与えられた領域に名目だけの支配者として君臨しているので、域内の産業などにはちんぷんかんぷんなのです。

 こんな事情を念頭に置きつつ、この先を読み進めて頂けると、有難いです。

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