1.先輩は悪魔で宇宙人
「彼女になって」
目の前のだるそうに立っているイケメンの口から、突然告白の言葉が飛び出してくる。
「…え?」
なんでこんなことになってるかって?
…そんなの知るかぁ!
なにせ、この意味不明な生命体と出会ったのはほんの数日前のこと、お昼休み――
「うわっ?!」
何にもないところでこけるのが特技と化している私は、親友の夜宮咲耶と食べるはずのお弁当を持ったまま階段の途中でその特技を披露する。
地面が近づいてくるのを察してギュッと目を瞑ると、低い呻き声と共にドンッと鈍い音がした。
あれ、痛くない、私思ったよりも強いのかも、なんて思いながら、晴れやかな気分で目を開けると、……。
目に思いっきり顰められた綺麗な顔が映った。
「……え?」
思考回路停止。顔面蒼白。状況をなんとなく理解。
あ〜、はいはい、そういうことね、と頭では軽く流しながらも、体はまだパニック状態で動かない。表情筋も死んでしまいました。
どうやら、私は、イケメンを……押し、…倒してっっ、しまったようです。
さて、この状況をどう処理しますか?
…っ、うん、まず下りよう。
男の人の上に密着してしまっていたのが急に恥ずかしくなって、バッと彼から離れる。
私彼氏いない歴=年齢だし、小中女子校であんまり男慣れ…?してないからっ、いきなりこういう青春っぽいこと起こっちゃうと心臓爆発しちゃうって!
っていうか、この人さっきからなんも言わないけど大丈夫かな??
ジトォッて目で見られても、どう反応すりゃあいいのか…。
なんだよ、昼からブスの顔ドアップで見たくないよってことかなっ。
でも、キレるならもういっそキレて頂きたいですよ…?
覚悟はできてるんで…。
「あの〜…」
すみませんでした、怪我はないですか…?と彼に手を差し出すと、イケメンくんは
「痛い。だるい。弁当」
と三つの単語を私にぶつけてきた。
「え?」
あ、つまり、解読しろと?
めんどくs(((殴…
え〜っと、私も弟いるからなんとなく分かるよ?
つまり…
「ごめんなさい、とりあえず保健室同行します…。あと、お弁当奢りますので何がいいかとかあれば言っていただけると「は?」
「え?」
目の前の彼、どうやら御立腹な様子。
そりゃ怪我させたのはこっちが悪いけどさ…。どうせぶつかるんだったらもうちょっと会話可能な人が良かったな…、なんて。
「お前の弁当」
「?」
いや、ここにありますけど…、と手元に目を落とす。と、数分前にあったはずのお弁当箱が消えていた。
え。
嘘でしょ。
とたんにゾワッと寒気がして、反射的に踊り場で座ったまま動かない彼の方を見ると、その背後に怪しい影が。
まさか……。
「あんた、弁当ぶちまけた」
「ひぇぇっ」
頭を抱えてしばらくそこでうずくまる。
嘘でしょ…っ、最悪…、どうしよう……。
「ごめんなさい…、すぐ片付けますので…」
ちょっと動いてくれてもよくない?とも思いながらも、私は仕方なく彼の後ろに回って状況を伺う。
「……」
うわぁお。
……これは酷い。
「汚いのでちょっと退いた方が…――」
「はぁ?」
「へっ」
私なんか変なこと言いましたっけ?
「あんたのドジ隠してやってんだけど」
「え?」
こんなにめんどくさがり屋オーラ凄いのに、変なとこで優しいんだな…。
「ありがとう、ございます」
「ん」
折角良くできたハンバーグが…と心の中で嘆きながら、私はスカートのポッケに常備してあるウェットティッシュをうまく使って辺りを拭き、おかずをお弁当箱の中に拾い集めた。
っていうか、私のぶちまけたお弁当に注目を集めないため、とか言ってましたけど、あなたの後ろに私が潜り込んでいる絵の方がよっぽど人々の目を引いているような…。
こんなに美形な人がこんなとこでブスと何やってんの、って話になりますよ、そりゃ。
「あの、ごめんなさい…。大変ご迷惑をおかけしました。もう拭き終わったので…、ありがとうございましt――」
「行くよ」
「え?」
星宮茉維、驚きを隠せません。
目の前のまだ名前も知らない彼はいつなんの説明もなしに私をグイグイ引っ張って廊下をズンズンと歩いて行きます。正直いうと、
は?なんなのこの人、人間?理解不能すぎるんですけど。
なーんて思わなくもないけど、一応命の恩人かもだし背高いから先輩っぽいしそんなこたぁ言えないっすね。
さて、この身元不明の宇宙人は、私をどこに連れていくのでしょう。
周りの人の目が非常に気になりますね、ハイ。
「ん」
「本当意味不明…」
「ねぇ」
「宇宙人すぎて謎…」
「あんた」
「そもそも誰…?」
「٩(๑`^´๑)۶!!!」
「うわっ?!」
体が宙に…?!
って、えっ、まっ、やっ、あっ、……っっ。
これは、『たかいたかい』というやつでは…?!
あの、赤ちゃんがやってもらっている…。
あれちょっと憧れだったけど、でも高身長な彼にやられるとちょっと怖い…、って!
それよりこんなの高校生がやるもんじゃないじゃんっっ/////
恥ずかしいっ、もう死にたい…!!!
やだやだやだ絶対私重いし…。
落ちちゃいそうで怖すぎるから、お腹と胸の間のそこそこ際ど、い…っ、位置にある彼の腕をギュゥっと掴んで安全を確保する。
今気づいたけど、地味にその、手が、っ胸…にあたってるのが…!
ピクッと熱い体をよじって位置をどうにかしようとしていると、
低音のいわゆるイケボ、というのであろう声が耳元で響いた。
「ねぇ」
「ひゃいっ!」
大袈裟に反応してしまって、慌てて口を塞ぐ。
「顔やばいけど。ってかさっきからなにやってんの。触って欲しい系?そんな顔して意外とスケベなんだね。あと人の話聞いてんの?早く選んで」
一息でそこまで言うと、彼は気力を使い果たしたというように私をおろし、横からもたれかかってきた。
珍しく凄い喋ったと思ったら、内容がぁっ!
「っっ!!さわっ…、ス…スケっ/////」
「何。図星?」
「っ、なわけっ――」
「じゃあ何」
「そのっ、はず…。はず、かし…くてっ」
「ふ〜ん。恥ずかしい、ね。…ウブか」
「うぶ…?」
なんじゃそりゃ。
まぁなんか貶されてそうなのは間違いないね。
すいませんね、経験なくて!という意味をこめて地面を見てむくれていると、
「で。返事」
「え?」
「あー…、だっる。もうオムライスでいいね」
「え?」
「…うざ」
心底うんざりしたような顔で、カウンターへとすたすたと歩いていく彼。
え、まって。
何が起こって…?
オムライスってどういうこと?
「ねぇ。ウブちゃん、早く」
そんなことを考えていると、おそらく私のことを呼んでいるのであろう声が耳に入った。
ガバッと顔を上げて、せっせと小走りで彼の元へと行く私にふっと笑いながら、彼は『はい』と私にトレイを渡す。
「おっ…」
オムライス…!
「…美味しそうっ」
「席。とってきて」
「はいっ!」
さりげなくこき使われていることには気づいてるけど、あんな酷い目に合わせた御身分で文句なんて言えない。
私は重いトレイを持って、広い食堂を見回して。端の方に席を見つけたので、早速席を取りに向かう。
こけないように慎重に歩いていると、気づいたらもう会計を終えた先輩が横を歩いていて。驚いてトレイを落としそうになる。
「先輩、早くないですk――」
「あんたが遅いの」
聞こえよがしにため息を吐きながら、彼は先に席に座ってひょいひょいと楽しそうに手招きをしてくる。
むっ…。腹立つ…!!
足長いからって馬鹿にしないでほしいっ!
睨まれたことに気づいてないのか、それとも睨まれても何にも感じなかったのか。意地悪な悪魔はニヤリと口角を上げたまま、向かいの席に座った私に声をかけてくる。
「オムライス好き?」
「え?まぁ、好きですけど…。先輩みたいに二個食べれる自信はないです」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ、とでもいうように、彼は顔を顰めて私を凝視してくる。
…失礼だったかな?
黙ったまんまの先輩に、
「すみません、気に障りましたか?」
と声をかける。
この人本当理解できない…。
「ねぇ、あんた…。名前何?」
「あっ、えっと、星宮です!星宮、茉維」
「星宮茉維、ね…。ん、分かった」
何が分かったのかが分からなくて、首を傾げる。
あっ、私も先輩の名前聞かなきゃ!
「あのっ――」
「茉維」
「っえ」
私の声にかぶさった彼の台詞に、思わず驚きの声を漏らしてしまう。
「今、なんてっ」
まさか…。
ね?
流石に幻聴だy――
「ん?何。オムライス。食べて。冷める。…美味い」
うん、普通の会話でこんなにめんどくさそうに単語をぶつけてくる人が他の人、ましてや私の名前なんか呼ぶわけない。
ぶんぶんと無駄に熱った顔を冷まして、さっき放たれた単語達の解読に取り掛かる。
え〜っと…。
「オムライス、私ですか?」
「はぁ??」
うわっ。あからさまにイラッとしたよ今。
「あんたさ…。天然って言われたことない?」
「おっ」
まともに喋った!
「なんなの」
「いや…」
「で?言われたこと。あるでしょ?」
えっと…。
天然、か。
『あんたほんっと天然すぎ!この先生きてけんの?!』
『はぁ…。そうだ、あんた天然だったんだ…』
『うん、天然だね、茉維。可愛いよ(苦笑い)』
「えっと、結構たくさん…」
主に親友の咲耶にだけど。そしてほぼ呆れて・顔を顰めながらしか言われたことないけど。
でも、よく分かんないんだよな、天然って。
迷惑かけてるんだろうけど、天然って何?っていっつも思うし。
聞いてみても苦笑いしか返ってこないし。
「「はぁ…」」
「え」
ついため息が…。
「ごめんなさ――」
「んで謝んの。オムライス。俺食べちゃうよ?」
「あっ!」
そうだっ、オムライス…。
多分くれるんだと思う。
あとでお金返さなきゃな。
「ありがとうございますっ!」
ニコッと笑ってホクホクのオムライスに手をつける。
口に入れた瞬間、広がるふわっふわの卵の甘みとライスの具材の食感。それにケチャップの味が合わさって…。
「最高…」
一度食べてみたかったんだよね、食堂の料理。
一人暮らしだから節約!って思っていっつもお弁当だけど、たまにはいいよねっ!
あぁ、美味しすぎる…!!
これから週一くらいはここで食べようかなっ。
「えへへ…/はぁ…」
「えっ」
なぜにため息…?!
私なんかした?
それとも悩み事でも…。
「何」
「え…っと、なんか、悩みですか…?」
下からそうっと彼を見上げてそう聞くと、先輩はもう一度ため息をついてから
「そーゆーとこね」
と言う。
「え?」
「そーゆーとこ。自覚、ないんだろうけど。もうちょい危機感もちな」
「…?」
今の発言、今までの先輩の発言史上意味不明なランキング一位にランクインしましたけど…。
「あの、もう少し分かりやすく――」
「よーするに、」
「はい!」
あの先輩が私のためにまとめようとしてくれてる!
ちゃんと聞かなきゃ!
「よーするに…。」
「はいっ」
わざとらしく間をあけてから、彼は衝撃的な一言を発する。
「バカ」
「へ…?」
ばか…?
今、馬鹿って、言った…?
「なっ!酷いです先輩!!!馬鹿って言った方が馬鹿なんですよ?!」
なんでそうなるの?!
私、なんも馬鹿っぽいことしてな――
「まず、お弁当でしょ。んで天然。まぬけ。馬鹿。ドジ。ばk――」
「それもうただの悪口じゃないですか!しかも、馬鹿って2回言おうとしたっ…!」
そう言って、涙が滲んだ目で楽しそうにニヤニヤしている彼をキッと睨む。
やっぱりこの先輩、最低だっ…!
*****
そしてそのあとは、先輩は食べ終わったらすぐにどこかに行ってしまって。
何が起こったのかよく分からないまま、今また彼に出くわしている。
というか、引き止められた。
というか、いきなり告白(?)された。
え、告白?
「…ぇ。ねぇ。聞いてんの?」
「あっ」
えっと…。
「ごめんなさい、えっと、私こういうノリ分からなくて…。どうすれば正解ですか?」
多分よくありがちなやつだよね!
『じゃんけん負けたら学年一のブスに告白する』とか。
軽く流せばいいんだろうけど、その流し方がよく分からなくて。
本人に聞いちゃダメなやつだったかな?と黙り込んだままの彼をじっと見上げる。
「やっぱり、ばか」
「へ?」
「まぬけ」
「え?」
「ば〜〜〜〜か」
「!!!なっ」
なんで急に貶して…っ!
っていうか、みんな見てるし!
ざわざわしてるし!
目立ってるし!
「すみません、帰ります(逃げます)!」
「は?」
戸惑っている彼を無視して、全速力で野次馬の中を駆け抜ける。
ゼェゼェ言いながら校門まで辿り着くと、そこでへなっと座り込む。
「はぁぁ〜…」
疲れた〜。
うまくまけたかな?
「遅いくせにもう息上がってるとか、どーゆーこと」
「ん?」
え?
「え、え…えぇぇぇ?!?」
「うっさ…」
えっ、なんで先輩がここに?!
「『え、なんでここにいるの?!』って言いたいんでしょ。ふっ、全部顔に出てる」
ニヤッと口角を上げながら、そう笑う彼。
って…。
「今の、私のモノマネですか?」
「…他に誰がいんの」
「え、ぜんっぜん似てないです!!先輩、女子の声は高くしとけばいいって思ってません?!」
「はぁ…。ピーチクパーチクうっさいんだけど。前世小鳥かよ」
「なっ…!」
失礼な!
「先輩があまりにも喋らないだけですよ!最初の方なんて単語しかぶつけてこなかったじゃないですか…」
「喋るのに無駄な労力使いたくないの」
「?!」
こっちの解読しようとする労力は関係ないとでも?
「じゃあなんで今はまともに話してくれるんですか?」
「ふっ…。あんたの理解力が皆無だから。喋らずにはいられないから」
あっ、今鼻で笑った!
っていうかさっきから私のことどんだけ貶せば気が済むの?!
「っ――」
文句を言おうと口を開くと、それを遮るように先輩は衝撃的な一言を放つ。
「んで、彼女。なるよね?」
「……はい?」
どうやったら今の流れでそうなるの?!
っていうか、彼女って…っっ。
「どういうこと、ですか…っ」
「何顔真っ赤になってんの。りんごみたい」
そういって私のほっぺたをふにっとつまむ彼のせいで、私の顔はさらに真っ赤になる。
「っっ…!」
すると、先輩はあちゃ〜という顔をして、
「そうだ、小鳥ちゃんウブだったんだ」
と何かを思い出したように言う。
「うぶ…って、なんですか?」
前も気になってたけど聞けなかった。
「は」
「え?」
先輩は、呆然とした様子で『マジかよ…』と呟いてから、
「んーん、特に意味ない。小鳥ちゃんは気にしなくていーの」
と『これ以上聞くな』オーラを笑顔の裏に出しつつ言う。
なんなの、そんな風に言われたら気になっちゃうに決まってるじゃん…!
よし、家帰ったら絶対調べてやる!
「…顔出すぎ。調べちゃダメだから、…ね?」
まるで小さい子供に言うみたいに、かがんでニコッと微笑む先輩。
また馬鹿にされてる…っ。
「なんで私が先輩の言うことなんか聞かなきゃいけないんですかっ!!ぜっっっっっったい調べますから!」
そう言い放って、くるっと彼に背を向け走り出す。
「ちょっ」
パシッ
「逃げないの」
「……っっ」
せめてもの抵抗をと、掴まれた腕をブンブン振り回してみるけど。
不敵な笑みを浮かべた悪魔には一ミリもダメージを与えていない。
「……」
「ねぇ」
「……」
「さっきの質問の答えね」
「……え?」
「『なんで私が先輩の言うことなんか』ってやつ」
あ、はい、と頷くと、先輩はサラッと
「言うこと聞かないとキスするから」
と答える。
「なるほど……」
そっか…、キスね、それならしょうがな………?
ん?
キス?
今、キ…キスって、言った?!?
「えっあっっ…やっ、えっと、あのっっっっ」
セクハラで訴えてもいいよね?!
っていうか、なんでそんなこと、平気な顔で言えんの…っっ…!
信じられない…今までどんな生活を送ってきたら…っ。
「まだしてもいないのに、んなに真っ赤なってど〜すんの」
「なっ」
面白そうに熱った頬をつついてくる先輩の手を押しのけて、
「かっ、彼女…になんて、なりませんから!」
とハッキリと言い切る。
流石の先輩も、キ…キス、なんて冗談だよね!
そんなの好きな人以外にするものじゃないし!!
「ということでっ、さようならっっ!!」
黙り込んでいる彼に背を向けて、ギクシャクとした動きで校門を出る。
ふぅ…良かった、諦めがいい宇宙人で。
逆にここで追ってきたらもうもはやストーカーだよn――
チュッ
最後に感じたのは、軽いリップ音と頬に触れた温かい感触。
何が起こったのか分からないまま、そこで私は意識を手放した――。