記憶
「不可侵条約の魔法が秘密裏に破られたのかもしれない。」
そう言った後のイリアの発言に俺は絶句した。
「なんとかしてくれ。」
そう言い放ち、イリアはじっと俺を見る。
なんとかしろとでも?
無理。
「ちょっと待って下さいよ。不可侵条約だろうとなんだろうと、自分、関係無いんですけど…。」
良い迷惑だ。
うっかり変な穴ポコを触ったが為に、強制的に異世界へと飛ばされ、遠回しに国家間のいざこざの修正まで請け負わされそうになっている。
そもそも、【無限魔力】を手に入れているとはいえ、肝心の魔法自体は一切使い方を知らない。
理由も無しにそんな訳の分からない争いに巻き込まれたくない。
喧嘩、というか争いの類いだって一人っ子の俺にはほぼほぼ縁の無い物だったのに。
俺の反応を見て溜息を吐きつつ、イリアは話し出す。
「私に2度も命を救われておきながら、ちょっとした頼み事もそんなに嫌がるのか。」
イリアは若干ピリついている。
が、この程度の事に流されて面倒事に巻き込まれる訳にはいかない。
しっかりと断るに限る。
「全然ちょっとした頼み事じゃ無いから嫌なんです…。」
というか…
「え、2度?」
イリアはジトッとした目をこちらに向けたままだ。
視線が怖い。
「2度だ。転生してきた時に周りに転がっているおっさん達が居ただろ?あれは異世界人の魂の受肉に失敗した奴らだ。受肉の儀に失敗すれば、異世界人の精神も、肉体の持ち主も死ぬ。」
受肉の成功で1回、【永遠の牢獄】で2回目と命を救われていたようだ。
「せめて、あのおっさん達の仇だけでもとらせて欲しい。あいつらは、私の護送をしていた部下だったんだ…。」
部下を思いやる上司…。
この空気感は断れない。
元々自分は情に厚かったり、敵との約束すら守る!みたいなそういった気質は大好きなんだ…。
「それくらいなら…手伝いますけど…。正直自分は戦力にならないと思いますよ?」
そう言った俺の顔を眺めながら余裕のある表情でイリアはこう言い放つ。
「君、何の為の5億年だと思っているんだい?」
ゾッとする事を言いやがったのだ…。
****************
数時間程経った。
色々あり過ぎて、冷静に頭の中での整理が付くのに大分時間がかかっていた。
「そもそもだ。お前にその【無限魔力】が備わっている以上、あと数ヶ月もすればスライム程度の雑魚が生まれ始める。時間が経てば経つほど、どんどん強力な魔物が出現するぞ。」
俺の危機感を煽りたいのかぐだらせたいのかよく分からぬ、寝っ転がった体勢でイリアは喋る。
もう放っておいてもずっと喋っている気がする。
さっきから長いこと放っておいているが、次から次へと喋っている。
ぼうっとしながら思案する。
数ヶ月もすればスライム級が生まれてくるなんて。
5億年後など一体どんな惨状になっているんだ…。
そもそも5億年なんて現実離れし過ぎていて正直現実の事として未だ捉えられていない。
「あ、因みにだ。私は今、力尽くで【永遠の牢獄】内に干渉しているが、あと5年もすれば多分牢獄のシステムによって現実世界へと放り出されてしまうからそこんとこ宜しくな。」
適当に聞き流して居るとたまにこうやって重大な事を喋るから怖い。
5年後には俺は完全なるぼっちになるって事か!?
寂しくて死ぬ気がする。
死ねないんだけどね…。
というか、異世界人の受肉を成功させたり、力尽くで牢獄内に干渉したりなど、並の学者に出来る事では無いような気がする。
護送されたり部下がいたり、話から推測するに、割と高位な位置に就く学者なのかもしれない。
そうやってうだうだぼうっと考えていると、イリアが急に立ち上がり始めた。
「よぅし!それじゃあ君を今から魔王にも勝てるくらいめっちゃ鍛えてやろう!」
魔王に勝てるくらいって言い過ぎじゃないか…?
いや、でもイリアは魔王に対して泥棒してるから、そもそも魔王に勝てないとその時点でアウト…?
あれ、これ、納得して無くってもさっき嫌だと断った〝不可侵条約〟関連の問題に無理やり首突っ込まされるのでは??
自分で判断しているように見せかけて、実は無理やり行動ルートが既に設定されてるような気がする。
恐ろしい人だ。
「それでは、まず君にこれを与えよう!」
イリアはそう言うと、何か淡く光る物を頭から取り出し、俺の頭へと飛ばした。
「うぇっ…今の何です!?」
ビビり、頭を抑えた直後、脳内に直接情報が飛び込んで来る。
様々な概念や、世界地図、地域ごとの特産品、その他諸々…。
一切統一性の無い様々な情報が脳内を駆け巡る。
一気に頭へと嵐のように流れ込んでくる膨大な量の情報にめまいがし、俺は倒れた。
****************
「ぐうぅ…。」
目を覚ますと、さっきまで頭の中を飛び交っていた情報の嵐は落ち着き、知識として俺の頭の中に収まっていた。
知らないはずなのに知っている。
違和感続きだが、もうそろそろ何が起きても動じない位には胆力が付いてきそうだ。
「調子はどうだ?」
寝そべっている俺の横に座るイリアが訪ねる。
「さっきよりかは調子良いですよ。それよりも、あれは何をしたんですか?」
「私の記憶をコピーした物をお前の頭の中にブチ込んだ。覚悟しろよ、あれを今から300回程繰り返す。」
300回…あれを300回…。
「何の為に…。」
多分自分は青ざめて死にそうな顔をしてるんだろうな。
「いや、魔法を身に付けるのに、まずは知識から知っておいた方が楽だと思ってな。だが私の知識を選別するのも難しいから、とりあえず頭の中からざっと掬った記憶をそのままブチ込んでいけば良いだろうと思ったんだ。言葉で教えるのも面倒だし。」
あんたは俺と出会ってからほぼ間なしにずっと喋っているんだからそれほど言葉で教えるのなんざ面倒じゃないだろう…。
そう言おうとした時、俺の体に異変が起こったのだった…。