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落ちこぼれの烙印

前作の「小さき鍛冶士よ、大志を抱け! 〜一振りの霊剣と狐耳の少女~」の

焼き直しで本作を作りました。前作も良ければ見て頂けると喜びます。

宜しくお願い致します。


カラン、カラン、カランと鐘の音が高らかに鳴り響く。

町はずれの古びた教会に据えられた時の鐘が、お昼になった事を告げていた。

腹を空かせた職人は、近くの酒場や飯屋に集まりランチを楽しむ時間だ。


そんな中、教会から一人俯きながらとぼとぼと出てくる狐耳の少女が一人いた。

その名をオフィーリア・アルコットと言う。


時を少し遡りると、

オフィーリアは親が誰かも判らない赤ん坊の時に

教会の前に捨てられており、司祭に拾われた孤児であった。


古びた教会は孤児院を併設しており、十数人の孤児と司祭、

そして数人のシスターが慎まやかに生活していた。


教会は建築されてから100年以上も経っている為、雨漏りもするし、

食事も町からのささやかな寄付と、自前の菜園で取れた野菜で

なんとか賄えている状態であり、決して裕福な状態とは言えない。


だが、厳しくも優しい年老いた司祭と、シスターに助けられ、

孤児達は、そしてオフィーリアはすくすくと育っていった。


月日が経ち、オフィーリアが13の歳を迎えると、

大人になる為の儀式として教会で洗礼を受けていた。

孤児以外の子供を含め、13歳になったら教会で洗礼を受けた後、

孤児院や家を出て職に就かなくてはいけない。


職に就くためには身分とスキルを示すネームプレートを持つ事が必要であり、

司祭から洗礼を受け、銀色に輝くネームプレートを受け取る為には、

身を清める必要がある。


オフィーリアは身の汚れを流す為、朝早くに孤児院の庭にある井戸から

冷たい水を汲み身を清めていた。


「うぅ...まだ春になったばかりだから水が冷たい」


まだ春の息吹が感じられる日になったばかりであり、

ようやく息も白くならなくなってきたところである。


町人の子供は多少なりとも温めた水で身を清めたりするのだが、

年中金欠気味の孤児院にその様な贅沢が出来る訳もない。

精々、真冬の日に数日に一回、暖かい湯につけたタオルで

体を拭くのが精一杯であった。


そんな状態だから、外に設置された井戸水は凍る寸前まで冷えており、

その冷水でのお清めはなんとも辛いが、教会に属する者としては、

日々の日課として耐えなくてはならなかった。


ザバッザバっと井戸水を被っては震える体と胸を押さえていた。

しとやかな肢体に浮かぶ水飛沫は球の様に弾いており、

まだ育ち盛りの胸は水を僅かに湛えていたが、

寒さのあまりに霜焼けで少し赤くなっていた。


そばに置いていた布切れで体を拭き、水を含んでほっそりとした尻尾を

丁寧に拭くと急いで洗礼服を着、暖炉で暖まりながら心を落ち着けた後、

司祭から洗礼を受ける為、教会の最奥にある祭壇前に向かう。


普段から見慣れた教会の中も、今日だけは

窓から差し込む日の光がなにやら神聖に感じる。


「汝、オフィーリアよ。神の祝福を授け、

 その本質を銀色のプレートに映し表さん。ファーラム」


司祭が厳かに祝詞を唱えると僅かにオフィーリアの体から光を発する。

光が落ち着くとオフィーリアの頭上に一枚の銀色のプレートが舞い降りてきた。

司祭はプレートを掴むとオフィーリアに手渡しする。


そのプレートがオフィーリアの人生を大きく変えるとも知らずに。


その日、洗礼を受け、司祭から受け取ったプレートを見ては

オフィーリアはその日、何度目か判らない溜息をついていた。


手に持ったプレートを天にかざしたり、目を凝らしても、

『自分の名前』と『性別』と『種から発芽したマークが沢山ある』

以外は何も表示されていなかった。


肝心のスキル蘭は空欄のままであった。


「はぁ、どうして私のプレートには何も表示されないだろう。

 ちゃんと勉強も頑張ったし、稽古やお祈りだって欠かさずにしたのに」


本来であればどんなに才能が無い人間であっても、

スキルは1つは最低でも表示される。

例えば、剣の才能があれば「剣士」と表示されるし、

剣の才能が極めて高ければ「剣聖」となる。


勿論、スキルが無くても剣は振れるが

スキルが有るのと無いのとでは雲泥の差がある。

同じステータスの人が戦った場合、

スキルの有り無しで生死が分かれるといっても過言ではなかった。


なのでスキルの有無はかなり重要視されるし、

スキルの数と質はその人の人生を大きく左右する。

スキルが一つも表示されないのは、数百年に一人いるかどうかの珍事であった。


オフィーリアは激しく動揺して

「し、司祭様。スキルが表示されて無いのですが!?」と

オロオロし出すし、司祭もスキルが表示されない事に首を大きく傾げ、

何度も洗礼をし直すが、オフィーリアのスキルプレートには、

スキルが一つも刻印されることはついぞ無かった。


それだけではなく、ネームプレートの左上に表示されるはずの

花のマークが刻印されておらず、種から発芽したマークが

沢山刻印されているだけであった。


ネームプレートの左上には洗礼を受け大人になった人の心の在り方を映す花が示され、

例えば、汚れなき心を持つ人であれば「スノーフレーク」の花のマークが、

プレート上に出るといった具合だ。


悪事を働けば花が黒ずんだり枯れたりするし、

徳を積めば花全体が輝く色を放つ様になる。

種のマークは未熟者と証とされていた。


なので、スキルが無いのは祝福されなかった"落ちこぼれ"として、

世間から厳しい目で見られるし、花のマークが無い人は

未熟な子供と見られる為、非常に気まずい。


司祭はスキル無しなのが他の子供達に伝わらない様、

シスター達に強く緘口令を引いたが、口に戸は建てられない物。


キッチンでオフィーリアの行く末を心配したシスター同士が

話し合っているのを子供たちがこっそり聞いており、

あっという間にスキルが無い事が孤児達に伝わってしまった。


オフィーリアが荷物を纏める為に大部屋に戻ると、


「やーい落ちこぼれ!普段から口煩いから神様から祝福されないんだぞ!!」


と一人の少年がオフィーリアに指を指す。

意地の悪いからかいをしてくるのは、一つ年下である人族のガーランドであった。

普段からイタズラばかりして、司祭やシスターを困らせている、やんちゃ坊主であった。


そんな、ガーランドを見て

「ガーランド、あんた悪い事ばかり覚えて。そんなんじゃ、

 あんた祝福されないばかりか呪われても知らないからね!」


とお友達である狼耳の少女、リベールが吠えるように叱り飛ばしていた。


「アル。その、気落ちしないでね?スキルは後で手に入ることもあるんだし」

「そうそう。それに、アルはスキルが無くても何でも覚えるのが早いし、

 スキルがある人に能力で負けてないと思う」


と、多くの友達から慰められつつも、狐耳は力なく倒れたままであった。


(あぁ......。スキル無い事、みんな知ってたんだ)


後天的にスキルを会得する場合もあるが、

非常に困難な特訓を長年続ける事で得られるかどうかであり、

スキルを後で得られるかというと極めて疑わしい状態である。


なので、友達からの慰めはほとんど気休めみたいなものであった。


勿論、スキルが有る人よりスキルが無い人の方が

能力が高いといった事も無い訳ではないが、稀だ。


オフィーリアは覚えるのも早いし、何事も卒なくこなすが

スキルが無ければどんなに能力が高くても、目の前で力を証明しようが、

ネームプレートに表示されたスキルが唯一の証明書であり、

スキルの有り無しは職につけるかどうかの死活問題であった。


教会の孤児院を卒園したら、貧しい孤児院で日々のお金のやりくりに苦慮していた

司祭やシスターの助けになるべく、手っ取り早くお金を稼げる騎士団に入りたかったが、

スキル無しでは騎士団の雑務役にもなれないどころか、普通の仕事すらつけるか怪しい。


仕事につけたとしても、スキルが無いとスキルが有る人と同じ仕事をこなしても

かなり安い給料で扱き使われるのが目に見えていた。

なので、オフィーリアが溜息の一つ、二つは出るのも無理はない。


自分に割り当てられた二段ベットの上に置いてある僅かな小物を荷袋に詰め、

最後に司祭室にお別れの挨拶に行く。


(もう自分は大人として認められた年齢なのだ。

 誰かに助けを求められる子供でなくなってしまった。

 なんとか一人で生きてはいかなくてはいけないのだ)


そんな覚悟をもって司祭室に入ったのだが、

部屋に入るなりシスターはオフィーリアの手を取り、

そして抱きすめる。


「オフィーリア。私は貴女の事が心配です。

 教会の掟が無ければこのまま住んでいて欲しい位に」


オフィーリアは少し涙ぐみながらも、

なんとか涙を流すのを耐えていた。


シスターはオフィーリアから離れると、

保存が効くがかなり塩辛い干し肉や干しブドウ、

保存を最優先にした為、カチカチで歯が立たないと言われる

黒パンと一振りのナイフが入った袋を手渡してくれた。


本来、卒園する孤児はすぐに住み込みの仕事に就く為、

食料は貰えないのだが、直ぐに仕事が見つからない事を考えて、

数少ない食料を分けてくれた。


司祭からは

「オフィーリア。貴女はスキルが一つも表示されないのは祝福されないからではなく、

 神からの試練だと考えている。これから多くの困難が訪れるでしょうが、

 決して道を違え無い様、強い心を持ちなさい」


「孤児院の事は気にせず、自分のしたい事を見つけてただひた向きに頑張りなさい。

 神はいつでも貴女を見守っておいでです。ですが、どうしても道に迷ったときは

 孤児院に戻っておいでなさい。その時は私が貴女の助けになりましょう」


と優しい言葉と、孤児院の財政が厳しい中、

僅かばかりの銀貨が入った小袋をそっと渡してくれるのであった。


銀貨は司祭がいざという時に備えて、日ごろからコツコツと蓄えていた

なけなしの虎の子である。それをくれたという事はそれだけオフィーリアを

心配してくれている証左であった。


オフィーリアは普段から教会の手助けをしている事もあり、

司祭の心が手に取るように判っていた。


本当は辛く泣き出して弱音を吐きたい処だが、司祭を心配させまいと

なんとか無理やり顔に笑顔を貼り付け、今までお世話になったお礼を言い、

司祭に一礼すると教会を出るのであった。




誤字・脱字がありましたらご指摘頂けますと助かります。

また、感想を頂けると嬉しいです。


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