美食家
お喋りが落ち着くのを待って、俺たちは機械の姉妹に話を持ち掛けた。
世界派が成し遂げたいことはなんなのか。
もちろん彼女は自主的に調査していた。ガイアのことも自力でつかみかけていたらしい。しかし思ったほど有益な結果が出ていないのだとか。
「セキュリティが堅いわけではないのです。ただ、あまりに情報が錯綜していて事実がつかめないというか……」
むしろ情報過多で捨てるのに困っている、というわけか。
世界派としても、外部から情報を抜かれることを想定して、事前に攪乱戦術に出たのかもしれない。
「たとえばどんなのがある?」
「人間を進化させて空を飛べるようにするとか、全人類の思考を共有するとか、そういうものです」
「まるで教団派みたいだな」
「わざと彼らの思想を入れているのかもしれませんね」
「小賢しいことをするもんだ。ま、これだけ手の込んだことしてるってことは、奥に知られたくない情報が隠されてるってことだな」
しかしたしかに、こんな情報に紛れていれば、ガイアの復活だって本気かどうか分からなくなるというものだ。メシを食っても太らないとか、寝ないでも働けるとか、そういう方向性のほうが日本人にはウケそうだが。
すると機械の姉妹は顔をあげた。
「世界派の目的については不明のままですが、ターゲットの共通点についてはうっすら分かってきました」
「教えてくれ」
「それは、みんな主流派の関係者ということです」
「……」
ん?
いや、まあ、そりゃそうだ。こっちはむしろ最初からそうだと思って仕事してるんだが……。
ピクニックで疲れてポンコツになってしまったのか?
彼女は目を細め、こちらをなじるような顔になった。
「いま私のことをバカだと思いましたね?」
「い、いや、思ってないよ……」
「本当でしょうか? 続きを言うべきか迷いますね」
「機械の姉妹さま、お願いしますよ」
両手を合わせて拝むポーズまでしてしまった。わざとらしかったかもしれない。
彼女はしかし納得していない。
「自分で考えようという気はないのですか?」
「まあそう言わずにさ。考えても分からないんだから」
「ではあとで爪切りを手伝ってください。苦手なので」
「いいけど……」
そういえば彼女は足の爪を切ろうとして、いつもひっくり返っている気がするな。
機械の姉妹はこう続けた。
「私は主流派の関係者と言いました。そして、皆さんが戦っているのは誰でしょう?」
「主流派だよ」
「教団派は?」
「んっ……」
彼らも敵なのに、まだ一度もターゲットにされていないということか。これは不自然だ。
もしかして、世界派と教団派は裏でつながっているのでは?
ふと、俺はレイヴンの存在を思い出した。
彼はとっくの昔に引退した人材で、どちらかというと世界派寄りの思想の持ち主だった。なのにターゲットとして指定された。なぜか。おそらくは教団派と敵対する存在だからだ。いまは重要人物でなくとも、今後なにかあったとき敵側に回りそうな人物だから始末された、とは考えられないだろうか。
もしこれが事実なら、俺は死ぬべきでない人物の命を奪ったことになる。
動悸がするが、話を続けよう。
「教団派は、まだターゲットになってないんだな?」
「いまのところは、ですが」
「なにかのヒントになりそうだな。引き続き調査してくれ」
「はい」
*
機械の姉妹との話を切り上げ、俺はジョン・グッドマンとベンチに腰をおろした。
「どう思います?」
「教団派のことも探るべきでござろうな。いろいろ怪しすぎるでござるよ」
主流派と世界派が対立しているのは間違いない。だが教団派はどうだ? 裏で両者とつながっているのではなかろうか。もともと研究の方針に関しては、世界派も教団派も同じ路線だった。
とはいえ、カルト教団「進化の祝祭」は壊滅している。
教団派の後ろ盾はもうないはず。
なのだが、別の教団が立ち上がった可能性はある。惑星にもマーズという男がいた。ガイアを崇めていた狂信者だ。彼は信者たちからナメられていた気もするが、いちおう教祖の真似事はしていた。
あるいはマーズではなく、ガイア当人が両者のアイコンとして機能しているか。
世界派は本気で信仰していないと思うが、教団派を取り込むために看板として使っている可能性はある。
対立する陣営の関係者を消去し、なおかつガイアの肉も手に入る。一石二鳥の作戦というわけだ。
俺がその予想を告げると、ジョン・グッドマンはコクコクとうなずいた。
「た、たぶんそうでござるよ! さすが二宮どのでござる! ニンニン!」
さては、出てきた単語が多すぎて分かってないな……。
まあ俺たちは、主流派から受けた借りを返し、二度と手を出してこないよう教育するために戦っているだけだ。その目的が達成できるなら、どいつがどいつと組んでいようが知ったこっちゃない。
ただ、教団派に都合よく使われるのは気に食わない。あいつらにも教育が必要だろう。その余力があればだが。
青村放哉にも、いちおうこのことは知らせておくべきか。なにせ、知った上で行動しているとは思えないからな。なにをどう選択するにせよ、状況を把握した上でやって欲しい。
*
夜、機械の姉妹だけでなく、他の姉妹たちの爪切りも手伝わされた。
しかも鐘捲雛子がプリンを焼くと言い出したので、爪切りが終わるやみんなの話題はそちらに奪われてしまった。これが嫉妬か……。
俺はひとりベンチに座ってインスタント・コーヒーだ。
佐々木双葉がケラケラ笑いながら近づいてきた。
「いやー、ウケるね。なんなの? バチバチじゃんよ」
「べつに争ってない」
「でも寂しいっしょ? 寂しそうな顔してるもん。娘に相手にされなくてフテてるパパみたい。かわいちょうでちゅねー」
その丸出しのでこを叩いてもいいのかな?
いや、争いはさらなる争いを生むだけだ。おとなしくしていよう。
「えー、そんな顔しなくていいじゃん。ま、鬼塚ちゃんにもフラれてショックなのは分かるけどさ」
「フラれてない」
「でもまだ付き合ってないんでしょ?」
「まあムリっぽいけどさ……」
あれからアイシャとは飲んでいるようだ。俺とは飲んでいないのに! この世界は俺に厳しすぎる。もっと優しくしろ。
佐々木双葉は乾いた笑いを出した。
「ま、ガンバリなよ。危ない仕事してたら、いつ死んじゃうか分からないんだしさ」
「うん」
失恋したダメ男を慰めるあたし、みたいな態度だな。
繰り返すが、俺はべつにフラれたわけではない……。
*
後日、また仕事。
今回は佐々木双葉も参加して三名での業務だ。
「鳥になりたい」
ウラヌスのポエムが始まった。
「空だよ、空。誰もがそこを目指す。イカロスは……この話は前回もしたかな。だが、君は飛べない! 私も飛べない! なぜか! 翼がないからさ……。哀しいとは思わないかね?」
これに対する佐々木双葉の回答はこうだ。
「いや、キメればトべるっしょ」
「君は品性という概念を発明したまえ。人類として最低限の要素だ」
「えー、マジで?」
「マジだ。ではそろそろ本日のターゲットを発表するぞ。通称『美食家』。三十六歳。男性。どんな人物かは名前から判断していただきたい」
グロテスクなのは苦手なのだが。
まあいい。
俺は挙手した。
「そいつはなぜターゲットに?」
「主流派の関係者だからだ」
「たまには教団派の関係者もヤりたいなぁ」
「ターゲットの選定はこちらでおこなう」
「適切に選定しているかどうか、証明できるの? もう少し情報を開示してくれないと、信頼関係に関わっちゃうよ?」
俺がそう煽ると、ウラヌスはぐっと眉をひそめた。
「君ねぇ! 君が情報を開示しろというから、私はバカ正直にレポートに書いたんだよ? そしたら上司はカンカンさ。もう書かないからな」
あらら。
もしかするとウラヌスはなにも知らず、上に言われた通り俺たちを案内しているだけ、ということなのか。ならこの男を問い詰めても意味がないな。
「悪かったよ。もう言わない」
*
美食家は食材を仕込んでいる最中だった。
場所は郊外の一軒家。農家から買い取ったのか、奪い取ったのか、勝手に住んでいるのかは分からない。庭先に棚を設置し、肉を並べて干しているところだった。
「え、誰?」
俺たちを見るや、男はぎょっとした表情になった。
誰か聞かれて答えるわけもないが。
逃げ出しそうになった男の足を、ジョン・グッドマンが撃ち抜いた。
転倒したところへ、俺は駆け寄って注入器から薬剤を打ち込んだ。肉がもりもりと膨張する。その首筋へ、佐々木双葉がナイフを突き立てた。
変異するかどうかというところで絶命……。これはセーフなんだろうか。
美食家の身体はその後も膨らみ、ナメクジみたいな形状に変異した。ただし歯はとんでもなく鋭い。まあナメクジにも歯舌というものがあった気がするな。コンクリでも削り取る。
ともあれ今日の仕事は終了だ。
干されている白い肉はオメガ種のものだろう。干物にして売っていたのだろうか。あるいはミュータント節でも作っていたか。カツオ節の要領で作れるらしい。
佐々木双葉は一通り見て回ると、不満そうに頬を膨らませた。
「バラしたヤツしかないじゃん。これじゃサイキウムとれない」
「ターゲットはバラしちゃダメだぜ」
「分かってる」
彼女が前回の仕事に参加しなくて本当によかった。もしサイキウムを持ち帰って姉妹の前で使われたら、教育上よろしくない。人の記憶を食うなんて。
ペテペテとバイクのエンジン音が近づいてきた。
ヘルメットを取り、姿を現したのはもちろん青村放哉だ。
「ンだよ、もう終わってんじゃねーか」
「遅刻だね」
「いや、先にもうイッコの現場行ってたからよ。そっち行ったら空振りっつー。オメーもどこ行くのか先に言っとけよ」
「言うわけないでしょ」
よほど急いできたらしく、青村放哉は汗だくだ。
リムジンから出てきたウラヌスに電話を借り、俺は役所へ連絡を入れた。
*
「じつに嘆かわしいね。肉の仕上がりも中途半端。そんな状況で敵と仲良くしている場合かね?」
帰りの車内で、ウラヌスからそんな注意を受けた。
が、俺は気にしない。構わずビールを味わってからこう応じた。
「敵ったって、バイトでしょ? 平気、平気」
「君が平気でも、私が平気じゃないんだ。レポートになんと書いたらいいんだ」
「会わなかったことにすればいいのでは?」
「それだ」
そういうことだ。書かなきゃバレない。運転手がチクらない限りは。
佐々木双葉はクーラーボックスを何度も開け閉めしている。
「またコーラ置いてない! この店、客のことナメてるでしょ?」
ウラヌスも頭を抱えている。
「店じゃない。客でもない。君は少し静かにしてくれないか。頭が痛くなる」
「頭痛いの? キマったほうがいいよ」
「……」
キマれば頭痛も治るのか?
仮にそうだとして真似する気にはなれないが。
それにしても、だ。青村放哉は、先に別の現場に顔を出したと言っていた。つまりは間違った情報が流され、あとから訂正が来たことになる。敵のインテリジェンス部門も完璧ではないということだ。
俺はビールを置き、こう尋ねた。
「それにしてもさ、ずいぶんダダ洩れなんだな、あんたんとこの上層部は。おかげでいっつも野良犬が嗅ぎつけてくる」
「それは私もレポートに書いてる。なぜか先回りされているとね。まともな返事はもらえていないが」
彼も改善したいと思ってはいるのか。
ま、俺たちが作戦に失敗したら、彼らだって困るわけだしな。
(続く)