ドクトル
次の仕事が回ってきた。
参加者は俺とジョン・グッドマンのみ。佐々木双葉は不参加だ。理由は「飽きた」とのこと。自由すぎる。
「太陽、それはイカロスは翼をも焼く……」
「待った」
ウラヌスがポエムを始めたので、俺は先を制した。
いや、べつに演説を妨害するつもりはない。しかしどうしても先に聞いておきたいことがあった。
「死者を蘇生させる技術ってのは、わりと普及してるものなのか?」
「なんだね急に」
「そうポンポン蘇生させられるのかって話だよ」
すると彼は誇らしげな、というかクソウザいドヤ顔になってこう応じた。
「不可能だよ、凡人にはね。選ばれしものだけが魂の形を保ち、そして肉体を得ることができる」
「どうやって?」
「私が機械技師に見えるのか?」
「まあたしかにクサダサポエム野郎にしか見えないが」
「ポエ……」
「どんな感じだったんだ? あんた、変異しそうになって俺たちに殺されたよな? そこからどんな流れで生き返ったんだ?」
「私の復活に興味があるのか? よかろう。教えてやる」
できれば脚色ナシで頼むぞ。
彼の説明はこうだ。
死後、魂は重力に引かれて落下を始めた。やがて海中の泡のようなものに包摂され、穏やかな時間が流れた。そこには惑星の仲間たちもいたそうだ。
そこで再起の機会をうかがっていたら、なにかに吸い出されて肉体を得た。
以上。
「私は素直に応じたよ。しかし復活を拒んだ仲間もいたな。それも機械で強制的に吸い出されたようだが」
死んだ人間が生き返るのも、いいことばかりではないらしい。強制的に吸い出されるなんて、おぞましいとしか言いようがない。
「ガイアも生き返ったのか?」
俺がそう尋ねると、彼は嘲笑するように鼻で笑った。
「知りたいかね?」
「知りたいから聞いてるんだ」
「ふん。君の態度を見ていると、あまり教えたい気分になれないな」
「俺の腰にぶらさがってるモノが見えないのか?」
「どれのことだ? 小さくて見えないが」
「見える距離まで近づけてやろうか?」
ま、ここでそんなことをすれば世界派まで敵に回すことになるから、俺たちだけでなくシスターズまで巻き込んで取り返しのつかないことになると思うが。
彼はしかしフッと笑ってこう応じた。
「その必死さに免じて教えてやろう。ガイアはまだ復活していない。受け皿が完成していないからな。大なる魂には、大なる器が必要だ」
「器ってのは?」
「いずれ知る。いまは仕事をこなしたまえ。本日のターゲットは『ドクトル』。五十二歳。男性。なんだその顔は? 気が乗らないのか?」
「いいから続けてくれ。気乗りしたことなんかない。こっちは快楽殺人者じゃないんだ」
もしやる気満々なのだとしたら、そっちのほうがどうかしてる。
が、ウラヌスは肩をすくめて余裕の表情だ。
「いや、きっと君はやる気を出すさ。彼が例の『パパ』なんだからね。かわいい娘から景色を奪い、首輪をして地下に閉じ込めていた張本人だよ。ちなみに人間の家族もいる。悪人というのは、表の世界ではいい人間を演じるものらしい」
あいつか……。
*
郊外の廃病院に到着した。
ずいぶん古くから放棄されていたらしく、駐車場のアスファルトは割れて雑草が伸びていた。病院の壁にもツタが伸びている。
リムジンを出ると、肌がやや蒸し暑い空気に包まれた。これから梅雨が来て、そして夏になる。季節は巡る。悪人は死ぬ。善人も死ぬ。
虚しいおこないを繰り返しているように感じられる。
俺はハンドシグナルを出し、ジョン・グッドマンとともに歩を進めた。
ドクトルには遭遇しなかったが、どこへ移動したかはすぐに分かった。床に堆積した埃に靴跡が残っていたからだ。外部から入り込んだ土埃だ。あと何十年かしたら苔のむす遺跡のようになっているかもしれない。
斜めに光が入り込んできているので、内部は薄明るい。不気味というよりは、神秘的な雰囲気があった。
ふと、ジョン・グッドマンが眉をひそめた。
「二宮どの、靴跡が二種類あるでござる」
「えっ?」
ぱっと見た限り、二種類どころではない。ただし、ほとんどの足跡には埃が堆積しているから、新しいのは二種類ということなんだろう。しかも一方向のみ。つまり奥にふたりいることになる。また野良犬が入り込んだか。
「慎重にいきましょう。銃を所持している可能性がある」
*
足跡を追跡した結果、二名の人物と遭遇できた。とはいえ、すでに一名は死体だったが。
「よう、遅かったな」
青村放哉だ。
オフィスのデスクに腰をおろし、銃をもてあそんでニタニタ笑っている。
ドクトルと思われる小太りのおじさんはすでに射殺され、血液を垂れ流しながら床に転がっている。
「青村さん、これはどういう……」
「俺が殺った」
「えっ?」
護衛しに来たんじゃなかったのか?
彼はフッと不敵に笑った。
「こいつの話聞いてたらだんだんムカついてきてよ」
「ムカつく野郎ってのは俺も知ってるけど……。でもいいの? 護衛は?」
「心配はすんな。こっちはどうせ失敗続きだしよ」
「けど大統領は……」
俺がそう言いかけたところで、パァンと発砲があった。慌てて体を確認するが、こちらは撃たれていない。ジョン・グッドマンも無事だ。威嚇射撃だったらしい。
彼はにこりともせずこう続けた。
「余計なことを言うんじゃねーよ。次は当てるぞ」
「大事な話なんだ」
「でもダメだ。いいか? 俺はもう決めたんだよ。あの後悔が続く限り、なにをやっても満たされねぇ。哀しすぎんだろ? 哀しすぎてシクシク泣いちまうよ。ま、そーゆーワケだからよ。オメーらとは和解できねぇんだ。悪いな」
「……」
言葉による交渉は不可能、か。
サイキック・ウェーブをカマして思考を封じ、武器を取り上げることは可能かもしれない。ただ、そんなことをしても彼は考えを改めないだろう。永遠に拘束し続けることになる。殺すのと同じだ。
「ま、仕事は終わりだ。俺は帰るぜ」
彼はデスクから降り、俺たちの脇を通り過ぎた。が、ドアのところで立ち止まり、振り返ってこう続けた。
「奥の金庫見てみろ。面白いモンがあるぞ」
「金庫?」
彼は手をヒラヒラ振って行ってしまった。
金庫は解放されていた。
中に詰まっていたのは大量のサイキウム。ビー玉サイズの球体だ。内部に紫の波が起きている。
佐々木双葉が同行していなくてよかった。彼女がこれを見たら、残さず持ち帰っていたことだろう。
ほか、人格を上書きするためのジェネレーターやハーモナイザーもあった。
これを使ってオメガ種をもてあそんでいたらしい。どうしようもないクソ野郎だ。青村放哉が発砲したくなる気持ちも分かる。
俺は注入器を構え、ドクトルの遺体を変異させた。
*
「これは悲劇か? いや、飽かず繰り返されている以上、喜劇と呼ぶべきか? ともあれ偉大なる復讐劇だった。いわば魂のレコンキスタだな。できれば手順通り、変異させてから殺害して欲しかったところだがね」
「なにが魂だよ……」
俺は瓶からビールをかっくらった。
リムジンの中は涼しい。ビールだってうまい。こいつの話さえなければじつに快適だ。
が、ウラヌスは口を閉じない。
「たしかに、魂などどうでもいいな。重要なのは彼らの肉だ」
「肉? 精肉業者にでも卸す気か?」
「まさか。私たちはそんなもったいないことはしないよ。それに、あんなベチャベチャの肉に用はない」
ベチャベチャでなければ用がある、ということか。
俺はビールを一口やり、こう尋ねた。
「まさかあんたら、俺らにガイア復活のための肉を集めさせてんのか?」
「お見事。正解に到達したようだな。意外と早かった」
「死体をもうイッコ増やしてやってもいいが」
「待ちたまえ。決して騙していたわけではない。どれも必要な仕事だ」
「その一線だけは譲らないからな。もし無関係な人間がひとりでも含まれていたら、こちらもそれなりの判断をさせてもらう」
そのときはもちろん俺も同罪となるだろう。騙されていたからセーフということにはならない。もうすでにアウトという気もするが。
彼はふんと鼻を鳴らした。
「こちらも危ない橋を渡っているのは理解している。だからこそ、最低限、守るべきルールというものがある」
「信じるぞ」
「そうしてくれ。我々の間には、信頼関係以外になにもないからな」
「そして金だ」
「蛇足は結構。金なんて、信頼を損なわぬための道具でしかなかろう。一番はやはり信頼だ」
ポエム野郎のくせに、妙にまともなことを言いやがる。
俺は瓶を置き、こう応じた。
「ウラヌスさんよ、その信頼関係を見込んで、ひとつ頼めるかい」
「内容による」
「レポートにこう書いておいて欲しいんだ。幹部連中が最終的になにをしたがっているのか、現場の作業員に詳しく説明しておく必要がある、ってね」
「書くスペースがあるだろうか」
「冒頭に書いてくれ。大事なことだ」
毎度スペースがなくなるほどポエムで埋め尽くしているのか。こいつのレポートとやらは、イモを焼く以外になにか用途があるのだろうか。
*
帰宅すると、シスターズがいつもより楽しげにお喋りしていた。脇にリュックサックが置かれているから、みんなでピクニックにでも出かけたのかもしれない。みんな幸福そうだ。
シャワーを浴びて通路へ出ると、ほぼ同時にジョン・グッドマンと遭遇した。
少し疲れた顔をしていた。
「二宮どの、この仕事、まだ続けるつもりでござるか?」
「うん。グッドマンさんは? しんどい?」
そう聞き返すと、彼はポリポリと頭を掻いた。
「いや、まあ……。しかし投げ出すつもりはござらぬよ。このセンターを守りたいという気持ちは拙者も一緒でござる。とはいえ、世界派の動機は怪しく、その上、青村どのとも衝突する可能性がある状況で……このままでいいのか不安な気持ちになっておるのでござる」
デカいタフガイにしか見えないが、意外と繊細なところもあるようだ。いや、むしろ強いからこそ、こうして素直に心情を吐露できるのかもしれない。
俺もうなずいた。
「じつは俺も迷ってます。主流派をぶっ倒したあとで、世界派が俺たちを切り捨てないとも限らないし。そのときガイアが敵に回ったら、もうお手上げですからね」
ガイアに勝つための算段は、じつはある。それは全シスターズを投入することだ。彼女たちのサイキック・ウェーブをフル稼働させれば、戦闘せずにガイアの身体を破壊することができる。ただし場に生じるエネルギー量を考えると、シスターズも無事では済むまい。
だからこれはあくまで最終手段だ。
そうならないよう、事前に行動する必要がある。
いや、また一億使って電源車で変異させるという手もあるから、必ずしもシスターズを危険にさらす必要はないのだが。しかし金が……。
ジョン・グッドマンは「ふむ」とうなずいた。
「しからば、世界派を探る必要があるようでござるな」
「探る? 機械の姉妹に頼みます?」
すると彼は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「拙者が潜入いたす!」
「いやムリでしょ……」
自分を忍者だと思い込んでるだけのマッチョマンだ。潜入などしても即座にバレる。全財産賭けてもいい。初日にバレる。
「しかし拙者、忍びなので……」
「まずは機械の姉妹に確認しましょう。あの子、そういうの得意なんで」
「そうでござるか……」
刀なんて振り回してもメジャーリーグの強打者みたいだし、むしろ銃の扱いのほうがうまいのだから、忍者ごっこをやめたほうが活躍できると思うのだが。まあ本人のやる気に直結しているから、あれこれ言うべきではないのかもしれないが。
(続く)