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オクトパス

 だがメンバーは揃った。

 意外と射撃の得意だったジョン・グッドマンと、しばらく外出していた佐々木双葉が参加してくれたのだ。今後も継続して参加するかは不明だが、お試しで入ってもらった。


 それはいいのだが、リムジンでちょっとした問題が発生した。

「あれ? おじさん、前にどっかで会わなかった?」

 ウラヌスを見た佐々木双葉が、そう投げかけたのだ。

 彼女たちはビルで一緒だった。ガイアに選ばれた六名の惑星プラネットだ。佐々木双葉は当時サターンを名乗っていた。

 どうせ面倒な話だろうからと、俺はあえて触れずに来たのだが。

 さて、ウラヌスはどう返してくるのか。

「ああ、君か。たしか暴食のサターンだったか。ご指摘の通り、私は怠惰のウラヌスだ。再会できてなによりだよ」

「そんなクソダサネームだったっけ?」

「だったのだよ」

 クソダサは否定しないのか。

 佐々木双葉は容赦しない。

「でもいっぺん死ななかった? なんで生きてんの? ほかの人らも生き返ったの?」

「その話は長くなる」

「長くてもいいから教えてよ」

「断る。いまはほかにすべきことがあるのだ。例えば、君たちにターゲットの情報を提供するとかね」

「あー逃げた!」

「……」

 そうか。ポエム男を相手にするときは、こうしてゴリゴリに押し込めばいいのか。理屈で応じようとするから余計にウザくなるのだ。まあ佐々木双葉のクソガキ感もウザくないわけではないが。

 とはいえ、死んだ人間が生き返るってのはちょっとよく分からない理屈だ。サイキック・ウェーブがどこかに残っていたのだとすれば、そいつに肉体を与えることで蘇生するってことはあるのかもしれないけれど。

 ウラヌスは咳払いをし、こう続けた。

「さて、本日のターゲットは通称『オクトパス』。二十四歳。男性。いわば探鉱者だな。山奥でひとり発掘マイニングしている」

 仮想通貨のマイニングか。うまくやると儲かるらしいな。しかしパワーの強いPCを並べて計算させるから、かなりの電力を使う。なぜ山奥なのかは不明。もしかするとツルハシでリアルにマイニングしている可能性もある。

「分かっているとは思うが、今度という今度こそ、変異させてから駆除すること。レポートにアレンジを加えるにしても、さすがに限界がある」

 ウラヌスは不快そうに溜め息をついた。

 レイヴンはともかく、ラ・ピュセルに関してはスライムにならなかったのだからセーフだと思うのだが。まあプロが見たらバレるのかもしれない。

 俺はこう応じた。

「善処する」


 *


 リムジンの入り込めるギリギリのところで俺たちは降りた。

 現場に到着して分かったが、そいつはあきらかに自家発電している。湯気が凄い。近くの川から勝手に水を引いてきて、発電に使っているのだろう。サイキウムを使っている可能性がある。


「ケムいんだけど」

 佐々木双葉はうんざり顔だ。髪をあげているから、でこに水滴がついてしまっている。

 一方、ジョン・グッドマンは満ち足りた表情だ。

「集中するでござるよ、双葉どの。視界を封じられた状況でこそ、日ごろの鍛錬がモノを言うでござる」

「なに鍛錬って。イミフなんだけど」

 分かる。たしかにイミフだ。まあ俺たちはサイキック・ウェーブが使えるから、そこまで神経を研ぎ澄ませる必要はないわけだが。


 缶詰のような発電機から伸びた電線は、この先のプレハブ小屋まで引かれていた。のみならず、電力会社の電柱からも電線が引かれているようだ。ふたつの電気を混ぜて使っているのだろう。

 サイキウムから直接電気を取り出せるわけじゃない。熱を発生させ、水蒸気でタービンを回転させて電気を起こす。どうやって熱を発生させるのかまでは、専門家じゃないので分からないが。

 ともあれ、サイキウムによる発電は不安定だから、電力会社からの送電を使ってうまくコントロールしているのだろう。


 小屋へ近づいていくと、いきなり電子音のジングルが鳴った。商店に入ったときに鳴るような音だ。

 まさか、センサーでも設置されていたのか……。

 音はひっきりなしに鳴っている。

「二宮どの、急いで仕掛けたほうがいいのでは?」

「そうしよう」

 俺たちは速度をあげて小屋を目指した。

 ヒュンとなにかが空を切った。

「待て! 止まれ! 近寄るな! 誰だお前ら!」

 男の声がした。

 格子窓の隙間からクロスボウが向けられている。俺たちの防護服なんか貫通してしまいそうだ。

 だが向こうも極力隠れているせいか、照準をコントロールできていない。

 俺はハンドシグナルで散開を命じつつ、男にこう応じた。

「いや、あの、サバゲーやってる途中で見かけて」

「はぁ?」

「俺ら、サバゲーのサークルで」

「ここでやんなよ! 殺すぞ!」

「すみません。すぐ帰ります」

 俺は男の注意を引きながら、じりじりと後退した。

 湯気が凄いせいで、オクトパスもこちらの人数を把握しきれていないと思われる。事実、佐々木双葉が小屋の側面にたどり着いた。

 が、彼女のやり口はあまりに強引だった。

「はい到着! 開けてー!」

 ドアをドンドンと殴打。

 小学生か……。

 男は発狂しながらクロスボウをそちらへ向けようとした。

「は? なんでそっちから? 待って! ダメだって!」

 するとパァンと発砲があり、クロスボウが大破した。

 ジョン・グッドマンだ。忍者のような頭巾が滑稽だが、両手でしっかりと銃をグリップし、安定したフォームで構えていた。もしかして経験者なのでは?

「ふざけんなよ! ホンモノじゃねーか! なにがサバゲーだよ! 助けて!」

 こいつは感染者ヴィクティムではなさそうだ。となると、単に主流派の資金源ということなのかもしれない。

 発電には大型のサイキウムが使用される。クイーンと呼ばれる大型のオメガ種から採取される物質だ。滅多にお目にかかれるものではない。主流派から提供されたと考えるのが妥当だろう。


 敵の主力兵器を破壊できたので、俺たちは一斉に小屋へ駆け寄った。

 ドアには施錠されている。が、ジョン・グッドマンがそこらの岩を拾ってきて、真上からドアノブごと叩き落した。質量こそパワーというわけだ。

 ドアを開くと、狭い室内にPCがズラリと並べられているのが見えた。あとは「オクトパス」が横になるスペースがかろうじて存在するだけ。いや、そのベッドさえPCでできている。とんでもない発熱量だ。これじゃあ夏には茹でダコになる。

「待って待って! なんで!? 俺なにかした? 謝るから!」

 なにもしていない。

 しいて言えば、主流派に資金を提供したことくらいか。

「悪いな」

 俺は注入器インジェクターを構え、薬剤を打ち込んだ。

「痛ッ! ていうかなにこれぇ!? なんか変な感じするぅ!」

 そう喋っている最中に、身体がぶくぶくと膨れ始めた。狭いプレハブ小屋だから、すぐに空間を埋め尽くしてしまう。

 俺たちは退避。

 このまま圧死してくれれば楽なのだが。


 などと遠巻きに眺めていると、プレハブ小屋がミシミシと音を立て、壁が割れて肉が飛び出した。それでもまだおさまらず、やがて壁が外れ、山盛りの肉があらわになった。

 圧死させるには壁がもろかったか。

 地響きのような悲鳴を出しながら、肉はのたのたと身をくねらせた。

 明らかに生きている。

「応戦しよう」

 俺はCz75を構え、射撃を開始した。

 しかしもう分かり切っていることだが、銃弾でこいつを倒すのはかなり難しい。パァン、パァン、と銃撃を加えるが、肉はひるんでいない。むしろ足を使ってそこから這い出そうとしている。

 こうなったら火でも放つか……。いや、山火事になってしまう。

 うまく電線に絡んで感電してくれればよかったのだが、そううまくはいかないようだ。漏電を検知して給電が止まったのかもしれない。優秀な事故防止システムを搭載しやがって。

 佐々木双葉は他人事のように顔をしかめた。

「うえぇ、デカすぎぃ」

 彼女の武器はナイフだから、銃撃戦の最中はすることがない。ヘタに前に出られると巻き込んでしまう。


 俺はヘッドセットに語り掛けた。

「リムジンによる突入を要請する」

『えっ?』

「あんなデカいの、それなりの質量がないとムリだよ。拳銃弾が何グラムか知ってるかい?」

『さあ。何グラムなんだ?』

「知らない。とにかく車ぶっ込ませてよ」

『断る。君たちの仕事だろう。君たちでなんとかしたまえ』

 クソ野郎が。

 佐々木双葉がケラケラ笑い出した。

「こっち来てる! ウェーイ!」

 でこをひっぱたきたい。


 さて、気のせいかもしれないが、なんだか湯気が濃くなっている。

 はじめはゴウゴウいっていた発電機も、いまやギュインギュインと妙な音を立てている状態だ。

 PCが消費するはずだった電力が、行き場を失って熱エネルギーとなっているのかもしれない。


「二宮どの、なにか策は?」

「発電機に誘導しましょう。なにか起こるかも」

「了解でござる!」

 俺たちは発砲しながら発電機へ向かった。タコ野郎ものそのそとこちらへにじり寄ってくる。タコというか、ほとんど鏡餅だが。毒を吐かないだけお行儀がいい。


 誘導は簡単だった。

 すでに知性を失ったオクトパスは、まんまと発電機に突っ込んだ。それもたぶん頭から。巨体でぶつかったから外壁が損傷し、ゴボゴボと沸騰した熱湯が容赦なくぶちまけられた。

 くぐもった悲鳴があがった。

 高熱で呼吸器を火傷し、息ができなくなったか。タコは苦しげにうねうねとのたうち、やがて動かなくなった。


 ミッション・コンプリートだ。

 内部に封じられていたサイキウムの弾ける気配がした。


 *


 俺はリムジンに乗り込むや、まっさきにビールに手を伸ばした。報酬から天引きでもいい。とにかく飲まずにはいられなかった。

「勝利の美酒というわけか。シャンパンもあるが、君には高級すぎるか」

 ウラヌスの皮肉に、しかし俺はイラつきもしなかった。

「おー、凄いな。正解だ。それで? 褒めて欲しいのか?」

「不愉快だな」

「オーダー通りに仕事を終えたんだ。好きに飲ませてくれていいだろ」

 今回はちゃんと変異させてから駆除した。文句を言われる筋合いはない。

 すると佐々木双葉がキョロキョロし始めた。

「え、飲み放題? コーラある?」

「ない」

「はぁ? コーラ置いてないとかナメてんの?」

「……」

 まるで悪質クレーマーだな。

 ウラヌスは強引に話題を変えた。

「ところで、鐘捲くんはもう参加しないのか?」

 俺は思わず鼻からビールを吹きそうになった。

 こいつはいともたやすく地雷を踏み抜きやがる。

「そりゃないぜウラヌスさんよ。あんたがクソ仕事を強要したせいで落ち込んじゃってんですよ。ああ見えてかわいいところあるんだから」

「英雄の器ではなかったか。私の見当違いだったようだな。失望したよ」

「そうだよ。見当違いだよ。むしろ問題は、あんたの認知能力のほうにあるんじゃないのか? いっぺんオツムを取り出してメンテしたほうがいいぜ」

「……」

 はい、返事ナシ。

 いったいなにを期待してたんだか。

 俺はすぐにビールを飲み終え、クーラーボックスからもう一本拝借した。

「あんたは飲まないのかい、ウラヌスさんよ。労働後の酒は格別だぜ」

「思考が濁る」

 濁らせるために飲むんだよ。ま、アルコール・ハラスメントになるから、そうしたくない人間に強要するつもりはないが。

 彼はこのあと、タコのポエムを書いて上司に提出しないといけないようだし。


(続く)

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