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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
朦朧編

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ラ・ピュセル

 しかし増員できないまま次の仕事が回ってきた。

 ターゲットは通称「乙女ラ・ピュセル」。性別は女性。年齢は不明。もうこの時点でイヤな予感しかしないのだが。

「はたして自由は実在するのだろうか? 職業選択の自由は? 我々の眼前には、たしかに自由がある。しかし人は時として、みずから不自由を選択してしまう。生きるために働いているはずが、死ぬために働いてしまうのだ。悲劇としか言いようがない」

 リムジンの中でポエム野郎のクソポエムを聞かされている。

 俺も鐘捲雛子も返事をしない。まあ鐘捲雛子がどう考えているかは彼女にしか分からない話だが、おそらく今日の仕事について、かなり不快な予想を立てているのではなかろうか。少なくとも俺はそうだ。

 ウラヌスはこう続けた。

「ま、契約してしまった以上、履行してもらうことになるがね。たとえターゲットが、ごく若い、けなげな少女であったとしても。君たちは命を奪わねばならない。あるいは愛するものと同じ顔をしていたとしても」

 こいつをビール瓶でぶん殴ってやったほうが、世界平和のためになりそうな気がする。

 俺はさすがに口を挟んだ。

「やるよ。主流派の力を削ぐことにつながるならね」

「もちろんだとも。それに、金も払う」

「前回の老人は何者だったんだ? 彼は本当に主流派なのか?」

「私に聞かれても困るな。あくまで私は立会人だ。見聞きしたことを、レポートにまとめて提出するのが仕事だ。しかしこれだけは言えるぞ。もし彼が主流派の関係者でなかったら、青村くんだって派遣されていないはずだ。わざわざ予算を使ってまでね」

 こいつの主張には一理ある。殺されて構わない人物なら、わざわざ金を払って護衛をつけたりしない。まあ、あんな護衛をよこすくらいだから、あまり重要度は高くなかったのかもしれないが。


 *


 目的地についた。

 そこは風の吹き抜ける清々しい草原だった。

 遠くに木造の小屋が見える。


 俺たちはリムジンを降り、新緑の空気を吸い込みながら歩を進めた。

 これだけいい天気だと、銃をぶら下げて武装しているのが場違いな気さえする。ピクニックには最適だろう。シスターズをつれて、こんな場所でランチをとったらきっと楽しいだろう。


 軋むドアを開き、薄暗い屋内に足を踏み入れた。

 小屋の中はじめっとしている。

 スイッチを入れるが、電気がつかない。まあ日が差し込んでいるから見えなくもないが。


 奥に発動機があったので、紐を引いて起動させた。すると、じわっと白熱灯がともった。

 鐘捲雛子が二階にあがろうとしたので、俺は腕をつかんだ。

「そっちじゃない」

 サイキック・ウェーブで分かる。

 彼女は地下にいる。


 隠し戸というわけではないが、床に少し見つけにくい両開きの戸があった。階段が地下へのびている。俺はその階段をおりてゆく。

 本当にじめじめしている。かすかにアンモニア臭も。


「誰?」

 少女の声がした。

 首輪でつながれた半裸の少女だ。目が見えていないらしく、キョロキョロしている。

「パパなの?」

「……」

 鐘捲雛子が魂の抜けそうな溜め息をついた。

 少女の顔は、たしかに俺たちのよく知る顔だった。シスターズだ。五代まゆのクローンだろう。あの研究所から持ち出されたものかもしれない。


 野良犬が来ていないところを見ると、このターゲットは保護対象でないということか。

 誰からも愛されていない。

 誰かひとりでも、彼女に愛を注いでいれば、こんなことには……。人類は七十億もいるのに、こういうときはちっとも役に立たない。俺もそうだ。


 薬剤を使うか、銃で射殺すべきか、なかなか決まらない。

 人の姿をしたまま、人として死んだほうが、いくらか尊厳が保たれるような気がする。しかしこの顔をした少女を撃てるわけがない。

「やだ……やだよ……」

 鐘捲雛子が後ずさりを始めた。

 彼女の目の前で殺さないほうがいいかもしれない。

「君は上にいてくれ」

「やだぁ……助けてあげて……誰か……」

 崩れ落ちてしまった。

 目の前でやるしかない。

 誰か……。俺もそう思う。しかしその誰かは、来ることがない。誰も来ない。


 少女は不思議そうにきょとんとしている。

「泣いてるの? 大丈夫?」

「……」

 いったいどこのクソ野郎なんだ、このクソ仕事を下に投げてきたのは。パパとやらも締め上げないといけない。

 だが一番クソなのは、たぶん俺たちだ。

 彼女の命を奪い、金を受け取る俺たちだ。

「泣かないで」

「うん……」

「もう怖くないよ。ここはね、世界でいちばん安全な場所なの。悪い人は誰も入ってこない。パパがそう言ってたよ」

 心がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 こんなことを続けていたら、俺のほうが変異する。


 俺はヘッドセットのマイクに告げた。

「誰もいないぞ」

『よく捜したまえ。サイキック・ウェーブは検知している』

「ターゲットはいないって言ってるんだ」

『契約は破棄できない。仮に君たちが逃げたところで、ほかのチームを送り込むだけだ。そいつらは君たちほど良識がないかもしれないぞ。殺しを楽しむヤツもいる。できれば私たちも、そういうのは使いたくない』

「了解」

 あらゆる罵詈雑言を飲み込み、俺はそう返した。

 もう会話したくなかった。


 せめて苦しませないよう、一撃で仕留めるしかない。

 そう思い、銃を手に取ろうとして、俺は固まった。

 抜刀した鐘捲雛子が、俺の前に立ちふさがっていた。

「二宮さん、本気なの?」

「君も聞いただろう。俺たちがやらなくても、別の誰かがやる」

「うるさい……」

 とんでもない殺気だ。かなり怒っているはずなのに、それでも構えに隙がない。彼女は強い。

 少女が「どうしたの? ケンカしてるの?」と不安そうに声をかけてくる。鐘捲雛子はいまにも泣き出しそうだ。

 俺は溜め息をついた。

「冷静になってくれ。俺たちにはどうしようもない」

「私はこの子たちを守るために戦ってるの。それ以外にはなにもないの」

「分かってる」

「なら帰って」

「君はどうするんだ?」

「ここでこの子を守る」

 バカなことを言っている。なのだが、彼女を責めることはできなかった。目の前で妹を殺されたのだ。いまも同じような気持ちなのだろう。

 選択肢はそんなに多くない。

 俺はやむをえず、「分かった」と応じた。

 そして銃を抜き、鐘捲雛子の胴へ向けて発砲した。狭い室内に反響してパシィンと耳をつんざくような音がした。弾丸は命中。

「あぐっ……なんで……」

 彼女は刀を取り落とし、よたよた後退して倒れた。

 もちろん殺してはいない。たぶん。防護服が命だけは守っているはずだ。前も同じようなことがあった。撃ったのは俺じゃないが。

「少し寝ていてくれ」

 まだ刀に手を伸ばそうとしていたので、俺はその刀を銃撃で弾き飛ばした。こんな閉所で撃つと跳弾しそうだったが、ほかに手段がなかった。


 少女は、音を怖がって耳をふさいでいる。

「やめて……ケンカしないで……お願い……」

「……」

 自分が悪人になった気がする。

 銃を構え、少女の頭部に照準を合わせた。

 神さまでもなんでもいい。誰でもいい。もし願いが届くなら、彼女を大統領の花園に迎えてやって欲しい。


 *


 鐘捲雛子に殺される可能性もあったが、俺はその後も通常通りの対応をした。

 役所に連絡を入れ、現場を任せてリムジンで帰宅。

 ビールを飲む気にはなれなかった。


 生活スペースに入るや鐘捲雛子はシスターズに駆け寄り、しがみついて「ごめんね」を繰り返し始めた。彼女はもう戦えないかもしれない。

 いや、俺だってそんなにタフじゃない。現場の映像がずっとチラついている。まばたきするたび思い出す。

 しかしやめるわけにはいかない。

 引き返せない状況になっているのだ。


 俺はロッカーへ向かい、教会から拝借したウイスキーを少し口にした。カッと喉が熱くなった。さらにもう一口。

 ふらふらしながらベンチに腰を下ろした。

 まだシャワーさえ浴びていない。

 なにもする気がなかった。


 機械の姉妹が近づいてきた。

「なにかあったのですか?」

 あそこには電線さえ来ていなかったから、監視もできなかったのだろう。珍しく状況を把握していない。

「シスターズがいた」

「そうでしたか……」

「ほかにもいるのかもしれない」

「その可能性はありますね。例の研究所からサンプルが持ち出された形跡はありますので」

 あの死体に薬剤を打ち込んだところ、彼女はスライムにはならず、背中から肉の翼を生やした。あれが彼女のなりたかった姿なのかもしれない。きっと自由に飛び立ちたかったのだ。

 俺はひとつ呼吸をし、こう切り出した。

「もしかすると例の花園に行くかもしれない。見かけたら仲良くしてやってくれ」

「はい」


 *


 各務珠璃の執務室に呼び出された。

「お疲れさまです。顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」

「大丈夫。ご用は?」

 俺はどっとソファに腰をおろした。

 全身が重い。

 彼女はなにか言いたげであったが、本題を進めた。

「増員の件ですが、米軍からエージェントを派遣してもいいとの打診がありました」

「米軍から?」

「日系人だそうです。日本語も話せるそうですし。世界派からもぜひそうして欲しいと」

「……」

 すぐに返事できなかった。

 アイシャがチームを抜け、鐘捲雛子も稼働できなくなったいま、米軍のプロが参加してくれるというのはありがたい話だ。

 しかしなにか引っかかる。

 世界派は、俺らのような素人を雇わず、最初からプロを使って対処してもよかったはずだ。なのに俺たちを使うのだという。のみならず、プロを派遣してくるということは、プロを俺の下につけるということになる。

 なぜ俺たちにこだわる?

 サイキック・ウェーブが重要なのだろうか? すでに技術は確立されているのだから、波を検知したり防いだりは機械でできるはずなのだが。

 各務珠璃がきょとんとした顔で首をかしげた。

「なにか気になります?」

「連中は単独で目的を達成できる。俺たちを使う必要はない。なのになぜ俺たちを主体に作戦を組み立てるんだ?」

 すると各務珠璃はなにか思い出したらしく、声をひそめてこう応じた。

「じつはその件で、少し不審なところがありまして……。もし参加する場合、現場ではキャンセラーの使用を可能な限り控えて欲しいというオーダーが入ってるんです」

「キャンセラーを? なんで?」

「専門家によれば、変異の可能性があるんだとか……」

「……」

 いままでかなり無邪気に使ってきたんだが。

 俺は変異しかかっているからいいとして、鐘捲雛子の身体には影響が出ているかもしれない。主任のいたセンターも危なかった。


 実際、それは逆位相の波だ。現場のサイキック・ウェーブが強ければ強いほど、同じ強さの波が必要となる。だから発生するエネルギー量は二倍。人体への影響も二倍だ。メッセージ性が消失しているから、結果として変異していないだけなのである。

 これをもって「だから危険」とか「だから安全」とは断定できないが。


 俺は思わず溜め息をついてしまった。

「なるほど。ま、なんとなく分かったよ。キャンセラーさえ使いたくないってんじゃ、自分たちでやりたがらないわけだ。けど、米軍の件はちょっと保留にしてもらえないかな? なんなら装備だけ貸してもらって……」

「装備品は出せないそうです」

「足がつくってか。分かった。とにかく保留にしてくれ。なにか考える」

「お願いします」


 考える、とは言ったものの、ジョン・グッドマンに銃を持たせるくらいしか思いつかない。もしくは旧メンバーが集まってくれれば、ひとりでやるよりマシなのだが。

 といっても残りは円陣薫子か白坂太一、小田桐花子、南正太……。どれも戦闘向きじゃない。南正太は高校の出席日数も怪しいらしいしな。

 最終手段としては、シスターズを使うという手も……。


(続く)

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