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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
整然編

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コントラパッソ

 ガイアが行方知れずとなったことで、対策本部の会議は紛糾したらしい。

 また派閥ごとに主張をぶつけ合い、責任を押し付け合い、お前のせいだ、いやお前のせいだとやりあったのだとか。


 主流派の主張はかくのごとし。

 より強権的に赤羽をコントロールしておかないからこのようなことになった。今後は必ず、各研究所に監督官を派遣し、研究に立ち合わせるべきである。なおその際に発生した費用は企業が負担するものとする。


 世界派の主張はかくのごとし。

 ガイアという特殊な存在を調査・研究するにあたっては、日本だけで独断専行すべきでなく、アメリカとも協調してやっていくべきである。アメリカの装備もたくさん買うべきである。


 教団派の主張はかくのごとし。

 ガイアがお隠れになられたのは、人類の愚かさに失望したからである。人類は進化せよ。そしてガイアを崇めよ。さすれば道は開かれん。


 そして最近、新たな派閥が誕生したのだという。

 それが風間派だ。

 彼らの主張はかくのごとし。

 一連の問題はすでに対策本部の手に負えるレベルではないので、民間企業とも積極的に協力し、官民一体となって事にあたるべきである。


 この主張は一見もっともらしいが、彼らの言う「民間企業」とは風間バザールの関連企業だけを指すことは間違いないく、最終的に得をするのは風間一族ということになる。


 ともあれ、風間一族の力が増したことで、その援助を受けている俺たちの待遇も改善されつつあるように感じる。

 一番の改善点は、おそらく逮捕の心配がなくなったことだ。つまりもう手を引いてもいい。スポンサーはそれを許さないと思うが。


 *


 対策本部の意見が一致を見ないまま、日々は流れた。

 仕事も回ってこなかったので、俺は道の駅でアッシュにおでん定食を食わせている。

 シスターズは静岡に住んでいるのに、静岡のおでんを食ったことがなかったというのだ。

 やはり連れ出して正解だった。ろくに世界を見ることもなく、センターに閉じ込められたままなのはおかしい。

「おいしいか?」

「うん!」

 おでんの玉子をむさぼりながら、足をバタつかせている。

 食事が済んだらお土産も選ばなくては。チョコばかりにならないように。

「二宮さんは食べないの? 大根食べる?」

「じゃあもらおうかな」

「はい、どうぞ」

 串をひとつ譲ってくれた。

 共同生活のおかげか、姉妹には譲り合いの精神が根付いていた。研究所の地下で、荒んだ生活を送っていたころとは大違いだ。本当に成長したと思う。なんだか涙が出そうだ。


 *


 楽しい気持ちで帰宅すると、顔面蒼白になった各務珠璃がエントランスに突っ立っていた。

「あ、あの……いまちょうど……」

「えっ? なに? 誰か来たの?」

 ぶんぶんと首を横に振った。

 まさか、シスターズになにかトラブルが……。

 俺は思わず詰め寄った。

「どうしたの? 事件?」

「対策本部に……ガイアが……」

「えっ?」

「壊滅状態……だそうです……」

「……」

 壊滅状態? 対策本部が?

 俺も言葉を失った。

 どうしていいか分からず、キョロキョロと周囲を見回し、きょとんとした顔で立っているアッシュにひとまずお土産袋を持たせた。

「これ持って、先に上行っててくれないか」

「うん」

 不安そうではあったが、彼女は素直に従ってくれた。

 各務珠璃はいちど外へ出ようとし、引き返してベンチに腰をおろした。

「あの、私、どうしたら?」

「出動要請は?」

「いえ、もう姿を消したそうなので……。ただ、その場に居合わせた主流派と世界派の幹部が数名亡くなられたそうで……」

「島田さんはなんて?」

「様子を見るって……」

 そうせざるをえないだろうな。

 被害を受けたのは主流派と世界派――。そこに作為のようなものを感じてしまう。いや、ガイアは誰の制御下にもないから、きっと偶然なんだろう。たぶん。しかしそれでも引っかかる。

 俺はひとつ呼吸をした。

「各務さん、現場見ることってできないかな? なにか分かるかも」

「そうですか? じゃ、じゃあ行きましょう! あ、いちおうキャンセラー持っていこうかな」

「俺も準備します」


 *


 ジョン・グッドマンが車を出してくれた。

 対策本部は、現在、静岡県に置かれている。支部などではない。なにせこの地が問題の発生源なのだ。そのことは政府も把握している。

 到着したのは、以前プルートが監禁されていた施設。

 学校の校舎ほどの建物の前に、数台のパトカーが停まっている。

 足止めは食らわなかった。各務珠璃が同伴していた上、腕章もしていたから、俺たちは中へ入ることができた。


 エントランスや廊下に異常はなかった。

 犯行がおこなわれたのは、幹部たちが集まっていた会議室のみ。ピンポイントで襲撃されたようだ。

 非常線を越えようとすると、若手刑事に呼び止められた。

「あーちょっと、勝手に入られちゃ困りますよ」

「サイキストです。サイキック・ウェーブ関連の専門家でして。対策本部からも認可を受けています」

「あぁ……」

 イヤそうな顔ながらも、なんとか通してくれた。

 鑑識が写真を撮りまくっているので、邪魔をしないように。


 会議室だけあって、構成はシンプルだ。長テーブル、キャスター付きの椅子、プロジェクター、そしてホワイトボード、観葉植物。あとは散乱した紙の資料と、なぜか札束。

 そう。

 血まみれの紙幣が、部屋中に散らばっていた。

 会議をするのに現金が必要だろうか。いったい誰が、なんの目的で持ち込んだのだろうか。ガイアとも関係があるのだろうか。

 ガイアが金目当てにここを襲ったとは考えにくい。そもそも金はほぼ手つかずのままだ。

 遺体はすでに運び出されたあとらしく、代わりに番号カードが置かれていた。人の形をしていないから、きっとミンチにでもされたのだろう。


 俺たちは心霊学者サイキストを自称してはいるが、残留思念と対話できるわけではない。その場にいる生命の気配しか分からないのだ。

 つまり俺は、ちょっと業界に詳しいだけの一般人が、現場に紛れ込んでしまった状態だった。


 難しい顔をしていた刑事たちが、現金のケースに目を向けた。

「異様に変形していますね。なにか強い力が加わって、そのせいで中身が散乱したんでしょうか?」

「おそらくな。ガイシャは例のバケモンに襲われて、これで身を守ろうとしたんだろう」

「しかし凄い額ですね」

「数千万はありそうだな」

 なるほどと思いつつケースを見ていると、ふと、俺は違和感をおぼえた。

 ケース内側の四方に丸いくぼみがある。ビー玉でもハメ込むような……。もしかして、これはサイキウム用の穴だろうか? 中に入っていた現金を保護するために? いや、現金に使っても意味がない。となると、なにか別のものが現金と一緒に入っていた可能性がある。


 ベテラン刑事が近づいてきた。

「サイキストさんよ、なにか分かったんですかい? ただ突っ立ってるだけならお帰りいただきたいんですがね」

 短い刈り上げの、人相の悪い刑事だ。

 彼の言う通りではあるんだが。

「そのケースのくぼみ、気になりますね」

「ああ、こいつか? まあ不自然だとは思うが……」

「サイキウムっていう、サイキックウェーブをコントロールするための石があるんです。それを回路につなげると、ちょっとしたバリアのようなものを発生できて」

「へえ、それで? その石ってのはどこに転がってんだ?」

 小馬鹿にしたような態度だ。

 まあトーシロなのは認めるが。

「石は、強い力が加わると木っ端微塵になって、最後は痕跡も残さなくなります」

「それじゃあ証拠になんねーじゃねーか」

「いや、だから、石はなくとも、ケースに回路が仕込まれてれば、そこにサイキウムがハマってた可能性はあるわけでしょ?」

「回路? へえ、ここに? いや待て、なんかあるぞ……」

 刑事はまじまじと箱を凝視した。ウナギみたいな顔になっている。

 かと思うと、がばと顔をあげた。

「鑑識、こいつを調べてくれ。回路が仕込まれてる可能性がある」

「はいよ」

 そして刑事はこちらへ向き直った。

「で、続きが聞きてーんだが。そのバリアってのを使うってことはだよ、ケースの中に保護すべき『なにか』があったってことだよな?」

「そうなりますね。そしてサイキウムが消失しているということは、あるタイミングでバリアが消失した」

「おいおい、名探偵さんよ。じゃあこれは偶発的な事故なんかじゃなく、意図して誰かが引き起こしたってことになるんじゃねーのかい?」

「可能性はあります。いまこの場に特殊なサイキック・ウェーブは感じられませんから、その『なにか』は誰かに持ち去られたと考えられます」

「間違いなく事件だな。ただ参ったことに、誰が部屋を出入りしたか分かんねーんだ。職員ってことは間違いないと思うが」

「あとはガイアです」

 俺の言葉に、彼は眉をひそめた。

「ガイア? 例のバケモンのことか?」

「ガイアもサイキック・ウェーブを感知します。彼女の欲しがっているものを箱に詰めておけば、ここへ取りに来るのは間違いない。実際、山梨でもそういった事件があったばかりです」

「けどそれだとよ、ここへケースを運んだヤツも襲われる可能性があるんじゃないのか?」

「そこでバリアですよ。今回の場合、バリアをかけてガイアにバレないよう物資を運び込み、しかるべきタイミングで解除させたと考えられます」

「決まりだな!」

 バンと背中を叩かれた。

 認めてくれたのは嬉しいが、体育会系ってのはこれだから。

 若手刑事が来た。

「けど、そうなると現金は?」

「そりゃお前、ブツの周りに現金を敷き詰めてだな、殺したい連中にプレゼントすんのよ。そしたら山分けのため会議室に入るだろ? そこでドカンよ」

 おそらくそうだろう。

 ガイアを誘導した犯人は、ポンと数千万出せる財力を有しており、ガイアの欲しがるブツまで用意でき、なおかつ主流派と世界派に消えて欲しいと思っている人物。

 これはもう風間派の誰か、ということになるだろう。

 よりによって俺たちのスポンサーだ。

 ベテラン刑事がニヤリと笑みを浮かべた。

「それで? 名探偵さまは誰が怪しいと思うんだ?」

「えっ? いやー、この人たちいつも派閥争いしてますからね。誰が犯人でもおかしくないですよ」

「そういうなよ。なんかひらめいたんだろ? 教えてくれよ? なっ?」

 この男、単に鬱陶しいおじさんというわけではなく、嗅覚が鋭い。

 こちらの表情をずっと観察していたのだろう。

 とはいえ、俺にも保身というものがある。

「もちろん犯人は俺じゃないですよ。さっきまで道の駅で娘におでん食わせてたんですから」

「誰もあんたを疑っちゃいねーよ。だがまあ、あんまし言いたくねー人物ってことはよく分かったぜ。俺たちにはそれでじゅうぶんだ。へへへ」

 ダメだ。俺の負けだ。怖すぎる。

 プロの現場に入り込むんじゃなかった。

「えーと、じゃあ俺たちは用が済んだんで、そろそろ失礼しますね。お邪魔しました」

「おう、助かったぜ」

 俺はマヌケだ。身内を危険にさらしただけだった。あとでスポンサーから怒られなければいいが。

 各務珠璃の視線も痛い。


 風間は、ガイアのサンプルを培養して複製しているはずだ。赤羽に配ったのもそのコピーだろう。ガイアはその気配に誘導されてしまう。

 今回、現金ケースに入れられたブツもサンプルのコピーであろうと思われる。

 消したい連中に現金を配り、ガイアを使って消させたのだ。そうでもなければ、都合よくこの部屋だけ攻撃されるわけがない。


 *


 だがその後のニュースでは、まったく異なる内容が報道された。

 厚労省の方針に不満をおぼえたフェスト患者が、対策本部に爆弾テロを仕掛けたということにされたのだ。しかも犯人は、爆発に巻き込まれて死亡したのだという。

 画面に映された顔写真は、まったく見覚えのない顔だった。無関係な誰かを犯人に仕立て上げたか、あるいは実在しない人物を作り上げたか。

 いずれにせよ「揉み消された」ということだ。

 記者会見では、首相が「我々は決してテロには屈しません」と力説した。


 各所の面子を保った結果、こういうストーリーが用意されたのだろう。真相に近づいた刑事たちは悔しい思いをしたかもしれないが。

 一大勢力となった風間を、誰も非難できない。だから存在しないテロリストが捏造された。悪と戦う政府は支持率もあがる。


 今後、幹部を失った主流派と世界派は、一気に風間派になびくことになるだろう。独自路線を貫くのは島田高志ら教団派だけ。

 もし風間派と教団派が対立すれば、また俺たちは派閥争いに付き合わされることになる。そうならないよう、せいぜいうまいこと調整して頂きたい。連中の駒に使われるのはこりごりだ。


(つづく)

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