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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
整然編

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39/42

冥き水底の女神

 平和な日々が続いた。

 少なくとも表向きは。


 鐘捲雛子が栗ご飯を炊いた日は、シスターズのテンションも高まった。みんなにこにこしてご飯を食べている。ミルクしか口にできない赤ん坊はごく渋いツラだが。

「機械の姉妹よ、自分だけ馳走を口にして満足か? さっさと我を成長させよ。この体は不自由でならぬ」

 しかし機械の姉妹は冷たい。

「本気ですか? 食事など、栄養摂取の手段にすぎませんよ」

「ほう。堂々と嘘をつくではないか。汝が栗ご飯に興奮しているのはサイキック・ウェーブからも明らかであるぞ。口ではなんと申しても、体は正直なものよ」

「撤回してください。あなたはいま、内心の自由を侵害しています」

「なにが内心の自由か! 毎日毎日ミルクを飲まされるほうの身にもなってみよ! しかもママにあやされ、よしよしされながら……。満足してしまう自分にも嫌気が差す! 我もサッカーがしたいのだ! 汝の態度には断固として抗議する!」

「どうしてもというのなら構いませんが、そのためのハーモナイザーは用意できるのですか? 結構な額になりますが?」

「金など一円も有しておらぬわ!」

 とはいえ、すべてサイキック・ウェーブでのやり取りだ。

 これを聞き取れない鐘捲雛子からすれば、静かな食事風景と映っていることだろう。聞かされている俺たちは苦笑するほかないが。

 興奮している赤ん坊を見て、鐘捲雛子は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ぷくぷくした頬を人差し指でつついた。まったくなにも伝わっていないことが分かる。


 *


 しかし事件は突然舞い込んでくる。

 シャワーを済ませるなどして、あとは寝るだけとなったとき、各務珠璃から電話がかかってきた。

「はい、二宮です」

 生活スペースの電話番号へは限られた人間しかかけてこないので、苗字で名乗って問題ない。

『あ、よかった! 皆さん揃ってます? じつは赤羽さんの研究所で事件が起きまして!』

「赤羽……」

 秒で察した。

 彼女の話はこうだ。

『オメガ種が暴走したらしく、うちに救援要請が来ています! 申し訳ないのですが、至急準備願えますか?』

「了解」

『私もすぐ向かいます』


 サンプルをいじくってたら大変なことになっちゃった、ということだろう。だから監視しとけと言ったんだ。いや実際は言ってないが。

 本社は東京にあるが、研究所は静岡に集中している。あるいは山梨かもしれない。ともあれ、車を飛ばせば一時間ほどで到着するだろう。

「みんな。赤羽がやらかした。出動準備してくれ」

 とはいえ、動けそうなのは鐘捲雛子と佐々木双葉だけ。あとはバンで暮らしているジョン・グッドマンにも声をかけねば。

 シスターズは留守番。

 今回のターゲットはガイア本体じゃない。ごく小さなサンプルから出現した「なにか」だ。用心するにこしたことはないが。


 *


 バンに乗り込んで待機していると、タクシーから飛び出してきた各務珠璃が乗り込んできた。

「走りながら説明します。グッドマンさん、山梨方面へお願いします」

 自宅でリラックスしていたのだろう。パーカー姿だ。このところスーツばかりだったからかなり新鮮だ。

 バンは慎重に動き出し、道へ出てから徐々に速度をあげた。

 すでに夜だ。景色は暗幕を垂らしたように真っ黒。

「ガイアのサンプルを預けた研究所が、正体不明の怪物から襲撃を受けたとのことです。サイキック・ウェーブを感知したことから、きっと変異体ミュータントではないかと」

 その説明を聞き、俺は思わず吹き出した。

「絵に描いたような展開だな。例のビーストは? 配備されてるんでしょ?」

「起動させたそうですが、報告によれば、溶けてしまったとか……」

 グランドクロスだ。

 ただの肉片がそんな能力まで使うとは。

「形状は?」

「監視カメラの映像があります」

 タブレットを見せてくれた。

 黒い肉でできた樹木だ。少女と呼べる形状ではない。しかもデカい。研究室の大半を占拠している。のみならず、巻き込まれたらしい人物も映り込んでいた。手足のない白衣の男。おそらく赤羽義晴だろう。胴体をツタで絡めとられている。

 俺はこう告げた。

「つまり、廊下側から緊急避難装置を起動させればいいと?」

 各務珠璃はぎょっとして目を見開いた。

「ち、違います! 赤羽さんからの要望で、博士を救出して欲しいと……」

「これいつの映像? もう死んでるんじゃないの?」

「まだそうと決まったわけじゃありません!」

 人の命に関することだ。ジョークにすべきではないんだろう。しかし俺にも考えがある。

「こいつを救おうとすると、俺たちも死の危険にさらされる。そして助かったこいつは、また自分の部下を危険にさらすぞ。被害を最小限に食い止めるのも作戦のうちだぜ」

「でも、あくまで依頼ですから……」

「赤羽からの依頼なの?」

「風間さんも合意しています」

 それもそうだな。わざわざ赤羽にサンプルを託したのは、赤羽義晴の頭脳を必要としているからだ。死なれたら困る。


 *


 山梨の研究所につくと、やはりヘリで駆けつけたと思しき赤羽誠子が駆け寄ってきた。

「兄が! 兄が中に!」

 分かってる。

 各務珠璃は「最善を尽くします」などと勝手な約束をしている。

 俺は仲間たちに向き直った。

「行こう」

 ここで議論している暇はない。

 なんなら問答無用で緊急避難装置を起動させてもいい。それが俺の最善だ。


 二階建ての小さな研究所だ。まだ中に人がいるらしく、同僚に避難を呼びかけている。ひとりでも多くの研究仲間を助けたいという思いなんだろう。こういう善良な人間を使って、あくどい研究をしているというわけだ。

「問題の対処に来ました。あなたも避難してください」

 俺が拳銃を構えているのを見て、特殊部隊かなにかだと思ったのだろう。研究者はほっとした顔を見せた。

「あの、まだ下に人が」

「把握しています。さ、退避して」

「はい」

 あくまで把握しているだけで、助けるかどうかは別だが。

 まあ俺だって冷酷無比ってわけじゃない。ちょっとこの仕事に手を染め過ぎただけの一般人だ。人並みの良心はある。たぶん。

 サイキック・ウェーブはレベル3程度。

 しかし安心はできない。たとえば獰猛な虎だって熊だって、波のレベルは1にも満たない。が、素手でやりあえば俺は勝てない。

 奥へ進むと、声が聞こえてきた。

「助けて! 誰か!」

 ひとりじゃない。複数だ。

 俺は気配を消し、廊下から中を覗き込んだ。

 黒い樹木がある。絡めとられた赤羽義晴もいる。ほかにも、肉に巻き込まれた研究者たちが床でもがいている。

 完全に予想外だったが、全員生きている……。

 これをガスで始末したら問題になりそうだ。

 同じく覗き込んだ佐々木双葉もぎょっとした顔になった。

「なにあれ? どうすんの?」

「どうしようもない」

 お伽話みたいに樹木に話しかけて、みんなを解放するようお願いするしかない。


 なんとか打開策を得ようとふたたび室内を覗き込んで、俺は目を疑った。

 映像ヴィジョンでも食らったのだろうか?

 樹木ではなく、少女がいるように見えた。それも、タールのように黒い肌の。身体から触手のようなツタを伸ばし、研究者を生け捕りにしている。


 念のため、俺は一呼吸してからまた覗き込んだ。

 いるのは少女だ。

 まさか、ガイアだろうか?


 ヘッドセットに通信が来た。

『大変です。例のビルから、ガイアがいなくなったそうです』

 機械の姉妹だ。

 一瞬、なにを言われたのか分からなかった。

「は? いなくなった? あのデカいのが?」

『例の調査会社が駆けつけたところ、忽然と姿を消していたそうです』

「いや、どうやって?」

『おそらく下水管かと』

「……」

 なにがどうなっているんだ。

 下水管から海にでも出たってのか? あるいは……まさかここへ? 自分の肉片を追って? となると、本当にこいつはガイアなのか?


 部屋を覗き込むと、少女はうっすらと笑みを浮かべてそこに立っていた。

 人質をどうするつもりなのだろうか?

 栄養を吸収しているようには見えない。ただ捉えているだけだ。

 佐々木双葉も覗き込んだ。

「お話し、してみる?」

「えっ?」

「なにか言いたいことがあるのかも」

 しかしそのためには、パーソナル・メッセージ・キャンセラーをオフにしなければならない。もしガイアならレベルを一気に15まであげられる。危険だ。

 危険だが……彼女の言うことにも一理ある。

 俺はサイキック・ブラスターを外し、鐘捲雛子に押し付けた。

「君にこれを託す。俺が変異したら構わず撃ってくれ」

「はい?」

「それくらい危険なことなんだ。分かるだろう?」

 彼女の回答はこうだ。

「峰打ちしていい? 腕くらいなら簡単に折れるけど」

「いやいや、ジョークじゃないぜ」

「私の言ったことなにも聞いてないじゃない。だいたい、なんで一緒にきたの? あなたも留守番してるべきだったでしょ?」

「なんだよ急に」

「あなたが死んだらみんなが哀しむの。だから軽率なことはしないでって言ったじゃない」

「そうだけど……」

 能力者は俺と佐々木双葉しかいないのだ。俺がやるか、彼女にやらせるか、ふたつにひとつしかない。

 すると佐々木双葉はケタケタ笑い出した。

「ちょっと、痴話ゲンカ? 二宮さんはそこで見ててよ。双葉ちゃんがやるからさ。もちろん失敗なんてしないよん。ガイアとは見知らぬ仲でもないしね」

「……」

 たしかに彼女は惑星プラネットだ。ただの能力者というだけではない。俺より適性があるだろう。

 こちらが返事に窮していると、彼女はキャンセラーを外し、でこをぽりぽり掻きながら部屋へ入った。

「ウェーイ! ガイアちゃん、元気してるー?」

「……」

 声帯による返事はない。

 なんらかのメッセージは出ているのかもしれないが、キャンセラーに阻まれて受信もできなかった。佐々木双葉もサイキック・ウェーブでのやり取りに入ったから、俺たちにはなにも聞こえなくなった。

 耳をすましても、研究員たちのうめき声がするだけだ。


 しかしどうしたものか。

 もし佐々木双葉が命を落とした場合、俺たちはガイアとの戦闘を避けられなくなる。研究員を巻き込んででも、緊急避難装置を起動するしかなかろう。

 ガイアも赤羽義晴も死ぬ。

 長き戦いに、ひとつの終止符が打たれる、というわけだ。

 そして対策本部のいざこざが始まる。


 行く末を見守ろうと思い、部屋の中を確認した途端、誰かの顔面に出くわした。

「おわ」

「ばあ! どう? びっくりした?」

 愉快そうな佐々木双葉だ。

 このデコスケ野郎……。

「ガイアはどっか行ったよん。みんなも助かったっぽい」

「は?」

 俺は気を取り直し、ふたたび部屋を覗き込んだ。

 ガイアの姿はない。

 代わりに研究員たちがへたり込んでいる。死者はゼロ。

「え、マジで? 説得したの?」

「うんにゃ。こっちがなに言っても意味不明なことしか言ってこなくて、気付いたらいなくなってたの。まあでも、双葉ちゃんのお手柄といっていいんじゃないかな?」

 大手柄だ。

 なにより、鐘捲雛子の説教を聞かずに済む。

「けど、彼女はどこへ? この部屋に下水管なんてある?」

 するとジョン・グッドマンが口を開いた。

「おそらく換気口でござろう。姿を変えてそこから逃れたのでござる。ニンニン」

 満足そうだが、これは忍術じゃない。ただの変異だ。

 しかし水みたいに自由自在となると、捕まえるのはほぼ不可能だろう。静岡と山梨の下水道だってたぶんつながっていないはずだから、ここへも浄水場や海を経由して入ってきたはず。あるいは別ルートか。その気になればどこへでも行けるというわけだ。

 俺は研究所に足を踏み入れ、赤羽義晴を見下ろした。

「博士、研究は節度を守ってお願いしますよ」

「来るのが遅い! あと少しで人類の至宝が失われるところだったぞ!」

「人類の至宝って? なにか重要なものでも?」

「私の頭脳だよ! いちいち言わせずとも理解したまえ!」

「それは失礼しました」

 こいつも排水管から流してやりたいところだな。

 彼はニヤリと気味悪く笑った。

「ふん。天才に敬意を払えるとは、少しは見所があるぞ、二宮渋壱。あとで褒美をやろう」

「褒美ですか?」

「データだよ、データ! それも、天才の生み出したデータだ! 数億の価値があるぞ!」

「それ、俺らに扱えるデータなんですか?」

「誰のオツムで扱うって? ムリに決まってるだろう。『8-NN』にでも食わせておけ」

「了解」

 いったいどんなデータなのかは知らないが、数億の価値があるというのだから、とっとと売り払ってパーッと遊びにでも行きたいものだ。

 もちろん機械の姉妹に精査させるのが先だが。


 俺は床に転がったままの赤羽義晴に手を貸すこともなく、部屋をあとにした。

 人類はサンプルを失い、ガイアも逃走した。今後なにが起こるのかはまったく予想できない。それもこれも俺たち人類が引き起こしたことだ。結果を引き受ける義務がある。どんな形であれ


(つづく)

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