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気晴らし

 役所の職員に現場を任せ、俺たちは迎えのリムジンに乗り込んだ。

 ここからはビールを飲みながらクソポエムの時間だ。

 自称ウラヌスは乱れてもいないジャケットを手で直した。

「見てたよ。なつかしい顔と再会したようだね。旧友が敵として立ちはだかるなんて、よくできた歌曲リートのようじゃないか」

 こいつはいつになったら日本語で喋るんだ?

 俺が瓶から直接ビールを飲み始めると、アイシャもグラスにワインを注ぎ始めた。飲まなきゃやってられない。むしろシラフのまま聞いている鐘捲雛子の神経が理解できないくらいだ。

 ウラヌスはすっと素に戻り、その鐘捲雛子を見据えた。

「今日の君は冴えなかったね? 不調だったのかな?」

「適切なタイミングをうかがってました」

「ふふん。そういうことにしておこう。しかし君が派手に踊ってくれないと、私のレポートも味気ないものになってしまうな。まるで冷めたシチューだ」

 きっとレポートが読みやすくなって上司も満足だろう。

 沈黙が訪れたので、鐘捲雛子が責められているような空気になってしまった。

 ここでアイシャが気を利かせた。

「私なんて、撃たれてドキドキしちゃった。ちょっとズレてたら死んでたかも」

 蠱惑的な笑み。

 もともと桁外れの美貌だから、少し笑みを浮かべただけで絵になる。

 が、ウラヌスはギロリと睨むような目になった。

「君は少し黙っていてくれないか。私は中身のない人間が嫌いでね」

「つれないこと言うじゃない。嫌いでも、それなりのマナーがあると思うけど? 私たち、ビジネスパートナーなんだから」

「ふん。そうしたいところだが、耐えがたい苦痛なのだ。理解したまえ」

 美人を執拗に目のカタキにする男は、いるといえばいる。こいつがそうだとは断言しないが。しかしなにもこんな態度をとることはないと思うのだが。

 とはいえ、当のアイシャが気にしたふうもなくワインを楽しんでいるから、俺も口を挟まないことにした。介入すればそれだけポエムが長引く。

 ウラヌスは鐘捲雛子を見据えた。

「次回は期待しているよ。普通の人間はね、生まれてから死ぬまで、いちども剣を振るわないものだ。しかし君は違う。明星なんだ。いわばフィクションの中にだけ存在する英雄の姿そのもの。平凡な生き方は似合わない。そのことをどうかよく考えて欲しい」

 はたから見れば、剣道部の女子生徒に粘着セクハラしている顧問の中年教師としか映らない。これを言ったら両者から不評を買うだろうけど。

 さいわい、俺には口をふさぐためのビールがある。黙ってこいつを味わうとしよう。


 *


 本部に帰ってシャワーを浴びた。

 センター長はお出かけのようだから、仕事の報告をすることもできない。まあ楽でいいが。

 生活スペースに入ると、アッシュがいきなり抱きついてきた。

「お帰りっ! お風呂にする? ご飯? それともボク?」

「もう風呂は終わったよ」

「じゃあボクだね。頭なでて!」

「うん……」

 仕事帰りだからチョコレートのお土産はないと判断したのだろう。その代わりにコレだ。まあ頭をなでるだけで満足してくれるのだからかわいいものだろう。

 こういうとき、残りのメンバーは参加してこない。遠慮しているのかもしれない。いつもはくだらないことでケンカするのに、姉妹間で妙に譲り合うときがある。


 機械の姉妹に凝視されていたので、俺はシスターズの輪に加わった。

「みんな元気か?」

「いえ、元気ではありませんね」

「どうした? 困りごとか?」

 まさかホットケーキを焼いてくれとかいうんじゃないだろうな。勝手にキッチン使ったら怒られるの俺なんだけどな。

 機械の姉妹は神妙な表情でこう続けた。

「近頃、各務さんがつめたいので」

「ああ、そのことか。どうも忙しいらしいね。今日もどこか行ってるの?」

「世界派の幹部と会議なのだとか。なぜわざわざ会うのです? オンラインでいいじゃありませんか?」

「俺もそう思うが……」

 通信傍受の恐れもあると言えばあるが、彼らの場合、どうやら密室で集まらないと会議した気分にならないようなのだ。日本を襲う病魔のようなものだ。諦めるしかない。どれだけインフラが整っていても、満員電車に乗りたがる国民性だからな。やたらと書類に印鑑を押させるし。

 機械の姉妹はあまり表に出さないタイプなのだが、今日は珍しくしょげ返っていた。おかげで他の姉妹も心配そうな顔だ。

 車があればコンビニでお菓子を買ってくるところだが。駐車場にはバンもなかった。徒歩で行くには遠すぎる。やはりホットケーキか……。

 悩んでいると、鐘捲雛子が来た。浴衣の上からエプロンをつけているところを見ると、もう通常業務に戻るつもりらしい。彼女も働きすぎだな。

 俺は腰をあげ、そちらへ近づいた。

「なにかできることは?」

「えっ? ないから。手を出さないで」

「あの子たちにホットケーキを作ってやって欲しいんだ。なんか落ち込んでるみたいだからさ」

 すると彼女は、キッと鋭い視線を向けてきた。

「なに言ってんの? こんな時間にホットケーキなんて出したら、夕飯食べられなくなっちゃうでしょ?」

「元気づけてやりたいんだ」

「怪獣ごっこでもしてあげたら?」

 行ってしまった。

 もっと優しく言ってくれてもいいのに。

 しかしたしかに、夕飯のスケジュールを考えたら、いまホットケーキを出すのはマズい。彼女はいつもシスターズのことを考えている。俺は思い付きで喋っているだけだ。

 しょんぼりしてテーブルへ戻った。

「ごめんな。なにか元気づけてあげられたらいいんだが」

「じゃあサッカーしようよ! サッカー!」

 空気を読まないのはアッシュだけだ。

 誰も乗らないのはいつものことらしく、アッシュはひとりでクッションを蹴ってサッカーを始めてしまった。

 なにも考えていないアホの子みたな行動だが、いまは元気づけられる。

 機械の姉妹がすっとスマホをテーブルに置いた。俺の私物だ。

「そういえば、また鬼塚さんからお誘いがありましたよ」

「見たのかよ」

「はい。常時監視してますので」

 新しく契約したスマホだってのに、どうやって監視してるんだ。というより、犯罪行為をサラッと自白するんじゃない。

「分かったよ。各務さんには少し休息をとるよう話をしておく。だからそんなに落ち込まないでくれ。あと監視もやめてくれ」

「けど私、ここのネットワーク管理者なので」

「それでもプライバシーは守ってくれ。いいな?」

「はぁ……」

 これは聞いてないな。まあいい。彼女には助けられることも多い。


 *


 ひとりベンチでスマホを操作していると、髪をタオルで乾かしながらアイシャが近づいてきた。

「誰とやりとりしてるの? 彼女?」

 顔が近過ぎる。

 俺はなるべく画面に集中しながらこう応じた。

「いや。彼女になってくれたら嬉しいなーと思ってた子……だけど飲み友達みたいになっててさ」

「この辺で飲めるところなんてある?」

「駅まで行くんだ」

「じゃあ遠距離恋愛だ」

 同じ市内なのに遠距離とは……。まあ実際近くもない。ひとくちに静岡市といってもけっこう広いのだ。


 アイシャがしばらく話しかけてこなかったので、俺は飲み会の予定を進めた。

 鬼塚明菜は毎週でも飲みたいようだった。まあ職場の人たちはまったく飲まないようだし、気持ちは分からないでもないが。俺もリムジンでは必ずビールをもらうようにしている。


 ふと、アイシャがつぶやいた。

「私も行っていい?」

「えっ?」

「どうせ付き合えないんでしょ? じゃあ私も仲間にいれてよ。あんまり飲む機会もないしさ」

「えーと、それは……相手に聞いてみないと」

「じゃあ聞いて?」

 ぐいぐい来る。

 彼女も飲み友達を探していたクチか。パートナーの円陣薫子はどうしているのだろうか。


 メッセージを投げると、鬼塚明菜は即座にOKを返してきた。人数は多ければ多いほどいい、とのこと。もう俺のことを彼氏にする気はないようだな。まあそれならそれで気楽でいいが。

「大歓迎だってさ。明日だけど、いい?」

「もちろん」

「適当な居酒屋になるけど」

「問題ないよ。アルコールさえ入ってれば酔えるから」

 もしかしてこの人、ダメな人なのでは。

 まあ友人から億単位の借金をして平気でいるような女だからな。怖くて詳しくは聞いていないが。


 女性二名と一緒に飲むってのに、男同士で飲むのとあまり変わりないテンションだ。ま、一緒に飲む相手がいるだけマシか。

 待てよ。せっかくだから各務珠璃も誘ってみるか。話し相手が政府のお偉いさんだけでは、彼女も気が晴れないだろう。


 *


 かくして七時過ぎ、俺たちは駅前で集合した。各務珠璃は「行けたら行きます」という魔法の言葉を唱えたまま、まだ来ていない。

 忙しそうだったし、強要はできないが。


「は? やべー美人じゃん。なに? どういう関係?」

 鬼塚明菜は軽く引いている。今日もパーカーだ。お気に入りなのだろうか。

 アイシャはややキザとも思えるシャープなスマイルを見せた。

「二宮さんとは同じ職場なの。私、アイシャ。よろしく」

「外国の人? 日本語上手だね」

「よく言われる。ね、どこ行くの?」

「おでん屋。おでん知ってる?」

「もちろん」

 アイシャが日本へ来たのは五歳のころだ。日本語しか話せないし、ほとんど日本の文化しか知らない。おでんなんて飽きるほど食ってるだろう。まあその辺の説明は後々だな。


 入店してから知ったのだが、静岡のおでん文化は独特だった。コクのある黒い醤油をベースに、牛で出汁をとり、そこへあらゆる具材を突っ込んで煮る。各種タレまで存在している。

 日本というのは、意外と広いのかもしれない。


 そして九時前。

 なかばぼうっとしながら冷酒でおでんを食っていると、各務珠璃が入ってきた。

「遅くなりましたぁ」

 やや疲れているが、柔和な笑みだ。

「はじめまして、各務珠璃と申します」

「あ、鬼塚です。よろしくー」

 カジュアルな格好とフォーマルな格好とが同席していて、もはやなんの集まりなのか分からなくなっている。しかしこのカオスな感じこそが飲み会の醍醐味だ。

 俺は串を置き、メニューを渡した。

「お疲れさま。なに飲む?」

「えーと、どうしよっかな……」


 波長が合うのか、アイシャと鬼塚明菜はすぐに打ち解けた。聞き上手の各務珠璃も、すでに溶け込んでいる。俺抜きで集まり始めるのもそう遠くなさそうだ。

 ま、いいさ。

 うまいおでんがあって、酒がある。

 いまはそれで十分だろう。


 *


 和気あいあいで解散し、俺たち三名はタクシーで帰宅した。

 楽しい飲み会だった。

 まあそれはいいんだが……。


 センターに到着し、生活エリアへ入ると、シスターズはぐっすり眠っていたのだが、鐘捲雛子が待ち構えていた。

 テンションは普通だ。

「お帰りなさい」

「ただいまぁー」

 アイシャは少し出来上がっているらしく、鐘捲雛子の頭をぽんぽんやって向こうへ行った。

 まあ俺も出来上がってはいるが、そこまでする度胸はない。

 各務珠璃も「もう寝るぅ」とスーツのまま布団へダイブ。

 必然的に、俺が唯一の会話相手となった。

 彼女の話はこうだ。

「ずいぶん楽しかったみたいだね」

「ま、まあ、たまにはね」

 怒っているふうではない。しかしなにか言いたげな感じがビシビシ伝わってくる。というより、俺が途中で買ってきたコンビニの袋を凝視している。

 俺は先手を打ってこう応じた。

「あ、これ? ちょっとお菓子なんかをね……シスターズに……」

「それで?」

「えーと、みんなにあげたら喜ぶかなーって」

「没収します」

「はい……」

 栄養面の管理もバッチリだ。じつに頼もしいよ。うん。

 ビニール袋を預けると、彼女はどこかへしまいに行った。


 俺はすごすごとジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけた。

 今日もすでに布団が敷かれている。まさか、また簀巻すまきにされるってことはないと思うが。

 顔を洗って歯を磨き、浴衣に着替えて布団に入り込んだ。

 そんなに酔っ払ったつもりはなかったが、横になると世界が回っている感じがした。


 鐘捲雛子はやや経ってから部屋へ戻ってきた。

 お菓子をしまってから、戸締りの再確認でもしてきたのかもしれない。ここの管理者として隙なく振る舞っている。

 少しは息抜きも必要だと思うのだが……。酒が嫌いなら、みんなで食事に行くのでもいいし。シスターズとピクニックに行くのでもいい。とにかくなにかしたほうがいい。

 彼女はずっと働きっぱなしだ。いくらシスターズのためとはいえ。

 さすがに心配になる。


(続く)

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