チェンジリング 後編
ドアが動き、ガンとタンスにぶつかった。
「あれ、開かねぇ……」
「もしかしてここか?」
「いる? ヤバくね?」
ストンと鋭い音がした。
かと思うと、ドッと男たちの笑いが起きた。
「オメー、いきなり撃つんじゃねーよ!」
「貫通するわけねーだろ!」
「鉄砲貸してくんねーからよ」
「佐竹さん、ケチだよな」
お気楽な会話だ。
俺とジョン・グッドマンは互いに背を向けているから、アイコンタクトはとれない。が、ヘッドセットで会話はできる。
ジョン・グッドマンが緊張気味につぶやいた。
「ターゲットの正体が分かり申した」
「えっ?」
「佐竹大臣でござる、厚労省の」
「大臣……」
そこでようやく俺も理解した。
佐竹久造。六十八歳。男性。黒幕。
民間から登用された厚労大臣だ。前職は某医科大の教授。白い髭を伸ばした老人だ。なんちゃら学会の権威で、フェスト治療についてもテレビで威勢のいいことをフカしていたっけ。
たしか赤羽一派とはズブズブに癒着していたはず。となると、彼は赤羽の勝利を望んでいる。だから後々邪魔になりそうな俺たちを、ここで潰しておこうという魂胆かもしれない。あんなチンピラなんかを使って。
ジョン・グッドマンが発砲すると、ドアの向こうからカエルの断末魔のような声がした。
「ケンタが撃たれた!」
「ざけんなオラ!」
「いくぞらァ!」
ドガドガとやかましくドアが殴打された。
バリケード代わりの家具が徐々に押されている。やがて隙間ができると、彼らはクロスボウをねじ込んできた。かと思うと、ビュンと風音を立てて矢が壁に刺さった。
恐怖で心臓が強く収縮する。
ジョン・グッドマンは発砲を繰り返す。
「おいやべーぞ! 撃たれてる!」
「ビビってんじゃねーぞオラ!」
ハートが強すぎるな。
こいつら、いったいどんな修羅場をくぐってきたんだ。
俺は窓からの襲撃はないと判断し、ドアへの発砲に加わった。見えなくとも気配は感じるから、ドア越しにでも狙いをつけて撃つことができた。トリガーを引くと、顔も見えない誰かのサイキック・ウェーブがふっと消えた。
「おい、回り込め! 窓だ、窓!」
「バカ、声がデケぇよ!」
「いいから行け!」
互いに声をかけあって、いいチームワークだ。もっとも、本気でやらないと命が消し飛ぶ。ふざけている場合ではない。
ジョン・グッドマンがリロードを終えたのを見計らい、俺も撃ち切ってリロードした。
かなりの大人数で来ているらしく、階下でも気配がする。というかガシャガシャ音がする。佐々木双葉が追われているのか、あるいは俺たち以外にもいると思って威嚇しているのかは分からない。
というより、佐々木双葉の気配が希薄すぎて、どこにいるのか掴めない。
外でドッと鈍い音がした。
「ヤスが落ちた!」
「雨で滑んぞ! 気をつけろ!」
そろそろ来るか。
ドアも半開きになってきたところだ。両方から来られたらマズい。金属バットの連中がとんでもない殺気を放っている。
俺は静かに告げた。
「グッドマンさん、サイキック・ウェーブを使っても?」
「わ、分かり申した」
キャンセラーを使わずに巻き込まれてくれ、ということだ。誰か一人でもキャンセラーを使えば、俺のサイキック・ウェーブなどかき消されてしまう。
バキと音がして、誰かがバルコニーにしがみついた。もう猶予がない。
俺は意識を集中し、体内のサイキック・ウェーブを高めた。
冥い世界。
花々による殺戮。
血液の海。
破壊。
飛散する肉体。
過剰な痛み。
かなり本気でやったので、脳が沸騰するような感覚に襲われた。
辺りは静寂に満ちている。
俺は呆然としている敵に、銃弾を撃ち込んでいった。見間違えでなければ、どいつも顔が若い。まさか十代だろうか。こんなのを殺しの道具に使うなんて……。
ひとまず付近のは片付けたので、俺はドアを閉めてバリケードを設置しなおした。
脂汗をかいていたジョン・グッドマンが、勢いよく空気を吸い込んでブルブルッと震えた。
「うぅ……これはキツいでござるな……」
「ご協力ありがとう。今度一杯おごりますよ」
「うむ……」
一杯じゃ足りないという顔だな。まあ二杯でも三杯でもいい。飲みたいだけ飲ませてやる。
だが、俺は勝利を確信できなかった。
嫌な気配がする。
いや、予感なんかじゃない。いる。
いったいどこから……。
「うわああああ!」
「なんだこれ!」
「待って! 助けて!」
一階の連中が絶叫のような悲鳴をあげはじめた。ガァンと鈍い音がして、家自体が揺れた。とんでもない化け物がいる。
二階へ逃げてきたヤツが叫んだ。
「あのケースだ! ケースが爆発した!」
ケース?
彼らはなにかが入ったケースを持ち込んだ。そして俺がサイキック・ウェーブを使用した途端、それが爆発したと……。
「開けて! 開けてくれよ! あいつが来るって!」
あいつ……。
まさかマテリアルの入ったケースだろうか。それがサイキック・ウェーブの影響で変異したのだ。
俺が答えを出した瞬間、タンスがこちらへ吹っ飛んできた。ついでに被害者の肉片も。幸い、タンスのほうはぶつからなかったが。
そこにいたのは怪物だ。
ゴリラのような、熊のような、毛むくじゃらの……。呼吸も荒く、犬歯を剥き出しにしてこちらを睨みつけている。興奮気味に部屋へ入ってこようとしているのだが、ドアが狭いせいで肩がつかえて入ってこれない。が、ミシミシと音を立て、ドア枠ごと破壊しようとしている。
問答無用の筋力だ……。
「逃げましょう!」
「合点承知!」
俺たちは窓を開け放ち、バルコニーへ出た。
ちょうど怪物も室内に転がり込んできたところだった。
迷っている暇はない。俺たちは柵を乗り越え、着地も考えずに飛び降りた。もちろん降りるのは怖かったが、それより後ろから来ているヤツのほうが何倍も怖かった。
雨で滑って俺は草むらで盛大にコケた。が、痛みはない。感じてないだけかもしれない。とにかく立ち上がった。
グッドマンも立ち上がった。
あとは全力で逃げるだけ、と、言いたいところだったのだが、俺たちの間にそいつはドッと着地した。コケもせずにだ。
さすがに神さまを恨んだ。
せっかくならこいつもコカして欲しかった。なぜ俺たちがコケたのに、こいつだけまともに着地できるのか。理由を教えて欲しい。
が、さらにもうイッコ降ってきた。
「ぐがぁ!」
そいつは怪物の背にナイフを突き立てると、武器を手放して華麗に着地した。佐々木双葉だ。
「ほら、逃げるよ!」
とんでもないクソ度胸だ……。
自分だけ逃げることだってできただろうに。
ともあれ、怪物が苦しんでいるうちに、俺たちは全力で駆けた。濡れた草に足を滑らせてコケたが、すぐに立ち上がって逃げた。
まともにやりあって勝てる相手じゃない。
しかしこちらは裏手だから、リムジンに乗り込むためには洋館をぐるっと回り込まないといけない。
振り返らずとも、ドスドス足音が近づいているのが分かる。このままじゃ途中で追いつかれる。二人を逃がすためにも、俺だけでも応戦したほうがよさそうだな。仲良く全員死ぬよりはマシだろう。まさか自分がそんな献身的な人間だとは思わなかったが。
俺は足を止め、反転して銃を構えた。
なにも死ぬと決まったわけじゃない。いつものように銃を撃ち、敵を殺せばいいのだ。いままでずっと成功して来たんだ。今回だってきっとそうだ。俺にはみんながついてる。
心臓と呼吸が荒れているせいで、照準が定まらない。しかもこの雨だ。
もし俺を殺すなら、せめて苦しくないよう頼むぜ……。
パァン、パァン、と、いつもの音を聞きながら、俺は一心不乱にトリガーを引いた。どうせマガジンを入れ替えている時間なんてない。撃てるだけ撃つしかない。
パァン、パァン、パァン……。音楽のようだ。
弾が切れたのに、ずっと頭で鳴り響いている。
怪物は徐々に迫っている。スローモーションのように。
いや、スロー……なのか?
実際に足が遅くなっている。よたよたして、銃声が鳴るたびに目に見えて弱っている。というか、俺はもう撃ってないのに、なぜまだ発砲音がするのだ……。
振り返ると、青村放哉とジョン・グッドマンが並んで銃を構えていた。
怪物は俺のすぐそばでどうと倒れた。喉の奥で弱々しいうなり声をあげながら。
雨が血液を洗い流している。
「おい、死ぬならちゃんとカネ払ってからにしろよ。雨だから手当ても出せ。ガソリン代もな」
青村放哉はしかしほっとしたような表情を見せていた。雨のせいで、いつもはツンツンしている髪も下におりている。
ジョン・グッドマンも複雑そうな表情だ。
「一人だけ犠牲になるなんて、ズルいでござるよ」
「ごめん。助かったよ。ホントありがとう」
仲間ってのはいいもんだな。一人は有料だけど。
いまさら体に震えが来た。というか、手が自分のものじゃないみたいに震えている。雨のおかげでチビってもバレないだけマシか。まあチビってないけど。
佐々木双葉も遅れてやってきた。
「待ってよ。今日のMVPは双葉ちゃんでしょ? あそこであたしが助けてなかったら、二人とも死んでたんだから」
まったくだ。
誰か一人でも違う行動をしていたら、確実に俺は死んでいた。
青村放哉は石ころを蹴飛ばし、怪物にぶつけた。
「で、こいつはなんなんだよ? 動物園から逃げ出してきたのか?」
「敵が持ち込んだマテリアルだよ。サイキック・ウェーブに反応して変異したみたい」
「例のヤツか……」
おそらくはディープ・スロートが使おうとしていたヤツだ。それも戦闘用のものだろう。アメリカから売りつけられた警備ロボットの類似品だ。
*
帰宅した俺たちは、ウラヌスや青村放哉も招き、執務室で緊急会議に入った。
「主流派が変異体を? まさか、そんなことまで……」
事実を報告すると、各務珠璃も目を丸くした。
ウラヌスは大袈裟な溜め息だ。
「さすがに度を越している。生命を玩弄しているとしか思えないよ。たとえそれが彼らのビジネスだとしてもね」
同感だ。
連中は変異体を人殺しの道具としか思っていない。いや、あるいは……アメリカに対抗するために、類似品の開発を進めているだけか? そして試作品を持ち込んだと?
もしかするとあいつらは、俺たちを殺すためではなく、試作品のデータを取るために今回の作戦を仕組んだか……。
各務珠璃はさすがに頭を抱えた。
「私、どうしたら……」
そこは気を強くもって、正式に抗議して欲しいな。現場にターゲットはいなかった。俺たちがカマされたのは間違いない。
それに、今回の仕事と引き換えに文書で安全を約束すると言ってきたのだから、それを確実に履行させなければならない。
青村放哉が肩をすくめた。
「各務ちゃんよ、あんた、そんなウブな女かよ? 俺たちを地獄に追い込んで平気なツラしてただろ? あいつらにも同じようにしてやれよ」
そうだったな。彼女はにこにこしながらツアー客を阿毘須へ送り込んでいた。金のために。
各務珠璃はハッと顔をあげた。
「そ、そうでした! 私、お金のためならなんでもやる女です……。やります! 言ったこと、絶対に守らせないと……」
なんでもはしなくていいが。
ま、やる気を出してくれたならそれでいい。
ぜひ強気で抗議してくれ。俺だってもうこんな仕事はゴメンだ。今日という今日は本気で死ぬかと思った。
すると、雨でびしょびしょの鐘捲雛子が戻ってきた。俺たちの応援に出ようとして、慌ててエプロンのまま出たらしい。
「戻りました」
急に現場へ駆り出され、しかも骨折り損だったのに、文句ひとつ言わない。
あとで詫びを入れておこう。
各務珠璃は勢い込んだ顔で身を乗り出した。
「お帰りなさい、鐘捲さん! 私、今度という今度こそ本部の人たちに言ってやりますから! 期待しててくださいね!」
「えっ? えっ?」
いきなり言われても困るだろう。
俺は補足してやった。
「今日の借りを返すんだよ。悪いことをしたヤツにはお仕置きが必要でしょ?」
「ああ、いつもの……」
そうだよ。いつものだよ。こっちはそれ以外に取り柄がない。
いくら俺が二度とやりたくないと思っていても、放っておけば何度でもカマして来やがるのだ。いっぺんカマさないと理解しないだろう。
ただし、反省して頭を下げてきた連中まで敵に回す必要はない。全員にカマしていたら、世界が滅ぶ。敵は、それでも反省しないクソ野郎どもだけだ。
(続く)




