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夏の気配

 シャワールームを出た俺は、まっすぐ執務室へ向かった。

 疲れ気味の各務珠璃がパソコンのキーボードを打っていた。

「お疲れさま。ちょっと時間とれるかい?」

 俺はそう告げるなり、返事も聞かずソファへ腰をおろした。わざと断りづらくしたのだ。

 彼女はなんとか笑みを浮かべ、作業の手を止めて俺の対面に腰をおろした。

「お疲れさまです。ご無事でなにより。なにかありました?」

「赤羽の動きが怪しい。今回の件は、どうも対策本部と赤羽の利権争いらしいぜ」

「赤羽……。やはりそうでしたか……」

 彼女は難しそうな顔を見せた。

「え、知ってたの?」

「いえ、確証があったわけではないのですが……。先日、世界派の担当者と打ち合わせしたとき、例の『フェスト治療システム』の話をしたんです。赤羽メディカル工業が、裏でなにかしているのではないかと」

「それで?」

「赤羽さんの名前を出した途端、皆さん怖い顔になって……。『その話はやめましょう』ってことになったんです。なんでも、赤羽さんと戦うのは、一連の戦いに勝利してから、ということのようでして」

 外敵と戦うには、まずは組織を統一してから、ということか。しかし順序が逆だ。内部で争っている場合じゃない。それこそが赤羽の策なのだ。

 俺は思わず溜め息をついた。

「内部で潰し合いを続けたところで、赤羽が得するだけなのにな。ぜんぶ赤羽の仕業なんだ。対策本部を分裂させて、身内で争わせて。最終的には、フェスト関連の商売で儲ける算段らしいぜ」

「けど、そうなると厚労省が出てきますよ? 私たち、このまま参加していて平気なんでしょうか……」

 センター長としては、手を引きたいと考えているわけか。

 俺は思わず鼻で笑った。平気なわけがない。しかしここでやめるわけにもいくまい。世界派に手を貸しているからこそ、なんとか逮捕されずに済んでいるのだ。連中の庇護がなければ、俺たちはいつでも国家権力に潰される。

「策がある。各務さんはこれまで通り、何も知らないって顔で会議に参加しててくれ」

「策って?」

「世界派の一部が、まるまるこっちに寝返るってさ。ところで、ひとつ頼まれてくれないかな」


 *


 その晩、俺はホテルのカフェで人を待った。

 島田高志。

 かつて阿毘須アビスで幹部をしていた男だ。滅多に姿を現さないが、センターでも顧問のような立場にいる。

 急な呼び出しだというのに、彼はスーツ姿で着た。顔立ちは若いのだが、頭は真っ白。年齢は不明。

「珍しいですね、あなたから呼び出しとは」

「聞きたいことがありましてね」

 かつて各務珠璃の上司だった男だ。赤羽義晴ともやり取りしていた。状況に詳しい。

 俺はこう尋ねた。

「赤羽先生って、いまどこでなにしてます?」

「さあ。親族の企業でアドバイザーでもしているのではないでしょうか」

 そこまでは俺たちもつかんでいる。

「対策本部と争ってるようなんですが」

「そのようですね。お金が絡むと皆さん目の色が変わりますから」

 以前からそうだったが、つかみどころのない態度だ。キレ者には見えない。が、間違いなくやり手だ。一時期は阿毘須アビスのほとんどをこの男が仕切っていた。

 彼はウェイターにアイリッシュ・コーヒーをオーダーし、こう続けた。

「私ね、あまり力になれないと思いますよ。つい最近、子飼いの情報員が消息不明になったばかりですし」

「情報員?」

「ディープ・スロートっていうんですがね。ここ数日、連絡がつかないんです」

 消されたとは言いづらい雰囲気だな。しかし情報員を子飼いにしていたということは、本件にガッツリ絡んでいるということだ。なにせディープ・スロートは対策本部と赤羽側の二重スパイだったのだから。島田高志もそのどちらかということになる。

 俺はカップのコーヒーにミルクを注いだ。

「島田さん、どっち側なんです?」

「世界派と教団派の掛け持ち、ですかね」

「掛け持ち? そんなのアリなんですか?」

「アリなんです。なにせ以前は同じ路線でしたから。ただし、そんなに入れ込んでるわけじゃありませんよ。腐れ縁です。五代さん死んじゃったでしょ? だから、誰かが代わりやんないといけなくて……。砂糖入れないんですか?」

「入れます。それより、その話、各務さんは知ってるんですか?」

「おそらく知らないのでは。しかし隠してたわけじゃありませんよ。聞かれなかったから答えなかっただけです。それに、私もセンターと対立しているつもりはありませんから」

 いけしゃあしゃあとカマして来やがる。

 敵じゃなかったらなんだっていうんだ。

 俺はコーヒーの熱さに気を付けながら、そっと一口やった。砂糖を入れ忘れた。

「島田さん、そりゃ通りませんよ。個人の思いはどうあれ、組織間では明らかに対立してますから」

「そう言われてもねぇ……。主流派が反社会勢力使おうとしてるの、止めてるの私なんですよ? 青村さんを使ってるのも私です。彼ならまだ話通じるでしょ? ずいぶんやりやすかったんじゃないですか?」

「ま、だいぶ助かりましたけど……」

「私はただの調整役です。なんの思想もない。なんなら踊らされてるだけで。ディープ・スロートが二重スパイだって話も、ついさっき聞かされたばかりなんですから」

「各務さんから?」

「いえ、内部からです。しかも憶測でしかありません。私もショックなんですよ。彼が赤羽側のスパイだったなんて」

 事実なのか?

 もしそうなら、ほとんどディープ・スロートのせいで話がこじれていることになる。二重スパイという言葉はしっくりこない。島田高志は、内部調整のためにディープ・スロートを使い、一方の赤羽は、対策本部を争わせるために使った。赤羽への攻撃には使われていない。この関係は非対称だ。

 俺は身を乗り出した。

「俺ら、手を組めませんか?」

「私にメリットがあるのなら」

 率直に言ってくるところは好感が持てる。

 それでこそ人を食い物にしてきた阿毘須アビスの運営だ。

 相応の態度で挑むべきだろう。

「こちらの希望はシンプルです。今後、センターの人間に手を出さないこと。具体的には、俺たちを不当に逮捕しないことです」

「それをすると、私はどんなおいしい思いができるんです?」

「というより、損をしないで済む、ってのが正しいかな。俺たちサイキストが、対策本部をぶっ壊さないことを約束します」

 彼は片眉を吊り上げた。

「ぶっ壊す……? 穏やかではありませんね。その大胆な計画は、実現可能なんですか?」

「まあ簡単じゃありませんよ。ただし致命傷を与えることはできる」

「どうやって?」

「企業秘密です」

「絵空事を交換条件に出されても、なかなか乗れないと思いますがね……」

 惑星プラネットが離反することはまだ言えない。

 ただし、もしそうなれば、サイキック・ウェーブの使用者がほとんどこちらにつくことになる。キャンセラーさえ使いたがらない連中とは戦いにもなるまい。もちろん限度はあるが。

 俺はかすかに息を吐いた。

「ま、状況を見つつ判断してください。この場で結論を出さなくとも構いませんから。ただし、状況が膨らみきった風船みたいになってるってことは認識しておいて欲しいですね」

「ええ、留意しておきますよ。それに、あなたには何度か状況をひっくり返されてきましたからね」

 もちろんそうだ。今回もひっくり返してやる。

 惑星プラネットが俺たちにつくということは、ガイアもセットでついてくるということだ。アレが暴れたらさすがの対策本部もふっ飛ぶだろう。すると戦いは赤羽の勝利で終わり、逮捕の心配のなくなった俺たちは安全に撤退するというわけだ。その後の混乱は行政でなんとかしてくれ。

 俺たちは、世界派を勝たせる必要はない。対策本部がおとなしくなればそれでいいのだ。誰が勝とうが知ったこっちゃない。


 *


 翌日、郊外の廃工場にて密談。


 草ぼうぼうだったこともあり、工場に入る途中で蚊に食われた。

 惑星プラネットからはウラヌスとネプチューンが来た。さすがにリムジンではなく、私物と思われるミニ車での登場だ。

 こちらは俺と鐘捲雛子、ジョン・グッドマンの三名。

 念のため、互いに武装しての集合だ。俺たちが争うためじゃない。外部からの襲撃を警戒してのことだ。


「少々、太陽の自己主張が強いようだな。ま、歓迎と受け止めておこうか。本日は歴史的な一日となるだろうからな」

 ウラヌスは柄の派手な開襟シャツ。ジャケットは着ていないが、袖が長いので暑そうだ。

 こっちは半袖のポロシャツ。涼しくていい。

「こんなところで会う必要があったのかな?」

「市街地で堂々と待ち合わせして、ひどい目にあった人間がいたのを忘れたのか?」

「彼は気の毒だったな。ともあれ、正式に手を組むってことでいいのかな? 前も言った通り、本気なら歓迎するけど」

 俺は肘を掻いた。また刺されたらしい。できるだけ早く話をまとめて撤収したい。

 彼は肩をすくめた。

「本気にならざるをえない状況だ」

「なにかあったのか?」

「以前も説明した通り、私たちは強制的に蘇生させられたのだ。サイコ・バキュームとかいう不愉快な装置で吸引されてね。メンバーのほとんどは自由だが、一部、幽閉されているものがいる。誰だと思う?」

 暴食のサターンこと佐々木双葉は俺たちのセンターにいる。そもそも一回も死んでいない。

 ガイアはまだ復活していない。

 目の前にいるのは怠惰のウラヌスと悲嘆のネプチューン。

 残りは強欲のマーキュリー、虚栄のマーズ、憤怒のジュピター、淫蕩のヴィーナスだったか。それに、プルートがいる。

 俺が考え込んでいると、ウラヌスはこう続けた。

「軟禁されているのは例のプルートだ。いたいけな少女を閉じ込めるなんて、ずいぶんと悪趣味じゃないか」

 できれば乙女ラ・ピュセルのときに言って欲しかったセリフだな。

 ともあれ、よりによってプルートとは……。

「なぜあの子が?」

「ガイアが復活しなかった場合の保険だろうな。彼女はガイアの子ということになっているから、教団派の信仰対象たりえるというわけだ。世界派にとっては交渉カードのひとつになる」

「まさか、救い出すとでも言うのか? あの子、またあんたらを消すかもしれないぜ……」

「そうかもしれない。しかしアレが世界派の手中にあると、ガイアの挙動も安定しないのだよ。もともと思春期をこじらせたような精神状態だ。己の分身が人質になっていると知ったら、復活と同時に暴走するのは想像に難くあるまい」

 ごもっともだな。


 ガイアはグランドクロスなる儀式をし、世界を変革するつもりでいた。そのための駒として、ただの人間にサイキック・ウェーブを植え付け、惑星プラネットを名乗らせた。儀式を実行した。ところが世界はどうにもならなかった。多量の死者が出た。

 彼女の考えた儀式では世界を変えられなかったのだ。

 しかしガイアだけを悪く言うべきではなかろう。彼女はひどく追い詰められていた。なにか儀式でもして奇跡を起こさなければ、人生を逆転できなかったのだ。それくらい耐えがたい状況にいた。

 俺たちは結果として戦いに勝利したが、彼女を救えたわけではなかった。ただ命を奪って終わらせた。


 ともあれ、ひとつ懸念点がある。

 ガイアは抜け殻だ。人格を喪失している。

 もともと傀儡くぐつとしてつくられた存在だ。本体である少女は、いまは五代まゆを名乗っており、すでにシスターズとも打ち解けている。

 だからいまのガイアは、抑制もないのにサイキック・ウェーブだけは異様に巨大という、危険な存在と化している。

 もし暴走してくれれば対策本部は壊滅するし、俺たちは楽なのだが。しかしそれは歓迎すべきことなのだろうか。

 復活を阻止しなくて平気だろうか。


「ウラヌスさんよ、もしプルートの問題が解決したとして、それでガイアを復活させて平気なのかい? またグランドクロスを起こしたところで、前回みたいなことになるだけだぜ?」

 俺が釘を刺すと、彼は少々渋い表情を見せた。

「分かっている。いまのガイアは爆弾みたいなものだ。爆発すれば、私たちの身も危ない。しかしこれは武器にもなる。戦いには象徴シンボルが必要だ」

「俺が聞いてるのは管理方法だよ」

「安心したまえ。私たちでなんとかする。そのための惑星プラネットなのだからね」

 特別な信頼関係でもあるのか? まあ彼らのサイキック・ウェーブはガイアが与えたものだし、互いに同調しやすいのかもしれないが。コントロールできるならそれでいい。


 会話が途切れると、白い日傘を持ったネプチューンがこちらを凝視しているのに気づいた。

「なにか?」

「みんなお揃いのお守りね……」

 今日もみんな腰につけている。お守りというよりは、軍隊の認識票ドッグタグのようなものだが。

「これ? 鐘捲さんが作ってくれたんだ」

「かわいいわね……」

 いつもは表情が希薄なのに、珍しく微笑を浮かべた。しかし消え去りそうなほど儚い。


 ウラヌスにせよ、ネプチューンにせよ、惑星プラネットの面々にはどこか普通でない雰囲気があった。ガイアの人選にはなにか理由があったのだろうか。

 そのうち五代まゆにでも聞いてみるか……。


(続く)

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