春の門 ~姐さん物語~
4月の澄み渡った空気と暖かな日差しの中に温められた春の風。
なだらかな坂道の両脇にはしっかりと咲き誇る桜。
今日は私の高校の入学式…普通なら、新入生はこれからの高校生活に夢と希望を持って
緊張はするけど晴れやかな顔をして入学式に望むところだろう。
だけど出席している新入生の私らの目は全員死んだ鯖の様な目をしていた。
軽くあたりを見回すとガム噛んでる奴に欠伸ばかりする奴はマシな方で、
血走った目で女ばかり見ているエロガキに隣の席のとさか頭にメンチ切る馬鹿。
薄暗い目をして足を組んで上を見てるパーマの女なんかもいる。
一応に制服は着てるけど真面な制服を着ているのなんって殆どいない。
それ以上に、入学式なのに空席が目立つ…サボってるんだろうなぁ。
私は、そんな馬鹿達の中、高校から指定された馬鹿高い制服を真面目に着て、
ぼんやりと式が進行するのを馬鹿達と同じ様に死んだ目で見ていた。
やる気など全くないあるわきゃ無い…来たくて来たわけじゃないからねえ。
なんせこの高校は裏では、エロいねえちゃん製造所とかゴミ捨て場。
吹き溜まりに極道製造所なんて呼ばれてる高校。
卒業確立55パーセントって厳しい(嫌になって辞めちゃうんだろうね)
小学生でも知っている…偏差値30の東海三県最低の高校だ。
正式名称 何とか学校法人 私立 真田実業っていう。
法人名? 知るか!興味も無ーわ…知ってたって意味も無いしね。
そんなんだから高校の校門をくぐるときには
”この門をくぐるもの全ての希望を捨てよ”って感じで殆どやけくそ。
私自身は本来だったらこんな高校に来るわけがなかった。
中学3年の途中までは全国統一テスト上位、内申42以上の好成績なので、
県内有数の進学校を、自分の入学実績で点数稼ぎたい教師が揉み手をしながら、
笑顔で勧めていた教師もいたほどだったし、
部活も陸上でそこそこ成績残して、あちこちからスポーツ推薦の話が出るほどだったもん。
しかし、ある事情…家族が恥ずかしい犯罪が立て続けに起こしてくれて事情が一変した。
どんな犯罪…
大して重い罪にはならないけど
ワイドショー賑わせて後ろ指刺さられて笑われる程度で身内にはたまったものではない類のモノだよ。
そのせいで3学期始まって早々の受験に向けての最終個人面談では
ため息交じりに2学期の通知表を机の上に静かに置かれた。
中を確認すると1,2,1,2と信じられない数字が並んでいた。
1学期は4と5しかないのに信じられんかった。
思わず叫んだ…”テスト殆ど満点で学年2位や!最近まで天才やって言うてたやんか!”
って顔を赤くして鼻水が出そうになったわ。
でも、進路指導の担任は馬鹿にした様な表情で氷のように冷たく言い放った。
「 しょうがないんじゃないかなぁ、家族全員が犯罪者なんだから。
いくら成績が良かろうがスポーツが出来ようが、
テレビに大々的に顔写真乗ってるのはどこも敬遠するんだよ。
って言うわけで、お前に成績つけるのも意味ないから
お前の分は少しでもいいとこいけるように他の同級生に渡してやったんだよ。」
頭が…真っ白になった。
「 それって…教育基本法違反じゃあ 」
その言葉に先生は大きくため息をついて天を見上げた。
「 成績なんて評価する立場の人間の裁量権の範疇でどうとでもなるんだよ。
教育基本法とか関係なしにな。
嫌なら裁判でも起こせばいいんじゃないかね?起こしても構わないよ。
貴重な10代の時間が潰れるだけだ。
等質化が何よりも重視される世間なんだから
その先の大学なんて夢物語だし就職も出来ないだろうけどね。」
あまりの理不尽に涙目になって、座ってた椅子を
ぶち当てようと、振り上げるように持ち上げた瞬間に冷静に言われた。
「 はいはい、流石に怒るわな…
じゃあ仕方ないでな、警察よぼか…年少いったら最終電車の”馬鹿校”にも入れんぞ…
中卒の上に犯罪者って事になるが?… 」
その馬鹿校がここなんや…そこしか入るとこが無い成績やった。
ランニングマシンって、この間まで私自身が、級友と鼻で笑っていた高校だ…
そこにも入れんのは困る。絶対困る。
どこでもいいけど高校行かないと
私を面倒見てくれてる”ばあちゃん”が泣くし…これ以上心配とかかけるの嫌だし。
んで、私は唇に穴が開くぐらい噛みしめて床に額をこすり付ける様に土下座した。
涙を流して死ぬような思いで必死に謝った。
悔しくて頭が変になりそうだった…
「 まー、進学はちゃんと手配ぐらいはするよ…選択肢無しで”真田実業”オンリー。
入学金と授業料が一括払いで馬鹿みたいに高いけど、
にしきの家の場合にはそれなりに財力もあるから大丈夫だろう。」
お金儲けのためにやってるような学校だもん
入学金や授業料なんかが高いのはしょうがないわって納得した。
”ばあちゃん”には苦労掛けるけど家にはお金だけはあるから大丈夫だろうし、
足りなきゃバイトでもするわ…バイト自由って言われてる高校だしね。
それで、何とかかんとか…超のつくお情けで馬鹿校に入る算段はついたんだ。
酷い教師だなって思うかもしれんけど、
まだちゃんと話を聞いて、事務的だったけど…ここ手配してくれた。
後の奴らは私の事、完全無視や…その先生より酷いわ。
昨日まで…友達やって言ってくれたやないかぁ…
昨日まで…大学進学率の高い有名校勧めてくれたやないか!
おまーらなんか人間やない!教師でもなーわ!と思ったけど
所詮は教師と言ってもお仕事して金貰ってるだけなんだししょうがないわ。
教師教師って考えをちゃんとしてたら、
この世に学校でのいじめとか無くなるはずだもん。
そうそう、虐めって言ったら一人だけ…地獄のような苛めで不登校になった幼馴染だけは
そんな事情の中唯一、私の友達のままで居てくれたので助かった。
他の同級生なんかは完全無視だったから、あいつがいなけりゃ自殺してたかもしれないわ。
卒業式は予想通り…式典にも出るなって事で証書は
郵送で送りますって、中学校の事務員が氷のように冷たく電話で言われた。
卒業式の前日に、私はにとっては最後の登校日に私物を一人だけで始末した。
もう、帰ったら?って冷たい視線を浴びながら、早退もした。
いくら私でも女や…涙が止まらなかった。
走って、ばあちゃんが待つ家に大声で泣きながら帰った。
15の身空で幸せな未来なんてこのまま無いんだろうなぁ漠然と思った。
長ったらしい話を聞かされ退屈な入学式が終わって、
張り出された案内に従ってそれぞれのクラスに散っていく…
初日の簡単な説明などを受けて授業が始まり
初日だというのに私語が多くてうるさい教室の中
程度が低い授業内容をぼんやりと聞いていた。
午前中の授業が終わって、
渾身の力作の弁当を(私が作ったんだけどね)机に出したところで
いきなり校舎裏に呼びつけられた。
というより、いきなり双子の女達に手を引っ張られて連行された。
振り払ってもよかったけど別に乱暴されてるわけでもないし
相手がどんな奴か会っておかないといけないし、退学しなけりゃ3年間逃げ回ることになるから
黙って付き合うことにした。
生徒の生き血(高額な学費)を吸って成長した豪華な中庭を抜けて、
立派だけど趣味の悪い屋内運動場を抜けて
ひっそりとしてるが大きな焼却炉のある目だ立たない場所まで連行されると、
そこには凄く綺麗な顔をした女が立っていた。
身長は160を少し超えるぐらいで、
超ロングスカートでブレザーの腕まくり
白地に青いストライプのシャツの上に毛糸のベスト…
寒いんだか…暑いんだかよく分かんない格好に尋常じゃない凶悪なオーラを纏っていた。
更に顔も右目のすぐ下にちょっとした切り傷の跡があり、
この世のすべてを呪い殺すんじゃないかって鬼火のような光をもった
恐ろしい目で私の方を向けてきた。
けど顔が綺麗なのと
時代錯誤も甚だしい服装になんか現実とも思えなくて映画でも見てる気分になった。
私の手を引きずって連れてきた双子の女たちにその女が軽く手を振る。
すると…連行してきた双子は私から手を離すと、
「 んじゃ、失礼しますわ!姉御… 」
「 ガツンって、やってください! 」
双子は顔は物凄く綺麗だけど、
目の焦点が揺れているような感じの顔立ちで、
凄く頭が悪そうなニュアンスで物凄く幼い声でそう声を上げる。
そして、大きくその女に向かって頭を下げたかと思うと、
犬の様に凄い勢いで消えていった。
頭の悪い下っ端が親分にするような光景に思わず笑ってしまった…
「 なにが、おかしいんや!」相手は低い声で唸る様に呟いた。
精一杯どすを利かせてるつもりだろうが、私の方が声が低いし
その女の声は意外と可愛い声なんで
人生詰んだ!って感じで捨て鉢気味の私には凄みなどまったく効きはしない。
「 あたいは、新庄中の高村っていうんや。
ここらの粋がった馬鹿らーはよーしってるんやが、
あんたは背も高いし丈夫そうだし生意気そうだから、ちょい挨拶したろうかなってな… 」
うへー、出来の悪いふるーい漫画の様だ。
背が高いとかはまあ許すけど、丈夫ってなんだよ?
中学の名前出すって事は…同じ一年か、姉御って言うから先輩かと思った。
「 あーそう?
私、華岡にしき よろしくね…んじゃ」
あーあほらし、挨拶するのに何大袈裟にしてるん?
普通に教室かなんかで声かけりゃいいじゃん。
相手にするのも馬鹿らしいんで適当に頭を下げて帰ろうとすると、
「 またんかいな!そんで終わりかい! 」
なんかしつこいなこいつは。
しかし、こんな風に誰かに絡まれるの生まれて初めてか…
そこらの男より背が高い私なんかに因縁つける奴なんて小学校の時からいなかったからねぇ…
それどころか…
こうやって同世代の女子なんかと話すのも久しぶりやわ。
最近まで、無視を決め込んだ馬鹿同級生のおかげでな。
「 あんたな、こんなんして面白い? 」
今度は私が低ーい声で威嚇する…かまうなや!って態度で…
相手はビックって後ろずさりしおった。
生まれて初めて凄んだのにさ…私って…怖いんかなぁ…
「あんた、背が高いな…身長どのくらいあるん? 」
それ関係ある?って思ったけど、一応正直に言った。
「 ああ、175センチだよ。それが何か?」
「 あ…あたいより10センチ以上も上か… 」
あのー、ここに背の高さ調べるために呼んだわけやないやろ?
「 なにーあんたさーさっきから。
折角の弁当を食い損ねるのも嫌だからさっさとしてよ…何の用なの?」
話が進まんで、投げ捨て気味に単刀直入に聞いた。
「 だからー、さっきも言ったけど背が高くて生意気そうなんでチョイ絞めようと 」
単純すぎる…背が高くて生意気っていうなら
あんたより背の高いのなんか掃いて捨てるほど居るやろ?皆、締めるんかいな?
「 背が高いのはしょうないやんかー、締める?なんやそれ?サバ?」
ほんとうっとおしい…半ばヤケ気味の私にはどうでもいい事なんだし。
「 生意気やなぁ、こいつは全開で絞めにいかんといかんわ… 」
女は血相を変えると、長いスカートからなんか取り出した。
キラキラと光る物が見えた… メリケン?とかいう奴かな。
それを両の手に嵌める貴方はヤクザですか?…ピカピカ光ってるわ。
しかし、
そんなの使って殺す気?まともに受けたら顔面が陥没するじゃん。
女はそれを嵌めたと思ったら、いきなり私に殴り掛かってきた。
手慣れたような凄いスピードでダッシュして拳を振り上げてきたけど、
流石に身長差もあるからお腹の向かって振り下ろしてこようとしたから咄嗟に
反射的に7私が足を無意識にあげたら偶然その女の顔面に直撃した…
まあ何だ…勝手に当たってきたみたいなもんだ。
「 ぎゃん! 」
って声出したかと思うとど派手に後ろの方に飛んでった…
ゴロンゴロンって後ろ回りしてな…漫画のように見事に転がってくれた。
あまりに見事すぎて、私は呆然と口を半開きにして見惚れてしまった。
「 おお、大丈夫か?」少し遅れて声をかける。
すると砂煙の中で座り込んで鼻を押さえて…うわ~泣いてるの?
「 卑怯じゃん、いきなりそんな長い脚で… 」
涙声で信じられんことをのたまう。何言うてるの?
凶器振り回す人間のセリフかよ。
「 いやーあんたさ、そんなごっついの嵌めてよー言うわ…
当たってたら、私の顔がぐっちゃくっちゅになるじゃん! 」
「 うっさい、まだ終わってねーわ!」
跳ね上がったと思ったら猪のように突進してきた。
両の手を思いっきりブンブンと振り回してきた。
今思うと、腰が入って実戦経験豊富だったように思うけど
私の方は部活で動体視力が半端なく鍛えられていたんで割と簡単に躱しだしたけど、
喧嘩などしてこなかったんで躱すだけ。
今なら、前蹴りで軽く触れるだけで転がしたりかかと落としで地面にキスってことも可能だけどね。
その時は躱すのは簡単で体を流すだけだったけど、そいつは無理やり不自然な形で
体を捻って無理やり方向を変えたんで拳が頬をかすめた。
ヒリっとして熱い感じが頬を走った。
相手の方は無理やりに捻ったおかげで恐らく足を捻挫したろう様で
殴った方の方が被害が大きい感じだったけど、私から跳ぶように離れて
「どんなもんだ!」
と、鼻血まみれの顔で、足を引きずりながら叫んだとこまでは覚えている。
その後は、私の方が頭に血が昇ったらしく。まるで覚えていない。
なんか雄叫びあげたかと思うと、空手なんか経験も無いんだけど
膝蹴り、前蹴り、回し蹴り、後ろ蹴りに後ろ回し蹴り…とかいう感じでありとあらゆる蹴りで
気を失うまで蹴りまくられたって後からそいつから聞いた。
いい加減息が上がってきたところで先ほどの双子が泣きながら私の体にしがみ付いて
ようやく正気になって蹴るのをやめた。
その後は担任に軽く注意されたが特にお咎めは無し(喧嘩などよくあるらしい)
相手は体を引きずりながら最後はタクシーで帰って行った。
その後、数日、学校に出てこなかったな、その相手 高村みどり。
その日が終わって、私を連行した双子を捕まえて話を聞いた。
二人とも私に完全に怯えきって
「 すんません、すんません、勘弁してください!」って手を合わせてきた。
別にこの子たちに恨みがある訳でもないし
普通に休んでいるみどりの事を聞いてみた…まあ、ケガさせた訳だしねえ。
優しく訪ねてはみたけど低い私の声の性と
姉御って言われた彼女たちの連れを病院送りした上に、
158ぐらいの小さな彼女たちからしたら175の私には気圧されるんだろう
彼女たちは真っ青な顔で涙目だった。
そこで、あの子がどんな子だかと聞いたら知りたくもない生い立ちから話始めた。
奇妙な感じだったけど、まあいいかって思ったけど悲惨な内容だった。
もともとの名前は神崎 絵里奈…って言ってたらしい?
生まれた時に、産後の状態が悪くて母が他界。
父親はもともといないらしい、私生児っていうやつだな。
母親が黙ったまま死んだんで、誰の子かも分からないそうだ。
仕方なく母方の祖母に預けられたが…みどりが小三の時にまたも病で他界…
仕方なく親戚中たらいまわしになった挙句、
躾と称した執拗で陰湿な暴力、親戚の子供たちとのあからさまな差別なんかを受けて
家出も数多く、万引きで何度も補導されて…
お決まりの非行少女って感じの日々を送ってたらしい。
まあ、筋金入りで悲惨で私なんて甘い方だなって感じた。
「 それで、今どうしてるのよ…そのままじゃあ
一応”馬鹿校”とはいえ高校に入ってきたんだし
そんな境遇で私立の馬鹿高い学費なんて払えないでしょうに 」
「 えっと… 」
双子の片割れが口ごもったけど、言いにくいって感じじゃなくて
どうやって話したらいいか考えているみたいだった。
「 えっとね…刑事さんが2年前に引き取ってくれたんだ… 」
「 はあ?刑事さんって? 」
経緯が全く分からない形で結論を言われてもなあ…まったく分からんわ。
すると、もう一人のほうが指を前後に振りながら思い出すように話し出す。
う~ん…この子たちって本格的に普通と違うよねぇ…
「 えっとな、えっと…万引きだの喧嘩だって結構起こして、
警察のお世話になることも多くてねえ そこで刑事さんに…」
また、いきなり結論に持っていくので私がその前に
「 いや、なんで刑事さんにって聞いてんのよ。」
「 えっと… 」
また、急に空を向いて思い出しながら答え始めてくれた。
なんか…小学生と会話してるみたい。
「 んっと、姉御が凄く痩せていたし髪はぼさぼさで制服はよれよれだったんで
そこの高村って刑事さんがお話しして
姉御が泣きながら、給食以外ここ一年まともに食べてないとか
制服2枚を着まわして下着なんかも自分で洗濯したりとか話したらだっけ。」
そこで切るの?
と思っていたらもう一人がゆっくりとその後を話し出す…ちょっと疲れる。
「 刑事さんがその時の親戚んちに怒鳴り込んで
強引に養子にするって強引に家に連れて帰ったの。」
「 いや、普通はもっとこうなんか順番を追って… 」
「 だって、覚えてるのそのぐらいだし姉御もあまり話さないからそこらへん 」
未成年ってそんな簡単に引き取れるのかねえ?
しかし…多分だけどもっと詳しく話は聞いてるともうけど、
この話し方からするとこの子たちって大方忘れてるんじゃないかと思うわ。
「 んじゃあ、高村ってのは 」
「 ん、刑事さんの苗字だよ。養子になったから神崎って苗字は変わったみたい 」
まあ、そうだろうね。
「 絵里奈ってのは… 」
「 ああ、姉御が苗字が変わるんなら名前も変えてって姉御が自分で決めたらしいよ。」
のそのそとしか会話が進まない…でも簡単に名前って変えれるのかなぁ?
「 だから姉御は今では刑事さんのお家で、刑事さんの奥さんと3人で暮らしてるんだ。」
いろんな事情があるだろうによく分からないところも多いけど
今の双子の話し方からして踏み込んで話してもあまり進展はなさそうだった。
まあ、詳しいことは本人に確認すりゃあいいんだし。
「 姉御はそんな感じで小中過ごしたから昔の親戚なんか憎んでいるだけで
刑事さん夫婦を本当の両親の様に思ってるみたいなの。
虐めもひどかったんで同級生なんか敵だったね~
友達もうちらの様な究極の馬鹿でいじめられっ子ぐらいしかいなかったなぁ~
後は校外のヤンキーとか事情の近い人たちぐらいかなぁ 」
「 究極の馬鹿? 自分で言うのかよ 」
「 うん、本当の事だもん。実際、昔はあだ名自体が”究極の馬鹿”だったもの 」
「 … 」
頭が痛くなってきた。
どこの世界にそんなセンスのない渾名付けるんだよ…ただの悪口じゃないの。
まあ、トロそうだし分かんないわけじゃあないけどね。
「 うんとね…小学校上がるまではひらがなもかけなかったし
九九も六年生までよく分からないかったし…分数とか小数点とか今でもよく分かんないし 」
凄いねそれ…そんなんで高校は入れるよなあ
「 先生が授業中凄い顔で授業するし、私らの事は完全無視だったし…
そんなんで小学校からさーイジめられて、登校拒否気味だったんよ。
毎日、毎日制服着て、ランドセル背負って靴はいて…公園行ってた… 」
あ…別に聞いてないんですけど。
勝手にしゃべりだし始めたわ…みどりの事聞かれたんで自分の事聞かれるかと思ったんだろうか?
こういう感じの子って論理的思考は出来ないけど空気は読むんだよね。
しかし、公園出勤か…無職のおっさんみたいだなぁ。
「 へええ…イジメってどんな感じの 」
慌てて口を押えた…興味本位で聞くことじゃなかったけど双子は特に気にしないで言葉をつづけた。
同じクラスなので既に名前は知っていたけど、
主に話していたのは姉の方…加藤 春奈って言ってたかな。妹の方は秋奈。
双子らしく凄く安直な感じの名前だ。
「 んとね…小学校の時わぁ馬鹿呼ばわりでぇ無視すると背中蹴られてえ 」
「 うん、そうだよねぇ酷いと飛び蹴りとかもあ~って、泣きながら家に帰ったこともあった。
後はそうだなぁ鉛筆だのノートだの窓から捨てられたり、
机にマジックで死ねだのなんだの書かれたり… 」
う~ん、そりゃあ…学校行きたくなくなるよなぁ。
「 でも、そんなのも何とか我慢して… 」
「 ああ、分かったからもういいよ…それより高村とはどんな感じで子分になったの? 」
「 んと…あれは姉御が三年生で同じクラスになった時かなぁ…凄く酷いいじめにあって 」
そこから電池が切れたロボットの様になって春奈は止まって急に下を向いてしまった。
「 そ…そんでね 」
春奈はそこで唇を噛みしめて涙をぽろぽろと流し始める。
いきなりの事態に私はおろおろとしているところで秋奈のほうが静かに話し始めた。
「 中三になると流石に殴ったりけったりは無かったけど…無視とか気持ちに来るの多くて
あの時は…生理でちょっと漏れてしまったパンツをビニール袋に入れて
鞄にちゃんとしまったのに
誰かがそれを引きずり出して名前入りで黒板に貼られたんだ。
生きていても馬鹿なのに、馬鹿な子供残してどうするの?って横に書かれて… 」
「 いや…あの… 」
ちょっとどう答えていいか分からなかったけど、
そんな事するのはいじめの枠を遥かに超えてる…人間のすることじゃないよ。
「 そん時、いつも無口で教室の隅で外見てるだけだった姉御が急に切れて、
クラス中の人間締め上げて犯人探し出して顎を砕いてくれたの。
言っとくけど話の綾じゃなくて本当に相手の顎を骨折させたんだから 」
「 へええ…それって男子にやったの? 」
「 う~ん、女子もいたよ3人は脱臼で2人は骨折だったかなぁ 」
凄いなあのヤンキー普通はしないよ。
「 それって下手しなくても傷害じゃあないの? 」
「 姉御のお義父さんが刑事で凄く正義感強い人だったから…
いろいろ手を回して問題にしなかったみたい。
それ以降いじめは無くなって凄く有難いって思って…友達になったんだ。
それ以外でもうちら馬鹿だけど、それでも高校には行きたくて
生まれて初めてできた友達の姉御に相談したら勉強も教えてくれたんだ。
そのままにしていたら、なんも分からないまま社会に出ることになったけど
何とかここには入れる事になって…一生ついて行こうって思って子分になったの 」
「 子分って言うと怒るけどね 」
「 そっか…いいやつなんだなあいつって 」
私はそう言うとコクコクと勢いよく頭を上下させる双子を見て微笑んで頭を撫でた。
そこまで来るとすっかり毒気が抜けて
彼女たちと友達になってもいいかなって思った。
「 それはそうと…この学校には中学の時の知合いいないし
ボッチも辛いんで、仲良くやってくれないかなぁ。 」
中学の時にはプライドが邪魔して言えなかったセリフがこの双子には自然と口に出来た。
前日までの晴天が嘘のような、うっとおしい雨が傘を叩く。
昨日、春奈と秋奈、みどりの話を聞いて、
自分が世界中で一番哀れだと思っていた自分が恥ずかしいと思いながら、
「 ここって、そんなやつばっかなんかなぁ…
なんか、成績だけで凄く差別してたわ私、みんな事情ってあるもんだよね 」
そんな独り言を口に出しながら長い高校への坂を上る。
見渡すと登校する周りの生徒は雨のせいもあるけど虚ろな目つきで、
ペランペランの鞄かサイドバックを肩から下げているぐらいで重厚な鞄などは見ない。
私は、一応学校指定のデニムの背負いバッグだ。
女子生徒の指定の制服はブレザーに白いシャツ、細いリボンタイ
緑と黄色と茜色の線で、全体的には緑色のチェックのスカート。
綺麗に着こなせば、頭がよさそうな感じの服装になる。
でも、だらしなく着こなして、腕まくりで台無しだ。
更には誰を誑し込むんだ?って思うくらいの超ミニもいれば、
雨の日に履いてくるなよと思うぐらいの超ロングもいる。
後から聞いたんだけど別に改造してるわけじゃなくてそう言う仕様があるらしいんだよね。
勿論、通常の制服は2着を強制で購入させられるんだけど、
ちょっとお金を足せばああいう仕様も買えるみたいだ。
うちの高校の制服を扱っている業者は
ホクホクだろうな…先生方にバックマージン渡す以外はね。
マージン貰えば金儲けの好きな高校だから
業者様が作っているカタログに載っていれば服装検査はフリーパス!ってことになる。
逆に、どんなに真面目そうに見えてもそれ以外は家に帰らされるけどね…
風邪ひいたりしてコートなんかも学校指定だからお金は凄くなるわ。
その時、私の横を20センチはありそうな赤いとさかをした背の低い男子生徒が、
短い脚をぶん回して、雨を小さな傘で防ぎながら通り過ぎて行った…
実は髪形も指定の美容院床屋ならカタログに乗ってるのなら自由になってる。
あの髪形も染める上に特殊な髪形なので凄く高いだろうけど、
学校に入るマージンもその分高いのでどこからも文句でないんだよねぇ。
別に国から補助も出てないし
純然たる私立だから校内風紀なんて別に五月蠅くないから出来ることだ。
でも実際、問題が起きることもない
ここを追い出されたら行くと来ない生徒たちなんだから。
その時、車道をミニパトが静かに通り過ぎてうちの校門の前で止まった。
運転席から、焦げ茶色のジャケットを着た年配のおじさんが降りて、
何事かと私は歩きながらその様子を見ていると…
今度は2人の男が私の横を走り抜けるのを感じた。
その男たちはミニパトまで着くと
「おつかれっす」「ひさしぶりっす」とおじさんに頭を下げた。
年配のおじさんはその二人に目をやって傘を広げると、助手席側のドアを開く。
「 ごめんね、とうちゃん 」って声が聞こえた。
松葉つえが先に出てきてそれにもたれかかる様にこの間倒したみどりが出てきた。
年配のおじさんは出迎えた二人に、
「 それじゃ、みどりをよろしくな… 」と声をかけると
「当然っす!」「傘持つっす」二人は頭を下げながらそう答える。
みどりはその二人に笑顔で頭を下げると、
一人が傘をさしてみどりの頭上に広げ、
もう一人が鞄を持つと、
みどりはおじさんに頭を下げながら校門から校舎の方へ消えていく。
年配のおじさんはひとしきり手を振るとミニパトに戻って走り去っていった。
「 あれが、高村さんか…見るからに優しそうなおじさんだなぁ 」
教室に入ると春奈と秋奈が飛んでくる。
「 おはよう、姐さん!」って元気よくハモっている。
「 あー、おはよう…ってか姐さんは同い年なんだしちょっと… 」
すっかり仲良くなった双子からちょっと危ない言われ方をしたんで目を丸くする。
「 でも、姉御はみどりさんやし… 」
「 そうですよ、うちら馬鹿だから姐さん以上の言葉知らんし…」
「 いやさ…ほかにも」
お姉さん?お嬢?さま付さん付けは勘弁って言ってると…
私でもなんか、言い方分からんなぁー
「 そうだねぇ…姐さんでいいです 」
そういうと二人はにんまりと笑った。
やがて、
コツコツ音を立てて松葉杖で歩いてみどりが入り口に現れた。
さっきは少し離れていたから分からなかったけど、
前と変わらず凄い目をしているが、眉間の皺は消え少し険が取れているように感じた。
私たちに気が付くと
「 おはよう。久しぶり 」
柔らかい声だったが、それは確かにみどりの声だった。
後から鞄をもって来た男の人がさっと脇を抜け、
今まで空席だった机の上に鞄を置き、軽く私たちに頭を下げる。
「 華岡さん、春奈と久美と友達になってくれたって?ありがとね…」
みどりの第一声はこの間喧嘩した時とは打って変わって丁寧な言葉使いだった。
「 いや、それより謝るの私の方だよ。
何日も休んだうえに松葉杖にしたんだからさ。えっと…ごめんなさい。」
ここ数日、出てきたらどう謝るかいくつも考えて
眠れなかったぐらいなのに、特に意識せずに自然と言葉が出た。
「 あーこれ?あたいが捻っただけだよ…大体、喧嘩の上だし
殆どうちが因縁付けただけなんだしさ。
その上、蹴りは強力やったけど大けがするような急所は蹴ってないし
実際、擦り傷や打撲はあったけどそっちの方は直ぐに治ったしね。」
「 そうは言ってもさ… 」
「 喧嘩に負けた上に、春奈や秋奈には仕返しもしないで仲良くなってくれたみたいだし、
それよりさ手を出してくれる? 」
私は言われた通り手を出すとみどりは私の手を強く握ってくる。
みどりが双子に目配せすると
私とみどりの握った手の上に双子が手を乗せてくる。
「 私の事や、双子の事を聞いても普通に受け止めてくれて少し嬉しいんだ。
中学校の時は拳で周りを黙らせて気を張ってたけど
ずっと、理解してくれる人っていなかったんだもの。
それに、春奈たちとは友達になったんでしょ?じゃあ私もって思ってね 」
みどりが真っすぐにこちらに目を向けて
「 友達になってくれるかな姐さん 」
「 ちょ…なんで姐さんなのよ。同い年なんだし 」
「 そりゃあ、喧嘩で負けたし 」
う~ん、ヤンキーって喧嘩で上下が決まるんかいな。
「 その上、私より一回りも大きいし…当たり障りのない呼び方だと思うけど 」
みどりが笑いながら私の手を強く握った。
そうだわね…
ジャイ子とか大木とか呼ばれるよりは遥かにいいか…
小学校の時は”華っち”とか”にしやん”だもんなぁそれよりも随分かっこいいし。
「 そうだね…そうすると友達って事になるか…
高村さんと加藤さんたちの話は聞いたんだし、私の事も言わないと不公平になるわね 」
私はそこでどうしてこの学校に入ることになったか話し始めた。