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俺は、一限と二限の間の途中休憩を見計らい教室へと潜入した。予想通り、クラスメイト達は楽しそうに会話の花を咲かせている。
本当は、もっと早く学校の校舎内にはいたのだが、授業中の教室に入る程恥ずかしいことはないだろう。先生に嫌味な顔で注意されるし、俺を好んでいないクラスメイトには笑いの種になる。自分のミスで笑い者にされるなんてまっぴらごめんだ。
小学校の低学年の頃は、『クラスメイトはみんな友達』みたいな事を教えられるが、教室の狭い空間だって一つの社会である。折りが合う人間もいれば、またその逆も然り。従って、『みんな仲良し』になる事は理想であって現実的な事ではないかと思う。こんな当たり前の事に気づくのはもっと賢くなってからの話なのだが……。
とにかく、ここで俺がしなければならないことは、話を合わせる事、自分より相手を尊重する事。そして、自分では無理な事には極力言葉を見繕い関わらない事。この三パターンに当てはめて行けば、自ずと結果はついてくる。
「おぉ。おっそよ~‼ どうしたんだ今日?」
「おはよ。別に……」
海璃は俺を見つけると、ちょっとだけ嫌味を含ませて挨拶を投げてきた。そんな海璃の挨拶を、右から左へと受け流し、机に頬杖をついていると、当たり前のように俺の前の席を陣取って俺の様子を伺っていた。
「どうしたんだよ。本当に」
「……はぁ」
俺は感嘆なため息を吐いた。
海璃とは幼稚園の頃からの幼なじみだ。昔から馬が合いつるむ事が多かったものの、最近は俺の方から距離をとるようになっていた。理由は明白なのだが、俺の口からは言わないと心に決めている。それでも、海璃は俺に何かと話かけてくれていい奴だ。
今だって、他の友人達と話していたにも関わらず、話をキリのいいところで切り上げて俺の側にいてくれる。
「いや、本当に何でもないから」
余計な迷惑をかけまいと、俺は無理やり笑顔を張り付けてみせてから、顔をうつ伏せにし、来るべき時を待つ事にした。
海璃の視線が自然と俺の後頭部へ注がれている。ある意味気まずいものだが気にしないことにした。視界は、当たり前だが俺の作った闇に染まっている。僅かな光が腕の隙間からこぼれていた。
海璃に話すのが面倒くさくて何も話さなかったが、そもそも俺から紡がれる言葉には嘘が含まれていた。まず、第一に何でもなくはない。頭の中では昨夜と、今朝に出会った人は同一人物なのか。どうして彼女は自分の家を知っていたのか。そもそも何者なのか。わからない事ばかりなのだ。
「蒼天……。お前、好きな奴でもできたのか?」
「はい?」
かなり的を外した海璃の言葉に、反射的に素早く起き上がると思わずまばたきを繰り返していた。俺が何も話さない事、そして俺の微妙な仕草。少ない情報から推理したらしいが、正解の距離から離れている。俺は、思わず笑いそうになるのを押し殺した。
「ほら~。授業始めるぞ~」
ナイスなタイミングで教師が教室に入ってきた。海璃が悔しげな表情を浮かべ渋々と自分の席へと戻っていく。それを清々しく見送る俺は、冷ややかな意地の悪い微笑みを浮かべていた。