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第9話 五番街

定期的に街灯が行く手を照らしてくれているとはいえ、風の強い夜に五番街くんだりまで出かけて行くのはそう容易なことではなかった。

けれどもマルガリータが本気でどんどん先を歩いて行ってしまうので、治安のいいとは言い難いこのイーストオアシスの夜道を、まさかあいつ一人で歩かせるわけにもいかない。

こんなことなら最初から素直に母さんの車に乗せて貰えばよかったと、砂利の入ったスニーカーにイラつきながら俺は密かに後悔していた。

五番街はこの町の所謂メインストリートに面しているのだが、五番街と言えばちょっとした悪の巣窟、つまり一般的な住宅地区じゃなかったのだ。

イーストオアシスは都会から隔離されたような片田舎、と言うよりは、学者たちが砂漠の何だかを研究するために集まって作られた町だった。そこへ、利益を当て込んだ連中が飲食店だの何だのを作り始めて、学校ができ、企業も来た。けれども町として成立して日が浅いこの場所には、警察機関の進出が遅れていたせいなのか、マフィアみたいなのも、独自のネットワークで暗黒街を形成し始めてしまっているのだ。

ミカンとか言う女の兄貴が、地元マフィアの構成員だなんて話を思い出して、俺はちょっと気が引けていた。下手に出ていれば高校生相手に本気になることはないだろうと祈りたいが――、分かっていることは、とにかくマルガリータを適当なところで諫めて、無傷で帰宅させないことには俺が後でティム伯父さんに殺されてしまうということだ。

アマリアに一緒に来て欲しいと頼んだが、彼女は俺の嘆願を一蹴した。


「あんな馬鹿娘のために、なんであたしが骨折らなくちゃなんないのよ。人ん家に来て挨拶もなしに帰って行くなんて、盗人も同じじゃないの。いったいどういう教育をされているんだか」


基本はお嬢様のアマリアが眉を顰めていた。


「どうせハンニバルがミカンといるところを見て、泣いて帰ることになるんだろうから、三十分で事足りる用事でしょ? あたしは酒を飲むのよ」






砂漠の町特有の大掛かりな日除けに、立ち並ぶ商店の軒。商店街用の商標つき街灯。オアシス高のチアリーディングチームを宣伝する看板もあった。

五番街の多少は商店街らしい佇まいが、幾らか俺を安堵させた。まだ十時前なのでシャッターを開けている店もあったし、買い物客の姿も見られたからだ。

ちらほらとではあったが人影があるので、いざというとき悲鳴をあげたら、誰か大人が警察に通報してくれるんじゃないかというのは、甘い期待だろうか。俺は一応ポケットの携帯に、警察の緊急番号を用意してそれに備えた。

五番街の小さくて目立たない、何となく壁の薄汚れた建物が、件のケーキ屋のようだった。

店の窓からは明かりが漏れ、そっと覗き込んでみるとまだ営業中のようだ。店内のレジに、なるほど例のマフィア兄貴がふんぞり返っているのが見える。確かに胸をはだけさせ、金のネックレスをしている柄の悪そうな男だった。

チンピラが取りがちな威嚇なのだろうが、カウンターに足を乗せ、店の中でケーキを物色する客を、細かく見ている。だが睨んではいないようだ。店の客は常連なのか、ときどき彼と会話を交わしていた。それに思ったほど迫力のある男ではなかった。中肉中背だし、何と言うか著しく童顔だったのだ。年齢はミカンさんの兄貴と言うなら恐らく二十代半ばくらいだろうが、下手をするとやっぱり高校生で通用しそうな子供っぽい雰囲気もあった。

そういう印象を、マルガリータとしても持ったのかもしれない。マルガリータは臆することなく店内に入り、そのマフィア兄貴のいるレジ前に行くと、いきなり言った。


「ミカンって女に会いたいのよ」

「ああ?」


けれども、顔は童顔だが、彼の態度はやっぱり怖かった。

マフィア兄貴が顔を歪めて凄んだので、俺はマルガリータに続いて店に踏み入れかけた足を止め、店に入るのをよそうかと思ったほどだった。

でもマルガリータは偉そうに両手を腰に当てて、まるで手下のクラスメイトたちを相手にするときのように気にせず続けた。


「ハンニバル君がここにいることは知ってるのよ。彼は何処なの? ミカンって女と一緒にいるんでしょ?」

「あ?」

「彼に会わせて!」


愚かにも、マルガリータは悪い人を相手に声を大きくした。


「……、何だか知らんがなお嬢ちゃん。人様に物を頼むときは、それなりの言い方ってものがあるんだぜ。最近のメスガキは、常識ってものを知らないのか? え?」


するとマフィア兄貴は、カウンターの上に乗せていた足をわざとカウンターにぶつけて、物騒な物音を立てた。店内の客がまたかという顔をしながらレジから離れて行く。彼は機嫌が悪いと、見知らぬ女でも食っちゃうからねえなんて、囁かれているのが聞こえて俺は青ざめた。

見知らぬ男に恐い態度を取られて、さすがのマルガリータも自分の言い方がやばいということにようやく気がついたようだった。

俺は慌てて怯えて立ち竦むマルガリータの横に行って、マフィア兄貴にマルガリータの不躾のフォローをした。これだからマルガリータってのは後先を考えない馬鹿だと言うのだ。馬鹿には係わり合いを持つべきではないというのは、これは先人たちの知恵だ。いま適当に思っただけだけど。

けれどもどうせ厄介事になったら、女を置いて逃げるって選択はないだろうし、どうしたって俺がこの馬鹿を庇ってやらなければならないので、先手を打って穏便にしたほうが百万倍ましだった。

俺は断じてハンニバルのコバンザメではないが、強情な親父と出来のいい兄貴なんていう、立てて貰って当然という顔をした連中と共同生活を送っている次男として、悲しいかな身についてしまっている処世術はあった。


「実は俺たち、さっきまでアマリアさんと会ってて」


マフィア兄貴を執り成すために、彼と友人だというアマリアの名前を出すと、兄貴はじろりと俺のことを見た。


「アマリアに。それで?」

「俺はその、つまりハンニバルがここにいるって彼女から聞いたんです。俺たちハンニバルと学校の同級生で。今夜約束があったのに、あいつにすっぽかされちゃって、それでちょっと話ができたらななんて。いやっ、いないって言うなら、俺たちあっさり引き下がりますし、こちら様のご商売の邪魔なんてしないんで……」


するとマフィア兄貴はふんぞり返った姿勢のまま、俺の顔をしばらく眺めていたかと思うと、思っていたよりずっと筋肉質な太い腕をぬっと突き出した。彼が童顔のひ弱な男ではないことや、ケーキ屋のレジが本業でないことを確信させる、非常に強暴そうな腕である。おまけにご丁寧にも、タトゥまで彫ってあった。血管に歯向かうように入っているナイフの傷跡はなんだろう? 彼は人殺しすらしたことがある男なのかもしれない――、俺はそれでてっきり横っ面を殴られるぐらいのことはあるかなと覚悟をしたが、彼は親指を突き出すとニヤリと笑って店の奥の扉を示した。


「会って行け。厨房にいるはずだ」

「ど、どうも。お兄さん。ご親切に。そのネックレス、バッチリいかしてますよ」


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