第7話 思いつきこそが行動規範
「あら、フォレスト。出かけるの?」
マルガリータに引きずられるようにして玄関を出ようとする俺を、母さんが呼び止めた。
「あ、ああ。ちょっとコンビニに……」
「今夜は風が強いから、暗くなっているのに外出するのは危険だわ。明日では駄目なの?」
「急ぎの用なんだ」
「じゃあママが車を出すわね」
そう言って、まるで幼稚園児のつき添いをするような調子で母さんまで一緒になって出かけようとするのを、強引に玄関の扉を閉めることで遮った。ドアの向こうで母さんが喚いていたが、言っている内容が酷すぎて聞いていられなかった。
「フォレスト!? だめよ、子供だけで出かけるなんて。
帰り道が分からなくなったらどうするの? 迷子になっちゃうのよ!?」
「……勘弁してくれ」
俺の母さんは優しいんだけど、俺がもうガキじゃないってことを親父とは別の意味で理解していない人で、要するに過保護な人だ。兄貴みたいな内気な男にとっては、ああいうのが居心地がいいのかもしれないが、俺にとっては甘ったるすぎてときどき叫び出したい気持ちになる。近頃じゃもう、息苦しくて耐えられないんだ。
「うちのママも大概だけど、あんたのママもかなり重症ね」
先を行くマルガリータが笑っている。
そのまま、俺とマルガリータは連れ立って砂混じりの風の吹く夜道を歩き出した。こんなときにバイクがあったら便利なのに、未だにバイクを買ってくれない親父のことを内心で恨みながら、目指すは七番街のハンニバルの家だ。
あの後マルガリータに電気ショックと称して股間をぎゅうぎゅう踏まれることによって、俺はすべてを白状していた。知っている限りのことを。つまり今日出くわしたハンニバルとミカンさんに関する一部始終を全部だ。
だけど、意外に気分は悪くなかった。それから結構わくわくしていた。
要は面白ければ何でもいいんだよ、俺って人間は。
ハンニバルの家っていうのはこの町の有力な地権者で、代々学者の家柄で、俺が知っているだけでも彼のお祖父さんは著名な科学者、彼の母親は大学教授、という具合だった。広義には同業者とは言っても、うちの親父のような貧乏研究員なんかとは桁の違う金を容易に稼ぐことができる身分なんだろう。
そもそも土地を持っているんだからあくせく働かなくてもいいところを、趣味のような研究職が高じてしまったとかいう話を謙遜話としてハンニバルに聞かされたときにはかなりやりきれないものを感じたものだが、とにかくハンニバルの家は、この砂漠の町には数件しかない豪邸のうちの一つだった。
外壁の向こう側に広がるハンニバルの家の庭の緑地と噴水を見て、マルガリータは目を輝かせているが、何しろこの乾燥地帯では芝生を保つにも相当の財力が必要だからだ。幾つかの噴水が無駄に噴き上げているあの水だって、この砂漠の町ではタダなんかじゃない。ガソリンよりもずっと高価なものなのだ。
「すごい! ハンニバル君って、本当にお金持ちなのね」
まるで貴族の城にあるような高くて立派な石壁の合間に、僅かにある鉄格子の隙間を覗きながら、マルガリータは分かりやすい歓声をあげた。
「そうだね」
「こんな家に住めたら素敵だろうなあ」
「だろうね」
「何よ。感動のない奴」
「だって俺は何度も来てるからね」
「あ、そうか」
「で、どうすんの?」
俺が言うと、マルガリータは拳を握り締めて宣言した。
「……勿論、告白するわよ!」
「断られたら?」
「押し倒してでもものにするっ! 年上の女なんかに負けるもんですかっ!
あたしがもう後には引けないってこと、あんただって分かってるんでしょ?
相手がチアリーディングのチームのメンバーの姉さんだって言うなら、あたし、どんなことがあったって負けられない。絶対に出し抜いてやらなくちゃ。
だってもしピーチが自分の姉さんとハンニバル君がつきあっているなんてことを誰かに漏らしたら、あたしが学校で築き上げて来たキャリアはどうなるの? このあたしが男の子に振られるなんて、そんなことがあっていいことだと思う!?
そんなことにもしなったら、どんなときだってクラスの人気者で、皆の羨望の的であるあたしの人生はおしまいよっ!
だからこうなったら、色仕掛けでも何でもして、絶対彼のこと落としてやるっ。
ハンニバル君が初めての相手なら、あたし、悔いはないもんっ!」
「いいだろうマルガリータ。突撃するからには死力を尽くせ。
たぶん駄目だと思うけど……まあ、骨は俺が拾ってやる」
そして俺は正面門のところにあるインターホンを押した。間もなくして聞こえてきたのは優しそうな女の人の声だった。聞き慣れた声。ハンニバルの母親の声だ。
「フォレスト君と一緒だとばかり思っていたんだけど……まだ帰って来ていないのよ」
インターホンは言った。
俺はマルガリータと顔を見合わせた。
「ハンニバル君、いないって?」
「うん」