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第4話 親友の裏切り

バンクさんの手からトマトバーガーの入った紙袋をもぎ取って、支払うべき代金の十倍近い大きな紙幣をカウンターに叩きつけて、ハンニバルはミカンさんを追いかけた。こんな口実がなくたって、さっさと追いかけて謝ればいいと思うのだが、恋する男子というものは、あれで何やら心中複雑なものらしい。

本日は晴天にして強風、午後からは軽めの砂嵐が吹き始めていて、徒歩での移動は困難な天候となりつつあった。俺たちはバーガーショップを飛び出して間もなく、手ぶらで帰途に着くミカンさんの後姿をすぐに視認することができた。

彼女は初見からしてあまりしっかりしたタイプには見えなかったのだが、案の定、昼飯を買いに来て昼飯を忘れて帰るというかなり重症のドジ娘のようだった。これがドブスなら痴呆症かとでも言ってやりたい気がしないでもないが、可愛い娘には何となく度量が広くなってしまうのは、いつの時代も男の性というものなのである。

ハンニバルよりも短い茶色のボブヘアを押さえながら、ときどき風のせいで立ち止まるミカンさんの尻の形が、やっぱりなかなかいいと俺は思った。

まあ、ハンニバルの背中を追いながらこんなことを考えているのは、ミカンさんの性格はどうやら随分優しい感じがしたので、忘れ物のハンバーガーを届けてくれたってことで、さっきのハンニバル君の失言も、笑って許してくれるんじゃないかなという気がしていたからだ。何しろ俺には姉がいないので、年上の女性に対する憧れみたいなものがこの判断には多分に介入していることは否定できないが、しかし俺の母親も結構そういうタイプで、どうしようもない親父の憎まれ口なんかを笑ってかわしたりしているので、大人の女っていうのは結構そういうもんなんじゃないかと思うわけだ。

ほどなくして俺たちは先を行くミカンさんに追いついた。ハンニバルは当惑の表情を浮かべる彼女にハンバーガーの詰まった紙袋を押しつけた。もっと渡し方があるだろうと俺は思ったが、普段の取り澄ましたハンニバルとは違う、愚かで哀れなハンニバルを見られるというのも、なかなかに楽しめた。

ハンバーガーの紙袋を受け取ると、ミカンさんはそこではじめて自分の失敗に気がついたのだろう。自分のこめかみをこつんと叩いた。


「ああ、わたしったら、どうしてこうなのかしら」


それからハンニバルと、俺にも視線をくれた上で、にっこり笑ってこう言った。


「届けてくれてどうもありがとう。これを忘れて帰ったら、何のために外出したのか分からないところだったわ」

「あの、さっき俺……」


自分の言ったどの言葉がミカンさんを傷つけたのか、たぶんハンニバルは大して分かっちゃいないんだろうが、それは少なくとも反省しているようには見える態度だった。


「いいのよ、気にしないで」


ミカンさんはそう言ってうなだれるハンニバルを見上げ、ほとんど俺の予想した通りに優しくハンニバルを許した。

それで、この昼下がりの出来事は何事もなく収束を迎えるかに思われた。たぶんミカンさんはハンニバルのことを恋愛対象としては見ていないだろうし、これからもそうなることはないと思うが、二人の関係は意外と友情としては続くかもしれない。それよりも俺は、これから「B&R」に引き返して、注文していたチーズバーガーとビッグベーコンバーガーとコーラとポークナゲットを食べた後の午後からの時間の過ごし方について頭の中であれこれ予定を立て始めていた。

この砂漠地域では強風の日に外で遊ぶ子供はほとんどおらず、夏休みともなると普段行くゲームセンターもショッピングセンターも暇を持て余したガキどものたまり場となる。家の中や公営プール、学校や企業の体育館、各種図書館、地域のコミュニティー会館なんかが学校推奨のたまり場だが、そんなところに行くのは小学生かバカだけだ。

ちょっと遊ぶっていうことを知っている奴なら、迷わず歓楽街のほうへ足を向ける。バーとか、カウンターつきのダンスフロアなんかに立ち入るには二十一歳以上の証明書が必要になるが、うらぶれたカードハウス辺りは穴場だ。柄の悪い店の連中は、まさか賭場に高校生が紛れ込んでいる可能性について考えてみることすらないだろう。しかも店内は大抵が暗がりだから、大学生だと言って酒を頼むこともできるのだ。

しかしハンニバルが予想外の態度に出たことで、事態は一気に急転した。

ミカンさんの悲鳴のような声がして、俺は一瞬にして現実に引き戻された。


「イヤッ…」


俺が見たのは、何をしようとしたのか知らないが、ミカンさんが泣きそうな顔でハンニバルの手を払い除けるところだった。


「触らないで、そんなことをしようとしないで!」

「どうしてだよ。前は嫌がらなかったのに」

「それは貴方が泣いていたからよ。悲しくて、泣いていたから……それに子供だったからだわ」

「違う、もう子供なんかじゃなかったさ!

年下だってことは認めるけど子供じゃない……、それはミカンさんが誰よりもよく知っているはず」


するとミカンさんは顔を真っ赤にして、それから何を思ったのか今度こそ俺たちの前から逃走するべく走り出した。

何やら軽いラブコメの予感がした俺は思わずにやついてしまったが、しかし、学内の陸上部員につけ狙われるほど運動神経もいいハンニバルは、あっさりミカンさんに追いついた。

彼はミカンさんを掴まえると、彼女を強引にその腕の中に抱きすくめた。ミカンさんは最初しばらくは抵抗を示していたが、しかしハンニバルのでかい身体に閉じ込められて身動きが取れないことを諦めたのか、やがて彼女の腕はだらんとし、それからハンニバルの背中に改めて彼女の白い腕が這わされた。つまり、彼女が自分からハンニバルを抱きしめたということだ。

それは傍目から見て、まるで愛し合う恋人同士であるかのような抱擁だった。

俺は、二人の身体のあの密着具合は、既に男女の深い間柄になるための行為を済ませた者同士でなかったら成立し得ない抱擁であるような気がして、その意味で愕然としていた。

ハンニバルの奴……、自分だけ、食べ頃のあんな美人と……?

勿論真相は分からない。今夜にでもこれらの経緯について、ハンニバルを電話で問い詰めてやらなければならないことを決意する俺だったが、しかし、もし俺が憧れの近所の美少女であるカレンちゃんとハグする機会があったとしても、せいぜい彼女の肩に触れるのが精一杯だっていうことがこの疑惑の根拠として非常に強力に作用していた。何しろカレンちゃんの胸や下半身があんなふうに自分の身体に押しつけられたりしたら、俺だったら絶対正気なんか保っていられないだろうからだ。

それなのにそれを平然とやってのけるあいつら……、つまりあいつらときたら十中八九、大人になるための階段を、のぼっちまっているってことだ!


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