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第3話 キャラクターTシャツの女

「よくここを利用するのか?」


一連の馬鹿げた騒ぎを乗り越えて、注文したハンバーガーができあがってくるのをもうしばらく待つ間、珍しいことに、ハンニバルのほうから女に声をかけていた。

彼女はすらりとした身体つきながらも豊満な胸と形のいい尻が魅力的で、あまり化粧っ気はないながらもかなり可愛い感じの人だった。

ハンニバルの四歳年上の姉さんとクラスメイトだったとかいう会話から推測した限りでは、二十一かそのくらいということなのだろうが、俺たちと同級生に見えないこともない。

いわゆるハンニバルのストライクゾーン、学生時代は教室の隅で地味に本を読んでいるようなタイプなのだが、連中と違うところは彼女が美人だっていうことだ。

着飾れば、この世の春を謳歌できるだろうに、どうしてキャラクターTシャツによれよれのパンツ姿なのか、それでもなお清楚で可愛く見えるところが何とももったいない。


「ええ」


女は頷き、ハンニバルに対して微笑んでいたが、あまり他意を期待できそうもない儀礼的な笑顔だった。ハンニバルが先刻から一生懸命働きかけたり、あからさまなほどの熱視線を彼女に向けていることとは随分対照的だ。

と言うか、ハンニバルがこういう顔や態度を取るなんて俺は初めて目の当たりにした。何と言うか、こいつって実は情熱的な奴だったんだな。

彼とはガキの頃からの十年以上のつきあいになるが、女に対してこんな積極的なハンニバルは初めてだった。あんまり興味深いので、俺は何気なさを装って二人のやり取りを凝視していた。

中でも面白かったのは、盛りのついた高校生に絡まれた困惑を隠せないながらも、間を持たせるための会話を提供する彼女の言葉に、あり得ないほどの食いつきのよさを見せるハンニバルの態度だった。


「ここのトマトバーガーが好きなの」

「俺も好きなんだ」

「フィッシュフライも」

「そう、フィッシュフライもだ」

「安くて、美味しいものね。忙しくてお昼を買出しに行かなくちゃいけないときなんか、お昼代を浮かせるのにもちょうどいいのよ」

「買出しに来たのか?」

「ええ、そう。今は夏休みなので、弟たちのお昼を考えなくちゃいけないのが大変。兄と二人なら、焦がしたスポンジにシロップをかけたものでもいいんだけど」

「大変だね……」

「ええ」

「ああ、だったら、俺がここの支払いをごちそうするよ。

今日だけじゃなくて、これからずっと。そのことを店主に言っておくからさ」


ハンニバルは好意で言ったのだろうが、その申し出に彼女は少し戸惑ったようだった。まあ確かに、高校生に今後の店の支払いを奢ると言われても普通は困るだろうな。


「いえ…、いいのよ。大丈夫」


彼女は答えた。


「遠慮しなくていいよ」


ハンニバルは、どうにか彼女に取り入りたくて必死の様子だった。


「ミカンさんの役に立ちたいんだ」

「ありがとう。でも気持ちだけで充分よ」

「どうして遠慮するんだ? アマリアとあまり仲よくなかったから?」

「そういうわけじゃないわ」

「だったら奢らせてくれよ」

「だって、貴方にそうして貰う理由がないわ」

「でもミカンさんの家は貧乏で、金に困っているんだろう?」

「……」


俺は彼の友人として、この失態を何とフォローすべきか思案しなければならなかったが、その方法が思いつかないほどの失態であることは言うまでもなかっただろう。

金持ちの坊ちゃんの無邪気な発言、そもそも湯水のように小遣いを貰えるハンニバルには昔から、金持ちであるがゆえの常識の欠落したこれらの発言がしばしば見受けられたのだが、しかしたとえそうしたことを勘案するにしても好きな女に対して選択すべき言葉じゃないことは明らかだった。ミカンさんとやらは固まっていた。そりゃそうだろう。


「お金には困っているけど……」


しばしして、まるで貧乏だから服が買えないということを喧伝しているかのようなよれよれのキャラクターTシャツを引っ張りながら、ミカンさんは本当に困り果てたような顔でそう答えた。


「でも……」


俺は同情を禁じ得なかった。それがたかだか高校生に自尊心を踏み躙られたミカンさんに対してか、それとも最初から大して発展する可能性がなさそうだった恋が確実に駄目になりそうなハンニバルに対してかは分からないが。


「大丈夫、お財布の中は足りているから……」


ミカンさんは、ハンニバルの失言に声を荒げて怒り出すわけでもなく、さもなければ酷い侮辱に対して泣き出すわけでもなく、そう言ってフラフラと店を出て行った。あれがマルガリータなら、暴れまくって店内を幾らか破壊しかねないという現実を思うとき、俺は結婚するならああいう優しい女の人がいいなあなんて他人事のように思った。実際他人事なんだけど。


「俺なんかまずいこと言ったかな!?」


その後、ハンニバルは縋るような顔で俺を見た。


「んー、まずいこと言ったってことに無自覚なことが相当マズイ」


俺は答えた。


「ハンニバル君の片想いは終了の予感」

「なんでだよっ、理由を言え!」

「チーン。ハンニバル君がバカなせいで終了しました」

「フォレストッ、この野郎っ!」


そしてハンニバルは俺の胸倉を掴みかけたのだが、しかし、天はまだ彼を見捨ててはいなかったのだ。

間もなくコック帽を不自然なほど目深に厳重に被ったバンクさんが、持ち帰り用の紙袋を用意してカウンター前までやって来た。彼は少し辺りを見まわしてから、さっきまでミカンさんと立ち話していた俺たちにこう言った。


「あら? ミカンちゃんは?」


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