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第2話 B&R

「B&R」ハンバーガーショップのオヤジであるバンクさんが、相変わらず頼みもしないのにピクルスをたっぷりと挟み込んでくれている頃、俺たちはクラスの女子数名と遭遇しているところだった。

女子のリーダー格である金髪のマルガリータは、チアリーディングとダンスを好み、明るくて活発な美人だったが、難点をつけるとすれば女にしておくのが惜しいくらい鼻っ柱の強い性格だってことだ。彼女はティム伯父さんの二番目の娘で、うちのご近所さんで、他でもない従兄弟の俺が言うんだから間違いない。


「涼を取りにね」


蒸し暑い安ハンバーガー店で、気取ったふうに彼女は言った。何しろ彼女の意中の相手であるハンニバルの前だから、このときの彼女の態度は分かりやすいほど彼に媚びたものだった。

まさか彼女の過剰なほどの化粧や色気のせいではないだろうが、俺は暑くてたまらなかったし、その場にいる女どもにはまるで興味がなかったから、そそくさと立ち去ろうとする俺の腕をハンニバルががっちり押さえていた。彼が女子に囲まれていることに困って、無言で助けを求めていることが俺には分かっていたが、いったいどうしろって言うんだ? 俺は恨めしくハンニバルに視線をやった。


「ねえ、ハンニバル君、あたしたちと一緒にランチをしましょうよ。せっかくこうして出会えたんだもの。これも何かの縁だと思うの」


砂漠の中の狭い町だ。ハイスクールは一校しかなく、その周辺が俺たちの活動範囲のすべてだとしたら、町の何処かで顔見知りに出くわすことくらい偶然でも何でもないのだが、それを指摘しようという気にはならなかった。マルガリータをからかうと後が面倒だということもあったが、とにかくこのときは店の中が蒸し暑かったからだ。バンクさん曰く冷房が壊れてしまったんだということだったが、この店で冷房が壊れることは毎朝砂漠に太陽が昇ることよりも既定事項だろう。俺たちがそれでもこの店に通う理由、安いのに美味しいハンバーガーと、冷たいジュースを取りに行きたかった。


「ハンニバル君は照れているんだわ」


マルガリータの手下の女子たちは、ハンニバルの反応が芳しくないことをそう言ってフォローしていた。

マルガリータは確かに魅力的でないわけではなくて、大学生の恋人がいるっていう噂が耐えないくらいには皆の憧れの的だった。

俺たちが想像の上でしか知りえない数々の男女の秘密と言うやつを、もうすっかり知ってしまっているという意味では、俺としても羨望の眼差しを向けないでもない。彼女のピンク色の唇や、形のいい胸元が、何人の男を知っているのかなんてことが、その当時の俺にとっては結構な関心事だったりするわけだ。


「ねえ、フォレスト。あんただって、あたしたちとランチしたいんでしょ?」


ハンニバルがいつまでも自分の意向を表明しないために、と言うか、遠まわしには何度も断っているのにマルガリータたちがいつまでも食い下がっているために埒が明かないのが現状なんだが、とうとうマルガリータの不満の矛先が俺に向いた。

俺は少し痩せ気味ではあるにしても小男というわけではなく、少なくとも目の前にいる女子の誰よりも背丈はあったのだが、ハンニバルと比較するとどうしても侮りやすく見えてしまうのだろう。他の女子たちも俺に対しては容赦のない視線を向けてくる。

まるで、俺がハンニバルのコバンザメであるかのような扱いに、俺はさっきから既に充分腹を立てていた。


「嫌なこった。なんでおまえらと昼飯を食わなきゃならないんだよ。

とびきりの美少女っていうならともかく、おまえらじゃ楽しくも何ともないから嫌だ」


するとマルガリータは俺を馬鹿にしたような顔で、軽蔑的なことを俺に言った。


「あら、フォレストのくせに言うじゃない。こっちだって、あんたみたいなガキとなんてお断りよ。ハンニバル君がいなかったら、誰にも声もかけられやしないし、気にもとめられない存在のくせに、相変わらず態度だけは一人前ね。

でもこの機会を逃したら、あんたみたいなのは一生女の子と食事もできないってことを理解するといいわ。ついでにでも誘われているってことを有難いと思いなさいよ」

「けっ。おまえらみたいな逞しい奴らが、女の子なんてうちにカウントされるとでも思ってるのかよ。チアリーダーってだけで威張り散らしてるゴリラのくせによ」

「何ですって!?」

「おいまさかマルガリータ、おまえは自分が可愛い女だなんて勘違いしているんじゃないんだろうな? その胸元を強調すれば、誰もがおまえにチヤホヤするのが当たり前だとでも思っているのか?

だったら教えてやるが、ハンニバルは日頃おまえらに脅かされて萎縮しているような、おとなしい女が好みなんだよ。だからおまえが誘っても無駄なんだ」

「フォレスト……いいわ、よく分かった。覚えてなさい。でもこれだけは確かなことよ。あんたはどうしようもないガキで、それに、救いようのないバカだってこと!」


子供の頃、女児の成長の早さとマルガリータの抜群の運動神経のために俺はいつも同い年の彼女に喧嘩で敵わず、最後には追いかけまわされ、泣かされる子供だった。

しかしどうしたことかそのときは予想していた反撃もなく、マルガリータはしおらしい態度であっさりと引き下がった。

彼女とその取り巻きが口々に俺を罵りながら店を立ち去った後、俺はハンニバルの脇腹を小突いた。彼は、普段自らがそのように振る舞おうと努力しているその軽薄そうな外見通りに演じることくらいわけない性格のくせに、なんで今は鬱陶しいマルガリータたちを威嚇して追い払わなかったのか分からなかった。

彼に好意を寄せていることが丸分かりなマルガリータや、女子たちの前で、少しはいい格好をしたかったからなのか?


「俺に汚れ役をやらせやがって。貸したからな」


俺が呟くと、ハンニバルは心許ない様子で何度か頷いた。


「何だよ、おまえ実はマルガリータのこと気になってたのか?

それとも、気になるのは手下の女の誰かだった?」


俺はそう言いながら、何だかぼうっとしているハンニバルの視線の先を辿った。そこはカウンターの向こうの油にまみれた調理場で、バンクさんの姿が見えていたが、そのとき彼はその白い帽子を取り落としていて、しかし問題だったのは本来であれば決して落ちるはずのないもの――、彼の茶色の頭髪までが一緒に床に落ちているということだった。

そのためにそのカウンター付近では客たちが騒然としていて、ハンニバルはさっきから泣きそうに取り乱すバンクさんと、それを取り巻く何とも救い難いそれらの状況を見ていたのだ。勿論、俺は遠慮なく腹を抱えて笑った。たとえ執拗にピクルスをサービスしてくれるにしてもバンクさんに対して悪い気持ちを抱いたことはないが、それは平穏な日常の中で目にするものとしては予測不能で、しかも非常にインパクトのあるアクシデントの類だった。楽しまないでどうするというのだ。

そしてそのとき昼食のためにたまたま店を訪れていた客の八割がたは、その非現実的な光景に対し、同じような反応を示していたと思う。好意的な爆笑、人生に彩を添えてくれたバンクさんに対する畏敬、或いはこれまで彼がひた隠しにしていた頭髪に係る重大な秘密に対する驚愕、少しは眉を顰める人間もいた。

そしてそのとき俺はその状況下で少しも笑っていないハンニバルの人格に対してさすがに尊敬の思いを抱きかけたが、実は彼はそんな馬鹿げたアクシデントが目に入らないほど別のものに見入っていたのだった。

彼が何をみつめていたか、俺がその正体を知ったのはそれから少し後のことだ。


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