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第11話 そんな夜

「藪蛇……」


帰り道、失恋で泣きじゃくるマルガリータのやや後ろを歩きながら、俺は頭を掻いた。

まあ確かに、根が真面目なハンニバル君は複数の男と交際しているなんて噂が立っている女と、わざわざつきあってみようなんて考えるような種類の男ではないのだ。強い女という評判のために見栄を張ったことが、致命傷となってしまった。

しかも恐らくハンニバルとミカンさんには、俺が勘ぐっていたような深い関係なんてなかったのだろう。そもそも酔っぱらっていたアマリアの証言だって、思い出してみればあれはちゃらんぽらんな部外者が、憶測で物を言っていただけだったという気もする。

少なくともミカンさんがマルガリータの告白を聞くようにハンニバルを促していた辺り、ハンニバルが一方的に年上のミカンさんに、懐いているだけの関係だったに違いない。

それなのに、二人の間にある年齢差とかいろいろなことで、たぶんまだ何でもなかったはずの二人の仲を、マルガリータの突撃によって図らずも進展させてしまった。

マルガリータは通りを歩きながら、すれ違う人目も憚らずに大声で泣き喚いていた。

俺は彼女が本当はまったく遊び人でもなければ不真面目でもない、純情な内面を持っている女と知っていたから、何とも可哀想な、申し訳がないような気持ちだった。しかもこの真実を後でハンニバルに話して聞かせたところで、ミカンさんにのぼせている奴にとっては、あまり意味がないことなのだ。


「まあ、元気出せよ……」


そんなことは無理だということを承知で、俺は言った。

とぼとぼ先を歩くマルガリータは、しばらく何も言わずに黙り込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。


「悔しいわ。こんなこと」

「そうだな」

「あたしのほうが可愛いのに」

「うん」

「もてるし、人気者だし。あたしってクラスのヒロインよ」

「うん」

「ああいう女は卑怯よ。本当はそれほどか弱くなんかないくせに、おとなしい振りをして、いつだって男の注意を惹くのが上手いのよ」

「それはあるかもね。まあ、でも元気出せよ」

「元気なんか出ない。あたし、もう死んじゃいたい!」


マルガリータは声を大きくした。


「また大袈裟な。まだ何も決まったわけじゃないだろ。決まったわけじゃないって言うか、つまり何も二人が結婚するってわけじゃない。ただつきあっただけなんだし。三ヶ月後には、どうなってるかさえわかんないようなことじゃないか。

それに、ハンニバルは大学行くだろう。姉さんがあんなんだから、あいつが家を継がなきゃしょうがないような感じだし……、本人も進学するつもりみたいだった。そうしたら、ミカンさんとは何年も離れ離れだ」

「そうよね」


すると単純な彼女らしく、いきなり明るい返事が返ってきた。


「彼はこの町を出て行くのよね。そうだわ、何も二人は結婚するってわけじゃないのよね」


俺はこの女のその単純さ加減と言うか、開き直りの早さにちょっとついていけないものを感じつつ、しかしここでまた腐られても慰めるのが大変なので、マルガリータの言い分に乗っかった。


「ああ、その通りだ」


それでマルガリータは俄然元気を取り戻して、俺を振り返って強気に笑った。そのときたまたま、スポットライトのように夜の街灯に照らし出されたマルガリータの様子は、金色の髪が風に乗って、短いスカートがひらひら揺れる様子も、何故だか可憐に思えた。


「フォレスト見ててよ、あたし、絶対諦めたりしないわ。年上の女なんかに、あたしは負けない。

障害があればあるほど、あたし、ファイトが湧くもの」

「うん」

「だからきっと彼を振り向かせてみせるわ。今はそうでなくても、だってあたし、絶対彼と同じ大学へだって行ってみせるし。専攻も同じにするわ。同じ授業が取りやすいように」

「その意気だ」

「ハンニバル君はあたしのものなの! これは運命なんだから!」

「うん」


マルガリータのそうした決意表明を聞かされているにつけ、どうにも俺の胸中に不快な感じがあるように思われたが、それはたぶん気のせいだっただろう。


「頑張ればいいさ。後悔がないように」

「ええ、見ていてよ。誰がハンニバル君の隣で最後に笑うかを。

こんな片想いのままなんかじゃ、絶対この恋を終わらせたりしないんだもんっ!」


この俺が近所の美少女のカレンちゃんを差し置いて、馬鹿で凶暴なマルガリータを可愛いと思うなんて、只の気のせいなんだ。

目が覚めた瞬間にそれまで見ていた夢が跡形もなく消えて行くように、この夜の出来事だって、一晩眠ればきっとすぐに忘れてしまうに違いない。

確証はないけど。

でないとあまりにつらい……ような気がする。

気がしないでもない。

そんな夜。


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