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第1話 砂嵐の午後

朝から照りつける太陽。砂礫混じりの熱風。荒涼の砂漠の中の我が町イーストオアシス。サボテン。砂漠の海と点在するサボテン。近所の市民プール。それから、寄せては返す波のごとく繰り返す単調な日々の繰り返し。

この長い休暇が終われば、気難しい親父の小言をのらりくらりとかわしてきた俺も、さすがに進路の問題を考えなくてはならなかった。俺は暇つぶしに、現実逃避のために、何か風変わりな出来事を探していた。

面白ければ何でもいいんだよ。夏の乾燥した青空を漂う飛行船を見上げて、俺は思った。

将来は冒険者になるのもいい。宇宙船の乗組員。それとも、縦横無尽に戦場を駆ける軍人なんていうのはどうだ? バスタードソードで敵を切り裂くんだよと俺が言うと、友人のハンニバルは肩を聳やかしてこう答える。


「今どきの戦場は化学兵器さ。剣なんてファンタジーの世界じゃ英雄になれても、現実じゃ只の馬鹿だよ。映画でもあっただろう。一発で射殺されておしまい」


夏のうだるような暑さの中、大して深く考えていたわけではなかったんだと俺は言い訳をした。同い年のくせに、ハンニバルは冷めている。彼がこんなふうにいつもすかしているわけじゃなく、馬鹿げた騒乱を楽しむ気のいい奴だってことは分かっている。

でも彼が一度も心からは笑ったことがないってことを、俺はずっと前から知っていた。


「それよりフォレスト、大学は?」


並んで道を歩きながらハンニバルは言った。砂漠の果てのこの辺境の町にだって、昨今は最低限の行政は行き届いているものだ。しかし俺たちが歩く文明によって完璧に管理舗装されているはずの道路は、いつだって砂に侵食されて、半分は過去の遺物のように砂漠に埋もれかけていた。


「別に、何も考えてない」


俺は答えた。


「進学しないつもりか?」


ハンニバルはなおも俺に迫る。彼のように成績に何の問題もない優等生ではない俺は、近頃では夕食の度に大学進学を迫る父親や出来のいい年子の兄貴の存在を思い出して、ついイラッとした。


「進学したら何かいいことがあるのか?」

「それは……、学生を続けられる」


俺の切り返しから不機嫌さを感じ取ったのか、ハンニバルは幾らか声のトーンを落とした。そうとも、進学なんて、高校生がすんなりその有用性を回答できるほどには大義のあることじゃないんだ。


「だね。それから?」


俺は腕組みをしてハンニバルを見上げた。昼前に起きてから深夜にラジオを消してベッドに潜り込むその瞬間まで、現実に属するすべての問題に係わりを持ちたくない俺は、断固その姿勢を譲らなかった。

するとハンニバルは少々真面目な顔をして、訥々と語り始めた。

教師たちがヒステリーを起こすほどではないにしても、学内の成績優秀者でありながら校則違反の常連でもあるハンニバルだったが、どんなに悪ぶってみせても彼の根が真面目だっていうことは日常の彼の話しぶりからして嫌というほど伝わってくる。そんなふうに髪なんか伸ばすのやめて、もっとお堅くしていなよ、なんて嫌味が喉からでかかっても言わないのは、彼が俺の幼友達だからなのだ。


「つまり、卒業したら学士になれる。やっぱり大学を出ているのと出ていないのとじゃ、世間の目も違うだろう。有名校ならなおさらだ。この町の学者の間にも、学閥があるほどだよ。

それに、大学を出れば給料が高いんじゃないか。この町には戻らないで、都市のほうに出て行くにしても、やっぱり有利になるものだと思う」

「都会はなべ底景気だって親父が言ってたぞ」

「ああ、なるほど。フォレストの家は家計が苦しいのか……」

「なんでそうなるんだよ」


抗議のために再び彼に目を向けると、ハンニバルの肩の辺りまで伸びた茶髪が、砂混じりの温風によって女の髪のように靡いていた。勿論、別にそれに見惚れたわけじゃない。確かにハンニバルは、同性から見てもなかなかイケメンであるとは思う。それもひ弱な優男なんかではなく、彼の野性味の強い顔つきが羨ましいと思わないではないが、しかし俺は自分のこのいかにも人のよさそうな青い目のほうが気に入っている。

俺が注目したのは、珍しく露わになった彼の横顔にだった。いや、そうと言うよりは、そこに宿ってこいつという存在を彩っているそこはかとない不幸せに、と言ったほうがより正確だったろうか。

ハンニバルは代々この土地の名士である裕福な家庭の長男で、子供の頃から何不自由のない恵まれた環境で育っていることを俺は知っていた。

その上大柄で背が高く、俺と同じ帰宅部である以上大して運動もやっていないだろうに、フットボール部のスター選手のような羨望すべき体格をしていた。これだけの外見の上に成績優秀であるということは、つまりはクラスでは最も影響力を持つ人間のうちの一人ということで、必然的にスクールカーストの上位者ということになる。大して愛想もよくないっていうのに昔から女どもには無条件に人気があった。

けちのつけようのない理想的な人生。

それなのに何故、思わず払い除けたくなるような陰鬱がこいつにつきまとっているのだろう?

それは昼食を取るためになじみのハンバーガーショップへ向かう道すがら、何てことのない瞬間の出来事だった。気がつくと既に俺たちの話題は変わっていて、俺はバイクが欲しいのに親父が金を出してくれないことをハンニバルに愚痴り、ハンニバルは昨年亡くなった彼のお祖父さんから高級車をプレゼントされたことを卑屈な様子もなく俺に話していた。

卑屈さのないイケメンほど始末に負えないものはないと俺は思ったが、それはまた別の話だ。


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