6話 エピローグ
「以上が今回の休暇の顛末となります。」
目の前で机に突っ伏しながら頭を抱えている女性の頭頂部を見ながら俺はそう報告を終えた。
「それで、嫁を貰う事になったから、もう一人分の戸籍その他を用意しろ? あなたは何? どこかに出かけたら私の書類仕事を増やさないと死んじゃう病気にでも掛かってる訳なんですか? カイル・クリスティンさん。」
「そんな病気は聞いたこと無いですねぇ…。」
真剣に悩みこむ俺に対してため息をつく上司。一昨年大学を卒業し、この建設省災害対策課第三係に配属されて来た新人のはずだが、常に疲れた顔をしている所為で、もう少し上に見える。
どうやらいつもの嫌味って奴らしいが、そういう病気もあるのかと真剣に悩んでいる俺に、何か言うのは諦めたらしい。
*
俺がこの日本と言う世界に転移してから数年が経っており、ある時自分を滅して貰おうと魔獣に挑んでいる時に、この人の前の担当者にスカウトされ、今はここの仕事を委託で請け負っている形を取っている。
日本語の上手いガイジンさんって設定でだ。
仕事の内容は、大規模な工事を行う際に、その地で起こるかも知れない災厄を未然に防ぐ事。要は魔獣や悪霊、妖怪退治となる。そうした輪廻の輪から外れた者を輪に戻す事は、羅刹天と呼ばれる存在となっている俺にとっても好都合だった。
ただ、前の担当者と違って、目の前でまだ唸っている現在の担当は何も力が使えず、霊的な存在は見えもしない。俺は相当に苦労をしていた。それこそ本格的に死にそうな目に遭う事が多い。死ねないだけにその苦労は並大抵のものでは無い。
コイツの胸が大きくて、隙だらけじゃ無ければ担当を直ぐに変えてくれと直訴していたところだ。現に今もブラウスの隙間からちらちらと谷間が見えてる。
真後ろから殺気が飛んでくるのを感じて、慌てて振り返るが、紅葉さんがニコニコと笑っているだけだ。…問題無い。
紅葉さんの左手の薬指には、細いリングが嵌っている。九百年ほど昔の人間である彼女は、同じ日本語でも発音や言葉が違い過ぎ、そのままでは会話が出来ない。俺は言語理解の魔法があるから問題なく話す事が出来るが、彼女はそういう訳には行かず、アイテムボックスにあった言語理解の指輪を渡しておいた。
「それで、この方はあなたと同じ鬼で、不老不死。ついでにあなたの仕事も手伝う事にする…と。そういう訳なんですね。」
「そうです。斎藤みゆきさん。」
帰りしなにこちらでの仕事を説明して、部屋もとりあえずは今住んでいる場所があるから安心して良いと伝えると、紅葉さんは私もその仕事を手伝うと言って聞かず、その場で第一回の記念すべき夫婦喧嘩が勃発していた。
結局、こうと決めたら彼女が折れない事を確認しただけだったが。
「なに?突然…。あっ…。」
いきなりフルネームで呼ばれた上司は、メガネの奥で眉を寄せる。
だが、紅葉さんの顔を目を細めてじっと見ると、何かに気が付いたようだった。
「もうどんだけ書類作ったらいいのか解らないレベルだけど、いい。解ったわ。その代わり、今回の件について報告書はいつものように纏めてください。ちょうどその辺りに計画をしている物があって…。」
*
「何さっきから真剣に書いてるの? また報告書? 」
キーボードに向かう俺の後ろから声が掛かる。お願いですから気配を消したままいきなり声を掛けないで欲しい。
……18禁のサイトを見ている時じゃなくて本当に良かった。
さっきまでソファーでポテチを齧りながら女性誌を読んでいたはずの紅葉さんは、いつの間にか後ろに立って俺の作業を見ていたらしい。
あれから二十年ほど経つが、お互いに全く姿も有り様も変わらない。近所の人に怪しまれない為、数年に一度は引っ越しをする必要があるものの、暮らし向きは順調だと言える。
キーボードの横に置いてある組木細工がカタカタと揺れた。
これまでの間に本当に色々な事があった。集団失踪事件の調査の過程で要石に封印されていた怨霊と対峙したり、紅葉さんに黙って祟り神になりかけていた狐の娘を保護していたところ、浮気を疑われて本気で死にそうになりかけた事。こちらの世界から俺がいた世界に飛ばされた者が居たらしい事…
そのどれもが紅葉さんの協力無くしては解決出来なかった事だった。あれから彼女が泣く事はほとんど無かったが、救われたのは彼女では無くて、きっと俺の方だったと思う。
「いや、ちょうど紅葉と会った頃の事を思い出しててさ。報告書じゃ無くてきちんと書いておこうと思ってね。」
そう言うと、俺は彼女に口づけた。
小説投稿とはどんなものだろうと思い、今回初挑戦してみました。
こちらまで読んでいただけたなら幸いです。




