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1話 鬼嫁と出会う

初投稿してみます。


お目汚しとなりますが、どうかよろしくお願いします。

 その娘は、はらはらと泣いていた。

 

 月明かりに照らされた林の中、ぽっかりと空いた菜の花畑の中で泣いていた。

 

 黒く艶やかな腰まで伸びる長い髪が春の夜風に揺れ、真っ赤な紅を引いた唇が震えていた。

 

 切れ長の目から、止めどなく涙が溢れていた。


 

 ――その姿は、まるで一枚の絵画のように見えた。



 ――そんな姿を見て、彼女を救いたい。俺は本気でそう思ったんだ。



*



「東京から! よくまあこんな所までいらっしやったなぁ…。」


「いやいや…。趣味ですから。」


「ほんにしても、旧い神社巡りなんて、珍しい趣味だて…。」


 俺は、自転車の前かごに野菜をたっぷりと乗せたおばあさんと、道を尋ねるついでに立ち話となっていた。

 最初話しかけた時には、危うく逃げられそうになったが、なんとか呼び止めて道を教えて貰う事に成功した。そんなに怪しく見えるのかとちょっと傷ついたが、にこやかな表情を崩さずに話を続ける。


 こういった場所では、見知らぬ人間は非常に警戒される。

 以前にもこうやって目的の建物を探してうろついていたところ、野菜泥棒と間違われ、軽トラに乗ったおじいさんに、いきなり怒鳴られた事があった。


 そのため、人を見かけたら、自分の目的を道を尋ねるついでに話すようにしていた。

 人の印象って大切だからね。


 ただ、中にはその地方にまつわる昔話や体験談を語ってくれる人も居て、それはそれで楽しみとなっていた。俺が怒鳴られた軽トラのおじいちゃんも、しっかりと説明したら解ってくれて、山に住む鬼の話を聞かせてくれたっけ。



「ほんじゃ、この先の集落の神さんのところに行くんかい? 」


「ええ。そう思ってるんですけど、道が良く解らなくて。」


「ほんなら、その先の道を左に曲がってまーっすぐ行くと、上長手に出るわ。」


 俺はおばあさんに礼を言うと、車の窓を閉めて一路目的地に向かった。

 


*



 俺は、休暇を利用して岐阜と長野の県境にある長手村に来ていた。

 伝承を調べていた時に、魔界との境界に建てられていると言う、この神社の記事が目に留まった為だ。


 信号が赤になって車を止める。交差する道路からは車は来る事は無かった。ちょうどいいタイミングだと助手席に放り投げていたノートを膝の上で広げる。


『源平合戦の頃、この地に人食いの羅刹女が住み着き、通り掛かる旅人を誘っては、そのはらわたを食べていた。その噂を聞き付けた偉い坊さまが苦労して羅刹女を倒した。

 彼女が倒された後にも、月夜に山に入った者が神隠しに合う事があり、村人達は彼女の住んでいた森の入り口にお堂を立てて、今は亡き羅刹女の魂を慰める事とした。』


 ノートに切り取って貼ってある新聞の囲み記事は、小さな荒い写真と共に、こんな一文だけで纏められていた。よくある昔話。テンプレって奴だった。


 続いてとなりのページに目を移す。


『行方不明の女児見つかる。


 先月15日から長手村で行方不明となっていた、中津川市の斎藤みゆきちゃん(7)が、長手村上長手の神社の境内で泣いているところを、通りがかった近隣の住民が見つけ、中津川署に通報。駆け付けた同署員に保護され、市内の病院に搬送されました。

 現地は大雪のため、生存が危ぶまれていましたが、衰弱は見られるものの命に別状は無く一週間程度で退院できる見込みです。

 みゆきちゃんは、きれいなおねえちゃんと一緒に居たと話しており、警察ではこの女性が何らかの事情を知るものとみて、その行方を追っています。』


 信号が青になるのを確認し、ノートをぱたりと閉じて車を走らせた。



*



 神隠しって言葉には、子供の頃から何故か興味があった。

 多分、神様の元へ連れて行かれるって言葉のイメージに惹かれていたんだと思う。



 もう晩春にも拘わらず、すでに陽は陰りはじめており、目の前に迫る高い山々の影にもうすぐ隠れようとしていた。午前中に東京を出たはずだったが、宿を取ったり調べものをしている間にずいぶん遅くなってしまっていた。


 車一台通るのがやっとの急カーブが連続する道を進んでいくと、数件の空き家が建つ小さな集落に出た。


 集落の端には、トイレと駐車場だけのパーキングが設けられており、中ほどのスペースに車を滑り込ませて周りを見渡す。さすがに平日だけあって、自分の車の他にはだれも居ない。

 きっとここを利用するのは、車中泊で旅をする人か日中休憩を取る営業マン位なものなのだろう。道の端に古ぼけた掘立て小屋が建っており、消えかけた看板には農産物直売所と書いてあったが、この建物もしばらくは誰も使っていないようで、閉められたままの扉の前には、形の崩れた落ち葉が溜まっていた。



 俺はシートを倒して夜が更けるのを待つ。窓を開けて空気を入れると、どこか懐かしい香りが車内に流れ込む。これは期待が出来そうだと思いながら、時計のタイマーをセットして仮眠を取る事にした。



*



 アラームの音に目が覚めると、既に辺りには夜の帳が下りており、ログハウス風のトイレの建物を照らす街灯以外は、全て月明かりに染められていた。


 俺は車から降りると、山間に漂う濃い空気を胸いっぱいに吸い込む。


 充分に自分の身体が満たされるのを感じると、神社へと足を向ける。元々が小さな集落だったので、その神社も駐車場から直ぐの場所にあった。


 苔むした階段を一歩一歩登り、鳥居で礼をしながらくぐる。

 一段高い位置に設けられているその神社は、山を背に境内と呼んで良いのか迷うような狭さの広場と、小さな社殿で出来ていた。


 そして、そのまま吸い込まれるように、本来の目的である神社の背後に広がる森へと足を向ける。

 森の中にはさらに濃密な気配が漂っており、涼しい空気と共に身も心も軽くさせてくれる。飛び上がりたい気持ちを抑え、そのまま森を月明かりを頼りに歩く。


 木々の間を進んで行くと、細い糸が顔に何度も引っかかって気持ちが悪い。

 しばらく獣も人も通っていないようだった。

 内心で蜘蛛に詫びをつぶやきつつ顔と身体を払いながら暗い森の中を歩く。夜目が効く方ではあったが、曇り空だったら歩く事すら叶わなかったろう。


 藪を手でかき分けながら進んで行くと、突然森が切れて20メートル四方程度の草原になっている場所に出る。


 そして、俺は彼女の姿を初めて見る事となったのだった。



*



 月明かりの中で泣く彼女の姿に、俺はしばらく釘付けになる。

 歳の頃は17~18歳くらいだろうか。細身の身体に桜色の着物を身に着けた彼女は、月を眺めながら涙を流し続けていた。


 こんなところに人が来るはずが無いと思って居るのか、表情が手に取るように解る距離に居るにも関わらず、彼女には気が付く様子が無い。


 確かに『存在感薄いよね。』とか友人に言われた事はあるけれどもさ。


「あの…。大丈夫ですか…? 」


 俺は少し離れた場所から彼女に尋ねる。

 ピクリと彼女は背中を震わせると、ゆっくりとこちらに振り返った。


「―――――――――――――――? 」


 彼女は驚いた表情を浮かべたまま、涙も拭かずにこちらに向かって何か尋ねて来る。


「ごめんなさい。よく聞き取れなくて…。」


「――――――――て―――――か? 」


「もう一度! 」


「―――――――来て―――ですか? 」

 

「??? 」



 キッと睨むように彼女は口を噤んで顔を逸らす。

 涙を胸元から取り出した紙で拭くと、再びこちらに向き直る


「なぜ来たんですか!!」


 今度ははっきりと聞こえる声で、怒りを滲ませながら言い切る。

 


「いや、入って来ちゃいけない場所なのは知ってたけれども、柵も無かったし良いかなーって思って…。」


「…そういう事を言ってるんじゃありません! 」


 

 顔を下げてしまっている所為で表情は見えないが、火に油を注ぐような真似をしてしまったらしく。彼女はプルプルと震えて、両脇に下げた両手をギュっと握っている。

 


「いや、本当にごめんなさい。君を驚かすつもりは無かったんだけど、どうにも気になって。すぐに出て行きますから…。」



 深く下げていた頭を上げると、彼女は俺の顔をじっと見つめていた。

 彼女の目から視線を逸らす事が出来ないまま、同じように見つめ返す。その視線が心を読んでいるように見えたからだった。


「そう…わかりました…。この辺りは危ないですから、今晩は私の家に泊まって行ってくださいな。」


 誠意が通じたのか怒りが冷めたのか、何故か安堵した声色で彼女は告げる。


「いやいや。こんな時間にお邪魔するなんて、さすがにご家族にも迷惑ですよ。まだ歩いてそんなに経ってないですし、今日は宿まで戻ります。」


「私は一人で住んでいます。宿と言ってもこの辺りだと二~三里は歩かなくてはなりませんよ? 」


「尚更無理です! また明日の昼にでもお詫びに伺いますので! 」


「あっ!あのっ!! 」


 それだけ言い切ると、俺はあわてて神社までの道のりを駆けた。後ろから声が掛けられたのは解ったが、手だけを軽く上げて応えておく。

 あっという間に社殿が見えて来て、鳥居を過ぎると階段を一気に下まで飛び降りる。


 どうしてだろう。弾むような心を抱えたまま、俺は宿へと車を走らせた。

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