孤独の島.1
*五時奪字にご注意ください*
*1
「はぁ……、憂鬱だ」
腰まである長い黒髪を潮風になびかせながら彼女、織宮嘉音は不満げに呟いた。
隣で手摺りに寄り掛かり、欠伸をする男を横目で睨みつける。葛原桃矢は眩しそうに目を細めた。
「俺もだよ、織宮さん。まさかこんな南の離島まで派遣されるとは…」
小さな漁船が波で揺れる。倒れそうになった桃矢は慌てて手摺りに掴まった。
「まったく…初めての任務なのに何で【クラスA】の私が【クラスE】のあんたなんかと…」
「クラスで区別しちゃダメだよ。偏見ってやつ」
「既に私達が偏見の対象じゃないの」
「……ん、まぁそうだね」
少しの沈黙のあと、桃矢が水平線の向こうを指差す。
「やっと見えた~。もう吐きそう」
「はぁ……、やっぱり憂鬱」
ため息は潮風に乗って消えた。
*2
島まで運んでくれた漁船の操縦士に礼を言い、二人は島の港に降り立つ。桃矢は嘉音の大仰な荷物を見ながら言った。
「修学旅行でもするの?」
「…なによ」
「いやぁ。荷物多いな~って」
「じゃあ持って」
「うん。……うん?」
嘉音はその場に全ての荷物を置くと、一人悠々と歩いていった。桃矢は首を傾げながらも、それらを持って嘉音の後を追う。
「宿とかあるの?」
「【教会】が手配してくれてるはず。
それにしても…」
監視されてる?
嘉音は歩みを止めた。まとわりつく様な嫌な気配。島民は誰一人として見当たらない。しかし、何処からか視線を感じる…。
「? 織宮さん、どうしたの?」
「…あんた、何か感じない?」
「いや…特には」
「っもう! これだから【クラスE】は」
「えぇ……そんな言われても」
「おや、お客様かな?」
突然の背後からの声に、二人は飛び上がる。そこには薄着の老人が立っていた。嘉音は息を落とし、懐から【教会】の手帳を取り出す。
「【聖アルカナ教会】の者です。この島に人間の能力を超えた、…つまりは異能力を持った人が居ると伺ったのですが…」
「おお。【教会】の方か。
それなら……………シネ」
老人はおもむろに草刈り鎌を取り出すと、嘉音の首筋を狙って鎌を振り抜いた。突然の攻撃に驚いた嘉音は、反応が遅れてしまい頬を傷付けてしまう。
「織宮さんっ!? 大丈夫?」
「大丈夫だから、【クラスE】はさがってなさい!」
様子の変わった老人から距離を取ると、嘉音は足元に転がる木材に手をかざす。すると、まるで吸い寄せられるようにして、木材が嘉音の手まで飛んだ。
「…私達の邪魔をする事は、即ち【教会】に反抗することです。それを知って妨害をするのなら、強制排除も………」
「シネ、シネ、シネ」
まるで呪詛のように同じ言葉を繰り返しながら、老人は近付いてくる。そして、その数はどんどん増えていた。
「織宮さん~! 数が増えてる」
「様子がおかしい……。一旦逃げるよ!」
踵を返し、二人は森の方へ走った。
*3
「……まさか、ここで寝るとか言わないよね」
「そのまさかだよ、織宮さん。
流石【クラスA】」
「あんた馬鹿にしてんでしょ」
薄暗い森の中で見つけた廃墟。二人はそこに身を隠していた。
「ほら。島の人達あんな感じだったしさ、宿借りるの無理じゃん?
もう日も落ちるし、この辺りで一旦お休みを…」
「ご飯もお風呂も無いじゃない! それにこんな廃墟じゃ、休もうにも休めない!」
「お風呂は我慢するしかないけど……。ご飯ならあるよ」
「え?」
桃矢は自分の鞄を開くと、中から大量の缶詰を取り出した。そして缶切りを指先で回してみせる。
「俺、燃費悪いからさ。常備してるの」
「……ふん。【クラスE】にしては、やるじゃない。
……それで、お箸かスプーンは?」
「………………………」
「………………………」
どうやら元は大きな洋館だったらしい。
桃矢は廃墟を探索しながらそう思った。長い廊下には薄汚れているが、蝋燭立てがあり、豪華そうなカーペットまで敷いてある。どの部屋も荒れ放題であり、特に浴場などは使えそうになかった。
「……ん?」
とある部屋で、写真立てを見つける。
灯台を背に笑顔で佇む少女。
しかし、その両脇に立つ両親と思しき男女の顔は、ズタズタに引き裂かれていた。
「うわ…何だこれ。怖~」
そして、改めて部屋を見回すとある事に気が付いた。
部屋には窓が無かったのだ。
*4
翌朝。
嘉音は廃墟の外に出て、軽く伸びをした。体の節々が小さな悲鳴を上げる。木々の間から差し込む朝日に目を細め、控え目に欠伸を落とした。
「野宿なんて、織宮家の令嬢が聞いて呆れる…」
と、自嘲気味に呟いて笑う。
「笑えたんだ」
背後からの声に驚き、振り返る。そこには、いつものように気怠げに欠伸をする桃矢がいた。
「…なによ。笑ったら悪いわけ?」
「違うよ。織宮さんの笑い声初めて聞いたから」
「当たり前じゃない。【教会】であんたと関わりなんて殆ど無いじゃない。本当、何で組まされたんだか」
「いや、その【教会】でも織宮さん笑ってないじゃん」
「…何で知ってるのよ」
「たま~に、見かけるから。
友達といても、独りだけ仏頂面でむすっとしてる」
「私がどうしてようと、私の勝手でしょ」
「笑えば良いのに。折角美人なんだから」
「褒めても何も出ないから」
「お世辞じゃなくてさ。本当にそう思ってる。
勉強できて、お金持ちで、才能もあって、そして美人。
俺みたいなダメ人間からしたら………」
「あんたに何が解るのよ」
嘉音はそう呟いていた。いつの間にか呟いていたのだ。
そして、後悔した。
こんな事を言うつもりではなかったのに、と。
「私なんて、本当は…」
「…お、織宮さん?」
気がついた時には、走り出していた。背後から響く桃矢の声を振り払う様に。過去の自分から逃げる様に。
『化け物!!』
森を抜け、畑道を抜ける。
走って走って、いつの間にか島の中心に立つ灯台まで来ていた。
「はぁ、はぁ……」
苦しい。
『織宮に近付くと殺されちまうぞ』
『姉妹仲良くってやつ?』
『織宮さんの教室は別だから』
痛い。
『触るな、化け物』
『ごめんね。ここ人間用だから』
『もう会わないようにしよう?』
悲しい。
『ごめん』
『黙れ』
『消えろ』
『死ね』
「…寂しいよ…」
「わたしと一緒だね」
「えっ?」
いつの間にか、目の前に少女が立っていた。嘉音とほぼ同じ年頃だろう彼女は、嘉音に優しく抱きついた。
「寂しかったよね。痛かったよね…。
でも、もう大丈夫。わたしが付いてるから。
だから、その心。もういらないよね?」
*5
「嘉音ちゃんって、なんか近寄り難いよね~」
「ね~」
中学一年の夏。
教室で数人の生徒が話しているのを、たまたま廊下で聞いてしまったのだ。
「勉強できて、スポーツできて、おまけに楽器も弾けるんだよ。しかも、音楽室にあるの大体」
「マジか。織宮やべーな」
「しかもお金持ち。……あぁ、オレもそんな家に生まれたかった」
「諦めろ」
「そうそう。嘉音ちゃんの妹さん、【能力者】だったらしいよ~。」
「はあっ!? 嘘だろ、あの噂の?」
「そうその噂の! 触らないで物が、こう、ブワァァーって」
「えー、マンガみたい」
「うわー…。こえーわ。それって簡単に人殺せるじゃん」
「もしかして、嘉音ちゃんも?」
「もう殺してたりして」
「ぎゃーーー!!」
我慢できなかった。自分だけでなく、妹まで侮辱されるのが許せなかった。だから、嘉音は飛び出さずにはいられなかった。
「あ……。嘉音ちゃん…」
「織宮…」
その後の事はあまりよく覚えていない。ただ、能力を発動したことは確かだった。
気付けば、窓ガラスは粉々に飛散し、机は乱雑に倒れていた。まるでそこだけ嵐が通り過ぎたような、そんな状態だった。
生徒達は腰を抜かし、嘉音を罵倒し続けた。
「化け物!!」
と。
「さあ、わたしだけを見て。もう悲しみに暮れることも、痛みに耐えることもない…。
ふふ…。これであなたはわたしのもの…」
意識が闇に飲まれる直前、遠くから微かに呼ぶ声が聞こえた…。
「織宮さんっ!」




