単独行動の開始
一方その頃、紅月はと言うと、水月の墓前で立ち尽くしていた―。
次に向かうは故郷……悲劇の始まりであり、惨劇を終わらせる地だ―。
相も変わらず、薬臭い施設。見るのも嫌になる診察器具。全てがそのままだった。
かつて、監禁された場所に辿り着く。するとそこには見覚えのあるアーチがあった。 紅月はアーチの手前で振り返り、改めて景色を眺める。
「何も無いこの場所で、“水月”が死んだ。私という理性を残して、加護に意思が宿った……。それが貴方達なのね」
―……。
―……。
「本来ならば私の中で生まれる魂魄は一つだった。何者かの襲撃を受け、絶命。器である私を守るために、貴方達が犠牲になった」
―……やめろ。
―……。
「生まれた場所で死んだ……。酷く滑稽」
―やめろ。
―……。
黄金はいつまでも黙り、白銀は何度も止める。紅月が自分を極限まで追い詰めるのは情けの言葉によって、救われたいのかも知れない。こんな自分でも必要としてくれる者がいるのだ、と。兵器などとしてでは無い、一人の人として自分を必要としてくれる想いを胸に抱いているのだ。
紅月は黙然とアーチをくぐり、見覚えのある回廊に出る。一本の道なのに、何故か仰々しさを覚える。そしてこの前の様に開けた場所まで行くとそこにいたのは、こちらを見下しながら座しているのは紛れもない、龍宮時である。
「話がある」
「それは興味深いな。是非お聞かせ願おうか……」
紅月は前回と同様、凛然とした態度を一切崩さずに話し始めた。
「私はどちらの側に加担するようなことはしない。だから私は単独で動くことを決意する。これは私の自分勝手だと思って構わない。そして問う、貴方達に……いや、軍に和解する気はあるのかどうかを」
龍宮時の眼差しは独特だった。興味という言葉で終わらせるには、何か足りない。娯楽を楽しんでいる幼子が、遊びに夢中になるような時にする輝かしいものではない。
もっと濁り、黒く淀んだ空気を纏わせている。そんな感じだ。
「和解、か。我々研究者の者達は、確かに軍とは持ちつ持たれつの関係だ。だが訊く対象を履き違えてはいないか?我々を簡単に表現するならば、兵器を生み出す『創造者』。生み出したものを使い、利益を得るのは『破壊者』である軍だ。我らに和解を求めた所で無意味に近い」
「けれど“無意味”ではない。それに創造者ならば、“無関係”でもない」
そうだな、と頷きながら口端を吊り上げ、見上げてくる紅い獣と視線を交わす。
「私の要求は、お前達の目的・それと軍との関係」
「望んでばかりでは事は進まないぞ。相手にも相応の報酬をするのが道理であろう!」
椅子から立ち上がり両手を広げる龍宮時は、興奮しながらも階段を下りてくる。
満面の笑顔で恍惚とした表情。だがスイッチが切り替わるように、ふと真顔に戻る。
「我々から見ても、君は仲介者となり得るのか……。急にそう提案するからには君は常に客観視しなければならない。その提案…断ればどうなる?」
「力尽く。……以前ならそう言っていた。けれど今は護りたいモノのために話し合う。仕掛けられたら防げばいい。断られても他の手段を探す。諦めはしない」
こんな簡単なこと、どうして気付かなかったんだろう?
それは自分達があまりにも幼く、非力だったから……。
「―協定や同盟、条約などは口約束などと同じさ。決定的な『何か』を互いが出すまでは、な。
あるいは大きな力が介入することで、未然に争いを防ぐ事は可能かも知れないが……?」
紅月は即座に自分の状況を理解する。そして龍宮時は紅月を指差し、不敵に笑いだした。
「君は我々にとって最も貴重な作品であり、軍にとっても抑止力を欲していた所だ。我々が軍へ貢献することは即ち戦力の増加……。最近では朱雀の動きも活発になって来ているらしいからな。棄てる筈があるまい。つまり朱雀さえ邪魔せずに我々が目的を果たせれば、平和など簡単なことなのだよ。人類が存在するからこそ、争いが起きる。止めるには武力行使、抑止力、第三者の協力。共通点は武力のみ。武力があるから平和が訪れると言っても過言ではない」
「軍の企てている、その目的とは?」
「政府を相手にクーデターを起こそうとしている。クーデターとは言っても、革命に近いかもしれんがね。軍事国家が彼らの狙いさ。その為の戦争だ……」
龍宮時は何でもない様な風に、淡々と機械的に説明する。
紅月は瞠目した。せずにはいられなかった。
「なん…だと……!」
政府までもが絡んでいる……!予想外だった。私達は軍と研究者達が繋がっているのは、感付いていた。だがその目的がクーデターだとは思いもよらなかった。
朱雀の目的は一部の人間を狙った復讐だ。早く、この事を朱雀の皆に伝えねば!
「貴方が言いたいのは、私さえ大人しくしていれば……という事…」
満足そうに龍宮時は頷く。この時点で平和へ繋がる道が見えた。だが紅月の覚悟は定まらず、ただただ葛藤する。紅月も生きているのだから「平和な国で自由に生きたい」と願うのは至極当然の摂理だ。そして俯いていた顔を上げ、龍宮時を見据える。
「……私個人の意見だけでは荷が重すぎる。この件に関与した者全てを集め、話し合うべき」
予想外の答えが来たのか、龍宮時は虚を突かれたような表情を浮かべ、やがて問う。
「……君は何を想い、戦場に立つ?」
位置的に龍宮時が紅月を見下す、という目線になり圧力を感じる紅月。殺意でも敵意でもない……意思の強い眼差し。だが紅月の意思も、負けじと揺るがずにいた。その決意と想いを、静かに告げる。
「主への忠義、ただそれだけ……」
私の覚悟は揺るがない―。
揺るがない覚悟の…筈なのに……どうして決意が揺らぐ!
自分にもどかしさを覚えていると、龍宮時は一つ返事をして手を顎に添えて、何かを考えだした。
「解せんな。君達は私達を憎み、殺そうとまでしていた。ところが急に和解を求めて来た。しかもたった一人で。そして我々の背景を知った途端に朱雀へ戻り、全員で話し合う……」
まぁ一人かどうかは先の奇襲の時の事を考えると、言い切りがたい所があるがな。と、
皮肉を込めて龍宮時は言い放った。 確かに、怪しまれても仕方がない。襲われる事の仮定、何か裏があると疑うのは当然のこと。
「しかも君は、主のために動いていると言うじゃないか?それは諜報などや新手の奇襲、可能性はどれも高い。それが目的なのではないのか?」
プツリ―。何かが切れる、音がした。 確かに疑惑を持つのは人として当然のことだ。責めはしない。
だが、嘘を吐けない身体にしたのはそっちだろう?なのに―
「いくらなんでも、そこまで言う必要性があんのかよ?なぁ龍宮時」
目が驚きと怒りの織り混ざった感情のせいで、これでもかと言うほどに開かれているのが解る。
紅月は自分の眼が紅くなっている事に気付かずに、棘のある球体を大きく出現させて、ソレを飛ばそうとする。だが直前になって、黄金が割って止めに入った。
―ダメだ、やめるんだ紅月……!
黄金の言葉と鎖が、紅月を止めた。
紅月の腕には幾重にも重なり合う鎖が、刺青となって腕を拘束している。
―堪えるんだ。紅月……!
そう告げると、黄金が拘束していた鎖の刺青はそれを解くように消えていく。
「っ……!申し訳ありません」
「まぁまだ何も起こってないから、指摘のしようがないのは事実だからねぇ?」
嫌味ったらしくニタニタ笑うその顔は、今の状況を楽しんでいるような雰囲気だ。 そんな事を考えながら、私は再び交渉した。
「では朱雀から、代表者として組織を率いる風を連れて参ります。そしてこの場で話し合って下さい。お互いが同意なさって頂けたら、あわよくば和解は成立します。如何ですか?」
急激な態度の変化に、龍宮時は少し眼を見開いているが、黙ってそのままコクリと頷いた。こんな会話をされているとは露知らず、そこから警戒しつつもその場を去っていった。
「さぁ、出番だよ。……鈴」
「はい。龍宮時様……」
「新しい兵器がどれ程のものか……楽しみだ…」