つき動かす感情
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昔は任務地に赴くときは、行ってくる。そう告げる私を風はいつも見送ってくれていた。
温かなその瞳は、今となっては変わってしまったけれど……。
その頃の私は小石が坂を転がるように、止まる術を知らなかった。忠義が全てだった。
ある日私は、風に秘密を打ち明けた。他の二つの魂魄、私の生まれについて知らせた。
「人が生まれ持つ正負の感情。私の中でその二つは、あるきっかけで意思を持った。正は黄金が、負は白銀が。私はその二つの入れ物……宿主に過ぎない。ただ私には正負がある為、二人と違ってバランスがある。強いて言うなれば理性。私は僕等であり俺達ではない……」
そいつぁすげえ。と風は私を恐れず、蔑みもしなかった。 私に微笑み、手を差し伸ばしてくれた……。その時の私はどれほど嬉しかったことか、言葉で表せない。この話をしたものは軽蔑し、蔑み、忌み嫌った。それでも風に話そうと思ったのは、私の目標だったから。風は私の全てだったから、どんな反応も受け入れようと決心し、話した。
ただ傍で見守り、笑ってくれた。唯一無二の友……! 「私の生まれは神社、姫巫女の役目を担い、全うするはずだった。神主である龍神の一人娘として。だから私には水の加護がある。私が生まれたその時から眠っていた魂魄、名を水月。水月は水を、私が火を操る。でもそれは二つの能力があるのではなく、人体実験で火を操る力を得ただけ。元から私には眠っていた力があった」
私は間を置いて、再び口を開いた。
「治癒、それがもう一つの授かっていた力。あやめは私が神器に自我を施した。横笛が人として具現化しているだけ。 癒しの歌をあやめは歌うがそれも応急処置のみ。致命傷を負えばその傷はあやめに傷が移る。結局私は、傷付けることしか出来ない」
傷を負ったあやめはそれからどうなる? そう心配させた事に私は、嫉妬と罪悪感を覚えた。
「あやめは治癒の力そのもの。あやめ自身が死ぬことは無いけれど、助けられない場合はある」
その後の風は、神妙な面持ちで空を見上げて言った。
「確かに力は必要だ。けどな、根本がイカれたら元も子も無いんだぜ?」
理解している。そう告げた紅月の胸中は、嫉妬と羨望だけだった。
「俺は、俺達をこんな体にした奴らが憎い。何も知らない子供に勝手に細胞ブチ込んで、廃人にした勝手な連中。それでも自分の利益の為だけを思い、俺達を人間兵器として扱う。戦争なんざクソ喰らえってな、改めて思うぜ。死人だけ出て平和な日々は戻って来ない。……紅月、俺はね。当たり前の幸せなんてこの世には無いって……身を以て知らされたよ」
くつくつ、と喉の奥で笑い、皮肉で自分の心を追い詰めていく風。 私もそんな風に考える事だってある。でも貴方に忠義を尽くすことが出来る。朱雀にいるひと時だけでいい。今だけは、一人の男と女として接していたいと願うことも―。 ふと気付けば次の瞬間に理解した。そして自分でも驚いた。
―私は風のことが好きなのか……。
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