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情報収集

―急げ…早急に…へ貢献………施せ!

 脳裏を過る光景には、靄がかかっているようにハッキリと認識出来ない。だが紅月には以前からこのような事が度々あったのだ。だが最近はその頻度が増してきている。顔も言葉も朧にしか分からない。だが今回のこの人物との接触で分かったのは。

 私はこの男を知っている……?

「心配したんだぞぉ、サンプル零号」

「……」

「返事はどうした?サンプル零号が居なくなって皆が心配したのだぞ」

「悪いけど、そんな名前になった覚えはねぇんでね」

例え檻の中にいたとしても、決して屈しない。そんなことをする位なら、自害の道を選ぶだろう。妖しい笑みを浮かべ、口角を釣り上げニタリと笑う。眼力はもはや獣の域に達している。

「じっくり殺らせてもらうよ。今までの奴らみたいに……ラクに死ねると思うなよ?」

懇願させてやる。「殺して楽にしてください」っていう位、痛めつける。でもそれだけじゃ、まだまだ足りない。

 状況は一目瞭然。不利なのは火を見るより明らか。なのに紅月の脳内では、そんなことが思考を渦巻いていた。

「さすがはサンプル零号、いや巷で噂の紅豹。とでも言っておこうか。君には今の状況が解ってないらしいな」

 そういうと傍らで大人しくしていた鈴を捕まえ、ナイフを鈴の喉元にあてた。少し斬れたか、赤い筋が一本、喉をつたう。

「目上の者には、それ相応の態度を取らなくてはならないよ?サンプル零号」

「あっそ、なら安心しな。俺はアンタに、それこそ相応しい態度をとってる筈だぜ?」

「サンプルだからと言って、調子に乗りおって……。こいつが死んでもいいのか?」

 先程よりも更に食い込み、鮮血の勢いが増す。

 紅月と鈴はしばらくお互いに目を合わせ、科学者と思われる中年メガネに向き直った。

「殺りたきゃ殺りな。俺達『朱雀』はそんなことで臆するようなチキンばっかじゃねぇ。見くびらないで頂きたいね!第一…鈴を殺したとしても唇を切ったのテメェらにしか思えないな。見え透いたハッタリは御免だね!」

「ぐっ……!何をぼさっとしておる、貴様らこの女共を始末しろ!」

「はっ!」

「ぼさっとしてんのはアンタの指示が遅かったからじゃねーの?」

 紅月の余裕の笑みが気に食わないのか、鈴にあてていた短刀を振り上げた時だった。後ろにいた数人の兵士が俺に向けて銃を構えた途端、囚われながらも間髪入れずに青白い炎をポッ…ポッ…ポッ…。と九つ出現させた。

「……遅せー」

 一言の文句を簡潔に述べた後に、二人の顔がニヤリと不敵に笑っては敵の方へ向き直る。

「……準備に手間取ったのよ」

 俺は幻術で見た培養液の位置を横目で確認した。確かに容器は割れている。 テレパシストである鈴の炎を一定時間見ると、精神に接触されてしまう。そうなると、鈴が作った創った幻術世界に陥る。思考を読んだりと鈴の力は奇襲や諜報など、多くのやり方がある為、朱雀の中ではかなり重宝されている。戦術方法は他にもやり方が色々とある様だが、本人はこの戦法をメジャーにしているようだ。

「眠りなさい、永遠に」

兵士の眼前に炎が降りて行き、紅月の姿が見事に隠された上にその炎を見た事により、全員が幻術世界に落ちてしまった。

「クソッ、来い!サンプル零号」

「言っただろ?ナメンな……ってよ。ククッ、ざまぁーねーな!」

 紅月は科学者に強制的に連行されたが、鈴は追いかけなかった。そう……これが作戦の意図。陽動をかけガラ空きになった所を、襲いに行く体を装ってわざわざ捕まりに行く。鈴は陽動のために囮となっていたのだ。 全ては紅月が餌となって動いていた。それもその筈、一番珍しい実験サンプルに逃げられれば、向こうも黙ってはいない。気に食わないが、納得するほど合理的な作戦だ。

 どうせ連れて行かれるのは、少しはマシな情報の入る場所だろう。 施設を出た後、自分は廃屋の中に連れてこられた。部屋の真ん中にあるのは、妙な形のアーチ。基本的に楕円状になっているが、所々が棘のように荒々しかったりする。

「こっちだ!早く来い!」

「すんませんねぇ、マイペースな性分なもんで……」

 謝っておきながら、少しも反省の色なんて窺えない。嫌味の籠った謝罪に取り乱しそうになったが、冷静を取り戻した科学者に対して紅月は心底つまんね、と思った。 アーチをくぐったそこは廃屋だろうと踏んでいたが、実際違ったことに少々驚いた。

「……瞬間転移装置…か」

「御名答!博識だねぇ」

 くだらない。それの一言で済む程、シンプルな気分だった。

「だがあそこにだけとは限らない。こちらで操作すればあらゆる所へ移動できるのだよ」

 紅月は苛立ちを募らせては組織のために、ぐっと堪える。

 そろそろ紅月の自我が薄まっていき、白銀が主体になりかけていた。白銀の僅かな理性は、紅月の自我によるものだろう。

―気持ちは解るけど、いざと言うときは僕が君を止めるよ。いいね?

―黄金よぉ。俺の全てを解ってる口ぶりだけどな、今の俺の気持ちは誰にも解るめぇよ。

 そう、白銀の気持ちは誰にも解る筈はない。何故なら彼こそが、人間の生まれ持つ負の感情全てを抱いているのだから。人から愛されたい、だがその優しさが偽りであるかが怖い。そして自分は孤独感を感じながら化け物と蔑まれる。 だが黄金も紅月もそんな全てを受け入れて、愛しささえ抱いてしまう。可哀想だなんて思ってはいないだろう。ただ一人ではないと、彼に教えてあげたい。

―ここからは対能力者用の物も出てくるかもしれない。闇雲に突っ走るのは賢明ではない。 口を開いたのは、珍しく紅月だった。

 解ってるさ……、ここからは一筋縄ではいかねぇって事くらい。

「龍宮司様!ただいま戻りました。こちらがお話していたサンプル零号です!きっと素晴らしい力を秘めているに違いありません!」

 少し開けた場所に着くと立派な椅子に座っているのは、背丈が高く痩せている男。いかにも“科学者”らしい人。自己紹介しろと言われたが、嫌味と言う名の挨拶をする。

「俺は仲間以外に私の名を教えないからな。名乗りはしないが取り敢えず言っとくと、俺はサンプル零号なんて名じゃねぇ」

 小馬鹿にしたような態度をとる紅月に向かって、後ろから怒声と共に棒のようなもので二、三回殴られた。なんでも龍宮司は、自分達の幹部に当たるらしい。

「そのような御方に対して……なんたる無礼!なんたる失言!」

「………っ!」

―紅月、今から制御装置で俺を抑えてお前が主体になれ。

―承知、よく頑張ってくれた。今からは私が表へ出る。黄金、白銀を頼む。

 見えも聞こえもしないやりとりが、私の中では確かに存在している二つの魂魄。いつまでも俯いていたせいか。乱暴に髪をひっぱられ、身体がのけ反る。 反射的にギロリ、と睨む凄まじい眼光におののいたのか。先程まで掴んでいた髪を離してもらえた。

「初めまして、龍宮司。全く会いたいとは思っていなかった」

「まぁ、少し話でもしようではないか。他愛もない話を」

 恐らくはこの男からの情報が、今回の作戦において一番貴重なものとなるだろう。 ある程度、龍宮時に近付くと、時止めの術にかけられた。術のかけられている空間の時間を止めることで、金縛りのように体が動かなくなる。紅月は、ここは大人しく従おうと思った。が彼女は妖艶な表情で男を見据え、挑発的な態度を取って見せた。 それはたった一言。

「ここは何処よりも空虚であり、アナタは誰よりも愚か」

 その場にいる紅月を除いた全ての者達が瞠目した。そしてその一言の真意を汲み取れた龍宮司は、面白いものを見るような目で口元を緩ませる。

「そうだな。君達からして見れば、ここは何処よりも空虚に思えるのかもしれないな。そして私が誰よりも愚かしく思えるのかもしれない。だが私からして見ればここは知恵の宝庫。更に言うなれば、私は自分を愚かな行為をしているとは思っていない。抑止力の生産に軍は快く子供たちを提供してくれる。だが決して人が存在していることを忘れてはいないよ」

 ……っは。と鼻で笑い、あからさまに嘲笑した。

人が存在していることを忘れてはいない……だと? その言葉が紅月の怒りを買った。


ふ ざ け る な !


「ならば何故戦争がこんなにも頻繁に起こり、絶えることを知らない!権力者なんかが良い例ではないか!人を戦地に放り込み、自分は高みの見物!自分だけのうのうと、こんな安全な場所で何もしていない! そして、挙句の果てには私のような化け物を生み出した!何人もがそのために犠牲になったにも関わらず! なのに!何故お前達は何も学ばない……!人が存在していることを忘れてはいない……?命を弄んでいるだけの奴が、そんなことを簡単に口にだすなあぁ!」

……らしくない。私は本来、こんなに激情家ではない。落ちつけ……ペースを乱すな。

 自分に言い聞かせるようにして、紅月はやがて冷静さを取り戻した。

―……どう思う?

 紅月の問いは、どこか意味深だった。

―何が?

「……確かに君の言うとおりかもしれないな。では君はどうだ?」

 そしてそんな問いを、黄金は敢えて訊く。確認する為に。

―今回の任務はそう簡単に行くはずない、って思っていた。その割には……。

―……今の所は順調のようだね。不気味な程に。

だがそんなこと考えていても仕方がない。取り敢えず周りに細心の注意を払わなくては。 すると上から再び声が聞こえて来た。男は未だ目を細め、口元を緩ませている。いつもの淡々とした口調で、静かに答えた。 「確かに私も人を殺めてはいる。その点で言うならば私も同じ。だが死から目を背けたりはしない。もう戻らないからこそ、その者の分まで生きる。私の価値観と判断で人を殺めているのだ。悔いは無い」

 かつて、師に言われたことを同じようにして言った。その時の私は、何故か酷く落ちつきを取り戻していた。

「だが“平和”も、“犠牲”無しには得られない……。何かを得るにはそれ相応の“犠牲”が必要になるのだよ」

 龍宮時は口端をクィと上げ、冷たく静かに言い放った。

 犠牲?多くの者の命を弄び、数多の戦場へ意図的に放り込んでいるお前がよくもまぁそんな口がきける……。

「確かに何かを得る為には相応の犠牲は必要……。けれど貴方達は命を軽視し過ぎている。貴方達研究者は、人体実験と言う名目で厳密に言うなれば、行っているのは殺戮……」

 怒りの域を超え、哀しみすら湧き上がる……。

「そうかい?例えそうだとしても私は私の価値観と判断で物事を決めているんだ。悔いは無い」

「……それ、どこかで聞いた」

 龍宮時は、そうかい?などと白を切っている。 スゥと、紅月の双眸が鋭くなっていくのが解る。だがまだ殺る時ではない。もっと重要なキーワードを。情報を掴むのが最優先だ。

「龍宮時、単刀直入に言う。お前達の目的を吐け」

「情報収集と言うわけか……。面白いじゃないか。だが私だけが君に何かを与えるのはフェアではないな?」 ギブアンドテイクといこうじゃないか、そう言った時の龍宮時の顔が、紅月に興味を抱いていることを晒していた。

「望みは?」

「簡単さ。朱雀を抜けて欲しい。君の戦闘能力は実に厄介だからねぇ。その上、他にも何やら隠された力があるようだ」

 そう前置きした所で、龍宮時は思いもよらない発言をした。

「神社に祀られている龍神。そこには一人の娘が居ると聞いた。そしてソレが君だと言う事も」

「!」

「そのせいもあってか、火を操る力を手に入れただけではなく、潜在的な力として治癒の力まで身に付けていた」

 スッと龍宮時は人指し指をゆっくりと突き出し、

「その懐にある横笛だろう?」

 とほくそ笑んだ。鳥肌のたつような、その顔を醜く歪むまで……


 潰 し て や り た い !


「それは君の分身とも言える存在。君の意思から創生されたモノ。……実に厄介だよ」

 ああ本当に、目障りだな……。

「私の過去を調べたな?龍宮時」

 ニタリ。そんな効果音がしっくりくる笑みだった。

「我々の障害になりうる者ならば、生い立ちを調べることぐらい不思議じゃないさ。まぁまだ全てを知っている訳ではないよ……。知りたいけれど、解読不能・情報不足。その他にも原因があり、知りたくても解らない……。まぁそれらはさて置き、君は我々にとって大切な人材だからな。なぁに、君が大人しく…戦士として過ごせばいいだけのこと」

しばらくの静寂が訪れる。

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