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始まりの過去

 アナタは、何を信じますか――?

 アナタは、何に縋りますか――?

 アナタには、信頼できる友が其処には居ますか――?

 私が生まれた国、カニッシュは内乱が絶えなかった。 その時代は戦争が幾度も繰り返される。 学ぶことを知らない愚かな生き物。それが人間。 小さな国で自然もあり、村や町も点々と存在していた。 私も小さな村ではあったが、姫巫女としての役目を務めていたものだ。 だがそれも十年で終わることになろうとは、当時誰もが思わなかっただろう。

 姫巫女―。それは、巫女が担っている役の中枢を任される者の総称。

 私の役目は……神託。

 お告げや夢で、見たコト聞いたコトを、村民のみんなに伝えるのが私の使命だった。

 私が姫巫女として務めていた十年は、争いがあっても皆で励まし合い、歩んで行けた。

 この国で何かが発達していると言うならば、それはずば抜けた戦闘技術や武器の開発。そして優れた呪術等。この国に安息などない。力に支配され、哀れな国へと成り果てた。

 皆が怯えていることも知らず、実験成果はより高みを目指していく。挙句の果てには― 『……人間の手を以てして、神を生み出すことはできないか?』 など言い出す者も居たそうだ。科学者や研究者の上層部たちは考えた。神だなどと大それたことを言うけれど、私から言わせて見ればそんな物は、ただの怪物だ。 だが研究者達は‘神’というキーワードに惹かれてしまった。彼らは未知なる物を追い求める。人体実験すら珍しくない、このご時世。彼らは目を輝かせた。特攻隊の上層部に簡単に踊らされた者達。だが、後悔はしていないだろう……。それからというものの、彼らは子供をかき集め研究材料として扱った。従順で意思と力を併せ持つ、生物兵器を作る為に。 雑木林を抜けた所に、大きな建物があったのを憶えている。中は薬品や腐敗臭の混ざり合った異臭が漂っていて、誰のものかも分からない呻き声や喘ぎ声。

 まだ幼い子供の泣き声や叫び声が部屋中にキンキンと響いていた。数え切れない子供の数と、積み重なる息絶えた子供達。 ベッドへ横たわれば手足を拘束する枷がつく。少し動くだけでも鎖が重なり合い、ジャラリと金属独特の音をたてる。傍から見ていれば「地獄だ」と感じさせる光景。…「生き地獄」の方が正しいかもしれない。何も知らされていない、無知で無垢な子供たちは次々に倒

 れていった。 こんな虚無の空間で私は何を得られるというのだろうか?幾度も、幾度も、そう思っては目を瞑る。自然と流れ、零れ落ちる涙。 ついに自分の名前が呼ばれる。どうせ逆らうことなど出来はしない。私は潔く横になると、視界には天井とその場に相応しい白衣を着た人達がいた。 このころの私は既におかしかったのかもしれない。苦痛と憎悪に満ち満ちた日々を送っているだけで、感情など忘れてしまったのかもしれない。 今までに何人もの死を見てきた。薬品による細胞の拒絶、廃人という哀しき末路。自分もそうなる運命なのだと諦めていた。 だが私は細胞との結合実験に成功した後、サンプルとも言える完成品として重宝された。

 実験は何年も積み重ねていたようだが、成果は得られず私が初の完成体として認めた。 それだけならまだしも、奴らは私の身体に紋様を刻んだ。ただの紋様ではない。暗示に逆らえば体内に激痛が伴う……。どれだけ足掻こうとも断ち切れない鎖が、ここに生まれたというわけだ。

 死ぬのは御免こうむるが、生きていたくもない。と、心の底から彼らを恨んだ。そしてその途絶えることのない鎖は、背中に陣のような模様として残った……。 結合だけならいくつかの例はあるが、私はどの型にも当て嵌まらない希少なものらしい。 やがて私の体は抗えない力が体内を蹂躙し始め、暴走を繰り返した。暗示の痛みではない。それは直感して理解した。この時の激痛は、私とは全く別の人格が覚醒した痛みだったのだ。名前など解りはしない。ただ、心の中で囁きが聞こえた。 ―さぁ、僕と一緒にここから出よう……! それからは二つの魂魄が、一つの身体という入れ物を共有するようになった。 微かに見える微弱な存在。

 小さな声を頼りに縋る私。 その者の名は水月。私の中で眠っていた自我。

 そのことは周りに知られていない。知られてはいけない。利用されてはいけない……! 彼らはいつ仲間を襲うやも知れぬ状態である私を、野放しにしておくのは酷く危険だと研究者達は考え私は見張り付きで、とある離れ島に隔離された。 水月が目覚めたのはその時だろう。不安定の状況の最中、私は殺人衝動に駆られ始めた。 憶えているのは私より年上であろう男の子が― コ ロ シ ニ キ テ イ タ コ ト 赤、赤、赤。 塗り重なったソレは黒くなるほどに、彼の纏う装束が返り血で塗りたくられる。それでも彼の持つ刃は、白銀の煌めきを失わずにいた。刃物の向かう先は、科学者や兵士達。けれど

 不安定な私には、ただの恐怖でしかなかないのは変わらなかった。 来るな!寄るな!私に……!私に触れようとするな……! 近付く者を一掃、頭では何も解らなくなった。

 その時の虚ろな瞳には、もう何も映ってはいなかったのだろう。 憎かった白衣に私の嫌いな赤色が塗られていく。枯れたと思っていた涙が、止めどなく出てきた。感情などないと思っていたのに、何故哀しい?ここから出られるのに、何故喜ばない? その時、背後からガサガサッと音が聞こえた。勢いよく振り返ると、先程の男の子がいた。 その時、涙の理由が解った気がした。私は今、嬉しいのだな…と。それと同時に憎いと思ってはいても人を殺めたことに酷く胸を痛めていたのだ、と。 そうやって葛藤していると、視界が霞み、目の裏が熱くなっていった。そうしている間にも男の子は私の方へ、段々と歩みを寄せてくる。 「私、ヒトを…殺した……」 ふりしぼる声で、ようやくその一言を発した。男の子は声も、表情も変えてはいない。

 ただ、一言 「そうだな」 その肯定の言葉が、私の歪なココロに亀裂を入れた。 「だからと言って、死から目を背けるんじゃねぇ」 静かに、だけど揺らぐことなく。 「俺達は俺達の、こいつらはこいつらの意思で闘ったんだ。もう戻らないからこそ、そいつらの生を背負え。そいつらの分まで幸せになれ」 彼の言葉に迷いはなく、その瞳は真っ直ぐこちらを見据えていた。

 だからこそ知りたかった。

 そんな迷いのない、強いあなたの生き様に惚れてしまったから―。 「……私も、…殺すの?」 「まさか」 答えは即答だった。殺すために助ける奴がどこにいる?そう言い捨てて、また一歩と着実に近づいてくる。その時になってようやく気付いた。

 この人は殺気を放っていない。まるで獣を宥めるかのような目で私を見ている―。

 私は安堵と自責の気持ちを込めて涙した。幾度も幾度も、流したソレは止まる事を知らないようだった。 嗚呼、今日はよく涙が流れるな……。 「まだあと一人、俺等と同じヤツが居る。俺はそいつの場所を知っている。向かいの島に独りで待っているんだ。お前の力も借りたい。俺等はお前みたいに覚醒しきれてはいない

 からな。不完全なりにお前を止めようとしたけど、無理が祟ったみたいだ。けど……お前普通じゃねぇな。普通はもっと理性を保つもんなんだ。だけどお前にはソレが足りてない……。本能のままに生きている感じだ……。お前、名前は?俺は風だ。頼りにしてるぜ!」 名前―? そんなものここに居ても必要はない。そんなものは棄ててしまった。

 初めて人を殺した―。肉を引き裂いたその感覚は今でも、この手に残っている。 今からでもやり直せるだろうか?ならば私は、今から私を棄てよう。今から私の名は―。 涙を拭いさった、その目で見た夜空は朧に紅く月が輝いていた―。

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