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誘導

 政府の本拠地は、私の産まれた村より少し南南東に傾いている。そこまで誘き出さなければ……!今の政府は襲撃を受け、迎撃に時間と人員を割いているはず。組織は立ち直りが遅い。直に軍も来るだろうが、それは呼び出しに応じ、従順さを演じるための芝居だ。軍にとっては好都合だろう。隙を突き、政府を裏切るはずだ。かつての私と霞のように―。

 紅月の思考を読み取ったかのように、黄金が神妙な面持ちで話しだす。

―式を使っても、術自体は強大な力を持ってるんだよね……?そうなれば、リスクも同じく比例する。紅月はそのリスクが何なのか、知ってるのかい?

「……人柱。人間から生み出されたモノをリセットするには、一人の命と引き換えに穢れを払うことを赦される」

 いつかは知られる事なのだから、と紅月は自分に言い聞かせながら、淡々と細部までの詳細を説明をしていく。白銀と黄金は、ただひたすら黙って聞いているだけだった。紅月が死ねば、自分達も死んでしまう。怒るべきなのか、嘆くべきなのかが解らなかった。

 だが、黄金と白銀。二人が共通して思っていることは、本来の肉体に宿る魂魄は紅月だ。自分達は媒体にしているに過ぎない。ならば彼女の決めた事には何の異論も唱えまい、と思った。

 紅月も何の反論もしないことが、二人にとってどういう事を意味するのか。それを察し、感謝と詫びの気持ちを込めて、何も言わないでいた。

 時は少し遡り、その頃の風達は政府本部を襲撃していた。そしてその事実は、テイトによって、朱雀の者達に広まる。

『朱雀の者達に継ぐ!政府のもとへ男性二名が侵入!政府は侵入者の排除に努めているが、効果は無し!もの凄い勢いで総官のもとへ向かっている!この機会を軍が逃すとは思い難い。注意してください』

 風は舌打ちながら、コッソリ抜けて来たことをばらされ、苛立った。

「誰だ、今の……。つか、どっからだよ……!」

 政府本部襲撃は、慎重に、隠密に潜入しながら進行させていた。中層部にまで来た時、風がふと思い至ったように呟く。

「なぁ……見たところ…この建物。デカイ割には二階層しかない……。壁は配線だらけ。移動は殆どが魔術と科学技術の応用……ってトコか。……規模が小さすぎると思わねぇか」

 立ち止まり辺りを見回すと、地面に爪先で軽く蹴ってみる。それを数か所、同じように繰り返すと、音にある変化が起きた。

「……おい、霞」

 呼ばれるがままに霞が応じると、風が神妙な顔で地面を見やり、呟く。

「やっぱりだ。ここの空洞音…地下があるはずだ。霞、お前はこの付近を調べてくれ。敵は俺が相手する……!」

 隠れていた場所から出ると、兵士の一人に発見され仲間を呼ばれる前に、風はそのまま敵の方へと向かって走って行った。

「目標発見!場所…は……!」

 無線の向こうでは突然途切れた連絡に焦りを感じ取り、応答しろという声が漏れている。風は敵の間を縫うように走って行く。微かな足音や物音を頼りに気配を巧みに読んで行く。

 広間に出くわした二、三十人の敵を、一人で一気に制圧したのだった。だが霞は、それが当たり前だと言わんばかりに驚きはしない。ただ、ただ言われたことに専念していた。

「来い……。荒ぶる炎の主、レッド・ドラゴン」

 そう呟くと、コウモリに酷似した翼が背から生えてくる。吐息からは炎が僅かに混じる。肌はウロコに覆われて行き、霞はドラゴン特有の鳴き声を出す。獣化が終わった証拠だ。

 勢い良く地面めがけて炎を吐き出した。炎は雪を融かし、その場の全てを燃やしつくすまで絶えず燃え続けた。やがてその場所の炎は消え、穴があき下の様子が窺えるようにもなった。

「いたぞ!突撃だー!」

 倒しても、倒しても湧いてくる敵に対して、風は容赦なく叩き伏せる。

 霞はとうとう声を荒げて、風に怒鳴り付けた。

「いい加減にしろよ……!お前のおかげで助かった。その事にだけは礼を言っておくが…無関係のヤツにまで殺すようになったのかよ!やっぱり…お前の考えは理解できねぇ!したくもねぇ!俺は……お前のそう言う所が大嫌いだっ!」

 風の胸倉を掴んで勢いのままに、風を責め立てた。だが風は全く動じず、霞を見据えて静かに言い放った。

「俺はコイツらが許せねぇ。しかも無関係じゃねーだろ?コイツらは政府の人間だ。今回の戦争の元凶だぜ?俺達はそうとは知らずに権力者を狙っていた。元凶がわかった今は、そっから潰すのが普通だと俺は思うんだが?」

 霞は悔しげな表情を浮かべると、それ以上は何も言わなかった。風も霞に掴まれている腕を離させ、下の様子を窺った。それなりに広い部屋だ。奥の方に机と椅子があり、マイクだけが置かれている。座っているのは小太りで、シワの多い老人だ。いかにも高慢な雰囲気を醸し出している。よく見ると後ろの方に、スピーカーのようものが壁に貼りつけてある。恐らくあそこから部下達の報告を受け、自分は安全な場所で指示を下しているのだろう。だがそれでも風は未だに怪しんだ。セキュリティが甘過ぎると感じたのだ。こんなに簡単に見つけられれば、警備も少ないこの部屋で抵抗することは困難を要する。

「霞、上も穴あけてくれるか……?」

 さほど高くもない天井を仰ぎ見ながら、霞に頼んだ。霞はああ、と頷くと人気のない今の内に炎を吐き出した。穴があいた瞬間、風が助走をつけ跳び跳ねた。流石に一度の跳躍では着地するに至らない。だが風は身体強化の実験も受けているおかげで、二段の跳躍が可能なのだ。一度目の跳躍が済み、重力と引力が零になった刹那、もう一度跳躍する事が出来る。二階へ辿り着いた風は顔を上げると、そこは軍隊に囲まれていた。

「これは、これは皆さんお揃いで……」

 風は不敵に笑みを浮かべると、周りを見渡した。そして宥めるように語りだす。

「まぁまぁ、そう敵意を剥き出しにしなくてもいいじゃねぇか。俺達の標的は変わった。

 アンタらと同じさ。ここまで言って……わからねぇ馬鹿じゃねぇよな?」

「……っ!黙れ、侵入者!」

「待て!」

 銃を構え風に向かって発砲しようとした一人を、ある男が制止する。その光景を見て、風は口元を緩め笑んだ。

「従順なのも、今だけ……だろ?」

「どこまで知っているのかは知らんが…しばし茶番に付き合え……」

 ドスのある声だな、それだけ思って笑いながら小さく頷く。

「撃てー!生かして捕えろ!」

「ぬるい、ぬるい、ぬるい!もっと派手に暴れようぜー!それと、壊れてくれんな…よ!」

 上のフロアで風が暴れている間、霞は地下の見付けた部屋へ潜入した。綺麗な大理石の床を歩くだけで心地のいい足音がする。

「誰だ……」

「どこぞの国の名言なんだが……人に名を訊ねる時は自分から。という言葉がある」

 落ち着いた様子で老人を見つめ、霞は挑発的に質問を質問で返す。老人は霞の好戦的な態度に口端を上げ、歪な歯並びの歯が見え隠れさせる。

「ワタシは政府総司令官の橘だ。……さて君は?」

「元・朱雀に所属していた霞だ。ここへ来たのは成り行きだ」

 風は裏を読み過ぎたか……。

「どうして、こんなに警備が薄いんだ?あんたは最高責任者のはずだろ?」

 据わった目で霞を捉え、少しずつ言葉を紡ぎだす。

「ここには仕掛けが沢山ある。その気になれば、すぐにでも君を拘束することは可能だ」

「報告致します!朱雀の一員である者を捕縛いたしました!現在、そちらへ連行中です!」

「そうか。そのままここへ連れて来い。話がしたい」

 部下は敬礼を連想させるような返事をすると、橘は天井を見上げた。その視線の先は霞の燃やした穴だった。やがて囁くように霞に言った。

「そうか…。君があの紅豹に致命傷を負わせた“裏切り者”か……」

「……」

 霞は否定も、肯定もしなかった。拳を握り締めながら俯くだけだった。

 そんな霞の様子を橘は一瞥すると、部屋のドアがノックされる。室内に入って来たのは鋭利な刃物を思わせる様な……そんな雰囲気を醸し出している男が一人。そしてもう一人傍らに立っているのは、乱れた着衣に多数の傷を負った風がいた。

「悪いな、霞。……やらかしちまった」

「っ……」

 霞は葛藤していた。一番立場が曖昧なのは霞だからだ。紅月は単独で行動こそするが、ハッキリとした目的を持ち、一人で動いている。だが霞は経った一度のチャンスを与えられはしたが、それも軍の中では捨て駒として扱われ、シナリオを狂わされた霞は生き残った。平和な世の中にしたい想いは同じ。今の軍と朱雀は、目的を統一しようとしているなら霞は一体どこへ属している?

 いつまでも傍観者を気取っているのか?

「……」

 結局は何も言えず、橘の方へと視線を元に戻す。すると、自然と橘と目が合う。後ろから風が突き出すような姿勢で、両腕を拘束されている。

『朱雀の者達に継ぐ!政府本部に侵入している二名と、残りの者はルチル地区で、龍神を祀っている社のある村へ向かって下さい!紅月さんがそれをお望みです……!その場所へ誘導して欲しいとの言伝を承りました』

 声の主はリャンだった。どこからともなく声が聞こえるのが、初めてではない二人は全く動じなかった。ただ二人が共通していたのは、怪訝な顔をして指定されたルチル地区についてだった。

 ルチル地区は、紅月の生まれ育った村のある場所だ。その事を知っているのは鈴と風。そして霞の三人だけ。紅月が何をしようとしているのか皆目、見当もつかなかった。

「…と、まぁ考えても解らねぇよ…なっ!」

 風が勢いよく叫んだ瞬間、拘束されていた腕が意図的に解かれ、自由になる。警備に控えていた呪術師や騎士が、揃って身構える。そして男が合図をすると、数人の部下が部屋に入って来た。数でも勢力に至ってもこちらが上だ。

「アンタらは邪魔者の始末してくんねーか?コイツは俺が殺るよ……」

「……仕方あるまいな」

「さっすが!研究者とツルんでただけあって、記憶力あるねぇー」

 この時に風の言った“記憶力”とは、自分達の体の構造を覚えていた事に関して、だ。呪術はともかく、銃などの火薬器具を相手にすると体が弱体化してしまうのを覚えていたのだ。そうやって風は茶化すように言い放つと、橘の方へ向かって一気に駆けて行く。

 机に向かって跳び、片膝を付けて橘との間合いを詰める。が、その瞬間に風の動きが止まった。正確には、動けないのだ。

「行くぞ……!」

 橘は付き添いを連れて、隠し扉から外へと逃げられた。そんな橘を風は動けないまま、呼び止めた。

「!なっ……!待て!」

「風。お前が動けないのは多分、結界式の術だ。紅月と同じように、ヤツの領域に入ると発動するようになっていたんだと思う」

 冷静に風の様子を、霞は傍らから分析して行く。風が動けない間、後ろでは銃弾が飛び交っている。霞は風の安全を確保がてら、肩に担ぐとすぐさま橘達の後を追った。

 足跡を追ううちに、霞はあることに気付いた。明らかにルチル地区へ向かっている。

 恐らくは村のどこかに身を潜めようとしているのかも知れない。

 それが仇になる事も知らずに―。

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