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急進展

 紅月は眠りから醒め、ふと気がつく。自分の知ってる場所は、果たして軍の“本部”と一致しているかどうか。拠点をいくつか把握してるとは言え、起きて上がるとリャンに挨拶をされ、つられて紅月も挨拶をする。瞬時にハッと我へ帰り、帰りの分の式を描いているリャンに、それとなく本部の場所を確認した。

「わ、私は単なるサポート要員ですので…。それは…解りません……」

「そうか」

 特に何の意味も無く、そう頷いただけだったが、リャンはその様子を見て唸りながらも考える。そして、ふと閃いたかのように手を合わせ、紅月に提案した。

「私は解りませんが、テイトなら解ると思います!私達と同じ魔術師の一人です!ちょっとの間、待ってて下さいね!」

 リャンは一呼吸置いて、緊張をほぐすと詠唱を唱え始めた。

「か細き声は道を通じ、言の葉に乗せ、かの者らに轟け……ロゥア・セィン。……テイト?本部の場所を紅月さんに、声で誘導出来る?うん。さっき終わって帰ろうとしてたとこ。じゃ、お願いね!

―紅月さん。取り敢えずはここでお別れです。また縁があればどこかで逢いましょう」

 一礼して顔を上げたリャンの笑顔は、とても清々しいものだった。

『では行きますよ。曲がりなりにもこっちは並行作業してるんですから、サッサと着いてもらわなきゃあ、困りますからね……。まずは首都ミレイへ向かってください』

「…承知」

 紅月は空から降ってくる声に対して頷くと、軍本部の道へ向かいだした。

 その頃の風は意識を取り戻し、日常生活にも支障が出ないほどには回復していた。

 そして家から出たがる子供の様に、騒ぎ立てていた。

「だ・か・ら・もう平気だ!なんともないっ!霞、そこを退けっ!」

「まだ少し雪時計の中の新雪が残ってる……。これが全部落ちるまでは通せない」

「日常生活においては問題ない!命令だ、そこを退け!」

「戦闘においても問題はないのか?ちなみに俺は朱雀のメンバーじゃない。よって命令に従う義理も無い」

 痛い所を突かれた、と風は内心で舌うちしていた。確かに日常生活においての支障はないが、戦闘となると以前と同じように戦うのは無理だろう。

「……っ!クソッ……!」

 どっかと勢い良くその場に座り込むと、風はふと考えた。紅月の次の行動についてだ。霞と紅月が別れるまでの経緯を、前もって霞から教えてもらっていた。その後、紅月は何を知り、どういった行動に出るのか……。

 あの場にいたのは研究者と軍を代表する者達、そして数名の呪術師。

 いや…紅月は単独で動いている。その決意に対して、深く干渉すべきことじゃないな。

「今は俺が次にどう動くか、だな」

 紅月が龍宮時から得た話を聞く限り、風は軍に味方したい部分もあったが、朱雀の様な異能者集団が政府にクーデターを起こすとなれば大勢の人が死ぬ。無関係の人を巻き込みたくないという考えは、紅月と共通していた。

とすれば、狙うは一気に政府側か……。

風は後ろ頭をガシガシと掻きながら、眉を寄せて様々なことを逡巡させた。

時を遡る事、数時間―。

『目の前の建物が本部になります。思っていたよりも、ずっと早くに着いて頂いて助かりました。ではまた後ほど、あなたと朱雀へ近況報告しに参ります。では……』

有無を言わさないように早口で話して、テイトは去って行った

「ここが軍の本部…?まるで要塞」

―そういった造りの方が、都合がいいんじゃねーの?色々と。

―あそこにいるのは……門番かな?

 白銀がひょこっと口を挟む。黄金もつられるかのように出て来た。二人は最近大人しかった。ひょっとしたら自分の精神が安定したのに関わっているのかもしれない、と紅月は心の中で軽く考えて見た。その時、紅月はある異変に気付く。

 なんだ……?

 黒く、淀んだ、靄が本部を覆うように現れて来た。紅月は自身の眼を見る事は出来ないが、他者からみれば紅と蒼のオッドアイになっていた。風を刺した際に覚醒した力のせいか。紅月は靄の正体が分からないまま本部へと、歩を進めた。

「……丁度いい。門番に内部の案内をしてもらおう」

 そう言って紅月は正面を堂々と歩いて行った。門番は紅月の姿を見た途端、すぐに威嚇の意を込めて銃を構えた。

「ここへは何の用だ!」

「私は紅豹。あなた方に中を案内して頂きたい。西園寺には陽が昇った頃に、訪れる事を言ってある」

 紅月は何の躊躇もなく、ありのままの事実を言って見せる。門番の一人が無線で内部の者に確認をとっている。すると意外な事に無線からの返事は、西園寺本人の声だった。

「通せ」

 たった一言、それだけ言うと無線が切れた。付いて来い、紅月は言われるまでもないと思いながら、門番に付いて行った。中はひどく入り組んでいる。迷宮と言っても過言ではないだろう。

 案内されたのは、一つの小部屋。中は薄暗く、やっと人の認識が出来る程度だった。

 小部屋の中は思っていたよりも広く、真ん中に机と椅子が置かれていた。向かって右側に西園寺が座っているのが分かる。そして後ろには

―アイツ……!

―…間違いないね。

「鈴…っ!」

 西園寺は何食わぬ顔で椅子を指差し、紅月が座るのを促した。紅月は大人しく座ると、早速本題へと移ろうとした。

―紅月…。今は目的だけを考えて。

―……わかってる。

 黄金に釘を刺されながらも、紅月は頷いた。

 西園寺を見れば見る程、靄が彼を包み込んで行く。

「……君の眼はオッドアイになったんだな。目撃記録では君の眼は髪と同様、血の色をしていると聞いていたのだが……?そして私と対峙した時もそうだった。それはきっと覚醒になんら関わりがあるのだろうね……」

「……!」

 西園寺が独り言を話しているのと同時に、紅月は靄の正体を突き止めた。

 これは、負。穢れの元凶であり、この地に溢れ返っているもの。私は『穢れ払い』でこの負を浄化しなければならない。私の…最後の役目、なすべき事……!

「お前達の目的がクーデターだと聞いた。革命の意図を持っている、とも。それは、国の治安や政治を見直せば中止する見込みもある、と取っていい?」

 愛想笑いを浮かべながら、紅月の意見を否定した。

「私達も馬鹿ではない。話し合いをしての結論だ。彼等は頭が固くてね…彼等は考えを改めないと、断言した。これは私達の最終手段なのだ」

 革命じみたクーデター。その事実は紅月も熟知している。

 と言う事は、政府側になんらかの変化を求めている……?

「政府側に変化があっても、お前達の思想は変わらない?」

 西園寺を覆っている靄が一段と濃くなった時、そうだなと返事をして嗤う。

 長居せずに、最後の式のもとへ急ごう。

「話は終わり。私の知りたい事はわかった。失礼する…」

 椅子から席を外した時、背後で撃鉄を引く音がした。振り返らなくても解る。鈴だ。

「……私を殺して何かメリットが?」

 動揺することなく紅月は問うと、西園寺の代わりに鈴が口を開き、説明する。

「私はアナタが立ち去った後、他の仲間数名と共に軍へ来たわ。鈴ではなく、ただの戦力として……!そしてアナタは…多くのことを知り過ぎた。私がアナタに銃口を向けるのは、口封じのためよ」

「情報は力よりも重要なもの…。君達ならよぉく理解していると思うが?」

 と龍宮時が補足する。それと共に涙混じりの鈴の言葉が、紅月の脳内で反芻する。

 私は…私のなすべき事の為に……!

 帯刀している刀の二本を手に持ち、構えた瞬間、テイトの声が聞こえて来た。

『朱雀の者達に継ぐ!政府のもとへ男性二名が侵入!政府は侵入者の排除に努めているが、効果は無し!もの凄い勢いで総官のもとへ向かっている!この機会を軍が逃すとは思い難い。注意してください』

「!」

「だ、だれ!」

 鈴は聴いたことのない声と、どこからともなく聴こえてくる声に目を見開いた。一方、紅月は瞬時に、男性の二名が、風と霞なのだと直感した。それは、根拠のない確信だった。

 だとすれば、早くこの軍本部から逃れられなければ、今までよりも大規模な戦争が始まってしまう。

 鈴も目を見開いている。恐らくこの場において、テイトの声が聞こえたのは紅月と鈴だけだろう。

 その隙に、咄嗟に小部屋から出て駆け出す紅月に、背後から弾丸が襲う。小部屋を出た回廊は広く、そして何のオブジェクトも無い。氷の盾で防ぐしかなかった。だがそれさえも仇となり、鈴の姿が氷に映り紅月の姿を捉える。

 ……っ!まずいっ!

 焦った時には、鈴に精神世界を支配されていた。鈴は氷を媒介に、自分の姿を映す事で至近距離に移動したのだ。移動した鈴の目に見つめられると、今の紅月ように精神世界を乗っ取られるのだ。

―…やられたな。

 白銀の声だ。紅月は頷き、目を閉じた。鈴の精神攻撃は言いかえれば、心の死を目的としている。

「紅月。俺を殺しかけた事は紛れもない事実だぜ?本意では無くとも、俺は死にかけた。今でもあるんだろぅ?感覚が……。今でも覚えてるんだろぅ?光景を……。それら全て、忘れるな。俺の体に剣を突き立てた…それがお前の業だ……!逃れられはしない、逃がしはしない!生きて、生きて、生き抜いて、……お前は俺に殺されるんだ!」

 風の声が、言葉が、紅月の胸の内に突き刺さる。衝撃のあまり、紅月は瞠目した。

「っ……!貴方は風であって、風では無い幻。偽りの風は私の師では無い!」

 そう言うと風の腕を素早く掴み、抜刀した剣を右肩に突き刺した。

「ぐっ……ぅ…!」

「…は……はぁ……っは……!」

 息を切らしながらも、紅月は精神世界から脱出した。風に剣を突き刺した場所と同じ、右肩から血が滴っている。鈴の創りあげた精神世界に出てくる内の一人は、鈴とリンクしている。紅月その事を知った上で右肩を刺したのだ。

「私は…行かなければならない……。そして貴女も…二度も同じ場所を…負傷した右肩は当分……使えない…」

 そう言って再度、回廊を走り出す。

 その後ろでは紅月と入れ替えに、西園寺の部下が急いで緊急連絡を伝えに来た所だった。

「緊急連絡です!政府が何者かに襲撃を受け、只今戦闘中とのこと!大分弱まっているようです!」

 西園寺は抑揚のない口調で、静かに一言。

「この機を逃すな…。全員召集させろ。直ちに襲撃準備を開始だ」

 その声は、氷の様に酷く冷たく、鉛のように重かった―。

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