求めるモノ
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霞の主な任務は、朱雀で紅月の右腕となって補佐を務める事。
霞はライカンスロープという一般的にも珍しい能力者であった。狐憑きとも呼ばれている。動物霊を憑依させ、獣人となる力を持つのがライカンスロープの特徴だ。
だが霞の場合は特殊なケースであり、強すぎる力を持っているが故に霊獣や神獣と交信し、獣化することにより普通よりも遥かに強い力を持つことが出来た。逆に交信が出来ていなければ、精神を乗っ取られ、ただの獣同然となり暴走する。
紅月はある日の霞との思い出を、走馬灯の様に思い起こしていた。
「なー、紅月。もしもだぜ?もしこの内乱が終わったら、俺達はどうなってると思う?」
「知らない」
「自由って……なんなんだと思う?」
「わからない……」
曖昧な言葉でしか表現できない紅月に、霞はもどかしさを感じたのか。小さな溜息が出る。
紅月は精一杯考え、その後ふと思いついたように、「……死ねば何にも囚われない」 そう言うと、霞は腹を抱えて笑い転がった。
「オメー、本気で言ってんのかよ!それ!ハハッ!」
「私の考えを聞いていたくせに、この言われ様は酷い」
少しむくれた紅月に、霞は必死に笑いながら弁明をした。
「いや、でもその考えアリだぜ?確かに死ねば何にだって縛られやしねーんだからよ!」
寝ころんでいた霞は含み笑いをしながら起き上った。そしてこちらへ振り返ると、
「でももしその意見に一理あると言ってしまったら、俺の求めるものは違ってくるな……。そうだな自由じゃなくて、平和…―なのかもな」
「へい…わ……」 考えもしなかったその言葉を口に出す。 霞は柔軟な思考の持ち主だ。だがその思考を理解するのは、朱雀でも稀にしかいなかった。 紅月は霞を理解し、その思考性に羨望と嫉妬さえしていたものだ。
「もう復讐なんて馬鹿な真似、よさないか?俺は風に進言した。でもアイツは……!」
「風は拷問をされ、能力者として成果が出た後も、肉体活性の実験を受け続けたらしい。きっと風の苦しみは、私達の想像を遥かに絶する……。朱雀の誰よりも恨みは大きいと思う。恨みとは己と同等、もしくはそれ以上を対象に与えない限り続いてしまう。だからこそ恨みは恐ろしい……」
「お前はどうして平気でいられる?」
隣に立つ私を見上げて尋ねるその顔は、真剣だった。
「平気と言えば嘘になる。だが師と共に歩み出した道。だからこそ共に終わりたい。後悔もせずに、共に生きたい」
そうか、と彼は遠くを見つめた。そして一言―。
「お前は全てを背負わせているんだな。今の状況で言うなら不満がなく、だが気持ちさえ愛する者に背負わせている。それが憎しみであれ、恨みであれ……な」
「……」
図星だった。何が共に終わりたいだ、共に生きたいだ……。 この内乱が終われば全てが終わる。その時お互いが互いを理解していれば……。
ただ、それだけの事だ、と紅月は自分に言い聞かせた。
「人と人では分かり合えるのに、どうして国や組織となるとそうはいかないのか……?」
紅月の素朴な疑問は考えるより先に口から出る。霞は怖いからだろ、と推測の域での断定をする。
「みんなにどう思われるか、言えば疎外されるか……。人の目を気にしてしまうのが人間だからな」
「私はバケモノよ」
自嘲する紅月に、お前も同じ人間だ。と宥められた。そして宥めて欲しかったかのように、安堵していた。
「バケモノに意思は無い。お前は風を師として崇拝し、愛する者として依存しているが、自分の意見を言う時は言うだろ?」
バケモノにそんな事は出来ない、と霞は鼻で笑った。 だが人智を超えたモノは、やはり人間とは言い難い。紅月の中では人智を超えたものこそがバケモノだという定義があった。
「俺達は風に別に従わなくてもいいんだ。やりたいことを……やりゃいいんだぜ?」
そのやりとりが紅月と霞、二人で共に組んだ最後の任務の話だった。




