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二重の悪夢

◆ ◆ ◆

 紅月が気付いた頃には、別の景色が広がっていた。上や下、右か左か。そんなの関係ない。

 雪の様に、ただの白だけが存在する世界。 紅月が辺りを見回していると、胸に何かの衝撃を受けた。ゆっくりと視線を下へと移すと、刀の切っ先が見えた。そこから滴っているのは、自分の……血。後ろを振り向いたそこには、紅月達の良く知る人物であり、紅月が憎むべき対象がそこに居た。

「かす……っ」

 刀を引き抜いたその者は、颯爽と消え去って行った。ただ一言、

「許してくれだなんて……言わねえよ」

 そうとだけ言い残して……。

◆ ◆ ◆

「待て!」

 起き上るなり紅月は引き留めようと手を伸ばしたが、そこは本来いるべき場所に戻っていた。紅月は即座に夢だと理解したが、思い出すたびに憎しみが込み上げてくる。だが今は目の前の問題が先だ、と自分に言い聞かせる為に頭から振り払う。

「お、気が付いたか」

 心配掛けさせやがって、と文句を並べるが風の顔からは安堵の表情が窺えた。

「龍宮時のとこまで行くんだろ?さっさと案内しろ」

 そう、紅月しか龍宮時までの道を把握していない。紅月は仲間の前を再び走り出した。

「そういえば鈴が見当たらない」

「あいつは先の奇襲以来、俺達は姿を見てねぇが?」

 その時ドクンと脈打つように、胸騒ぎが起こった。胸にわだかまりを抱いたまま、龍宮時のもとへと辿り着く。

 だがそこに居たのは、紅月達のよく知る人物。

 そこに立つのは、かつて志を同じくした友。 その人物が紅月達に向かって、その空間に銃声を響かせたのだった。 「……鈴?」 「お前、なんで銃なんか持ってるんだよ!」 紅月達にとって火薬は毒も同然。好んで自ら手にするものではない。

 紅月の表情はいつもと変わらぬ無表情だ。

 だが内心では、流石の紅月も動揺せざるを得なかっただろう。

「紅月は知っているハズよ?私が銃を持っていることを。ちゃんと『見た』でしょう?あれが私からの最後のメッセージよ。限られた時間だったから、上手く伝えられなかったけれど……。紅月、逃げてばかりは良くないわ。真実は時に残酷で、そして正しいモノ。」

 そうでしょ?という風に小首を傾げながら紅月をいさめる口調や声音から、些か迷いが窺えた。泳ぐ視線が何よりの証明である。 紅月は記憶の糸口を手繰り寄せ、あの日の出来事を懸命に思い出す。

―アナタも気付いてるでしょう?私はもう、純血な能力者では無くなってしまった。 その時の彼女は培養液の中に浸かっていた?確かに容器は割れていた。

 あれはどこからが現実だった?現実と幻の区別が出来たのは、檻の中にいた時。すると考えてる事が解ったのか、鈴は淡々と述べる。

「アナタが見たのは全て現実。幻で創り上げた事実。私は朱雀には居られない」

 推測でしかないが、彼女はきっと葛藤しているのだろう。

「私はアレに浸かってしまった以上、意思とは無関係に体が動く。殺したくないのに、殺せと暗示をかけられて、身体が勝手に動いてしまう……。逆らえはしない、絶対的な暗示!」

 そう叫んだ瞬間、鈴は間合いを取りながら銃を構える。風もそれに応戦するかのように、身構える。鈴の銃声を合図に、二人の攻防戦が始まった。だが暗示をかけられていると、解っているからこそ風は迂闊に手を出せない。いわゆる防戦一方、と言うやつだ。

「両者、どうぞ御静粛に……」

 見るに見かねて紅月は二人の間に割って入り、なんとか食いとめる。風の拳を片手で受け、もう一つの手で銃の向きを上に押し上げた。

「私達の本来の目的を、お忘れなく」 紅月が強く、静かに言い放った。 鈴の敵意がおさまるのを紅月は見届けた後、今度は紅月が龍宮時に殺気を放った。

「話が違う、龍宮時……。鈴に…何を?」

「身体の作りを少し変えただけさ…。鈴は培養液に浸かった時に皮膚の汗腺から入り込み、体にあるその特殊な細胞に刺激を与えた。人格は残ってしまったけれどね。実験結果が見てみたかっただけだよ。ああ、もう一つ言っておくと、このような実験もこれが初めてじゃない。君達ご自慢の同胞も半数程が我々の手中にある。何が言いたいのか、聡い君なら解るだろう?」

 その口で鈴の名を呼ぶな……!

 誰かが近付いてくる事を感知したのは、怒りが頂点に達した時だった……。そしてその顔が怒りを忘れる程、頭の中で誰かと重なるのを無視出来なかった。

 コロセ…!コロセ……!

 訳が分からないまま、胸の中の奥に残留している何かに対して紅月は涙した。

「龍宮時、お客様には丁寧に迎えなければならないと言ってるだろ?」

 龍宮時を窘めるその声を聞いた途端に、記憶の中のある人物と一致する。

 同時に憎悪と憤怒の織り混ざった眼差しを向ける。

「霞……!」

 霞はかつて朱雀の同志であり、水月を殺した張本人だった。

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