汚れ役
その頃の紅月はと言うと、双方による難しい和解案に頭を悩ませていた。
「どうしたものか……」
これと言って策がある訳ではなかった。もともと朱雀は彼らを憎んでいたのだ。そして復讐紛いなことまで企て、実行に移った。そんな彼らが素直に「うん」と言うであろうか―。
風の居そうな場所については、一つだけ心当たりがあった。別れてからの時間を考慮して、清い空気の流れた場所。そこに風は居る。 空気が澄んでいなければ、紅月達は生きていけない。穢れた空気は毒なのだ。もちろん、即死ではない。体に毒が浸食されて行き、その毒が体の細胞を殺していく。 人の子でありながら、人ではない。紅月達は人間の括りから逸脱した存在―。
時が経つこと、数時間―。
「捜した。風、貴方を」
「……研究者達は軍と密接な関係である可能性が高い」
「……風?」
とある湖の畔で風は夜空を見上げていた。そしてその周りには鈴が率いる援護班も共にいる。こちらを見もせずに、若干低いトーンで淡々と風は話しだした。紅月はそんな風の隣に座りこみ、語りかける。 「風、復讐が全てでは無い事に気付いて。私達は確かに彼らを憎むべき対象としている。 けれど普通の、吹けば飛ぶような脆い存在でもある。その事に気付いて。 私は貴方に忠誠を、貴方は私に信頼をしている。だからこそ、傷付けたくないから平和的に解決したい。このままでは、お互いの被害は確実。お願い、もう死人を出したくない……!」
紅月は龍宮時との接触した際に、得た情報を包み隠さず話した。
「そうか…政府も絡んでたとはな……。それで?お前は一体俺にどうして欲しいんだ?」
静かに問うてくる風の声。
「出来ればお互いが直接会って、話をして欲しい。軍との交渉許可、及びクーデター中断を持ち出せれば……!」
話を聞き終えた風は、フゥ、と小さく溜息をついた。
「……お前は優しいな。俺に無いものばかり持っていて…眩しくて前が見えなくなる……。俺はそんな風に考えれねえ。政府が国民の事を視野に入れない政治も、気に入らねぇ……。
軍事国家にするのが目的ってんだったら、俺に否定はできない。
それでも、クーデターを止めるよう持ちかけるんだったら……仕方ねーよな…」
「この争いの関係者、全員が赴いて。……風、今は耐えるしかない。どうかご同行を……」
紅月は懇願するように深々と頭を下げた。
「……あぁ。いいぜ、だから―」 顔を上げろ。と言われ挙句の果てには、大きな手が両頬を覆う。
紅月はされるがままに顔を上げる。こんなに簡単に上手く事が運ぶとは思っていなかったので、呆然としていた。
「案内は任せたぞ、紅月」
コクリと一つ頷き、もと来た道を全速力で走る。その場にいた仲間達も、紅月に続いた。
「軍事国家になるにせよ、クーデターを阻止するにせよ、頭は誰かが潰さなきゃ政治自体変わらねぇ。これ以上の悪化させる訳にもいかねぇ……。汚れるのは俺一人で十分だろ」
「何か?」
「いや……、気にすんな」
そう小さく呟いた言葉を聞きとれないまま前を走ろうとしたその時、突然の目眩が紅月を襲った。重力に逆らえず、そのまま冷たい雪の上へ倒れて行く。




