ライフボックス(箱物語2)
病院にいるお母さんからメールが入った。おじいちゃんの容体が急変したと……。
ボクはすぐさま病院へ向かった。
ベルトバスで中央ステーションまで行き、そこから地下カプセルカーに乗りかえ、病院の近くのステーションで降りた。
地上に出るエレベーターに向かって走る。
――あっ!
だれかとぶつかり尻もちをついてしまった。
顔を上げると、
「だいじょうぶ?」
目の前に四本の手を持つ女の人がいた。
女の人がぶつかったあたりを手でさすりながら、腰にある別の二本の手をさしのべてくれる。
「すみません、急いでいたので……」
ボクはその手をかりて立ち上がると、ふたたびエレベーターへと走った。
地下街から地上に出る。
病院の前で三本足の人とすれちがった。まだ訓練中なのだろう、歩き方がずいぶんぎこちない。
病院に入ると案内サービスに行き、おじいちゃんの登録ナンバーをインプットした。
ここからはロボットが案内してくれる。
案内ロボットに導かれ、ボクは広い病院の中を手術棟へと進んだ。
手術室前に、お父さんとお母さんの姿が見えた。
なんとかまにあったみたいだ。
お父さんがボクに気がついて手招きをした。
ボクは二人のもとに走った。
「おじいちゃん、手術してるの?」
「ああ、人工心臓が止まってしまったんだ」
「だいじょうぶなんでしょ?」
「ドクターの話じゃ、かなり厳しいみたいだ。せめて命だけでも……」
お父さんが手術室に目を向ける。
手術中のランプが消えた。
手術室のドアが開き、ドクターとナースたちが出てきた。
お父さんが待ちきれずにかけ寄る。
「どうでした?」
「なんとか命だけは……」
「では……」
お父さんは言葉をつまらせうなだれた。
手術室のドアが閉まる。だけど、おじいちゃんが出てこない。
「ねえ。おじいちゃん、どこ?」
「あそこよ」
お母さんがナースの手にある箱を指さした。
すぐにわかった。
箱はライフボックスで、おじいちゃんはあの中にいるのだ。
ライフボックス。
それは脳だけになってしまった者が、生きていくことを補助してもらう命の箱。
おじいちゃんのライフボックスは、これからずっとライフボックスセンターで管理されることになるという。
雨が降り始めていた。
お父さんがスカイタクシーをとめる。
スカイタクシーはボクらを乗せると、高さ三十メートルほどの空の道まで一気に上昇した。
家へと向かって飛ぶ。
見下ろす街が雨で白くけむって見えた。
お父さんもお母さんも、さっきからひとこともしゃべらない。深い悲しみに耐えているのだ。
おじいちゃんの笑顔が目に浮かんだ。
おじいちゃんは口をふたつ持っていて、それを使い分けることがじょうずで、お父さんと話しながらボクに本を読んでくれたりした。
そんなおじいちゃんが大好きだったのに……。
雨のなか。
スカイタクシーは、高層ビルの谷間をぬうように飛んでいた。
管理室のドアの開く音がして、二人のナースが入ってきたことがわかった。
二人はボクの前で立ち止まった。
「これって、まだ子供みたい」
「交通事故だそうよ、スカイタクシーの。両親も乗ってたんだけど、この子だけ助かったんですって」
「これからずっとここで……」
「気が遠くなるほど永いわ。古いライフボックスの管理室には、二百年以上も生き続けているのがあるそうだから」
二人の声がむなしくひびく。
その声を……。
ボクは真っ暗な箱の中で聞いていた。