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翌朝1番に、リーフォンが来て、心配したのよ!と怒られた。ピオナさんも、連絡くらいしなさい!と怒っていたが、私は連絡手段がないのに理不尽だ。
でも、2人はそれに気がついたようで、携帯的なものを用意してくれると言った。
て、手鏡があるけど、それは言わないほうがいいよね。多分。
今日も元気にメイドのお仕事です。
「やあ、シオちゃん」
「ジルエスさん、おはようございます」
「ふふふ。聞いたよ、ルカ様の知識欲の餌食になったんだって?」
「なんで、知ってるんですか!?」
リーフォン様がシオちゃんが帰ってこない!って騒いで、みんなで探したからだよ、と。
リーフォン、恥ずかしいな。
「僕もルカ様に質問責めにされた事があるよ」
え?
聞くと、ジルエスさんの魔法を使わない植木の手入れに感激したルカ様が、ハサミの種類やら剪定の仕方やらを事細かに質問して来たらしい。
「ルカ様の質問責めは大変だけれど、あの方もラシル様と同じで差別をしない方だから」
そういえば、そうだった。
キッタさんにも、普通に接してたよね。この国では獣人は奴隷だって言うのに。
「ジルエスさん、今度、私にもお花の育て方を教えてくださいね」
「ああ、いいよ。育てたい花が見つかったらおいで」
はい!と返事をして掃除に戻る。
と、言っても私の掃除区域は少ない。なぜなら、他のメイドさんが魔法を使ってサクサクと掃除してしまうから。魔法を使って掃除は、初めて見た時羨ましくなった。だって、箒やモップを自動で動かすんだよ?天井までモップかけられるなんて、凄くない!?
元の世界で中学の時とか、教室の掃除が面倒くさくて、魔法でパパッと掃除出来ればなぁって思ってたし。
まあ、実際に魔法が当たり前の世界に来ても、私は魔法が使えないから、ダメなんだけどね。
モップをかけながら考え事をしていたら、バケツに引っかかって転ぶし。水浸しだし。
雑巾も必要かな。
「うわっ!?」
突然、水がブワーって集まってバケツの中に戻った。
「もう。シオったらなにをしてるの!あなたは魔法が使えないんだから、気をつけなさいって言いましたよね!?」
ピオナさんか。ビックリしたなぁ。
「ご、ごめんなさい。考え事を」
「仕事中は仕事に集中しなさい!」
ごもっともです。
軽いお説教の後、ピオナさんは城下街におつかいに行って欲しいと言う。
城下街!
実は私は、城から出たことがない。魔王城は別で。
へっぽこ皇子の成人の儀は皇子だけあって、当たり前に城内で行われたから、そのままラシル様の後宮に住まわせてもらってるし。
「じょ、城下街ですか!?」
「ええ。シオも城での生活に慣れたことですし、後宮や城内だけでなく、城下にも行ってみたいでしょう?」
行きたいです!
「はい!」
「地図を描きましたし、買いに行く店は私の兄弟が営んでいる店よ。そこでリーフォン様の髪飾りを注文してあるから、それを受け取って支払いをしてくるだけの簡単な事よ」
出来るわね?とピオナさんに言われ、元気よくハイと返事をした。すると、お金の入った巾着を渡されて。
モップやらの片付けは自分がするから、支度をして行ってらっしゃいとピオナさんが言ってくれて。
頭を下げてお礼を言うと、自室に着替えに戻るため走り出したら、走らない!と後ろから怒られた。
早歩きで部屋に戻って私服に着替えた。
この世界での私服は、リーフォンのお下がりだ。
故郷の国で着ていた物だけど、とシンプルなワンピースを貰った。深緑の生地に裾と袖口に白いレース。形もAラインワンピース、だと思う。あまり詳しくないから、わかんないけど。長袖ワンピースだけど、カーディガンも羽織って、これまたリーフォンから貰った斜めがけバッグを掛けて、いざ出発!
初めて城下に出る私に、城の門番さん達は気をつけてねと言ってくれた。
城に続いているこの坂道を下りて、城下街のアーチをくぐる。
「わぁっ……!!」
城内とは違って、華やかで活気がある。
店からは呼び込みの声や、子供達が走ってる。たくさんの人で溢れてる街。
「えっと、ピオナさんのご兄弟のお店は」
メモにはお店の場所が記されてるのと一緒に、少し城下街を歩いてゆっくりして来なさいと書かれてた。
自分のお金、持って来といて良かった!
ラシル様の後宮で働いて貰ってるお給料は、たぶん多い。でも、使う場所が無かったから、初買い物だ。
「ご飯もお部屋も支給だし、使い道が無かったんだよね!リーフォンに何か買って帰ろう!!」
あと、エインとトトさんとストラさんにも。
美味しそうな果物屋さんを覗いていたら、ヒソヒソと何かを言う声が聞こえて来た。
なんだろ?と顔を上げたら、目が合ったおばさん達が真っ青になって目を逸らした。
え?なに??
「あっちいけ!魔族め!!!」
子供の声と一緒に体に衝撃が。凄い痛い。
よたついたら、こめかみ辺りにまた、強い衝撃が。一瞬、目の前が真っ暗になって、血が出て来て。
なんで?とか何が?とか、疑問しか浮かばなくて。
「まっ、て。私は、魔族じゃ、ないよ」
「反撃してこないわ」
「ちょうどいい、魔封じの手錠を掛けよう」
「王様の統べるこの国に、魔族がどうやって入ったんだ?」
「魔族だもの。結界くらい超えてくるわ」
「気持ち悪い色」
みんなの言う事が聞こえて来て、理解した。
紫は居ないってラシル様が言ってたけど、誤召喚の影響だろうって言ってた。でも、その認識は城にいる人達の間だけなんだ。
一般人からしたら、不吉な色なんだろうな。
街の衛兵さんに手錠をかけられながら、冷めたように思っていた。
「立て!!」
1つに結った髪を引っ張られ、立ち上がらされた。
リーフォンに貰ったワンピース、土と私の血で汚れちゃったな。落ちるかな?
ぐいぐい引っ張られながら歩いて、城に連れてかれるんだろうと思っていたら。
え?
城下街の外れにある自然の洞窟を利用して作られてる牢屋に。
「ま、待ってください!お城に連絡してください」
「魔王城か?」
「違います!ペムトボル城です!私は、ラシル様の後宮で働いている紫折と言います」
お願い。お城に連絡して!!そうすれば、お城に勤めてる兵士さん達はみんな私の事知ってるし、すぐに誤解も解けるはず!
そう思っていたのに、蹴り飛ばされて。
「魔族がラシル様の名を呼ぶなんて、許されないぞ」
洞窟牢屋に転がった私を当たり前の様に殴る衛兵さん。この世界では、魔族や魔物は敵で、こんな理不尽な目に遭っているんだと、感じた。
人生で初めて石をぶつけられたし(魔法で)。殴る蹴るの暴行も初めてだ。痛くて、怖くて、涙が出るのに、衛兵さん達はやめてくれない。
しばらく殴る蹴るの暴行をした衛兵さん達は、私のバッグの中の巾着を見つけると、随分金持ってんな、とお金まで奪っていく。
そのまま私は気を失い、冷たい牢屋に転がった。
どれくらい気を失っていたんだろう?目を覚ましたら、真っ暗だった。明かりもないのか。
寒いし。
そういえば、この世界にも四季があったんだ。
私が喚ばれたのは、春で。今はもう、秋だ。そりゃ、寒いよね。お城は空調が調えられてるから、部屋は寒くない。その空調も魔法でやってるから凄いよね。
「痛い」
身体中が痛い。口の中も切れてる。涙がまた、溢れて来た。
「どうして、こんな事に」
痛い、寒い、怖い。
家に、帰りたいよ。
「大丈夫?」
え?
顔を上げたら、小さな男の子。人間?
「僕、見てた。お姉ちゃん、なんで抵抗しなかったの?そんなに強い魔力を持ってるのに」
え?え??
「お母さんに教わったよ?人間は魔族や龍人を排除しようとするか、抵抗して全力で逃げなさいって」
この子、人間じゃないのか。
「君は、魔族、なの?」
「違うよ。僕は龍人」
獣人と同じ感じかな?と聞いたら、違うと言われた。
さっきから、口の中も身体中も痛いし、寒いから、うまく喋れない。
「龍と人の間の子が龍人なんだよ。お姉ちゃん、大丈夫?真っ青だよ??」
大丈夫じゃない。
再び、意識が朦朧としてきた。男の子の声が遠い。
私、このまま、死んじゃうのかな?
その頃、昨日に引き続き、今日も帰ってこないシオをリーフォンが心配していた。お使いに出した事を悔やむピオナは、兄弟の店に連絡するも、シオは来ていないと言われてしまった。
「リーフォン様、どうしましょう。私のせいで」
「大丈夫よ、ピオナ。シオの事だもの、多分、迷子にでもなったんだわ」
「こんな事なら、早々に通信端末を用意すれば良かった!」
「大丈夫よ。待ちましょう?」
互いに祈るように手を握り合う。
そんな2人を夜空だけが見ていた。
暖かい。
硬い地面じゃないな、これ。
そうか、私、死んじゃったんだ。あーあー。短い人生だったな。この世界の事、もっと知りたかったな。ストラさんやエインとも、もっと話したかった。
リーフォンの故郷にも行ってみたかった。あと、リーフォンの赤ちゃんも見たかった。トトさんの復讐とかも、なんでなのか知りたかったな。
知りたい事、知らない事、いっぱいだよ。
「お姉ちゃん、起きた?」
え?
パチっと開いた目。そこには、昨日の夜の男の子。
あれ?私、死んでないのか?
「母様〜!お姉ちゃん、起きた!」
「あら?気がついたのね、大丈夫?私、回復魔法は苦手だし、魔力も弱いから、そんなに治せなかったの」
言われて気がついた。口の中切れてない。治ってる!
「トワナはまだ回復魔法使えないから」
「父様が居れば、すぐに治ったのにね」
ベッドに寝かされてた事に気がついた。ニコニコしてる男の子は、よく見るとワインレッドだ。お母さんの方は栗色。茶色系は、1番魔力量が少ないんだよね。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「いいのよ。トワナが貴女を抱えて来た時は驚いたけど、魔族に間違われたのでしょう?城下街で、騒ぎを耳にしたわ」
買い出しに行ってたと言うトワナ君のお母さん。
そっと差し出されたのは、リゾット。ゆっくり食べてねと言われて、頷いて口に運んだ。チーズのリゾットらしく、お腹が空いていた私は、泣きそうになった。
「母様!僕もお腹空いた!!」
「はいはい。トワナはこっちで食べましょうね」
少し離れた所で食べ始める2人は、幸せな家庭そのものだった。
いいな。私もお母さん達に会いたいな。
無理なんだろうけど。
食べ終わって、部屋を見渡す。この家は木造で、ちょっと小屋みたいな内装だけど、温かい。
「お姉ちゃん、食べ終わった?」
「あ、うん」
食器片付けるね!と元気よくお皿を下げてくれるトワナ君。ベッドから、降りられるかな?と足を下ろし立ってみた。途端に足首に激痛が走り、ドタン!と音を立てて尻もちをついた。
凄い痛い。
私、よく生きてたな。あんなに痛い事されたのに。
思い出して身震いする。
「あら、大丈夫?内臓とかの治療を優先したから、外傷は治ってないのよ」
内臓?
「お姉ちゃん、あのままだったら死んでたんだよ」
マジか。
「内臓へのダメージが凄かったから」
間に合ってよかったわ、と頭を撫でられた。
「父様が帰って来たら、治してもらえばいいよ!」
「そうね。そろそろ帰ってくる頃ね」
トワナ君のお父さん。
そういえば、トワナ君は龍人とか言ってたよね?龍と人の間の子って言ってた気がする。
それって、つまり、どっちかが龍って事だよね?
え?無理でしょ??どう見ても、お母さんは人間だし、お父さんが龍でしょ?
いやいや、やっぱり無理だって!
そう思ってた時だった。玄関のドアが開き、中に入ってくる人が。人が?
「ただいま。トワナ、ナーシアを連れて外に出なさい」
「おかえりなさい、父様。どうしたの?」
怖い顔、とトワナ君が言うから、そっちを見たら。
トワナ君のお父さんが私を睨んでる。ってか、人間と同じ姿形ですね!
「何者だ、貴様。俺の家族に何をするつもりだ」
あれ?なんか槍みたいなの向けられてない?
「ワシュア!怪我人になんて物を向けるの!?」
「ナーシア、下がってなさい」
「いいえ、下がりません。あの娘に武器なんて向けないで!今すぐ降ろして!じゃないと、ご飯抜きよ!」
えー!?ご飯抜きって、子供じゃないんだから!
そう思ったのに、お父さんはシュンとして武器をしまった。お母さん強い。
「ごめんなさいね。えっと、名前、聞いてなかったわね」
「あ、すみません。黄河紫折と言います」
シオさんね!と嬉しそうに笑うお母さんは、ナーシアと名乗った。トワナ君も、名乗ってくれて。最後にお父さんもワシュアだと名乗ってくれた。
いい人達。
「で、シオさんはなぜ家にいるんだ?」
「魔族に間違われて、衛兵に暴行されて、捕まってるところをトワナが助けて来たのよ」
「間違われた?いや、その魔力量、魔族に間違いないだろう?」
え?とナーシアさんがこっちを見る。これは、説明しなきゃいけない感じかな?