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困っていたら、ストラさんがわざとらしいくらいの、大きなため息をした。
「わかりきっている事を、わざわざ証明する必要はないでしょう?」
「分かりません!」
「はぁ……。それ以上、バカな事を言うのでしたら、お仕置きしますよ?」
お仕置き!?なんか、危険な感じなんだけど!!
分かりません!と首を振るキッタさん。これは、ストラさんの言う通り、分かってるけど分かりたくない感じかな?
「キッタさんは、ドラナさんが好きなんだね」
「え?」
キョトンとする。
「だって、ドラナさんの為に、何かしたいんでしょ?私がリーフォンの為に何かしたくて、ドラナさんに向かっていったのと同じだよね?」
何も出来ないけど、何かしたい。それは、多分、相手を好きだから。
私はそう思う。
「だから魔王としてじゃなく。キッタさんにお願いします。リーフォンを傷つけるような事しないで。リーフォンは私がこの世界に来て、初めて優しくしてくれた女の子なの。友達なの」
頭を下げたら、ストラさんが慌ててる。
でも、人にお願いするのに、頭を下げないわけにはいかない。このお願いは、大切なお願いだから。
暫くして、キッタさんが小さな声で、ごめんなさいと言った。
顔を上げると、泣きそうなキッタさん。
「私も、そんな事、したくないです!でも……」
でも、と言い淀むキッタさんは、首元に触れた。そこには、首輪があった。気がつかなかった。
「悪趣味な魔法ですね」
忌々しい、とストラさんは呟いて。首輪に手を伸ばすと、掴んで外そうとし始めた。
でも、首輪とストラさんの手がなんかバチバチいうだけで、外れる気配がない。
それどころか、ストラさんの手から血が。
「ストラさん!手、血が!!」
腕を掴んだら、首輪から手を離してくれた。
慌ててハンカチを出して手当をする。手のひらが真横に爛れていた。痛そう。
「紫折様、わざわざありがとうございます」
「痛くないですか?」
「大丈夫ですよ。しかし、外れませんね」
やれやれ、と言うストラさんの目は首輪を見つめている。あの、首輪、魔法なんだね。知らなかった。
この魔法は、なんなんだろう?
「この首輪、なんて魔法なんですか?」
「隷属の輪です。奴隷に着ける魔法の首輪で、この首輪を着けた主人の命令に背くと、全身に痛みが走る仕組みです。主人の言葉1つで命を奪う事も出来ます」
はぁ!?なにそれ!!
あんまりな魔法に言葉がなにも出てこない。
説明してくれたキッタさんも、俯いたままだ。
そんな時、リーフォンの言葉が思い出された。
【私の故郷のラビス国では獣人族は友人だったから、とても、辛かったわ】
そう言っていたリーフォンは、この国に嫁いできて、この現状を知った時、今の私よりきっと辛い気持ちだったんだろう。
そう思ったら、腹が立ってきた。
「こんなの、やっぱりおかしいよ!」
叫んだ時、キッタさんの首輪が裂けた。
え?
「く、首輪が!」
縦に一筋裂けた首輪は、左右に分かれて床に落ちた。
「ふふふ。さすが紫折様」
首輪を拾い上げ、ストラさんは手の中で燃やしてしまった。
なんの魔法もないただの首輪になった物は、簡単に処分出来ますねぇ、とか言ってる。
「紫折様は、本当にお優しい。そうは思いませんか?銀色の皇子」
え?
振り返ったら、ゆらりと空気が揺れて人が現れた。それは、第3皇子のルカ様で。
いつからいたのか、どこまで聞かれてのか。
恐怖と不安で喉がカラカラになってきた。
「いつから気づいていた、魔王の右腕」
「最初から?」
首を傾げて言うストラさんは、可愛い。
って、そんな事考えてる場合じゃない!!
「ル、ルカ様!あの!!」
「シオ、怯えなくていい。君が魔王だろう、とは思っていたから。ただ、魔力は感じられないし、魔法も使えないみたいだから、推測の域を出なかったけど」
カツカツと靴音を響かせて歩いて来たルカ様は、ストラさんに剣を向けた。
なにをしてるの〜!!?
「お前の企みはなんだ?」
「企みとは?私は魔王様の側近。魔王様の望む事を手伝うだけですよ」
そう言いながら、ストラさんは私を引き寄せ背中に隠してくれた。
守ろうとしてくれてるんだ。
「ルカ様!ストラさんは、なにもしてないんです!ですから、見逃してください!!」
バッとストラさんの前に出て頭を下げて言った。恐る恐る顔を上げたら、睨まれた。
怖っ!!
「シオ、君はこの世界を滅ぼすつもり?」
「滅ぼす!?なんで!そんな事したら、リーフォンだっていなくなっちゃう!!ヤダよ、そんなの!」
思わずタメ口で言ってしまったが、ルカ様はふと表情を緩め、剣をしまった。
小さなため息のあと、苦笑いをする。
「シオは魔王らしくないな」
「魔王らしいとは?あなた方ペムトボル王家に伝わる魔王像は、残虐なものなんでしょうね」
フン、と鼻で笑うストラさん。
「その事についても、聞きたい事があるんだ。その前に、君の処遇かな」
ルカ様はキッタさんを見た。
今まで黙っていたキッタさんは、泣きそうな顔でルカ様の言葉を待っている。
「君は、彼女のそばに居たいかい?」
「はい。ですが、隷属の輪が外れた今、お側にいるわけには」
ダメなの?どうして??
そう思っていたら、ストラさんは魔法なのかわからないが、空間から首輪を出した。それをキッタさんに差し出して、着けるといい、と言った。
「これは?」
「ただの首輪ですよ。隷属の輪ではないが、あの人間の娘には違いも分からないでしょう。それを着けてれば、隷属の輪が外れた事も誤魔化せるでしょう」
「隷属の輪が外れた今は、君は使う魔力の制限もなくなったし、身体能力も本来のそれに戻っている。だから、本来なら君を部族に帰すのが1番なんだけど」
そう言いながら、ルカ様は苦い顔をした。
少し考えた後、誰かを傷つけたり、何か問題が起こったら、すぐに部族に帰すからと念を押した。
キッタさんは、ありがとうございます!ありがとうございます!と頭を下げているし。
なんか、よく分からないけど。なんとかなったかな!
そう、他人事のように思っていたら。
「では、紫折様。城に戻りましょう?エインに顔を見せてやってください。でないと、私が怒られてしまいます」
ひょいと手を取られ、ニコニコと微笑まれる。
「いやいや。まだ、2つ問題がね、残ってると思うんだけど?」
「ああ。紫折様のご友人に危害を加える問題ですね?大丈夫ですよ。キッタはそんな事しませんから」
ねえ?とストラさんが言うと、キッタさんもハイ!と元気よく返事をしてくれた。
ね?と言いたげに笑顔になるストラさん。
「残る問題は僕かな」
そうです、なんて言えない。
ルカ様が私を魔王だ!って国王様やラシル様、リーフォンに言ってしまったら。
もう、ここには居られなくなる。そんなの嫌だな。
「さっきも言ったけど。シオが魔王だとは思っていたし、僕は真実が知りたいだけだ。だから、魔王の右腕、僕も連れて行ってくれ。魔王城に」
はい!?なに言ってんの、この皇子様!!
「は?嫌ですよ」
ストラさんも!なに言ってんの!!
「ペムトボル王家の者なんて連れて行ったら、大変な事になりますよ?運が良くて、腕か足だけで済むでしょうけど、死にますよ?」
腕か足で済むってナニが!?
もう、パニックになりそうな私は、とりあえず深呼吸をする。
この世界の人達に、私の常識は通用しないんだ。
「それでも構わない。連れて行ってくれ」
「ハァ。あなたは本当に、彼と同じなんですね」
彼?
私と同じ疑問を持ったのか、ルカ様も首を傾げていた。けれど、答えをストラさんはくれないまま。
私の手を握りなおし、ルカ様の襟首を掴んだ。
「キッタ、紫折様のことは他言無用。喋ったら、分かっているな?」
「はい!ストラ様、紫折様、ありがとうございます」
キッタさんが頭を下げたのを見届けると、目の前が光で包まれた。
その光は、前にも見た光で。
真っ白だった視界が、元に戻るとそこは。
「到着しました。さて。エイン!紫折様がお戻りになられましたよ〜!」
叫ぶようにストラさんが言うと、紫折様〜!と声が上から聞こえてきた。
ん?と思って見上げたら、エインが空から降ってくる。このままじゃ、危ないよね!!
「おかえりなさいませ!紫折様!!」
慌ててる私を他所に、エインはふわりと着地した。
あ、そうか。魔法ね。慣れないな、この世界の常識。
私の両手を握って、嬉しそうに笑うエインに、こっちも自然と笑顔になった。
ふと、ルカ様に目を向けたエインから、笑顔が消えて。睨みつけてる。
「エイン?」
「人間、何をしに来た」
「ち、違うの!エイン、この人はペムトボル王家の第3皇子で!!」
「ペムトボル!」
エインはペムトボルと聞くなり、ルカ様に襲いかかった。
わー!!と慌てる私とは違い、ルカ様は冷静に防御してる。
凄いな。
なんて、思ってる場合じゃない。止めなきゃ!
「ストラさん!止めてください」
ストラさんの腕を掴んで頼んでみた。
「無理です。エインは誰よりペムトボル王家に恨みがありますからね。私の声なんか、もう届きませんよ」
そんな!恨みがなんなのか分からないけど、エインには笑ってて欲しい!
2人のぶつかり合いに、恐怖で足がガクガクするけど、止めなくちゃだ。
「エイン!やめて!!」
「っ!?」
叫ぶように言ったら、エインの動きが止まって。きつく握った手を1度だけ、壁に叩きつける。
ドゴォ!って音がして、壁が1部崩れたんだけど?
エイン怒ってる!?
「エ、エイン。ごめんね?」
「……はぁ。紫折様が謝るような事は何もありませんわ。私の方こそ、申し訳ありませんでした」
何かを堪えるように、小さな溜息をついた後。苦笑いのまま、エインは私に謝った。
怒ってないのかな?
「ペムトボル王家であろうと、憎きアイツではないのですから。憎しみをぶつけるのは、間違いですわね」
エインはルカ様にも、申し訳ありませんでしたと謝っていた。その姿が痛々しくて、そっとエインの手を握った。元の世界で、しんどい時友達がこうして手を握っててくれた。それだけで、私は安心したから。だから、エインも安心してくれるといいなと思って。
「紫折様」
泣きそうな顔のエイン。
エインの過去に何があったか、私は知らない。もしかしたら、ペムトボル王家の者が秋桐さんを殺した事と何か、関係があるのかも。でも、聞けない。聞かれたくない事は、誰にでもあるでしょう?
「エイン、私はエインには笑ってて欲しいの」
そう言ったら、エインは目を見開き、大粒の涙を零し始めた。
ボロボロと泣くエインに、慌ててしまうと、少し失礼します!と走って行ってしまった。
私は何かエインが悲しむような事言ったのかな?
「エインでしたら、落ち着いたら戻ってまいりますよ」
大丈夫です、と言いながらストラさんは私達を、またティールームへ案内してくれた。
中に入ると、トトさんがすでにいて。私を見るなり、魔王様〜!と笑顔で手を振ってきた。見た目年齢は私とあんまり変わらないけど、トトさんの言動は少し幼い。魔族だから?
「トト、エインは少し手が離せないようなので、お茶菓子を持ってきてください」
「はーい!」
片手を上げてピューンと飛んでいくトトさん。座るように促されて座ると、ストラさんがお茶を淹れてくれた。この間と同じアールグレイ。
「どうぞ。エインほど上手くは淹れられないですが」
私とルカ様の前にカップを置いてくれた。それを見つめるルカ様は、怪訝な顔だ。
そういえば、この世界のお茶は煮出したお茶しかないんだった。茶葉の製造方法がないんだろうね。かと言って、私が作れるはずもない。
なので、インドのチャイみたいなミルクティーか日本の煮出し麦茶みたいなのしかない。
「ルカ様、これは私の世界のお茶なんです。美味しいですし、毒は入ってないですから」
恐る恐るといった感じで、口に運んだルカ様は、パッと明るい顔になった。
「美味しいな、これ」
「ですよね!」
「はーい、魔王様〜!お菓子〜」
トトさんがフヨフヨと浮かびながら持ってきたのは、お煎餅。
お煎餅がある事にも驚きだけど、紅茶にお煎餅か!とツッコミ入れたくなった。
「トト、焼き菓子があったはずですが?」
「食べちゃったよ?」
「はぁ……またですか」
呆れながらストラさんは自分の分とトトさんの分のお茶を、テーブルに置いた。