5
「やっと、この城の主が戻りましたね」
「いやいや。ここどこ!?」
「魔王様のお城〜」
魔王城!?
驚いたけど、私の想像する魔王城とは全然違う。さっきまで居た、ペムトボル王国城と変わらない、綺麗な城内。
暗く湿った感じが、私の魔王城のイメージなんだけどな。
花瓶に花とかいけてあるよ?
「魔王様、とりあえずティールームへ行きますよ」
ティールーム!?
驚きながらも、とりあえずストラさんに着いて行く。トトさんは、お茶をお願いしてくるね〜!と飛んで行った。
城内は静かで。城の薄青の壁も柔らかいクリーム色の天井も、掃除が行き届いている。
「ストラ様、おかえりなさいませ」
歩いていたら、前から黒髪の綺麗な女性が同じく来て、ストラさんに挨拶をした。
この人は、人間?
「あら?どなたかしら??」
「魔王様です。ご挨拶なさい、エイン」
ストラさんに言われて、女性はキラキラした顔になって。
がしっ!と手を握ってきた。
「おかえりなさいませ!魔王様!!私は、この城の維持管理を任されてます、エインと申します」
「え、エインさん?」
「どうぞ、エインとお呼びください」
エインは、ニコニコしている。
このままでは、私は逃げられない。魔王なんて、悪役、やりたくなんかないよ!?
「エイン、先程トトが向かったと思うのですが、お茶の用意をお願いします」
「まあ、トト様が?厨房を荒らされる前に、止めてきますわね」
では、後ほど。とエインは優雅にスカートの裾を摘んで会釈した。
同じように会釈だけ返して、歩き出したストラさんの後を追った。
「エインはああ見えて、魔族ですからね」
「魔力ないのに?」
黒髪は、魔力の無い人の証だ。
ストラさんは、クスリと笑った。その意味を聞こうとした時には、ティールームに着いて。中に促され、席に座った。
「人間の間では、黒髪は魔力の無い証なのですよね。魔族では、黒髪は魔力の多い者の証なのですよ」
「え!?」
ストラさんの説明だと。銀、金の次に魔力の多い者を示すのが、黒らしい。でも、人間では、魔力の無い証なのは、なぜ?
「人間と魔族では、魔力を使用する方法が違いますからね」
「杖?」
ストラさんは、にっこり微笑んで頷いた。
「さて。その辺も含めて、魔王様のお仕事について、説明しなくてはいけませんね」
「あの。私、魔王になるなんて、言ってませんけど?」
「魔王様は魔王様なんだよ〜」
突然トトさんの声がして、ビックリして椅子から転げ落ちてしまった。
そんな様子を見て、笑ってるトトさんと呆れてるストラさんと、お茶の用意を持ちながら、トトさんに怒っているエインさん。
なんだろう、この人達。全然、悪い人に見えないんだけど。ラシル様やリーフォン、ピオナさんから聞いた、魔族とか魔物とかの話しとは真逆なんだよね。どうして?
「魔王様、お茶の用意が出来ましたわ。アールグレイはお好きですか?」
アールグレイ!地球にもあるよね!?
「好き!……でも、なんで、そんな茶葉があるの?」
ペムトボル王国には、無かった。
「初代魔王様がお好きでして。この茶葉じゃなきゃ飲まない!とおっしゃられ、無理矢理召喚して。それから、ずっと城内の植物園で栽培しているのですわ」
懐かしい香りを漂わせ、お茶をいれているエイン。そっとテーブルに置かれて、慌てて椅子に座り直した。
「美味しい」
口に運んだお茶は、本当にいい香りで。懐かしくて、ちょっと泣きそうになった。
「初代魔王様以来ですね。こうして、会話の出来る、ちゃんとした魔王様が喚ばれたのは。今までの魔王様は皆、本能のままに動く獣でしたからね」
「ええ。それもこれも、ペムトボル王家が勝手に召喚していたからですわ」
え?
ストラさんとエインの会話に顔を上げたら、2人はニコリと微笑んだ。
「魔王様の存在について、ご説明してもよろしいですか?」
嫌だと言ったら、きっとストラさんは説明しない。なんとなく分かる。
覚悟を決めて、説明を聞かなきゃならないんだろう。私は。
「その前に。魔王様って呼ばないで欲しいの。私の名前は、紫折。名前で呼んで」
「紫折様ですわね。ふふふ。初代の秋桐様と同じですわね」
《俺にはちゃんと親からもらった大事な名前がある!魔王様なんて、へんな名前で呼ぶな!!秋桐と呼べ》
そう言ったのだとエインは懐かしそうに話してくれた。
秋桐?初代の魔王も日本人だったのかな?
小さく深呼吸。それから、3人を見る。
「ストラさん、エイン。それから、トトさん。魔王が何か、どうして私が喚ばれたのか。知っているなら、教えてください」
ペコっと頭を下げる。
「はーい!魔王様はね〜、ドカーン!ズゴーン!!って世界を壊すの〜!!」
え!?
「違います!」
「トトは秋桐様を知りませんからね。黙っていなさい」
エインとストラさんに言われ、む〜!とふくれっ面でテーブルに突っ伏してしまうトトさん。彼女は、秋桐さんを知らないのか。
「魔王様とは、魔法と魔力の王で魔王なのです」
え?
「この世界の魔力が澄んだ状態で、正しく世界に巡るようにするのが、魔王様のお仕事でございます」
ストラさんが、テーブルの上を軽く撫でる。するとリーフォンが出してくれたみたいに、地図が現れた。でも、それはリーフォンが出してくれた地図とは全く違っていて。
以前に見た地図には、大きな大陸が一つと、それを取り巻く小さな島国。有人だったり無人だったりすると聞いた。
なのに、この地図には、ペムトボル王国のある大きな大陸が左に。右には同じサイズの大陸が、描かれている。
「こっちが、ペムトボル王国だよね?じゃあ、こっちは何?」
「こちらが、今いる場所ですわ」
は?
「ペムトボル王国のある大陸名は、カサビノと言います。今いる大陸は、桐葉と言います。秋桐様に名付けていただきました」
ストラさんが言うと、地図に文字が浮かび上がった。
桐葉、と。漢字で。
「漢字!?」
「秋桐様の故郷の文字だそうです。桐葉では、こちらの文字を使用しています。カサビノでは、違う文字ですね」
秋桐さんは、やっぱり日本人なんだ。
でも、桐葉がペムトボル王国にある地図には載っていないのは、なんで?
「秋桐様を殺したのは、ペムトボル王家の者です。亡くなる間際に、最後の力で桐葉を切り離すような結界を張ってくださいました。魔族と魔物だけが行き来できるような結界です。」
「じゃあ、カサビノからこっちは見えないの?」
はい、と言われてしまい、驚きで何も言えなくなった。
とりあえず、落ち着こう。
紅茶を飲んで、深呼吸。
「ストラ様。もう遅いですから、紫折様にはお休みいただいて、明日またお話しいたしませんか?」
明日か。……ん?明日??
私は勢い良く立ち上がった。
「あの!私、帰らなきゃ!!」
「何をおっしゃるのです?紫折様の居るべき場所は、この城ですわ」
「とにかく!それが本当で、居なきゃいけないとしても!帰らなきゃなの!!友達の容態も気になるし、そもそも、コレ!コレはどうしたらいいの!?」
ポケットにしまっておいた赤い球体を取り出し、ずい!と皆の前に突き出した。
ドラナさんの魔力の素。
「だから〜。要らないなら、ちょ〜だ〜い」
「ダメ!!返すの!」
だから、返し方を教えて欲しいんだ。
そういう意味を込めて、ストラさんをジッと見たら。小さくため息をついた。
「紫折様は、秋桐様と同じで優し過ぎます。まあ、ですから魔王様に選ばれるのですけれどね」
それは、褒めてるのか貶してるのか。
「その魔力の素を返すのは簡単です。その魔玉を元の持ち主の心臓の上に置いてください。魔王様が行えば、自然と吸い込まれて持ち主に戻りますよ」
「え〜!!」
「トト、文句を言わない。紫折様の決めた事ですよ」
私が欲しかったのに、とブツブツ言っているトトさんを無視して、ストラさんが立ち上がった。テーブルから少し離れて、私を呼ぶ。
「エイン、紫折様を送ってきます。留守を頼みましたよ」
「はい、ストラ様。紫折様、また帰って来てくださいませね?」
「うん。エインのいれてくれたお茶、美味しかったし、まだ知りたい事はいっぱいあるから。お休みもらって、会いにくるね」
エインは涙を浮かべながら、はい!と笑顔で見送ってくれた。
来た時と同じ様に、ストラさんが手を振ると、足元に模様が浮かんで。
あっという間に、私の部屋に戻っていた。
「紫折様。これをお渡ししておきます」
「これは?」
「ここを押すと、私と会話が出来ます。桐葉に来られるようになったら、お呼びください。お迎えにあがります」
ありがとう、とストラさんに言うと、にっこり微笑まれた。
そのまま、ストラさんは光って消えた。
なんかよく分かんないけど、ストラさん達は敵じゃない。でも、リーフォン達には話しちゃダメなんだね。
この魔力の素、後でこっそり、返そう。
私には、猫に小判だからな。
鍵のかかる引き出しに魔力の素をしまって、ベッドに潜り込む。
おやすみなさい。
「シオ!いつまで寝てるの!!」
ピオナさんの声で目が覚めた。
「ラシル様とルカ様がお呼びよ!さっさと起きなさい!!」
お母さんみたい。
「ああ、もう!昨日はリーフォン様を助けようとしたみたいで、大変だったのはわかるけど、お風呂に入ってないでしょう!?ブランチを持って来たから、さっさと食べて、お風呂に入ってから行くのよ!」
「はぁい」
のそのそと起き上がると、部屋のテーブルに、焼きたてパンにチーズとハムが挟んである、美味しそうな物が見えた。
隣には、コーヒー。
この世界にコーヒーがあって良かったよね。紅茶は、桐葉で飲めたし。
食生活が、あんまり変わらないのは、初代魔王の秋桐さんのおかげだろうな。
席について、いただきますと手を合わせる。この習慣は抜けない。
最初に見たピオナさんは、何をしているのかと不審がった。それすら、もう懐かしい。
未だに、この習慣を初めて見る人は、怪しむけどね。
モグモグと食べながら、鍵をかけた引き出しに目がいく。多分、ドラナさんは投獄か軟禁されてるだろう。そんな人が寝てる時に忍び込むなんて出来ない。どうすればいいんだろう?
部屋に備え付けられてるお風呂に入って、身支度を整える。メイド服にも、慣れたものだ。
きっと、ラシル様とルカ様に、昨日のことを聞かれる。覚えてないけど、私がドラナさんの魔力を奪ったから、リーフォンは助かった。その事には、感謝しかないけど。それを、皇子達には内緒だ。
さあ、どう切り抜けよう?
「遅くなりまして申し訳ございません」
ラシル様の執務室に行くように言われ、尋ねた。丁寧語も、メイドの仕事をするうちに覚えたのと、ピオナさんに叩き込まれた。多分、友達の中で就職してる人を除けば、こんなに丁寧語を喋れる人は居ないだろう。
テンプレートな挨拶をして、顔を上げたら。
「シオ」
「リーフォン!もう、平気なの?」
ラシル様とルカ様しかいないと思ってたのに、リーフォンが居て。思わず駆け寄り、手を握った。
「心配かけてごめんなさいね。私はもう、平気。でも、ドラナ様が……」
「ドラナさんがどうかしたの?」
「魔力を失っているのは、昨日話したよね?自暴自棄になって」
「自ら命を絶とうとしてしまったのだよ。今は、王宮医院に入院しているから、命の心配はないのだけどね」
プライドの高そうなお嬢様の、末路。
よく、漫画とかドラマとかではあったけど。実際に目の当たりにすると、しんどい。
しかもそれが、私のせいなんだから。
多分、エインに言ったら、ドラナさんが悪いって言いそうだけど。
「シオ、右手は開いたみたいだね」
「あ、はい!」
ルカ様がジッと右手を見る。
「中には何か入ってた?」
ドキッとした。
「いえ。何も」
「本当に?」
なんだろう、怖い。
「ルカ様、シオが怯えてますわ」
「シオ、すまないね。ルカは、愛想がないから。怒ってるわけではないんだよ」
リーフォンとラシル様に言われ、ルカ様はバツの悪い顔をした。
本当に、疑ってるわけじゃないの?
「あの。魔力って、自然に戻らないんですか?体力が寝たら回復するみたいに」
「無理だよ。魔力量は生まれながらに決まっている。許容量の範囲で魔法は使える。枯渇する事はないんだ。でも、彼女の場合はその魔力自体が枯渇している」
だから、髪色が黒になったんだよ、と。
知ってる。だって、奪ったの私だから。
そうなんですか、としょぼんとしたら、リーフォンはシオのせいじゃないわ、と慰めてくれた。なんか、罪悪感。
「闇魔法のせいで、何があったか過去視では見えなかったんだ。本当に何か覚えてる事があったら教えて欲しい」
真剣な目。でも、言えない。
「本当に、何も、覚えてないんです」
「リーフォンも同じだからね。シオが気に病むことはないよ」
ラシル様に言われて、すみませんと謝った。なんとかして、ドラナさんに返すから。だから、ごめんなさい。
心の中で、もう一度謝った。
「そういえば、闇魔法ってなんですか?」
「ああ、そうだわ。魔力や文字の勉強はしていたけど、魔法が使えないから魔法の勉強はしてなかったわね」
リーフォンに言われて、頷いた。
「魔法には属性があってね。光、火、水、風、大地、治癒と大きな括りでは6種。闇属性は、魔族だけが使う事の出来るものなんだよ。だから、多分。最近入り込んでる魔族が関係しているんだろうね」
ラシル様が困ったように言った。
「結界をさらに強化する。レキにも手伝わせるから、大丈夫だと思う」
へっぽこ皇子にやらせて大丈夫かな?召喚術失敗してるのに。
そう思っていたら、ラシル様がにっこり笑って、もうこの話しは終わりだね、と言う。
そのままラシル様とルカ様は執務に戻られて、残されたリーフォンと私は、笑い合う。
「リーフォンが元気そうで、良かった」
「私もシオが無事で、本当に良かったわ」
「ねえ、リーフォン。ドラナさんに会えないかな?」
「無理だと思うわ。でも、なんで会いたいの?あんな事されたのよ?」
リーフォンには、全部話してしまいたい。でも、ダメ。私を見る目が変わるのは、嫌だ。
「なんでだろ。ドラナさんも被害者だからかもしれない」
そう言ったら。リーフォンは、そうね、と悲しそうに呟いた。
それっきり、なんとなく会話がなくなって。とりあえず、仕事に戻る事にした。
もう、午後だから。そんなにお仕事はないはず。
案の定、ピオナさんに聞いたら、特にないから今日はもう1日ゆっくりしなさい!と言われてしまった。仕方がないから、部屋に戻って。魔力の素がしまってある引き出しを見つめる。
夜なら、忍び込めるかな?
無理だろうな。
そう考えて、大きなため息が出た。