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城内で、激しい闇魔法の気配に、ラシルとルカは現場に急いだ。結界内で、魔族か魔物が活動しているなんて、異常事態だからだ。
魔法の気配が、リーフォンの部屋だと気がついているラシルは、顔には出ていないが慌てていた。
「リーフォン!」
1番に到着したラシルは、飛び込んだ部屋で見た光景に、固まった。
気を失い倒れている妻と、弟の側室、それから妻の友人で召喚事故で喚びたされてしまった彼女。
「なにが……!?」
「兄さん!」
「ルカ!」
飛び込んできた弟のルカにラシルは、少し安堵した。
「義姉さんは?」
言われて初めて、ラシルはリーフォンへ駆け寄った。そのまま、状態を確認したが、本当にただ気を失っているだけだった。
「リーフォンは無事だ。ドラナ嬢は?」
「わからない。生きてはいるけど、こんな状態は初めて見る」
ルカは難しい顔をして、彼女、紫折を見た。
紫折も命に別条はないようだったが、固く閉じた片手に違和感を感じていた。しかし、ルカがその手を開こうとしても全く開かなかった。魔法も効かない。
それほど強固な意思か魔法で、閉じられているのだろう、と推測して、溜息。
「ラシル様!ルカ様!!」
衛兵がやっと到着して、3人は救護室へ運ばれる事になった。
紫折を抱き上げ、当たり前のように運ぶルカに、ラシルは少し驚いた。婚姻の話が来ても、自分には必要ないと言っていたルカが、紫折には違う態度だからだ。
「よくわからないけど、リーフォン。起きたら教えてくれよ。なにがあったのか」
大事に抱えるリーフォンに、そっと呟いた。
目が覚めた。
消毒薬の匂いと、なんか薬の匂い。
魔法が使えない私が、怪我をするたびお世話になっている救護室だ。
「イテテ」
起き上がって隣を見たら、リーフォン。
ベッドを降りて、隣のベッドに駆け寄る。首には絞められた指の痣が残っていて、痛々しい。でも、規則正しい寝息に、生きてると安堵した。
あの、クソお嬢様め!!
なんで助かったのか、よく覚えてないけ、
「キャアアアアア!!」
人の思考中に!!
「落ち着いて、ドラナ嬢」
ラシル様?
「嫌っ!嫌よ!なんで!!?」
なにがだ。
カーテンで仕切られてる向こうに、ドラナさんとラシル様がいるみたいだ。
「嫌だと喚いたところで、君の魔力が戻るわけじゃない。それはさっき説明したよね」
「ルカ」
窘めるようなラシル様の声。ルカ様って、この間会った、第3皇子だよね?
「なんでですの!?私、なにも悪い事してませんわ!!」
「リーフォン義姉さんの首を絞めておいて?なにも悪い事してないなんて、よく言えるね。凄いな」
悪いけど、過去見の魔法で何があったか見させてもらったよ、とルカ様が言う。
過去見?あれかな。サイコメトリーみたいな??
「でしたらルカ様!私がなんでこうなったのか、教えてくださいませ!!」
「残念だが、その前後は闇魔法の影響で残ってないんだ」
「それなら!あのメイドが原因に決まってますわ!!」
「そうかもね。でも、彼女は魔法の使えない子だよ?どうやってやったの??」
ドラナさんが言葉に詰まった。
なぜなら、沈黙が降りているから。痛いくらいの沈黙なんですけどね。
「ドラナ嬢、とりあえず、君には罰が待っている」
「ラシル様!なんでですの!?」
「君は、リーフォンを殺そうとした。それは、今の君の状態とは別に、罪だ」
わかるね?と諭すみたいに言う。
すすり泣く声と、行こうかと促す声。足音が遠ざかって、私はやっと息をついた。それから、そっとカーテンを開けると、ルカ様と目が合った。
「気がついたんだ。義姉さんは?」
「まだです。あの、何があったんですか?」
「覚えてないのか。ああ、ほら窓から見えるよ、ドラナ嬢が」
え?と窓の外を見たら、ラシル様と衛兵と歩いている女性。一瞬、分からなかった。
なぜなら、ドラナさんの燃えるように真っ赤な髪が、真っ黒になっていたからだ。
「……真っ黒」
「そうだね。あの騒ぎで気を失っていた君達を見つけた時には、彼女の髪は黒になっていたんだ」
さっき、ルカ様が言ってた。
《君の魔力が戻るわけじゃない》と。
じゃあ、ドラナさんは魔力を無くしたって事だよね?でも、なんで??
「その事について、君に聞きたい」
「え?」
真面目な顔で言われて、緊張が走った。
けれども、ルカ様が私に何か言おうと口を開いた時、リーフォンの私を呼ぶ声が聞こえて。慌てて振り向いたら、ベッドからゆっくり起き上がって、リーフォンが私を見た。
「リーフォン!!」
「シオ」
「良かった。どこか痛い所はない?苦しい所とか。ああ!それより先にラシル様に知らせなきゃだね!!」
駆け寄って、手を握って。リーフォンの具合を聞きながらラシル様へ知らせなきゃと、1人でテンパっていた。
「兄さんには今、報らせを飛ばしたから大丈夫。リーフォン義姉さん、身体は大丈夫ですか?」
「ルカ様。……口の中が少し切れてるのと、首が痛いくらいで、あとは大丈夫です。それより、シオは?どこも怪我してない?」
「してない!」
涙が溢れてきた。
なんで、リーフォンはこんな時まで私の心配出来るのだろう。優し過ぎるよ、リーフォン。私の事より、自分の方が酷い目に遭っているのに。
「シオが、助けてくれたのね」
「ううん。私は、何も、してないよ」
ぐいぐいと涙を拭って、気がついた。私、この手なんで開かないの??
自分の意思で開こうとしても、全く開かない。もう片方の手で開こうとしても、びくともしなかった。
「シオ、手 どうしたの?」
「わからない。開かないの」
「倒れていた時からだよ。その手に何か、あの事件の鍵があると思うんだけどね」
そんなこと言われても。
「無理しないで。きっと、自然に開くわ」
ね?とリーフォンが言った。その時、勢いよくラシル様が入ってきて。
リーフォンに駆け寄り、無事を確認すると、壊れ物に触れるように、優しく抱きしめた。
「本当に無事で良かった。こんな事が起こる前に、対処しておくべきだったね」
すまない、と謝るラシル様に、リーフォンは首を振りながら、自分は大丈夫だからと言う。ほら、優しい。
私はそっと部屋を出た。ルカ様もついてきた。まあ、あの雰囲気を邪魔出来るわけもないから、当たり前だね。
「シオ、だったよね?」
「はい」
怒られるのかな?
「リーフォン義姉さんを守ろうとしてくれて、ありがとう」
ルカ様は頭を下げた。
皇子に頭を下げられるなんて!
「頭を上げてください!!それに、私は結局リーフォンを守れなかったんです」
何があったか、覚えてない。
思い出しても、きっと、何もできてない。
しょんぼりしたら、ルカ様はそれでもありがとう、と安堵の笑みを浮かべながら言ってくれた。
「シオ、君も部屋で休む方がいい。明日また、話をさせて欲しい」
「わかりました。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、自室へ歩き出す。
ああ。まだ、なんか、疲れてる。
自室に入るや否や、ベッドに倒れこんで。少し、眠ろう。
「魔王様、起きて〜〜」
「魔王じゃないし。トトさん、勝手に入って来ないで。魔族だっけ?そんなのが居るってバレたら、殺されちゃうよ?」
「あら〜。魔王様に心配されちゃった〜!大丈夫ですよ〜、ここの城の結界弱々だし〜、この城限定だったら、私に傷付けられる程の手練れは〜数人だから〜〜」
そういう問題じゃない!私にまで、面倒な事が起きるじゃないか!!
トトさんはニコニコ笑っている。
「魔族の侵入にさえ、だ〜れも気付いてないから、だ〜い〜じょ〜ぶ!!それより、ソレ。凄いね〜魔王様」
何がだ。
「魔王様しか出来ない魔法だよ〜?歴代の魔王様でも、窮地に陥らないと使えなかった魔法〜」
トトさんが差すのは固く閉じた右手。
これが、魔法?
不審がってたら、窓枠から降りて部屋に入って来たトトさんは、私の右手に触れた。
「魔王様、コレ要らないなら、ちょ〜だい」
「そもそも、コレがなんなのかわからないし。開くわけないし」
「開くよ〜魔王様が、本当に開きたいと思えば〜」
本当に開きたいと思えば?
じっと自分の右手を見つめた。私は、いったい何を握りしめてるの?開かない右手の中にはナニかが入ってるのは、感触で分かる。だからこそ、見てみたい。
そう思ったら、右手からフッと力が抜け、開いた。
「なに?コレ」
燃えるような真っ赤な球体。赤く微かに光っている。
「お〜〜。赤!!」
「トトさん、コレはなに?」
何が知ってそうだから、聞いた。
そうしたら、ニコニコ笑って言う。魔力の素だと。理解できなくて首を傾げた。
生きとし生けるもの全てが持ち合わせた、魔力。それは、誰かに渡す事ももらう事も出来ないモノで。ただ1人、魔王だけがその魔力というものを、具現化する事が出来て。
奪った魔力を誰かに授けたりする事が、出来る。
そう説明されて、真っ青になった。
この赤は、ドラナさんの魔力だという事になるから。
「な、なんで、私………っ!!」
「なんでって、魔王様だからでしょ〜〜?」
「違う!!」
「違いませんよ、魔王様」
今度は誰!?
トトさんとは違う声に振り向いたら。
くすんだ金の長髪に、灰色の目をした美形さんがそこにいた。
カッコイイな。
「初めまして、新たなる魔王様。私の名は、ストラと申します。代々、魔王様の右腕を勤めてまいりました。以後、お見知りおきください」
「右腕はトトです〜」
「戯言を」
ちょっと、喧嘩始める気か?こいつら!
「あの!さっきから、私を魔王って呼ぶけど、違いますから!!」
言うと、2人してこっちを向いて。
「「貴女は魔王様です」」
ハモんなんいでよ!!
「魔王様、とりあえず場所を移動しましょう。ここでは、人間の目につく可能性がありますからね」
移動って、トトさんみたいに、飛ぶの?
無理だわ。
「魔王様魔王様。こっち〜」
トトさんにぐいぐい腕を引っ張られ、ストラさんの所まで連れてこられた。
私が近くに来たのを確認したら、ストラさんは小さく手を振った。その瞬間、足元になんか円形の模様が出来て。ビックリしてる間に、光ると。
私はペムトボル王国城ではない、城の中に居た。
「なんだこれ〜!!!」