13
キッタさんを見送って後宮に戻る途中、ドラナさんに遭った。
ルカ皇子が一緒だからか、睨みつけるだけで居なくなった。
彼女は彼女で、いろいろあるのかもしれない。でも、そんなの知らないし、それがキッタさんを犠牲にしていい理由にはならない。
「シオ、ドラナ嬢はもう何もしてこないと思うけど、気をつけて。何かあったら連絡してくれ」
ルカ皇子は中指にしてた指輪の石を私のブレスレットの石にくっつけた。連絡先の交換か。
そういえば、この世界では指輪はただの装飾品か、道具だ。結婚指輪とかはないみたいで。前にリーフォンに結婚指輪は?と聞いたら首を傾げられた。
既婚者の印は指輪ではなく、ピアスなのだ。お互いに耳に1つ穴を開けあって、一対のピアスを分け合い着けるそうだ。
「おや、ルカ様とシオさん。おはようございます」
「ジルエスさん!おはようございます!!」
「おはよう、ジルエス。悪いけど今度、僕の温室の手入れを手伝ってくれないか?」
もちろんですとも!とジルエスさん。
温室なんかもってんのか。さすが、皇子様。
私はメイドの仕事があるから、と2人から離れた。そのまま食堂へ一番乗り。誰も居ない食堂でキッチンを仕切るハナさんは、1人でテキパキと動いている。ハナさんも黒髪の魔法が使えない人種だ。でも、魔法を使って作った料理は美味しくないらしく、魔法が使える人でも料理は必ず手作りなのだそうだ。水汲んだりするのは魔法でもいいけど、焼くとか煮るとかは魔法でやると、不味くなるんだとハナさんに教えてもらった。ちなみに、ハナさんはハーナランディガルと、長くて言いにくいい名前だ。なので、勝手にハナさんと呼んでいる。
「ハナさん、おはようございます」
「おはよう!随分早いね、シオ」
フライパンを振りながらこっちを見て答えてくれた。
「ちょうど、夜勤の門番達が交代の時間だから、ごはんなら出来てるよ」
食べるかい?と言われて、お願いしますと返事をした。あっという間に用意されて出されたのは、クラムチャウダーとパン、それからサラダ。
重すぎず、軽すぎない朝食だね。
「いただきます」
手を合わせて食べ始めたら、ハナさんが隣に座った。さっきまでのは、昼食用の仕込みだったらしい。
「いつも思ってたけどね、シオ。あんたが食べる前にしてるのは、なんだい?」
そういえば、この世界の人たちはいただきますって言わないね。
「私がいた世界の、私の暮らしてた国では当たり前の作法ですよ。食べるってことは命をいただくって事だから、いただきますって手を合わせて感謝するんだって。隣の家のおばあちゃんに教わりました」
「へー。いい文化だね」
あっはっは!と豪快に笑ったハナさん。私より10歳上で、旦那さんとお子さんが2人いるお母さん。
「ねぇ、シオ。聞いてくれるかい?うちの旦那がね」
うんうん、と聞きながらご飯を食べる。
朝一の誰もいない食堂では、たまにこうしてハナさんの旦那さんや子育ての愚痴を聞いている。
食堂の仲間達には、言いたくないけど、聞いて欲しい。そこへ、異世界から来てて、尚且つラシル様の後宮のメイドという私が適任と思ったらしい。
たしかに、ラシル様の後宮のメイドさん達はみんないい人だ。ラシル様やリーフォンの人柄か、誠実な人しかいない。先輩メイドさん達から聞いた話だと、へっぽこ皇子の後宮は腹黒いメイドさん達が多いらしい。
そして、なんと!ルカ様の後宮にはメイドさんは居ないそうだ。そもそも、後宮には誰も居ないから、メイドを入れる必要が無いって断ったんだって。ルカ様らしいけど。
「シオは誰か好きな人は居ないのかい?」
「恋愛より、まだまだこの世界に慣れる方が大事だと思う。だって、私、まだ文字読むのに時間かかるし」
「うちの子も今、文字の練習してるよ。どっちが早く読み書き出来るようになるかねぇ」
笑いながら言うハナさん。これは、負けてられないな。頑張る!と宣言すると、ハナさんは頑張れと言ってくれた。
そんな風に朝ごはんが終わり、いったん部屋に戻る事にした。
部屋に戻って、一息ついて。
それから今日のお仕事を確認。毎朝、いつのまにかベッドサイドのテーブルに置いてある今日のお仕事リスト。魔法で各自のベッドサイドに配達されてるって、ピオナさんから聞いた。魔法って便利。でも、郵便屋さんが必要なくなるね。そう思ったら、これは城内限定の範囲型永続魔法で、街では普通に郵便屋さんが居るそうだ。
今日はお洗濯がお仕事だ。洗濯機の無いこの世界、どうやって洗ってるのかと思ったら、魔法だった。なので、今日のお仕事はシンシアさんと一緒。シンシアさんが洗ってくれて、私が干す。その流れだろう。
「お洗濯の後は、おつかい?」
おつかい!この間のおつかいやり直しだ!!
って事はピオナさんと一緒に城下街に行くんだ!
何を着て行こう?この間のワンピースは、泥と血で汚れちゃって、着られなくなった。リーフォンに貰ったのに、悪いことしたなって思って謝ったら、シオが無事だったんだからいいのよ!ってリーフォンに言われて、さらに服を貰ったんだ。
その中から、深緑のシャツと黒のスカート。これで行こう!落ち着いた雰囲気?だよね。
着て行く服を決めてから、洗濯場に急ぐ。
「シンシアさん!おはようございます!」
「おはよう、シオ。今日はよろしくね」
はーい!って元気に返事をして、大量の洗濯籠を集めて周り、それを順番にシンシアさんに渡す。
驚く事に、ラシル様の後宮の各個人の部屋前から集めた洗濯籠ごと、洗濯するのだ。
シンシアさんは水魔法が得意だから、この量は苦では無いそうで。
籠の中の洗濯物だけが魔法でぶわーって洗われて、脱水もされる。その洗濯脱水が終わった籠からネームタグを先頭に着けて、干場に干していく。
結構な量があるけど、手馴れたもので、サクサクと干し進めていく。こんな大量の洗濯物を干すなんて、元の世界に居たら絶対あり得ない。そんな職につく気もないしなぁ。
大量の洗濯物を干し終わると、シンシアさんがニコニコしながら、おつかいに行くのでしょう?と。
「なんで知ってるんですか?」
「ピオナ様から聞いたのよ。支度もあるでしょう?ここはもう大丈夫よ」
ね?と促され、ありがとうございますと頭を下げて、支度をしに戻る。気をつけて行ってらっしゃい、と優しい言葉を背中で聞いて、走った。
部屋に戻って、着替えて、ポーチにお金を入れる。ピオナさんと一緒だけど、ナーシアさん達へのお礼を買いに行く時間、もらえるかな?
ウキウキした心地で、今日のお仕事リストに書いてあった待ち合わせ場所に向かった。
そこには、もうすでに人がいた。
「あら、早かったのねシオ」
「………」
「シオ?なに、口開けてポカンとしているの?」
「あの。もしかして、ピオナさん?」
「当たり前のことを言ってないで、行きますよ」
呆れたように言って歩き出したピオナさんを、追う。
いつも、後ろでお団子に纏めた髪。それが、解かれてる。ピッチリカッチリな姿のピオナさんしか知らない私からしたら、誰!?くらいの衝撃ですけど!
茶褐色の髪が、サラサラと風になびいている。ピオナさんって、一回り年上だよね?なんで、こんなに綺麗なの!?
「髪おろしてるピオナさん、初めてです」
「あら、そうだったかしら。仕事以外ではなるべくおろすようにしているのよ。髪にも休息は必要でしょう?それに、兄弟に会うなら、絶対におろして行かなきゃなのよ」
え?なんで?
その疑問を口にしたら、ピオナさんは困った笑顔で着いたらわかるわ、と。
着いたらわかるの?髪フェチとか??え、でも兄弟でしょう??
謎は深まるばかりだった。
城門をくぐって、街へ。少し、ドキドキした。だって、またあんな事になったら、今度はピオナさんまで巻き込んじゃうし。
「大丈夫よシオ。あなたが行方不明になってすぐ、ラシル様とリーフォン様が城下街で説明してくださったんだから」
「は、はい!」
返事をして城下街入り口をくぐった。
相変わらず賑やかで、笑顔に溢れたところだ。
少し歩いて気がついた。みんなの視線に。今回のは奇異の目じゃなくて、なんかこう、腫れ物に触るような感じ?あれか。罪悪感か!
でも、彼らが私を攻撃した理由を考えたら、強ち間違いではないと、思う。だって、私、魔王みたいだし?
1人ごちて嗤う。
「お姉ちゃん!」
「へ?」
突然、後ろから服を引っ張られた。
立ち止まって振り向いたら、男の子。どっかで見たことあるような?ないような?
「この間はごめんなさい!」
この間?
首を傾げたら、男の子はボロボロ泣きだした。
えー。困るんだけど〜!
「リーフォン様から、聞いたのっ」
しゃくりあげながら言う。
「僕っ!お姉ちゃんにっ!!」
「あー。攻撃したってやつ?」
ビクッと体が震えた。
「もういいよ?別に。ほら、魔法でケガは治してもらったし。傷痕も残らないなんて、魔法って凄いよね」
感心してたら、ピオナさんがため息をついた。
「きちんと謝ることができるのは、素晴らしい事よ。本人も気にしてないのだから、あなたが気にすることはないわ」
「そうそう。私はこんな髪だけど、みんなと仲良く出来ればそれでいいんだし」
ニコニコして言ったら、男の子はゴシゴシと涙を拭い笑ってくれた。
それを合図にしたかのように、街の人たちが一斉に謝りまくってくる。いいです、気にしないでください、と返事をしてその場を離れた。
そのままピオナさんに手を引かれ、一軒のお店に。
「もみくちゃにされた」
「リーフォン様のお力は、本当に凄いわね」
ラシル様の言葉より、リーフォンの言葉のが響いたのだと教えてくれた。
「なんと!僕の可愛い妹ピオナじゃないか!!おかえり!」
店の奥から出てきた人は水色の髪を、緩く1つにまとめ、前に垂らしている。
今、妹って言ったよね?
「ただいま帰りました、お兄様」
「今日来ると分かっていたら、パーティの準備をしておいたのに!!」
は?
「兄さん、姉さん以外にも人がいること気づいてるの?バカなの?」
もう1人、奥から出てきた。ピンクの髪の人。桃色くらいかな?どピンクではないね。
「おかえり、姉さん。そちらは、この間言っていたシオさんかな?」
「あ、ハイ!紫折です!!いつもピオナさんにはお世話になっております!」
ピシッと姿勢を正して返事をした。なんか、この人中性的〜。
「シオ、紹介するわ。こっちが兄のルエニア、こっちが弟のパシェニアよ」
「やあ、君がシオさんだね!ピオナから聞いているよ」
「この間は、大変だったね。大丈夫?」
「あ、はい!大丈夫です!」
ルエニアさんとパシェニアさん。優しそう。
「お兄様、頼んでいた物を受け取りに来たんです」
ああ!あれかい!と奥から持って来たのは、綺麗な首飾り。青い宝石と黄色の宝石が散りばめられている。すごく綺麗。
ラシル様とリーフォンの色かな?
「相変わらず、素晴らしい腕ですわ」
「当たり前だよ。僕は天才だからね!」
「デザインは僕だけどね」
凄いな、ホントに。
「綺麗」
呟いたらルエニアさんとパシェニアさんが、自慢げに話してきた。
「リーフォン様に似合うようにデザインして、素材を採りに行って来たんだ」
「パシェの採ってきた素材を、加工してこの形にするのはいつも大変なんだ。でも、こうして美しく仕上がると、作り手の僕も嬉しくなるね」
素材を採りに行くの!?驚いてパシェニアさんを見ていたら、なに?と首を傾げられた。
なんでもないです、と首を振り、ふと思った。ピオナさんはなんで、ご実家のお仕事を手伝わないんだろう?女の人だからかな?
「ピオナ、そっちは大変かい?」
「いいえ。ラシル様は昔からお優しい方ですし、リーフォン様もいつもお優しいですから」
「いつでも戻ってきていいんだよ、姉さん」
「私が戻っても、家業は手伝えないのですから、邪魔になるわ」
手伝えない?
キョトンとしたら、ピオナさんはこちらを見て苦笑いをした。
それから、自分は魔力が低いから手伝えないと教えてくれて。魔力が低いから手伝えない理由が分からない私は、さらにキョトンとしてしまう。
「僕らが創っている装飾品は、基本的に魔鉱石を原材料にしていて、さらに依頼人の希望の魔法を組み込んでるんだ」
????
知らない単語出てきましたけど?
スチャッと手を挙げて質問!
「すみません!魔鉱石ってなんですか?魔法を組み込むって、なんですか!?」
「そういえば、君は異世界から来ていたんだったね」
ルエニアさんはうんうんと、1人頷いて、ポケットから小さな石のカケラを出した。目の前のネックレスと同じ黄色の石。
「これが魔鉱石。魔力を帯びた石だよ。君のブレスレットの石も魔鉱石だ」
「え!?これも!??」
魔鉱石は魔力を吸収して蓄積させた物なのだと説明された。ブレスレットに使われてるのは、魔鉱石の魔力を吸収する作用を利用して、その吸収作用が意図的に行えるようにした物らしい。
よくわかんないけど、凄いんだろうな。
「魔鉱石の加工には相当の魔力が必要で、魔力の低い者は加工すら出来ないのだよ」
「魔法を、魔鉱石に組み込むのにも魔力が必要なんだ。だから、姉さんは家業を手伝えないんだ」
そうなんだ。
「ん?それって、魔力がない人でも、魔法が使えるようになるって事ですか??」
ドラナさん辺りが、欲しがりそうなんだけど?
でも、返って来た返答はNOだった。
魔力の無い人はどうやっても使えないそうで。さっきの、魔鉱石の加工に魔力が必要なのと同じで、魔鉱石に組み込まれた魔法を使うのにも、魔力が必要なのだそうだ。
「なんだ、じゃあ私は使えないのか」
今のところは!
「ふふふ。シオはこの世界に来て、魔法があるって知った時、自分も使えるのかってワクワクしていたものね」
「わぁ!バラさないでください!!」
そう。この世界に召喚された時、魔法が当たり前にある世界と知って。帰れないけど、召喚された私も魔法が使えるようになるって思ってた。すぐに魔力無しって認定されたけど。
まあ、それもまた覆されてるけどね。
なんせ、魔王だし?(笑)
「まあ、魔鉱石を使って創るのは高価な物になるから、王族貴族の方々からの依頼だけだけどね!」
「基本的の装飾品は、魔鉱石じゃない普通の鉱石を使ってるんだ」
じゃあ、このリーフォンのネックレスも魔鉱石なのかな。
ジッと見ていたら、コレは黄色の石だけが魔鉱石だと教えてもらった。魔鉱石と鉱石の違いはなんだろう?
どう見ても、黄色の石と青い石に違いはないように見えるんだけど?
ルエニアさんがカウンターに置いた小さな黄色の魔鉱石を、ちょんと触ってみた。
その瞬間、ブワッと目の前に花畑が見えた。
目をパチパチしてたら、パシェニアさんに、どうしたの?と聞かれた。これは、多分言わない方がいいやつだ、うん。
「あ、いや、なにも変わらないただの石に見えるなぁって思って」
「それは、花畑の地中に在った物で、華の魔精の魔力を吸収蓄積させていった石なんだ。だから、リーフォン様が身につけたらあの花畑のような香りがするように、魔法が組み込まれてるよ」
あー。はい。ほらね?言わない方がいいやつだったよね!!危ない危ない。
自慢気なパシェニアさんに、凄いんですね!と返して、リーフォンがこれを身に付ける姿を想像する。
きっと凄く綺麗だろうな。それに、あの花畑の香りか。うん。すごくいい匂いだろうな。