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朝が来て、再びラシル様の執務室に呼び出された。

ピオナさんも一緒に行くようで、迎えに来られた。しかし、朝早くて。ピオナさんに叩き起こされ、急いで身支度をしたんだよね。

欠伸を噛み殺しながら、ラシル様の執務室のドアをノックしてるのを後ろから見ていた。

中に入ると、すでにリーフォンが居て、目が合うと微笑まれた。可愛い。

「おはよう、シオ。朝早くからすまない。この後だと、暫く時間がとれそうになくてね」

ソファに座るよう促され、ピオナさんと隣同士で座る。向かいにはラシル様とリーフォン。

「ではまず、シオ。昨日、君を助けたのは、人間ではないね?」

ラシル様の言葉に、ドキッとした。なんで、分かるの!?

「どうしてって顔だけど、当たり前だよ。街の人間は、髪を見て魔族だと思って居た。それなら、助けるはずはない。それと、あの牢は魔法無効化が施されてる。それを壊すのは、人間では力でも無理だ」

どうしよう。トワナ君達の事は、言いたくない。彼等に危害が及ぶのは、絶対に嫌だ!!

「この城下街の側に、そんな力を持った魔物がいるなんて、野放しには出来ないんだ。シオを助けてくれたかもしれないが」

膝の上の拳を強く握る。

どうしたらいい?

トワナ君達を助けるには、どうしたら!

「ラシル様。それは、人間に危害を加える気もない者を、殺す……という事ですか?」

リーフォンのいつもより低い声がした。とっさに顔を上げると、にっこり笑顔のリーフォン。でも、その笑顔、笑ってないよね?怒ってるよね??

ラシル様の顔が引きつった。

「い、いや、リーフォン。そういうわけでは」

「そういうおつもりでしょう?」

「………はい」

あれ?ラシル様が怒られてるよ?

「ラシル様、私はそのような事はするべきではないと言いましたよね?」

「だが、リーフォン。街の人達が不安になっているし、この国では必要な事なんだ」

「必要ありません!私の国では、襲ってくる者以外は、仲良く暮らしてましたわ!本当は、そう共存すべきなんですわよ!?今回の事は、街の人達が不安になっているのでしたら、倒しましたって嘘をつけばいいじゃありませんか!」

確かに。リーフォンの言う通りだね。街の人達の不安を取り除くのは、ラシル様の務めだけど、人間に危害を加えてこない魔物や魔族を手にかかるのは、違う。それなら、両者を守るために嘘をつけばいい。

リーフォン、頭いいなぁ!

「シオを助けてくれた優しい魔物を、殺すなんて、私は絶対に反対です。シオは人間ですわ。それを知って、尚、傷を癒してくれて、裏門への道まで教えてくれた者が、人間に危害を加えるはずありません!」

ガタン!と立ち上がるリーフォンは、目に涙を浮かべていた。

獣人の奴隷の事も、共存出来ないことも、リーフォンにとってはずっと辛い事だったんだろうな。

「リーフォン、ありがとう。私も、彼等を殺すなんて許せません。だから、ラシル様に答えるつもりはなかったのです」

あのままだったら死んでいた。それを告げたら、ラシル様は大きく溜息をついた。

暫く黙ったままだったけど、顔を上げると困ったように笑った。

「リーフォンの案を通そう。可愛い妻とその友人の悲しむ顔は、見たくないからね」

「ありがとうございます!ラシル様!」

良かった。リーフォンと手を取り合い喜んでいたら、ノック音が。ラシル様の返事を聞いて入ってきたのは、メイド仲間のシンシアさんだった。

「リーフォン様に頼まれていた物が届きましたので、お持ちいたしました」

ありがとうと受け取っているけど、なんだろう?シンシアさんは、私を見ると軽く手を振ってくれて。私も思わず手を振り返した。

ピオナさんは結構年上だけど、シンシアさんは3つしかちがわなくて。年の近いお姉さんな感じで仲良くしてもらってる。

「リーフォン、こんな物どうするんだい?」

「あ!それは、シオに渡す物ですわ」

へ?私に??

ピオナさんもラシル様の手の中にある宝石みたいなのを見て、納得してるようだった。

あれは、なんだろう?

「シオ、前に話してた通信用の魔法道具よ」

はい、と渡されたそれは、白い宝石みたいな石?で。

あれ?これ、なんか前にも見たことあるよね?ストラさんから渡された物とそっくり。今は手鏡に嵌め込まれてるけど。

「これ、魔力がなくても、使えるんですか?」

「ええ。大気中にも魔力は微量ながら漂っているのよ。それを吸収して、使えるようになっているわ。そうじゃなきゃ、魔力のない人が使えないですからね。連絡先は互いの通信石をこうしてくっつければ」

ピオナさんが腕輪の石と私の手の中にある石を、コツンとくっつけた。すると、石が互いにほのかに光って、文字が浮かんだ。まだすぐに読む事が出来ない私は、キョトンとしてしまう。

「今のは、シオの石には私の名前、私の石にはシオの名前が浮かんだのよ。これで、シオと連絡が出来るわね」

「でも、これ、どうやって使うんですか?」

エインに貰ったのは、呼びかければいいって言われたけど。ストラさんに貰った時も、使った事も無いし使い方聞いてもいなかったな、そういえば。

これは、どう使うの?そもそも、大気中の魔力って勝手に使っていいの?携帯会社と契約してないのに、違法に電波使うみたいにならないの??

疑問ばかり浮かぶ。

「通信石に指を当ててみなさい」

不思議に思いながらも、指を当ててみた。そしたら、突然光って石の上になんか文字が浮かんだ。

読めないんだけど?

「今は私のしか登録されてないから、それは私の名前よ。その文字に触れてみなさい」

「え。指を離しても大丈夫ですか!?」

大丈夫よ、と言われて恐る恐る指を離した。文字は空中に浮かびっぱなしだ、凄い。

その文字に触れてみると、文字は消えて石にはさっきの文字が浮かんだまま点滅し始めた。なんだこれ!

慌ててピオナさんを見たら、ピオナさんの腕輪の石が同じように点滅してた。なんか、本当に携帯みたい。

あ、ほら、未来が舞台の映画とかの携帯!

「相手が受けると、会話が出来るわ。今回は、切るわね」

ピオナさんが石を2回叩くと、私の持ってる石も光が止まった。どうやら、2回叩くと拒否できるみたい。

着拒も出来るのか。凄いな、本当。

「シオ、私とも連絡先の交換をしましょう!」

「今後の事もあるから、私とも交換しておこう」

次々に私の石と連絡先を交換してくれる。とりあえずみんなの名前の文字だけでも、早く覚えなきゃだな。分かんないよ。

「あの、聞きたいことがあるんですけど」

なんだい?とラシル様が言う。だから、取られたお金はどう弁償すればいいか聞いてみた。

衛兵さんに、お使い用に渡された巾着と私のお財布巾着を取られたから、お使い用巾着にいくら入ってたか、分からなかったんだ。

お使い先で巾着を渡すように言われてただけだし。

私のお金は良いとして、お使い用のお金は弁償しなきゃでしょう?

「そのお金は、こちらで対応してるから大丈夫だよ。シオのお金も後で返すから、安心しなさい」

「私のお金は少しですし、いいんです!でも、衛兵さんに弁償させるとかじゃないなら、良かった。私の所持金より、きっとお使い用の金額のが凄いだろうし」

借金みたいになって、一生働きながら王宮に返済とかしてたら、かわいそうじゃない?

まだ若い人だったし。

そう呟いたら、ラシル様が苦笑いをした。

「衛兵に弁償させるのは、なしにするかな」

「そうですね。シオが気に病みます」

こっそりラシル様とピオナさんが話してるのは、聞こえなかった。

「あの!それと、お使いなんですけど、もう1度私に行かせてもらえませんか!?」


え!?と全員が驚いた声を出した。

そりゃそうだよね。あんな事があったのに、また城下街に行かせて欲しいなんて、普通は言わないよね。

でも、王宮でのお仕事は魔法が使えないからって事で、簡単なものしかしていない。それなのに、お給金はとてもいい。だからこそ、お使いのお仕事はちゃんとやりたいんだ。

それを力説したら、ピオナさんが困ったように笑った。

「シオはその簡単な仕事も、きっちりやってるから、自信を持っていいのよ。でも、そうね。お使いは、これからはシオにお願いしようかしら」

いいですよね?ラシル様、リーフォン様、とピオナさんが言うと、2人は笑顔で頷いた。

「ただ、お使いのやり直しには、私が同行します。いいわね?」

「はい!」

とりあえず、今日はいつものお仕事で、明後日くらいにまた城下街に行く事になった。

ラシル様の執務室をピオナさんと一緒に後にして、遅い朝食を摂りに食堂に向かった。

食堂には、夜勤明けの門番さん達が居た。

「おはようございます、シオさんピオナさん」

「おはようございます!あ、今日は、オムライスなんですね!!」

「紫折様!おはようございます」

聞き覚えのある声に振り向いたら、キッタさんがニッコニコしながら立っていた。その手には、肉の塊が乗った皿が。

ん?塊肉!?表面炙っただけ!!

しかも、だいぶレアだよ?もっと火を通した方がいいんじゃないの!?お腹壊す!!

「シオ、キッタと仲良くなったのですか?」

ピオナさんに言われ、ドキッとした。

「はい!リーフォン様件で、紫折様にはお力添えをしていただきました!」

リーフォン様の?と疑いの眼差しを向けるピオナさん。まあ、そうだよね。

キッタさんは、ドラナさんの奴隷なんだもんね。

「あのさ、キッタさん。その肉、生すぎじゃないかなぁ?もっと火を通した方が」

とりあえず話題を変えようと言ったら、2人は驚いた顔をしてから、ああそうか、といった様子で頷き始めて。なんだろう?

「紫折様、私は狼族だと言いましたよね?狼族の主食は肉です。まあ、他の食べ物が食べられない訳ではないのですけど、肉を食べないと力が出ません。しかも、なるべく生がいいのです」

生肉!?

血の滴る生肉をムシャムシャ食べる、野生のライオンとかが思い出された。テレビでしか見た事ないけど!

そうか、そうなんだ。

へー、としか言えなかった。

「シオの世界には生肉を食べる種族は居なかったのね」

「あ、いや。馬刺しとか新鮮なお肉のお寿司とかありましたけど、私はあまり好まなくて。それと、キッタさんのもってるお肉が塊なのもビックリして」

バサシ?オスシ?とか2人は声を揃える。

そう言えばこの世界、お米はあるけど和食は無いね。

だから、2人は馬刺しとお寿司が分からないんだろうな。

「私の元の世界での、生肉の調理法の名前ですよ。そういえば、この世界にはないですね」

食べられないと分かると、お寿司食べたくなってきた。今度、自分で作るかな?手巻き寿司だけど。

そもそも、お刺身もないな。近くに海がないからかな?

「とりあえず、食べましょうか。キッタも一緒に」

「いいんですか!?ありがとうございます」

いそいそと席に着いて、キッタさんはお肉をナイフとフォークでもぐもぐモリモリ食べ始めた。

うーわー。血が滴ってるわー。

食欲失せるわー。

「あら?シオ、食べないの?」

「あ、は、はい。なんか、ちょっと朝早かったからかな?あははは」

ピオナさんも平気で食べてる。野性味溢れる食べ方のキッタさんの隣で、普通にご飯食べられるピオナさんは凄いな。この世界の人達は、慣れてるのかな。

お茶を飲みながら、ふと思う。

「ピオナさん、煮出したお茶以外はお茶ってないんですよね?」

「お茶は煮出すものでしょう?それ以外に淹れるお茶を私は知らないわ」

珈琲はあるのに、緑茶とか紅茶とか烏龍茶とか、お茶の種類はない。ついでに珈琲も豆は1種類だけだ。

地球には産地によっていろんな味がする珈琲豆があったのにね。

「紫折様の故郷にはいろんなお茶があるのですか?」

口元の血、血を拭いて!キッタさん!!

「う、うん。いろんなお茶があったよ。こっちに来て、煮出したお茶しかないのには、ビックリした」

「あら、そうだったのね」

「でも、茶葉の製法とかは知らないから、私がいろんなお茶を再現するのは無理なんですけどね」

苦笑い。

本当はたまに緑茶が飲みたい。エインのとこに行けば、紅茶は飲めるけどね。緑茶はないから。

「紫折様の故郷のお茶、いつか飲んでみたいです」

「そうだね。でも、まあ、無理かな」

そうですよね、とキッタさんはシュンとしてしまう。

その後、普通に変わらず食事や会話をして、私達は別れた。ピオナさんはメイド頭としてのお仕事。キッタさんはドラナさんのとこ。私もメイドのお仕事。

ポケットには、こっそり手鏡。

エインとストラさんに、聞きたいことが出来たから。



掃除がひと段落ついたから、広い後宮のお庭の、人が全く来ないとこ。メイドの仕事を始めたばかりの頃、たまに落ち込んでた場所。

誰の目もないから、1人で愚痴を言ったり泣いてみたり。そんな場所。

「えーっと。エイン?」

鏡に向かって呼んでみたら、鏡の表面が波打って揺れて。パッとエインが映った。

《紫折様!ご連絡くださるなんて、嬉しいですわ!どうかなさったのですか?》

「あ、うん。あのね?秋桐さんがさ、無理矢理、紅茶を召喚したって言ってたでしょ?それって、私には出来ないのかな??」

《今の紫折様には、まだ出来ないでしょう》

ストラさん?

《ストラ様、割り込んで来ないでくださいませ!私と紫折様が話してますのよ!?》

「まあまあ、エイン。でも、なんでですか?ストラさん」

エインの隣にストラさんの顔が半分、映った。横に居たのかな?

《紫折様は魔王として、まだ覚醒されてないからです。なので、魔力はないと思われてるし、魔法も自由に使えないのです》

そっか。まだ魔王じゃないんだ、私。

覚醒してないだけで、魔王様なのは変わりませんからね、とストラさん。

なぜわかる?

《でも、どうしたのですか?急に》

「なんか、緑茶飲みたくなったから。ただそれだけなんだ」

そう。私のワガママなんだ。

でも、そんな時だけ、魔王の力?利用しようとするのは、間違ってるね。多分。

《覚醒したら、紫折様の故郷の味も召喚出来ますよ。ですから、落ち込まないでくださいませ》

エインは優しいな。

「うん。ありがとう」

そろそろ仕事に戻るね、と通話を終了した。切るときは、石を2回叩けばいいと教えて貰って、良かった。

ポケットにそれをしまって、洗濯物の取り込みに向かう。この時間は私は洗濯物を取り込んで畳むのがお仕事だ。

せっせと働いて、夜は美味しくご飯を食べて。

その後は、文字の勉強。

洗濯物を畳むお仕事の時、シンシアさんが一緒で。彼女にピオナさんとリーフォンとラシル様の名前の文字を書いてもらったから、それを見て覚える。じゃなきゃ、電話?がかかってきた時、誰からか分からないからね!

文字を何度も眺めて覚えてるうちに、ウトウトしてきて。ベッドで勉強してた私はそのまま寝落ちた。





「キッタ。1週間後、リーフォン姫がお見舞いに来るみたいよ。ふふふ。バカなお姫様。私が貴女の命を諦めたと思ってるのかしら?」

病室でドラナはクスクスと笑った。そばに控えるキッタは唇を噛み締め俯く。

「キッタ、分かってるね?必ず殺すのよ」

「………」

「返事は?」

「……は、い」

キッタの返事を聞き、満足そうに笑うと出て行くようにドラナは言う。

その命令に頭を下げて外へ出るキッタは、辛い気持ちでいっぱいだった。大好きなドラナの命令は、遂行したくもないもので。そして、魔王である紫折に背く事もしたくない。

「私は、どうしたら、いいのですか」

紫折様、と涙声で呟くのだった。










ラシル様から事情聴取?された翌日、1週間後にリーフォンがドラナさんのお見舞いに行く事を聞いた。

同行をお願いしようと思った矢先、ピオナさんから同行するように言われた。これは、魔力を返すチャンスでもあると、思う!

でも、バレずに返すにはどうしたらいいのだろう?

考え付かないまま、あっという間に1週間が経ち。


「おはよう、シオ」

「おはようございます、リーフォン様」

「他人行儀ねぇ」

「今は私は仕事中ですし、リーフォン様の私室でもラシル様の後宮でもありませんから」

そうね、と笑うリーフォンは花束を抱えている。ジルエスさんに作ってもらったやつだ。後宮の庭に咲く柔らかい色を基調とした花束。少しでも心が休まればって。殺されかけたのに、凄いなリーフォン。

私は絶対許さないけどね!

王宮医院の特別室。ノックをすれば、キッタさんが出てきて。真っ青な顔に、違和感。

どうかしたのかな?

「お待ちしておりました」

「お邪魔します。ドラナ様、お加減はいかがですか?」

ベッドの上でぼんやりした顔のドラナさん。

私は知ってる。これが演技だって。心が壊れたなんて、嘘っぱちだもんね。

「まだ、特定の人以外とはお話が出来ないと聞きました。ラシル様もドラナ様を心配されてます。魔力を戻す方法も探しているそうです。ですから、気をしっかり持ってくださいませ」

ベッドそばの椅子に腰掛け、ドラナさんの手を握りながらリーフォンは言う。

何この人。女神なのかな!!?

淀んだ目がリーフォンを捉えてから、キッタさんを見た。まるで、合図のように。

「キャア!?」

「リーフォン!?」

椅子から鎖が突然出て来て、リーフォンを拘束した。

「動かないで?メイドさん」

ドラナさんは歪んだ笑顔でナイフを持ってリーフォンの首筋に当てている。

この性悪女!!

「リーフォン姫、私が貴女の命を諦めたと思った?そんなわけないわ。だって、私の魔力は奪われたのに、貴女は無事だった。そんなの、不公平よね?だから、貴女は命を奪われるべきなのよ」

あははは!と笑う。こんなに騒いでるのに、なんで誰もこないの!?

チラチラ出入口を見る私に気が付いたのか、ドラナさんは私に向かってバカねぇと言うし。

「魔力は失ったけど、私の代わりにそこの奴隷の魔力を使って防音人除け結界や、椅子に罠とかも張れるのよ?」

そうか。キッタさんの魔力を使ったのか。

「キッタ。こっちへ来なさい」

ハイと返事をして、ドラナさんの隣に行くキッタさん。ナイフを渡されて、殺しなさいと命令をされた。

カタカタと震える手。浅く呼吸していて。

「キッタ、さっさとしなさい」

「で、出来ません……」

「何を言ってるの?自分が死にたいの?私に逆らったら、殺されるのは分かってるわよね?何度も見たものねぇ?キッタ」

何度も見た?

「その首輪は、主人が決めたキーワードを言えば、締まって窒息死する。そういう首輪よ」

リーフォンが悲しげに呟いた。

最低の首輪だな、アレ。もう、私が壊したみたいだけど!

「キッタ?最後のチャンスよ?やりなさい」

ハァハァと浅く呼吸し続けているキッタさんは、出来ません!と叫んでナイフを投げ捨てた。

「ドラナ様!もうやめてください!優しかったドラナ様に戻ってください!!」

優しかったの?嘘だぁ。

緊迫した状況だと言うのに、思わず気の抜けた事を考えてしまった。

「キッタ……お前には失望したわ。お前はもう要らないわ。さよなら、【雨の最後】」

雨の最後?

首を傾げてたら、ドラナさんはキッタさんを見て、困惑し始めた。

「なぜ締まらないの?」

「そ、それは………」

ああ、雨の最後ってやつがキーワードなのか。

ドラナさんはキッタさんの首輪を引っ張った。苦しそうなキッタさんに、やめてと声を上げそうになったが、それよりも先にドラナさんがキッタさんを突き飛ばした。

「何よそれ。ただの首輪じゃないの!隷属の輪は着けた主人しか外せないはずよ!?」

誰に外してもらったのかと問い詰めるドラナさん。2人が椅子から少し離れたから、走って近づいて、鎖を引っ張ってみた。でも、全然外れなくて。

「リーフォン、これ、どうすればいいの!?」

「大丈夫よシオ。自分で外すわ」

そう言うと、リーフォンは魔法を使い始めたようで、鎖がゆっくり分解されていく。

そういえば、魔法使ってる時、魔法を使ってる人の目が淡く光ってる事に、最近気が付いた。リーフォンは髪と目と同じ薄黄色に。その人の持つ色に光るみたいだ。ルカ様も光ってたし。

「何をしてるの?リーフォン姫」

ナイフが飛んできて、とっさに側にあったカップの乗ったお盆で払いのけた。

う、上手くいって良かった!!

カップが割れたけど、そんなん知らないし!

お盆を両手でしっかり掴んで、防戦体制をとる。

「目障りなメイドね」

「こんな事して、何になるの!?あなたが余計、生き辛くなるだけじゃない!!」

「誰に対して口を聞いているの?随分と無礼なメイドね。ああ、リーフォン姫が粗野なのかしら」

「リーフォンの悪口言わないでよ、ワガママお嬢様が!あんたなんか、欲しい物が手に入らなくて駄々をこねてるちっちゃい子とおんなじなんだからね!」

カチンときて、思わず言い返してしまった。

「メイド風情に何がわかるの!?もういいわ。あんたも一緒に殺すわ。キッタ、隷属の輪については言及しないであげるから、そこのメイドから殺しなさい」

キッタさんは大きく首を振った。

「出来ません!そんな事したら、きっと、狼族が滅ぼされます」

は?とドラナさん。

キッタさん、それ以上言わないで!リーフォンには、まだバレたくない!!

「意味が分からないわ。ああ、そういえばそこのメイドは魔力が無い、無能な人間だったわね」

「今はあなたも無いですけどね」

思わず嫌味を返してしまう。火に油なのは、なんとなく分かってるんだけど、私はそんなに大人じゃない。

案の定、ドラナさんは激怒してる。

まだ隠し持ってたのか、ナイフを振りかざして向かってきた。怖いけど、リーフォンはまだ鎖外すのに一生懸命だし、私がなんとかしなきゃ!!

握りしめたお盆をブンブン振って、追い払うように防戦してたけど、ドラナさんは魔法が使えなくても、お嬢様だからか、お盆が弾き飛ばされた。

「うわっ!?」

「剣術も多少は習ったのよ。ふふふ、可哀想なメイド。私に楯突かなきゃ、生かしてあげたのに」

喉元にナイフが。これ、少しでも動いたら串刺しだと、平和な世界で生きていた私だって、分かる。

本能で、死ぬかもしれないのが分かるって、嫌だな。

「さよなら、バカなメイドさん」

死ぬって思って目を閉じたら、聞き覚えのある声が。

「危ないですわね。紫折様に何をされてるのです?」

え!?

「エイン?」

「お久しぶりですわ、紫折様。これは、どうなさったのです?」

エインはドラナさんの持ってたナイフを、粉々にしながら聞いてくる。

待ってエイン。それよりも、リーフォンになんて言えばいいの!?

私の心配が分かったのか、そちらの姫様なら魔力の使い過ぎで気を失ってますわ、と。

驚いてリーフォンを見たら、鎖は綺麗に無くなってるけど、ぐったりして意識がない。

「魔法でしか解除できない罠。用意周到ですわね。万が一外されても、こちらの姫様の魔力量なら、解除出来るか出来ないか、ギリギリですもの。こうして意識が無くなってから、ゆっくり殺せばいいんですもの」

にっこり笑顔のエイン。

怒ってる?

「あなた、なんなの!?どうやってここに入ったの!?それに、黒髪のくせに、魔法が使えるなんて、そんな人間見た事ないわ!!」

「人間ではありませんもの。当たり前ですわ」

にっこり優雅に笑うエインに、真っ青になるドラナさん。なんで?

「ま、魔族!?」

「あら、よくお勉強なさってますわね。おっしゃるとおり、魔族のエインと申します。覚えていただかなくて結構ですわ。紫折様に刃物を突き付ける野蛮な女性に覚えていて欲しくありませんもの」

そういう問題!?

「シオ様?誰の事よ」

「紫折様の事も覚えていただかなくて結構ですわ。貴女は、私の事と私とした会話は全て忘れていただきますから」

え?と思ったら、エインはドラナさんの額を片手で掴んだ。

あれ?これって、アイアンクローってやつじゃ?

「ドラナ様!?」

「狼族のお嬢さん。黙ってなさい」

エインに一喝されて、キッタさんは黙った。

「私、記憶操作は得意な魔法なのですよ」

言うなり、手が光ってドラナさんが叫んだ。

「ただ。今回の記憶操作の魔法は、かけられてる間、激痛に苛まれますけど」

ぎゃああああ!!!!みたいな叫び声に、思わず耳を塞いで目を閉じた。

ホラー映画ばりの叫び声は、凄く怖い。

叫び声が止み、恐る恐る目を開けると、ドラナさんをきちんとベッドに寝かせてるエインが居た。

それから、リーフォンにも手を伸ばす。何するの!?と思ったら、鎖で締められて赤く擦れた肌をそっと治療してくれてた。

「紫折様を怖がらせてしまいましたね。でも、私は間違った事はしてませんわ。罰も必要です」

悲しそうに言うエイン。

「うん。エインは何も悪くないよ?ただ、ちょっと怖かっただけ。あんな叫び声、ホラー映画とかでしか聞いた事なかったから」

「ありがとうございます、紫折様。それに、魔法をかけてる間は激痛に苛まれますけど、それすらも記憶操作魔法で消えてしまいますので」

大丈夫ですわ!と笑うエイン。

何が大丈夫か分からないけど、まあ、いいか。痛かったの覚えてないなら。

いや。いいわけないけど。そう、納得しとく。

「でも、エイン。なんでいるの?」

「先程、ご連絡いただいたとき、紫折様の表情が曇ってらしたので、心配になりまして。ストラ様に無理言って出てきましたの」

エインは、純粋に私を心配してくれてたのか。

優しいよね。

でも、これ、どうしたらいい?

「紫折様。ルカ様を呼んできます」

「キッタさん。ルカ様を?なんで??」

「ルカ様は私が何かしたら、部族に帰すと言われてました。だから、今回の事はルカ様にお知らせするのが最良と思うんです」

ルカ様なら、紫折様の事も知ってますし、と。

そうか。ルカ様なら、私の事もキッタさんの事も、エインも知ってるもんね。

お願いできる?と言うと、頷いてキッタさんは走って行った。凄い早くて、目で追えなかった。

獣人って凄いんだね。

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