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説明とか言っても、何を?と考え至った。
魔王です、なんて不審極まりない。
そもそも、一応まだ私は魔王引き受けるって言ってないし。魔王なんて名乗ったら、殺されない?
お前なんかが魔王様であるはずがない!とか。
不安しかない。
悩んでいた時だった。ナーシアさんが、ああ!といきなり声をあげた。
「もしかして、アレじゃないかしら?」
アレ?と私のみならず、ワシュアさんやトワナ君も、きょとんとした。
「ほら!ワシュアが前に言っていたじゃない。人間の中には魔力量は多いのに、杖を媒介に魔法が使えないから、魔力無しとされてる人間が稀にいるって」
「ああ。そんな話しをした事があったな」
「そういう人なのよ、きっと。じゃなきゃ、抵抗するでしょう?人間に友好的な魔族さんだったとしても、防御くらいするわ。それに、魔族さんなら自分で怪我くらい治すでしょう?」
ナーシアさんに言われ、ワシュアさんは私を見る。外傷は治ってないよ?ナーシアさんが治してくれたのは内臓へのダメージだけだから。なので、立てないし。
「本当に魔法は使えないのか?」
「え、あ、はい」
「やってみろ」
えー!?
とりあえず、魔法の使い方が分からないので、手を出して、えい!とか言ってみたが、何も起こらない。
ヤケクソになって、えい!えい!治れ!とか言いまくったが、本当に何も起こらない。
ナーシアさんなんか、必死に笑いを噛み殺してるけど、顔は笑ってるし肩が震えてるよ?ワシュアさんもね!トワナ君なんか、爆笑してるし。
「すまない。分かったから、やめてくれ」
あんたがやらせたんでしょ!?
「ふふふふ。ほら、ね?シオさんは人間でしょう?」
「そのようだ。すまなかった」
「でも、なんで魔族に間違われたのかしら?」
「それは、髪色だと思います」
そういえば、紫は初めて見るわと言われた。
「私、召喚事故で呼び出されちゃった、異世界の人間なんです」
「まあ!そうなの。それなら、紫でもおかしくないわね」
そう言ったナーシアさんは。ワシュアさんに怪我を治してあげて、とお願いしていた。
ワシュアさんは、私の話を神妙な面持ちで聞いていたけど、ナーシアさんに言われ、優しく微笑むと私の怪我を治してくれた。
すごい。あんなに傷だらけだったのに、綺麗に治ったよ!魔法って、凄いな、本当。
「お姉ちゃん、家はどこなの?」
トワナ君がピョコッと顔を出して聞いてきた。ニコニコしてて可愛い男の子だ。
「家族のいる家は、元の世界だけど。今は、お城でお世話になってるんだ」
「お城!?凄いね!!」
お城って広いの?とかキラキラしてるんでしょ?とか興味津々な顔で聞いてくる。それに答えてたら、行ってみたいなぁ!と言われてしまった。
「龍人のトワナが行くのは、殺してくださいって言うのと同じよ?」
「はーい」
ナーシアさんに窘められ、トワナ君はしょんぼりした。そういえば、龍人ってどういうこと?
「あの、龍人ってなんですか?トワナ君は龍と人間の間の子みたいな事言ってましたが、お二人共人間ですよね?」
「いや。俺は龍族だが」
龍族?つい最近聞いた単語だな。
でも、龍じゃないよね?人間だよね?
首を傾げたら、ナーシアさんがクスクスと笑った。
「龍の姿が本来の姿だけど、人型をとることも出来るのよ、龍族は」
「獣人とは違うんですか?」
「獣人族は、元々人型だが我々は純粋な龍だ。獣人族の者に会ったことがあるのか?」
キッタさんの事を話したら、少し厭な顔をされた。まあ、私も奴隷制度嫌いだしね。
トワナ君は獣人族に会ってみたいと言うし。このくらいの年齢だと、好奇心旺盛なんだよね。
「さあ、トワナ。シオさんをお城に帰してあげましょう?」
「えー!ヤダ!お姉ちゃんともっとお話ししたい!そうだ。お姉ちゃん、うちの子になればいいよ!」
ね!?とナーシアさんに言うが、めちゃくちゃ怒った顔されて、シュンとしてしまった。
あったかい、家庭だな。
じわりと滲む涙を拭うと、トワナ君とナーシアさんに物凄く心配された。どうしたの?どこかまだ痛い?とか。
私は溢れ出そうな涙を押し込めて、笑った。
「大丈夫、です」
「お姉ちゃん……」
「シオさん。泣いてもいいのよ?ご家族を思い出したんじゃないの?」
ナーシアさんは、優しく優しく笑ってくれて。頭を撫でてくれた。
「私はあなたのお母さんの代わりにはなれないけど、お姉さんくらいにはなれるわ!」
「お姉さん?ナーシア、歳を考えろ」
「うるさいわよ!ワシュア!!」
2人のやりとりに思わず笑ってしまう。うちの両親みたい。その場合、ナーシアさん役はお父さんだけど。
とぼけた事を言うお父さんに、冷静にツッコミをいれるお母さん。それが、私の両親だ。
「ふふふ。ありがとうございます、ナーシアさん、ワシュアさん、トワナ君」
「お姉ちゃん、泣き止んだ!良かった!」
抱き着いてきたトワナ君を、抱きしめ返してみた。
ちょっとクセがあって跳ねてるトワナ君の頭を、ワシャワシャと撫でると、やめてよー!と逃げる。
可愛い。
「大丈夫そうね。お城の裏門への道に案内するわ」
「僕が行く!」
表門だと城下街を抜けないと辿り着かないから、裏門か。詳しいなぁ。
もう一度、ナーシアさんとワシュアさんにお礼を言って、トワナ君と裏門へ向けて歩き出した。
その頃。
城では朝一番にピオナの兄弟から紫折が魔族と間違われて街の衛兵に捕まって牢屋に入れられたと、連絡が来て、リーフォンとピオナは気絶しそうな気持ちになった。でも、気絶してる暇はなく、慌てて街の衛兵に連絡をしたら、牢屋が壊され紫折が居なくなっていると報告された。
「ピオナ、シオは無事かしら」
「大丈夫ですわ、リーフォン様。きっと、大丈夫」
今まで城の中でしか生活していたから、2人は忘れていたのだ。紫折の髪色は珍しく、魔族と間違われてもおかしくない事を。
城に通っていたり、中で生活してる人達には紫折の説明をしているが、城下街の衛兵や生活している人達には説明をしていないのだから。
「リーフォン、ピオナ、少しいいかな?」
「ラシル様」
「今から城下街に行って、シオの事を話して来ようと思う」
「ラシル様が自ら行かなくとも、報せを貼り出せばいいのではありませんか!?」
慌てるピオナにラシルは首を振った。
「シオの事はレキの責任だが、兄である私が彼女の身元引き受け人になり、世話をすると決めたんだ。今回の責任は私にある」
だから、自ら説明に行くと言うのだ。
責任感の強いラシルをよく知ってるピオナは、止められないと分かっているから、これ以上は止める事はしなかった。
「ラシル様、私も!私も一緒に行きます!」
「リーフォン様!?貴女まで何をおっしゃるのですか!?」
「お願い、ピオナ。シオは私の友達よ。ジッと待っているだけなんて嫌よ!」
お願いします!とラシルに懇願するリーフォンに、2人は戸惑うが、リーフォンも頑固なので止められるはずもない。ラシルは、一緒に行こうとリーフォンの手を取った。
そんな2人を見送り、額に手を当てるピオナ。
「お二人共、良く似ていらっしゃるわ」
城下街では、第1皇子とその妃がわざわざ共も連れず来た事で、騒ぎになっていた。
「皆、聞いて欲しい。昨日、紫の髪の女性が城下街に来たと思う。彼女は、我が弟レキが召喚事故で呼び出してしまった別世界の人間なんだ。彼女は、シオと言って、私の後宮でメイドをしてくれている」
「それから、私の友人です。皆様、シオは魔法を使う事は出来ないけれど、毎日、一生懸命に働いてくれてるわ。だからどうか、シオをこの国の住人として認めてください」
リーフォンが深く頭を下げると、頭を上げてください!リーフォン様!と民衆は口々に言う。
嫁入り前から、ペムトボル国民に歓迎され、愛されているリーフォン。そして、次の国王として、国民に信頼されているラシル。2人の言葉に、民衆はざわざわとしていた。
「ごめんなさい!ラシル様、リーフォン様!!僕、あのお姉ちゃん、怖い人だって思って、攻撃しました!ごめんなさい、ごめんなさい!」
1人の男の子が泣きながら叫んだ。それは、紫折に最初に石をぶつけた男の子だった。
わんわん泣く男の子の側まで歩いて行き、リーフォンはそっと頭を撫でた。
「ごめんなさいね。怖かったのね?大丈夫よ」
ごめんなさいと泣く男の子をギュッと抱きしめる。
「今度、シオに会ったら謝ってあげて?きっと、笑って許してくれるわ」
ね?と言うと、男の子は泣き笑いの顔のまま、大きく頷いた。
それを機に、民衆からは口々に自分達も謝ろうと声が上がる。ラシルはリーフォンの姿を眩しそうに眺めながら、微笑んでいた。
リーフォンは生まれ育った国でも、国民から愛される姫だった。それは、リーフォンの生まれ持った愛される才能と言ってもいい程に。そんなリーフォンの紫折を想う気持ちが、国民に伝わり、あっさりと紫折の存在を認めさせてしまった。
「リーフォンは本当に俺には勿体無いくらいの女性だな」
小さく呟いて、ラシルはリーフォンの側に歩み寄るのだった。
「ねえ、トワナ君」
「ん〜?なあに?」
鬱蒼とした森を、ハアハアと息を乱しながら歩いている。私は。
前を歩くトワナ君は、全然息は乱れてない。
「ここ、どこ?」
「森?」
そんなん分かってるよ!
と言いたくなるのをグッと堪えた。
「後、どのくらい歩けばいいのかな?」
私がハアハアいってるんだけど、トワナ君は気にしてない。
「もう少し行けば、道があるんだ。そしたら、そこからは真っ直ぐ道なりだよ!僕が案内出来るのはそこまでなんだ」
そっか、龍人だから危ないんだっけね。
ガサガサと草木を掻き分け、ゴツゴツした地面を歩き、やっと道が現れた。
ここまで来たら、トワナ君とはお別れか。
「シオお姉ちゃん、また、会える?」
「うん!トワナ君やナーシアさん、ワシュアさんに、ちゃんとお礼がしたいし、また会いに行くよ」
どうやって行けばいいかは、分からないけど!
そう思っていたら、トワナ君はパッと顔を明るくした。それから、自分のポケットをゴソゴソすると、どんぐりみたいな木の実を、差し出してくる。
なんだろう?
「これ!グリ笛。これを吹いて。そしたら、僕が迎えに行くから!!」
行き方が分からない事に、トワナ君も気がついたのかな?それを受け取って、ありがとうと言った。
「真っ直ぐだよ、シオお姉ちゃん。間違わないでね」
「うん。トワナ君、助けてくれて本当にありがとうね?また今度、遊びに行くから、その時はたくさん遊ぼうね!」
「うん!!」
バイバイ!と手を振るトワナ君は、横の茂みに入ると、素早い動きで走り去った。私と一緒だったから、あんなにゆっくり歩いていたのか。本当は、もっと素早く動けたんだね。凄いなぁ。
感心しながら、真っ直ぐ道なりに歩き出す。
しばらくして、城の裏門が見えてきた。外側から見るのは初めてだけどね!
「え、おい!あれ!」
「シオさん!!」
門番さんが私を見つけるなり、大声をあげた。
たまに食堂で一緒になって、話す人達だ。
「ただいまです」
「ご無事だったんですね!」
「今、ピオナさんに連絡しましたから!」
怪我はありませんか!?とかどこに居たんですか!?とか質問責めだ。どこに居たかは、言えないし、困っていたらピオナさんの声がした。
「シオ!!」
走ってきたピオナさんに、思い切り抱きしめられた。
「わっ!?」
「私がお使いにだしたばかりに、シオが酷い目に遭ってしまったわね。ごめんなさいね」
「ピオナさんは、何も悪くないですよ?そりゃ、痛かったけど、親切な人達に助けてもらったし、怪我も治してもらったし。今度は髪の毛全部、帽子の中にしまって行きますね!」
言ったら、ピオナさんは泣き出してしまった。
どうしたんだろう?なんで泣いてるの!?
慌てる私と泣いてるピオナさんに、門番さん達が、とりあえず中に入りましょうと促してくれた。
やっと城内に入って、少しホッとした。ピオナさんと一緒にラシル様の後宮にある私の部屋に。
「リーフォン様とラシル様に連絡してくるから、シオはゆっくり休んでなさい」
はい、と返事をしてベッドに腰掛ける。
お金全部取られちゃったし、怒られるかな?巾着も、返してくれないかなぁ?大事な物なのに。
ベッドサイドのチェストの引き出し。そこの鍵のかかってる引き出しをちらりと見る。なんだか、問題は山積みだ。魔玉の事も、魔王の事も。
汚れたままの服に気がついて、ふと思う。ナーシアさんの家のベッド、汚しちゃったかな?お礼に行く時、新しいシーツを持って行こう。
トワナ君にはお菓子かな?ナーシアさんには、食材か生地とかかな?ワシュアさんには、なんだろう?
誰かに何かを贈ろうと考えるのは、楽しい。
そう思った時、勢いよくドアが開いて、ビクッと肩が跳ねた。
「シオ!!」
飛びつかれて、そのままベッドにダイブ。
「良かった!無事だったのね!!」
「リ、リーフォン、苦しい!」
ぎゅーっと抱きつかれてるが、首元なので締まってるんだよね。
それに気がついたのか、リーフォンは慌てて起き上がった。
「リーフォン様、はしたないですよ」
「まあまあ、ピオナ」
ラシル様だ。
「ごめんなさい」
ドレスの整えて、ピシッと立つリーフォン。私も慌ててベッドから降りて、姿勢を正した。
「帰りが遅くなり、申し訳ございません。お使いもできませんでした。お、お金も、その……」
盗られたとは、言い難い。
言葉に詰まると、ラシル様は優しく笑った。
「シオ。謝る必要はない。なにがあったか、衛兵に全部聞いた」
「!?」
それじゃあ、あの人は、罰せられちゃうのかな?
「衛兵にはきつく注意をしておいてもらった」
良かった。注意だけで済んだんだ。
ラシル様に手をそっととられ、乗せられたのは、私の巾着。元の世界から召喚された時、持っていた物の1つだ。大事な物。
「返してもらったのよ。それ、シオの大切な物でしょう?前に私にそう言っていたわよね?」
ニコニコ笑うリーフォンに、頷く。
「シオ。国民を嫌わないでくれないか?彼等は、魔族や魔物に畏怖の念が強い。悪気があったわけではないんだ」
「あ、はい。大丈夫です。わかっています」
あの時の男の子の顔。怯えてたもん。
ありがとう、とラシル様に言われた。ラシル様にとっては、国民は大事な人達だもんね。国は国民で出来ているって、大学の歴史学の教授がよく言っていた。日本に暮らしてる時は、よく分からなかったけど、この世界に、この国に来て、分かったから。元の世界に居た頃の私なら、多分、怒って憎んでたけどね。
「今日はこのまま休みなさい。明日また、話そう」
ラシル様が、まだ話したそうなリーフォンにもそう促して、ラシル様達は部屋を出た。
ワンピースの事、謝り損ねた。後で洗ってみよう。
部屋着に着替えて、備え付けの小さなキッチンでお湯を沸かし、珈琲をいれてソファに座る。
長い1日が、やっと終わったような気がする。