表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/59

8 テオの朝ごはん

◇◇◇


 鳥が宿舎の上を走り回る音と、外から聞こえる人の話し声。いつも通り訓練をしているのだろう、怒声と元気のよい返事。毎朝のお馴染みの音と空腹を感じたテオはゆっくりと目を開いた。


「うーん…今、何時?」


 毛布をかぶり直して眩しい日の光から避けながら、サイドボードに手を伸ばして懐中時計を毛布に引っ張り込んで確認する。思ったより寝過ごしてしまっていたようで、もうすぐ昼前だ。道理でお腹が空いたと思った。


「竜騎士はいいけど、こんなに頻繁に腹が減るんじゃ困るよね」


 今の腹具合は、空腹を通り過ぎて少し気持ち悪い位だ。これ以上何か食べないと具合が悪くなるのは時間の問題なので、渋々とベッドから身を起こす。寒さが厳しくなってきたので、ぬくぬくと温かい寝床はとても魅力的で抜け出すのも一苦労だ。それでもテオは立ち上がる。


「はー…。なんか食べ物あったっけな」


 両手を頭上で組み、ぐっと体を伸ばすとどこかの骨が鳴る音がした。その組んだ両腕を左右にぐっぐっ、と動かしながらキッチンへと向かう。


 案の定というか、なんというか。彼の食料庫には瓶詰、酒類、そして昨日買ってきたパンしかなかった。いつもなら気にせずにパンを食べつつ瓶詰から直接つまんで食べる彼だけれど、今日に限ってはちっとも美味しそうに思えなくて顔をしかめた。


「やばい。昨日一昨日と、ちゃんと料理されたおいしいものを食べたから、感覚が贅沢になってるなー」


 彼女のくれた食事は新しいし、何より美味しい。それに比べて昨日の昼に買ったパンに、冷えた瓶詰め…比べるまでもない。


「しかし、昨日のブタキームナッチャーハンは美味しかったな。また食べたい」


 思わず願望と新しい魔法の呪文のような料理の名前がぽろりと口から零れ落ちる。夏帆が聞いていたら「食いしん坊ですね!」と呆れそうな言葉だ。


「ても、あの穴は本当に何なんだろう。やっぱりあれかな、勇者騒動の時の召喚術に影響されてんのかな」


 テオはしばらく考えていたが、腹がすごい音で鳴っているし、空腹でイライラするし、考えがまとまらなくて諦めた。何か食べなくてはそろそろ保たない。渋々とパンを手に取り、瓶詰を一つ選び窓際まで移動して広い出窓に腰掛けた。行儀は少し悪いけれど問題ない。ここはこうやって座って外を見るための窓だし、今は部下や国民の皆さんの目に晒されているわけではないのだ。


 遠くに騎士団の運動場が見える。大声の主はよくよく見なくても知り合いだった。今日も訓練をしっかりやってるなと素直に感心する。ヒマさえあればサボろうとするどこかの竜に爪の垢を欠片でも投げつけてやりたい。


 瓶詰の中身は鮭のオイル漬けで、本来はクリームチーズに野菜等と一緒にパンに挟んで食べると美味しいのだが、彼はパンをそのままひょいっと口に放り込む。そしてコップに立ててあったフォークを、そのまま開けた瓶に入れて鮭に突き刺して口に放り込んだ。


 テオは料理をしない。いや、昔はある程度はやっていたのだけれど、すぐに諦めたのだ。竜騎士になってから食事は飢えを満たすためだけの行為になってしまったのだ。


 例えば、朝食にバゲットとスープを食べたとしよう。彼はその数時間後には空腹に耐えかねて新しいパンに手を伸ばす。そしてその数時間後にはまた…。いちいち料理なんてしていられないのだ。それよりもすぐ食べて飢えを満たす方が先決なのだから。


「そういえば、昨日は夜中に空腹で目が覚めなかったな」


 ふと思い出してテオはパンを千切る手を止める。いつも、一回に食べる量はそんなに多くは無い。回数が多いだけで…と言ったら夏帆あたりは「少ない…? あれで?」と、反論するだろうけれど。とにかく回数が多くて困っているのだ。夜中に空腹で目が覚めることなど日常だ。疲れ切って起きれない時などもあるが、基本的に寝ていても夜中に一度は目が覚めてしまうのが常だった。


「カホちゃんの料理を食べたから、か?」


 そういえば初日にもらった魚のすり身を揚げたものだって、量は少なかったのにその後の空腹までのスパンが長かったことを思い出してテオは首を傾げた。不思議な穴の先に居た不思議な女性は不思議な料理を作ってくれるのだろうか。


「…だとしたら、彼女は我々竜騎士の救世主…女神さまだな」


 そんなバカげたことない、たまたまだと自分に言い聞かせてテオはアッシュグレーの頭を掻いた。他の竜騎士に料理をふるまう彼女を想像すると、少しイラついた。その気持ちはまだ恋まではいかない、見つけたばかりの宝物を誰にも見せたくない少年のようなもの。テオはそのイラつきを振り払うように頭をゆっくりと振って、最後の鮭の欠片とパンを口へと放り込んだのだった。


「さて。オレも晩御飯までに何か一品探さなきゃな。しまった、何が好きか聞いておけば良かったな」


 昨日のパイをあげた反応からするに、可愛い物が好きと見た。しかし、可愛い料理ってなんだろうと思いながらテオは立ち上がる。


「まあ、露天のお姉さんに聞いてみるかな」

 

腹ぺこヒーローは料理しません。そんな余裕はないくらい、腹ぺこなので!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ