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6 ごちそうさまでした

 結果から言うと、テオはとてもおいしく豚キムチ納豆チャーハンを頂いた。小さな丼に入れてあげたのだけど、あっという間に平らげてしまったのだ。


「テオさん、納豆大丈夫ですか?」

「ナットウ?」

「そう、ねばねばしてる茶色の豆です。外国の方って苦手な人多いって聞くから」


 言われてテオは不思議そうに首を傾げた。


「いいや。とってもおいしいけど…。確かにねばねばしていてフォークに付くのはちょっと頂けないけど、慣れれば平気かな」


 そして黙って空っぽとなった丼をじっと見ている。夏帆には分かる。うちのお父さんもこうやって平らげた皿をじっと見て、しばし黙り込んでから言うのだ…おかわり、と。


「…良かったら、まだあるから食べますか?」

「!」


 薄いアイスブルーの瞳が返事よりも明らかに、きらきらと輝き出したので夏帆は丼を受け取ってテーブルへと向かう。残りの大半を丼に入れてあげて、あとは一人前くらい残った皿と自分の箸を持って穴の前へと移動する。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、カホちゃん」

「…カホでいいですよ」

「あ、じゃあオレもテオでいいよ!」

「いや、それはちょっと…」


 穴から丼を手渡してから、夏帆もクロゼットの中に座り込んでご飯を食べる。お行儀がとっても悪いけど、一人じゃなくて二人で食べるごはんのほうが美味しいに決まってる。例え、穴ごしだったとしても。


 穴越しに二人は向かい合ってまだ温かいチャーハンを頬張った。


(こんな美形さんとクロゼットでご飯を…しかも、納豆を食べる日が来るなんて思ってなかったなあ)

(何これ、すごい美味しい。この豚の脂がいい具合に合うなあ)


 夏帆は何やら複雑な気分で。テオは夢中になって食べている。


 あ、おいしい。そう思ってのんびり箸を進めていた夏帆は、テオの様子を見て慌てて食べる速度を上げた。この分だと、先に食べ終わったテオが穴越しに物欲しそうに覗き込んでくることが容易に予想できたからだ。


(ひー! どれだけお腹空いてたのこの人はっ!)


 フォークでは食べづらいだろうに、ひょいひょいと口の中に消えていく豚キムチ納豆チャーハン。それを食べるテオはとても幸せそうで、夏帆の顔は少し緩む。五年近く一人暮らしをしている上に、男性に料理を作るという機会に恵まれたことはなかった。実の父親と兄はもちろんカウントしない。


(こんなに幸せそうな顔をするのなら、多めに作った時は分けてあげようかな)


 そんなことを考えているとは知らないテオは、頬を緩ませる夏帆を見て美味しそうに食べる子だなあと微笑ましく思っていた。


「ごちそうさまでした」


 両手を合わせて頭を軽く下げる夏帆。この仕草を彼は見たことがあったからだ。確か食事の前と後にする儀式だと思い出して、テオも慌てて真似て手を合わせる。


「ごちそうさまでした。こんなにたくさん食べて良かった? もう食べちゃったけどね」

「うん。明日の朝も食べなきゃと思ってたから丁度良かったです」


 それに、とっても美味しそうに食べてくれたのだから作った甲斐があるというものだ。彼は満足そうに、先ほど一度席を外して取ってきたコップに口を付けている。木でできたコップだから何が入っているのかは見えない。


「あ! テオさん。穴のことなんですけど」

「え? あ、ああ。これのことか。忘れてた」


 お腹いっぱいで少し眠いらしい。子どもかな、と夏帆は心の中で思ったけど話を続ける。仕事でお疲れなのは分かるのだが、壁の穴問題はとっても大切だ。出て行くときの支払いは覚悟したけど、夜毎の寝言を聞かれるのは嫌すぎる。


「ネットで調べたらここまで大きな穴を開けちゃった人っていなくって。補修する方法とかもあったんですけど、ちょっと穴が大きいから難しそうだなと思ってて」

「あー、そうだね。見事に貫通してるもんね」

「そうなんですよ。物をぶつけただけで、こんなに綺麗に穴が開くものなんですね…」


 テオは何やらニコニコしている。全然笑顔になる話題でもないのにと夏帆は首を傾げる。 


「オレは穴が開いてても気にしないよ」

「え。でも、生活音とか筒抜けですよ。テレビの音とか、掃除機の音とかうるさくないですか?」


 夏帆の言葉にテオは首を横に振る。テレビは分からないけど、彼にはソウジキは分かった。異界の勇者様が魔石を応用して作成した試作品を、竜騎士団でも使用しているからだ。確かにアレの騒音はすごいと思う。作った当人は試作品だからと言い張っていたけれど。


「いいや。オレはほとんど仕事場にいるから。ここには夜に寝に帰っているし、カホちゃんは昼間くらいしかソウジキ使わないでしょ」

「そうですけど…」


 そうです。掃除機も洗濯機…は朝方に回ることもあるけど。だいたいは休日の昼間にまとめて使います。テレビもあんまり見ないし、最悪ヘッドフォンという必殺技もあります。しかし…。


(違うんです。私が気にしてるのは、何より! 自分の寝言なんですよー!!)


 昨晩は、寝言うるさかったですか? とはさすがに聞けず、夏帆は考えた。彼女としても、隣人が壁の補修を依頼しなければ出て行く時にでもまとめて工事してほしい。自分の居住スペースに工事の業者とはいえ、なるべく赤の他人を入れたくないと思うのは普通だろう。まあ、それ以前の問題で隣室と繋がってしまっているけど。


「クロゼットの扉を閉めておけば問題ないからオレは特に気にしないかな。まあ、たまに料理のおこぼれを貰えちゃったらラッキーかなっていう下心はあるけど」


 テオの言葉に夏帆は笑う。そういう下心は分かりやすくてとてもいいし、料理を気に入ってくれたのは素直に嬉しい。


「ふふ、でも穴そのままはやっぱり申し訳ないので…。実は昼間にお買い物に行ってきまして、いい物を見つけたんです。ちょっと待っててくださいね」


 テオが頷いたので夏帆は穴の前を離れてクロゼットを出た。彼はこの案を良しとしてくれるといいなと思いながら玄関へと向かう。

コップの中身は水です。とても美味しく頂いたテオでしたが、ネバネバはやはり気になるそうです。


次話、夏帆の買ってきたもの

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