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50 大人げないです

お待たせしました。

 ほかほかと白い湯気と、甘い匂いのする皿を持って現れた夏帆とテオ。穴に貼りつくようにしていたロディの金色の瞳がきらきらと輝く。


(あ、やっぱりテオさんに似てる)


 小さく笑みを漏らした夏帆は、クレープの乗った皿を穴の方へと差し出した。


「やった!」


 すごい勢いでクレープに伸びた手は、パシリと軽い音に遮られる。


「ロディ。せっかくカホちゃんが作ってくれたのにお礼もなしなのか?」


 少年竜の行儀の悪い手を軽くはたいたのは、彼の飼い主……いや、相棒であるテオだった。

 ロディは不服そうに口を尖らすも、穴の向こうでぺこりと頭を下げた。


「ありがとう、カホ! オレ、とっても嬉しいよ」


 食堂のオバサマ方を虜にしてやまない、光り輝くような微笑みを浮かべる。うっかり見惚れる夏帆。そしてロディはその間を狙って、さっと手を伸ばした。


「あっ」


 驚きの声を上げた時には既に遅い。夏帆の片手から皿は消えていた。

 テオは呆れたように肩を竦め、さりげなく穴から距離を取る。もちろん、自分の分を死守するべくだ。


「おいしい! 甘くて、温かくって。舌が溶けちゃいそう!」

「あはは、ロディくんは大げさですね」


 夏帆は笑ってテオに視線を向ける。しかし、テオは真面目そのものの表情で頷いた。


「ロディは氷竜だから……熱かったら少しくらいは溶けちゃうかもね」

「!?」


 慌てる夏帆に、穴の向こうから笑い声が聞こえた。


「あっはははは! そんなわけないじゃん。そんなだったら、オレはとっくに消滅してるって」


 その言葉に夏帆は頬を膨らませた。からかわれたのだ。


「テオさん、ひどいですっ! そのクレープ没収しちゃいますよ!」


 テオのクレープを奪い取るべくにじり寄ると、テオはクレープを上に上げた。もちろん、夏帆には届かない。


「わ、ごめんって。慌てるカホちゃん可愛いから、ついつい」

「!?」


 予想外の言葉に夏帆が真っ赤になって固まると、穴の向こうから声がかけられた。


「ねね、いちゃつくのは別にいいんだけどさ、おかわりちょうだい!」

「!?」

「ロディ、一人一枚づつだ」


 先程から動揺しきりの夏帆を尻目に、二人は言葉の応酬を始める。


「えー。だってテオはさっきも料理食べたんだろ?」

「食べたけど、これは別なの!」

「じゃあ、そのカホが持ってるもう一皿は?」

「だーかーらー! 一人一皿づつって言ったよね?」


 これ以上放っておいたら、言葉だけじゃなくて喧嘩を始めそうだ。そして、テオもロディも魔法が扱えることを考えると……。


(穴どころの騒ぎじゃないかも)


 緊急通報沙汰になりかねない。夏帆は慌てて二人の間――穴の間に割って入った。


「ね、私の分をロディくんにあげましょう」

「でも、そしたらカホちゃんの分が……」

「私は、小麦粉をまた買ってきたら作れるので大丈夫ですから!」


 なんで3枚しか焼かなかったのかと言うと、残念なことに夏帆の家にあった小麦粉の残りは少なかったからだ。それに、一番食べると思っていたテオは、お昼ご飯を食べたばかりだったから大丈夫だと思っていたのだ。


(ロディくんも食いしん坊だなんて、知らなかった……)


 竜騎士は腹ペコなんだと言われたけど……異世界人はみんな、本当は空腹が標準装備なんじゃないだろうかと夏帆は少し疑っている。


「やったー! カホは優しいな」


 喜びの声と共に穴から伸びてきた手。それから守るようにテオは夏帆の体を引き寄せ、穴から距離を取った。


「ここは公平に……じゃんけんで勝負しよう、ロディ」

「え、テオも食べるわけ?」


 一人一皿づつ! と声を大にしていたテオの提案に、ロディは呆れたように瞬きををした。


「まあ、いいけど。オレはじゃんけん強いしなあ」


 穴の向こうでは、ロディが手を組んでその中を覗き込んでいる。

 夏帆はその光景に見覚えがあった。じゃんけん開始前のよく見るおまじないだ。


「じゃんけん、知ってるんだ」

「そうだよ。オレが子どもの時にすごい流行ってね。勝負事にはやっぱりこれだよね」


 流行らせたのは、父とおじちゃん、どっちだろうか。そんなどうでも良いことをぼんやりと考える。


「「最初は、グー! じゃんけん……」」


 目の前で、見慣れたじゃんけん勝負を始まった。しかし、やっているのは異世界よりやってきた竜騎士と、異世界に居る穴の向こうにいる少年竜という非現実的な状態に……カホは考えるのを諦めた。


 二人ともよっぽど気が合うのだろう。延々と続く『あいこでしょ!』を聞きながら夏帆はそっとクロゼットを出て行った。


(お茶でも持って来よう)


◇◇◇


「結局、負けちゃったんですね」

「ごめんね、カホちゃんの分は死守できなかった」


 テオは食いしん坊でじゃんけんをしていたわけではなく、ちゃんとカホの分を確保しようと勝負していたらしい。

 一緒に実家へと向かう車の中、テオは悔しそうに頭を下げた。


「いえ、全然大丈夫です。また作ればいいんですから」


 テオの気持は嬉しいが、残念ながらそこまでの執着は持っていなかった夏帆は苦笑いを浮かべた。


「思っていたよりも、長居しちゃいましたね」


 窓の外はまだ明るいが、到着する頃には夕方だろう。竜は人の好き嫌いが激しいと聞いたが、彼はとても親しみやすいように夏帆には思えた。

夏帆の前とは違って、ロディの前では少し子どもっぽくなってしまうテオくん。


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