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5 納豆と豚肉とキムチ

ブクマとアクセスありがとうございます。早速評価まで付けて頂いてびっくりしてます。

 夕方。会社から帰るよりは随分と早く夏帆は帰宅した。アパートの下の駐車場から階段を登る彼女の腕には買い物袋が二つ下がっている。一週間に一度だけ食品を買い出しに行くことに決めている。まあ、たまに足りなくて買い出しに走ることもあるけれど。


 二階にある部屋は全部で五つ。一番奥にある自室へと歩きながらも自然と隣室をまじまじと見てしまう。住民たちの行き来はゼロだ。男性が住んでるな、女性が住んでいるな位はなんとなく分かるけど、隣室にあんな目立つ人が住んでいたのには全く気付かなかった。駐車場も空っぽだし、普段はバスで移動しているのかと不思議に思いながら自室の鍵を取り出して開けた。


「ただいまー」


 誰も居ないけれど、ただいまの挨拶をする。返事は当然ないけれど、仕事の後にすると家に帰ってこれたなーと感じるので言っている。


 エナメルのローヒールを脱いで、スプレーをしゅっと一振りしてから靴箱にしまう。買い物袋を持ってそのまま冷蔵庫へ夏帆は向かい片づけを始める。鶏肉と豚肉は冷凍したいのでキッチンに出し、野菜に関してはレタスとキュウリ、キノコ類だけを買い足したのでそれは冷蔵庫へ片づけた。牛乳、ちくわ、納豆も放り込む。それとは別に小麦粉とホットケーキの粉を食品カゴに並べた。


 夏帆は米を買ったことがない。実家の両親が専業農家ではないが米を育てているので毎月送られてくるのだ。一度切らしてしまって、仕方なくスーパーで買った時には米の値段の高さに震え上がったし、なんだか食べ慣れた味とは違って首を傾げたものだった。


「さーて。おいしい一週間への投資を始めようかな」


 手を洗って気合を入れた彼女は、約一週間分の肉の冷凍や下ごしらえに入ったのだった。



◇◇◇


「よーし。これで安心安心」


 空っぽに近い状態だった冷凍庫には密封袋に入った肉が綺麗に並べられている。彼女の冷蔵庫の冷凍室は狭いのにアイスがでーんと陣取っているので、パズルを組むように入れていかなくてはいけないのだ。


 色々と作ったりしていたり、途中で電話が来たりとしたので辺りはもう暗い。


「晩御飯は何にしよっかな」


 冷蔵庫を見てしばし考えていたが、納豆と冷凍しなかった豚肉とキムチ(だいぶすっぱい)と卵を取り出し、炊飯器に残っていたご飯を取り出す。思っていたよりご飯が残っていた。いつもは炊き立てを小分けにして冷凍するのだが、今朝はそれどころじゃなかったので忘れていたのだ。


(足りないわけじゃないから、まあいっか)


 少しでも冷ます為に取り出しておく。そして、よく熱したフライパンに溶いた卵を入れて半熟状態で皿に上げる。豚肉はよく炒めてからご飯を入れる。先ほどの半熟卵と、タレと混ぜておいた納豆を投入して少し混ぜながら焼いて、最後に残っていたキムチを入れる。キムチは結構残っており多いかとも思ったが、ご飯も多かったので問題なさそうだ。


 皿へ移すと、ほかほかと湯気が立ち上ってとても美味しそうだ。


「おいしそー。あ、そうだ。海苔あったっけ」


 いそいそと食品カゴを覗くも…残念なことに海苔は残っていなかったのでがっくりと肩を落としながら部屋のテーブルへと運んだ。箸を持ったまま、うきうきと手を合わせた時だった…。


「こんばんは。お隣さんいます?」


 扉を閉じていたクロゼットから呼びかける声がした。少し低めの、彼の年齢を考えれば落ち着いた声。


(あああ!! 間が悪いー!)


 夏帆は涙を吞んで箸を置いた。目の前のほかほかの湯気が「おいしいよー、食べてー」と誘いかけてくるが誘惑を振り切ってクロゼットへと向かう。


「はーい、居ますよ」


 扉を開けると、穴の向こうに昨日の青年が覗きこんでいたが、夏帆の姿を認めて笑顔を浮かべる。


「手紙、くれたでしょう」

「はい。あ、読めました?」

「ごめんね、せっかくきれいな紙に書いてくれたのに読めなかった」


 隣人は申し訳なさそうに首を横に振った。残念だが、予測はしていたし落ち込みはしない。夏帆は頷いて笑う。


「大丈夫です。私も隣人さんのお手紙読めませんでしたし。あ、私は平田夏帆と申します」

「ヒラタカホ?」

「ヒラタ、カホ。カホが名前ですよ」

「カホちゃん」


 ちゃん付けで呼ばれた夏帆は苦笑いを浮かべる。


「隣人さんの方がかなり若いと思うので、ちゃん付けはちょっと」


 彼は驚いたように瞬きをして言った。


「えっと…オレは二十六歳になるんだけど、カホちゃんはいくつなの? あ、これ聞いちゃダメかな」


 今度は夏帆の目が丸くなる番だった。


「え!? 二十六歳!?」


 二十歳そこそこと見た! と言っていた昨日のドヤ顔の自分をぶん殴ってやりたい。


「そう、二十六歳。名前はテオドール・ファイエットって言うんだけど、みんなテオって呼んでる」

「テオさん」

「気軽にテオって呼んでいいよ」


 自分より年上と聞いてそんなことができる彼女ではない。ものすごい勢いで首を横に振った。


「私は二十三歳になったばかりの若造なので、テオさんと呼ばせて頂きます…」

「え、なにそのオレがすごい年寄りみたいな言い方やめて」


 テオががっくりと肩を落としたのがなんだか面白くて夏帆は笑う。


「あ、やっと笑った」

「ふふ、だってテオさん面白いです」

「昨日から謝ってばかりだったから」


 それはそうだ。夏帆は未だに壁が貫通したと思っているのだから。


「あれ? なんかすごくいい匂い。昨日は焦げ臭かったのに」

「…昨日のことは忘れましょうよ…。さっき作った納豆豚キムチャーハンの匂いですよ」

「ナットウブタキム?」


 何かの呪文のように繰り返されて夏帆は噴き出した。


「あはは、魔法の呪文じゃあるまいし。私が作ったもので良ければ食べてみます? あ、でも外国の方だったら納豆は食べられるかなあ」


 夏帆の言葉にテオは身を乗り出した。しかし、穴をくぐることは当然できないのでゴン! という大きな音が響いて夏帆は首を竦めた。すごく痛そうだ。


「食べる食べる! 仕事上りでお腹ペコペコなんだよ」


 穴から見えたテオのアイスブルーの瞳は輝いている。どうせ量が多くて残ったら明日の朝ごはんにと思っていたから丁度いい。会ったことのなかった隣人さんは食いしん坊だったんだなと笑いを堪えながら、夏帆はキッチンへと皿を取りに向かったのだった。


最近食べてないです、ナットウブタキムチャーハン。作り方は自己流なのであしからず。


次話、テオは納豆に勝てるのか。

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