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40 約束しました

「じゃあ、今は土日も分かるんですね」

「うん、ミノルさんのご教授の元、基本は勉強したからね」


 見渡す限りの田んぼ道を、テオと夏帆とクロで歩く。段々と辺りは暗くなってきており、足元が悪いのでテオが懐中電灯で照らしてくれている。

 クロが敵対心を持っているのは父とリアムだけのようでテオにはあまり関心を持っていない様子だったので、夏帆はひそかに安堵していた。


(リアムさんには怪我をさせられちゃったみたいだし、お父さんはお母さんを取っちゃったんだもんね)


 実際には怪我どころか首が一つになってしまったのだけれど。クロに言っていたらそんな言葉が返ってきそうだが、残念なことに魔獣であるクロは言葉を話すことはできない。


「本当に、別の世界に繋がっているって説明しなくてごめんね」

「いいえ、私も今だからこそ納得ですけど、あの頃に言われても正直信じなかったと思いますし」


 両手を顔の前で軽く合わせて謝るテオに、夏帆は慌てて首を横に振る。


「あのカップケーキもタルトも、あちらの世界のものだったんですね。見たことのないロゴだなあと思ったら、まさか異世界の文字だったなんて」


 そう、気付くチャンスはいくらでもあったのに。夏帆の中の常識がそれを考えることすらさせなかったのだ。


「うん。カップケーキはアリアさんていう、お世話になっている人に聞いたおすすめの店なんだよ」

「アリアさん……ですか」


 女性らしき名前に、なんだか胸がチクリとする。


「そう。すごく気が利く人なんだけどね」


 そうだ。こんなに素敵な人なのだ、彼女が居てもおかしくない。っていうか居ないのは絶対におかしい。


「……ええっと、テオさんの彼女さんですか?」


 夏帆の言葉に、テオはきょとんとした表情を浮かべてから、勢いよく首を横に振った。ぶんぶんと音が聞こえてきそうだ。


「アリアさんは全然違うよ! アリアさんは姉みたいなもので……恋人なんて、ここ数年いないし」

「そうなんですか。テオさん素敵なのに」

「!」


 テオは驚いたように夏帆をまじまじと見つめた。


「……竜騎士なんて、全然だよ」

「なんでですか?」


 首を傾げる夏帆に、テオは苦笑いを零し、アッシュグレーの髪をぽりぽりと掻いた。


「仕事は不規則で、出かけても帰ってこれない時もあるし」

「国を守るお仕事ですもんね。仕方ないですよ」

「!」


 テオはまた驚いたように瞬きをするも、言葉を続けた。


「それに、尋常じゃないくらい大食らいだからね。食費貧乏だし」

「でも、食べないと倒れちゃいますよ」


 不思議そうに首をかしげる夏帆。それら全てはテオに原因があるわけではない。竜騎士という仕事は聞いただけなのだけど、それは仕方ないんじゃないだろうか。


「それに、なんだかんだ言ってオレも竜バカだしね」

「そうなんですか! 竜って、かっこいいんでしょうね。火とか吹くんでしょうか」

「いや、俺の相棒は氷を……」


 目を輝かせて竜のことを尋ねる夏帆に、テオは堪えきれずに噴き出した。


「あはは、カホちゃんって、やっぱり面白いよね」

「?」


 今のどこに面白い要素があったというのだろうか。夏帆は不満そうに口を尖らせた。


「や、ごめんごめん。竜騎士ってね、騎士団の中でも断トツで女性ウケが悪いんだよね。だってほら、結婚とかしちゃったら竜も付いてきちゃうし、竜って他人にあまり興味がないからだいたい上手くいかないもんなんだ」


 テオだって、うぬぼれではなく街の娘たちにキャーキャー言われているという自覚はある。でもそれは騎士団の制服を着ているからであって、テオそのものを好きかと言われると違うのだ。


 彼女たちの好きなテオは、かっちりとした制服に身を包み、いつも礼儀正しく笑みを浮かべ、非常事態には武器を取り戦う“竜騎士団副団長のテオドール・ファイエット”なのだから。


「そうなんですか……。家族の問題は難しいですもんね」


 夏帆の職場のパートさんも大変そうなのを思い出す。人間同士でだって分かりあうのは大変なのだ。


「ああ、そういえば。女の子の部屋にお邪魔するのは大変心苦しいんだけど……例の穴を見せて欲しいな」

「そうでした! テオさんが居るうちじゃないとですもんね」


 夏帆はしばし考え、頷いた。


「年末には……あ、年末っていうのは」

「年の終わり、でしょ。ちょうど俺たちが帰る5日前が新年で“ガンジツ”だっけ?」


 お父さんナイス! と心の中で感謝しつつ、夏帆は頷く。


「そうです。年末は仕事納めになってから実家に帰ってくるので、その前でしたら大丈夫です。」

「状況がどう動くか分からないから、できたら早めだと嬉しいんだけど」

「じゃあ、今度の金曜の夜に帰ってきますから、土曜の朝に一緒に行きましょうか」

「ありがとう。じゃあ、それでいいかな」


 夏帆の提案にテオが頷き、言葉を続ける。

 

「本当ならオレが自分で行ければいいんだけど、ごめんね」

「大丈夫ですよ! ふふふ、本当なら竜に乗って来れる人なんですもんね」


 申し訳なさそうなテオに、夏帆が笑う。

 仕事納めまで連日の残業、年末休みを挟んで仕事始めからまたバタバタと働き……気が付いたら1月が終わるというのが毎年恒例なので、そんな中に楽しみができて嬉しかった。


「この道を下れば家に到着です。だいぶ暗くなってきちゃいましたね」


 下り坂の終着点に見える家は、灯りで闇の中に浮かび上がって見える。少し離れて次郎吉宅も見える。煙突から煙が上がっているから、お風呂を焚いたのだろう。


「わあ! テオさん、見てください! 空はまだ青いですよ。なんだか不思議ですね」


 夏帆の言葉にテオも夜空を見上げる。その言葉通りに空は深い紺色をしており、雲は光をまだ浴びているのか少しだけ赤みを帯びていてとても美しく、不思議な光景だった。


 その中に満月に近いが、力を失い始めた月がぽっかりと浮かんでいる。


(この月が完全に欠けてから、また満ちた時に帰るのか)


 別の世界でも、同じように月が満ちて欠けるのはとても不思議だとテオは思う。魔法のことはよく分からないが、同じように満ち欠けする世界だからこそ繋がるのかもしれないなと思った。

クロちゃんがもし喋れていたら可愛系なのか、威厳がある系なのか……。


次話はすこし飛んで、金曜日です。

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