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4 美味しい匂いがします

「テオ、お前なんかいい匂いがする」


 テオと呼ばれたアッシュグレーの髪に黒いカッチリとした騎士団服を身に付けた彼は、盛大に顔をしかめた。腰には一振りの剣を穿いている。彼は薄いアイスブルーの瞳を細めて言い放った。


「ロディのいい匂いは信用できない」


 返された言葉にロディと呼ばれた少年は口を尖らせる。彼は騎士団服を身に着けてはいないことから騎士ではないのが伺える。

 しかし、副団長であるテオの仕事部屋に当然のように居る上に、執務机に腰掛け、この辺りでは見かけない東の方にあるという竜の国伝統の色鮮やかな裾から覗く足をぶらぶらとさせている。服から下がったビーズ飾りがぶつかってシャラシャラと美しい音を立てた。


「この前の腐った肉だって、美味しそうだって食べてたじゃないか」

「腹は壊さなかったし。特に問題ないだろ」

「そんなことばかりやっているから、竜騎士団副団長の氷竜は残飯処理機って言われるんだよ」


 呆れた様子でテオは溜息をつく。騎士団の食堂のオバサマの間では有名な話だ。少し残った料理や痛みかけの肉があると、彼女たちはにこにことしながら呼びに来るのだ。『ロディちゃん、ご飯残ってるわよ』と。彼女たちからしたら可愛い子どもくらいにしか思っていないのだろう。


 実際には彼の相棒は百年を生きている。最も、竜からしたらまだまだひよっ子だとロディ本人は悔しそうだ。残念ながらテオは何千年を生きた竜には、まだお目にかかったことはない。彼らは滅多に人前に姿を現したりはしないからだ。


「んんー。そのジャケットからいい匂い、美味しそうな匂いがする。なんだろう、油のような魚のような…」


 言われて気付いた。これは昨晩、謎の隣人よりもらった、とても美味しい謎の料理の移り香だと。魚のすり身を油であげたのであろう初めて食べる料理に、素晴らしくおいしい白いソースが掛けてあったのだ。また食べてみたい。


「……さあ。ロディの気のせいじゃないの? どいてどいて、オレの仕事はどんどん詰まっていくんだから」


 昨日の変な隣人。あれは絶対におかしいとテオは思う。だって、彼の部屋は角部屋で隣人などいるはずもないからだ。


 一体何なのかよく分からないが、害はなさそうだし女の子は可愛かったし。何より凄い勢いで謝り倒していてちょっと可哀想だった。話を適当に合わせて、とりあえず後日話し合おうと言って話を切り上げた。


 出勤時に改めて騎士団の寮を確認すると間違いなく自分の部屋は角にあった。しかも……案の定というか何というか、外壁には穴など開いていなかった。


 どういうことなのかよく分からない。しかし、わざわざ報告までするような悪意を持つ相手ではなさそうだ。黒いサラサラとした流れる髪は肩にかかる程。ぱっちりとした瞳には戸惑いだけが浮かんでいた。それに…。


(だって、おいしい食べ物くれたしな)


 騎士副団長は、常に腹ペコだった。それはテオに限ったことではない。竜と契約した者は魔力、体力共に上昇するのだがその引き換えなのかなんなのか。……すごく腹が減るのだ。


 昨晩は緊急の報告書がテオの所まで上がってくるのが遅くて、夕飯にバゲット二つ。あとは備蓄してる食料だけかとしょんぼりしていた所に不思議な隣人に差し入れをもらったのだ。量は少なかったがとても美味しかった。そしてこの話をすれば、間違いなく食いしん坊の相棒が押しかけてくるのは間違いないだろう。


 だからテオは誰にもこのことを話さなかった。どこにあの穴が繋がっているのかは分からないが、穴はそんなに大きくはない。小さくもないけど。まあ、とにかく悪意を持った人間が出入りはできなさそうだと判断したのだ。


「ああ、もう昼時か。オレはパンを買いに行くけどロディは…」


 テオの言葉はドアを叩く音によって遮られた。どうぞと答えるとドアががちゃりと開いて食堂のオバサマが数人にこにこしながら立っていた。


「副団長さん、失礼しますよー」

「ロディちゃん! あんたの好きなスジ肉がたくさん出たんだよ」

「もう処分しなきゃいけないんだけど、食べる?」

「食べる食べる!! お姉ちゃんたち教えてくれてありがとー!! テオ、オレごはん食べてくる!」


 結構な年齢のおばちゃんたちは、お姉ちゃんと呼ばれて「ロディちゃんは調子がいいねえ」と言いながらも嬉しそうだ。きゃっきゃと言いながら去って行った。この時間に現れたということは調理担当のオバサマ達だろう。今から配膳担当のオバサマ…いや、お姉さまたちの戦争が始まる時間だから。


 バタン! とドアが閉められて急に賑やかになった室内がまた静けさを取り戻した。テオはアッシュグレーの頭をぽりぽりと掻いてから、気を取り直したようにジャケットを正す。


「オレもランチに出よう」


 彼は戦場と化す昼間の食堂は利用していない。街のパン屋でパンを購入してのんびりと公園で食事を取る派だ。毎回山のようにパンを購入してくれる彼はパン屋の経営を支えているような状態で、パン屋も彼の来訪を予想して大量に焼き上げていてくれるから持ちつ持たれつだ。


「なんか、女の子の好きそうなパンがあれば買って帰ろうかな」


 得体の知れない穴の奥には、彼の食べたことのない美味しい食べ物と見たことのない女性が居た。殺伐とした日常に起きた珍事を彼はこっそりと楽しむことに決めたのだ。


 シフト制の騎士団において、彼の休みは明日だ。明日も彼女はいるだろうか。少し心が浮き立つのを感じながら、テオは騎士団駐屯地の坂を下り始めた。

食い意地の張った副団長さんは彼だけの秘密にしたいのです。

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